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【白昼夢の青写真 case1 二次創作 第4話】

デート、いや、デートではないけれど、女の子と出掛けるのは、人生で初めてだ。一体、何をしたら良いのか、どんな話をしたら喜ぶのか、さっぱり分からない。本はたくさん読んできたが、あてになりそうなものは浮かばない。
何より、友達に相談しようという発想が、なかなか出てこなかったこと。そして、そういう友達もいないこと。自分の人生経験値の低さに呆れる。

二、三年前に、アッシー君だのミツグ君だのリープ君、いやキープ君だのというのが流行っていたことは、世の中の流行り廃りに疎い自分でも知っている。

とはいえ、車もお金も持っていないから足にも財布にもなれないし、そしてキープするほどの価値がない存在であることは、自分自身が一番よく分かっている。
「どうしたいのかな。」
そんなことを考えているうちに、目的地に着いた。

桜木町駅。待ち合わせの時間より、ずいぶん早く到着してしまったようだ。

-落ち着かない-

一本、また一本とタバコを吸う。普段こんなペースで喫煙をしないから、少し喉が痛い。もはやタバコが美味しくない。肺の中までがけむたい。

「待った?」

祥子さんがやって来た。彼女もまた、待ち合わせの時間よりかなり早い到着だった。いつも「女性らしい」格好をしている祥子さんだけど、今日はいつも以上に「女性らしい」格好をしている。

私は服装には全く無頓着だから、彼女の格好がどうのというのはよく分からない。
ただ、いつも以上に身体のライン、具体的には胸の盛り上がりがわかりやすくて、目のやり場に困る。祥子さんの体つきが女性的に豊かなのは知っていたけど、ここまでとは。

「いや、今来たところ。」
「5本も吸い殻が落ちてるけど?」
「ああ…ごめん。」

なんとも情けない開幕だった。

「いいよ。早く来てくれてありがとう。混む前にご飯行こうか。あ、吸い殻は拾ってね」

…早くも立つ瀬がない。

           *

少し、気取ったお店が良いだろうか。いま流行っているらしいイタメシとやらとか。会話もそぞろに店の看板を見遣るが、逡巡しているところを見透かされたか、結局、大学の近所にもあるチェーン店のファミレスに誘われた。

カレー、と言いかけて、今日は祥子さんが一緒なのを思い出す。ペペロンチーノを頼んで、あれはあれでニンニク臭かったな、と後悔する。
自分が、女性にどう思われているか。何かをすれば、どう思われるか。そんなことは、今まで、気にしたこともなかった。

「有島くんは、卒業したらどうするの?」
「正直、筆一本で食べていける気はしない。でも、普通の会社で、普通にサラリーマンを続けられる自信もない。何らか、働くなり、最低限暮らせるだけのお金は必要なんだけど。」

「てことは、まずは兼業作家?」
「まだ作家じゃないよ。」

「まだ、ってことは、いつか作家になるんだ?」
「…賞でも取れれば。」

「うそうそ。書くんだもんね。有島くんには小説しかないって、自分で言ってた。」
「…あれ、覚えてるんだ。恥ずかしいな。」

創作論なら、何時間でも語れるのに、自分の話となると、勝手が違う。何年か前なら、恥じらいもせず「作家になる。」と答えていただろう。
でも、今の自分は波多野秋房という圧倒的な才能を知ってしまっている。古い文庫本も、大衆の嗜好の変化や年月といった風雪を凌いでなお、今に名を轟かせる生き残りだと考えると、その事実に慄く。

小説家になるということは、過去、現在の怪物たちとの戦いの場に、ペン一本で身を投じる、ということでもある。酔っていたとはいえ、祝賀会の席で大口を叩いたことを悔いた。

そもそも、祥子さんとは、ゼミ以外の接点がない。せいぜい、同じ作家を好きなことくらいだ。
ぎくしゃくした座りの悪い会話がつづけば、お互いが好きな文豪・志賀直哉の話でテコ入れをする。
そんな調子で、時間は流れてゆく。ファミレスを出て、どこへ行くともなく散策をして、気がつけば日が暮れかかっていた。

そんなやりとりは、ぼくには楽しかったけれど。祥子さんには、つまらなかっただろうか。不安だった。心のなかで、ごめんとつぶやいた。

不意に、祥子さんが一歩詰めてきた。
「誕生日、おめでとう。」
忘れていた。そもそも今日は誕生日を祝ってくれるという話だった。

「これ、プレゼント。開けてみて」
「…万年筆?」
祥子はちょっと得意げにうなずいていた。
イギリスの、あの筆記用具のブランドだ。たぶん1万円とか2万円とかするはずだ。こんなもの、貰ってしまっていいのか。

「ねえ、有島くん」
「はいっ?」
声が上擦る。なんて間抜けな返事なんだ。

「ファミレスでも言ったけど」
「あなたの書く小説が、読みたいの」
「本気だからね」

大きく胸が鳴った。
これは。
この感覚は。

「何が書けるか、わからないけど。」
「ぼくは小説家になりたいから。」
「祥子さんにも、読んでほしい。」

どちらかともなく、自然と、手を繋いでいた。そこからもぼくたちは創作論に、志賀直哉の話に、古今東西の小説の話に花を咲かせた。
小説を、物語を、創作を愛するもの同士として。自分に舞い降りた初めての「物語」の甘さを、むず痒さを、噛み締めていた。

桜木町の駅が見えてきた。すっかり夜の帳が下り、終わらせたくない1日が終わろうとしている。
「書いてね。楽しみにしてるから。」

別れ際、祥子さんの泣きぼくろに吸い寄せられるよう、お互いの顔が近づく。

生まれて初めて、口づけをした。
人生で一番の誕生日だった。

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