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白鳥一家【バレエ文学】

白鳥家はバレエ一家である。

「亮一がいないよ!」

亮一が家のどこかに隠れた。亮一の双子の兄である守弘が亮一を必死に探している。

茜はおそらくあそこだろうと風呂場にいくと、亮一が風呂桶の中に隠れていた。

「まだ昨日の失敗落ち込んでるの?」
「オレがあんな綺麗に白鳥を踊っていたプリンシパルを転ばせちゃったから。もう無理だよ」
「そんな事無い。アンタだけが悪いわけじゃないよ。まさか今日休む気?」
「俺はもう引退する。俺の代わりなんていくらでもいるだろ」
「亮一、そんな事言わないで」
「姉さんはいいよ、姉さんが白鳥そのものみたいなものなんだから。でも俺なんて……」
「バカっ!」

茜は亮一の目を見つめた。

「家族でしょ?私は亮一と一緒にステージに立ちたいの。他の誰とでもなくて」

守弘も風呂場にやってきた。

「亮一!お前と生まれてからずっと一緒にやってきたんじゃないか。俺とお前で踊ってきたんだ。お前以外と一緒なんて無理だよ」
「イヤだ!やめる!」
「あなたの意志は昔から固いわね」

茜は亮一の足先に手を伸ばし、こびりついていた小石を剥がした。

「昨日転んだのは、このせいよ。かったい石だわ。亮一の心みたいに。たまにはその固い意志を柔らかくしてもいいんじゃない?また転んじゃうよ?」

亮一は茜の取った石を見ながら、頷いた。

「姉ちゃん、ごめん。俺、もう一回頑張るよ」

守弘は喜んで風呂桶から亮一を取り出した。そして守弘と亮一はまるで握手をするかのように、しっかりとつま先を合わせた。

家の玄関が開いて、声が聞こえてきた。

「衣装の皆さん、そろそろですよ」

玄関から伸びてきた手が再起を誓ったばかりのトゥーシューズを掴んだ。そしてプリンシパルは茜を丁寧に抱えて、その可愛いらしい小さな頭に装着した。

白鳥茜、亮一、守弘。

言葉が足りなかったかもしれない。
白鳥家はバレエグッズ一家である。

今日も白鳥家はプリンシパルと共に、羨望の光が差し込むあの湖に向かう。

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