見出し画像

20230817 石神井台(練馬区) #風景誤読


  それはまだ、私が小学校に入学するよりも前の頃。
 仕事で帰りが遅くなる両親に代わって、祖母が私の面倒を見てくれる日が、たしか二週間に一度ほど、あった。保育園まで迎えにくる祖母を、私はなぜか、母が迎えに来る時よりもワクワクしながら待っていたような気がする。その時分ですら既に70に近い祖母が保育園の玄関に姿を見せるや否や、私は一目散にジャンプして飛びついていた。「やんちゃ」といえばかわいくきこえるけれど、ずいぶん暴力的な孫だったと思う。
 そんな祖母の手を握りしめながら歩く帰り道、私はいつも、「こっちからも帰れるんだよ」と、あえて遠回りな道を選ぶのが恒例になっていた。逆上がりができるようになったこと、給食のじゃこトーストがおいしかったこと……次から次へと話し続けるのを祖母は軽い相槌をうちながら、静かに聞き続けてくれていた。
 まったく知らない道に出てしまって、いつもの何倍もの時間をかけて帰った日も、歩道橋の上から何十分も飽きずに車を見続けていた日も、祖母は家に着くまでずっと私の手を離さなかった。やさしくて特別な、帰り道の記憶―――

 今年の春から要介護認定を受けて私の実家で暮らすようになった祖母。立つことすら億劫になってきた丸まった体で、それでも、約半年ぶりに帰省した私を玄関まで出てきて迎えてくれた。
 きっともう、あの頃のように、なんでもない帰り道を歩くことはできないかもしれない。けれど、デイケアの送迎車から降りるときに握った祖母の手の温かさは、20年前とすこしも変わらなかった。


[写真:たかしな、文:タコのマリネ]

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?