NHKラジオ第2・カルチャーラジオ日曜カルチャー「ライブ盤でたどる日本ポップス史」(全4回)を聞く

■source:スージー鈴木(@suziegroove)氏のツイート
■reason:スージー鈴木出演

50を越えたあたりからだろうか。ライブ音源の楽曲のありがたみを感じ始めた。小中学校の頃、まだ貸レコードが一般的になる黎明期、好きな音楽の入手方法といえば購入する以外はラジオのエアチェック。レコードと同じものがそのころの自分には重要で、歌謡番組もライブ盤レコードもさほど大事に思えなかった。複数のトラックでそれぞれの楽器の音楽が録音されたスタジオ録音盤こそ至高。ライブ盤をして「あれ、これレコードと違うじゃん、偽物?」と思っているくらいだった。歌謡番組で楽団がその場で演奏している当時の番組などを見るほうが今となっては「すごいなあ」と思う。人件費安かった、ではなくて、それぞれのスキルに対してお金を払う感覚が世の中にあったということなのだろう。最近ラピュタ阿佐ヶ谷で見た「クレージーの花嫁と七人の仲間」(1962年公開)でところどころに散りばめられたテレビ番組の音楽ショーにバーでの演奏とダンスショーシーンのきらめき具合。先月まで入っていた(いずれまた入り直すと思うけど、「ピースメイカー」配信されるしねU-NEXT)ディズニープラスで独占配信の「The Beatles ゲット・バック」。スタジオ録音シーンももちろん出てくるがクライマックスの屋上ライブシーンではそこまでぐっずぐずの20代後半のバンドメンバーたちが本気モード突入するさまをどこまで撮ってたんだと思うくらいの映像で見せつけてくれた。21世紀、何かを手に入れて、何かを失っていることを痛烈に思わされる。生演奏そのものが行えない時期をくぐり抜けているというのも影響しているのだろう。そんななか、スージー鈴木氏の仕事の幅の広がりにワクワクしている。スージー鈴木の名をはじめて知ったのはBSイレブン「ザ・カセットテープミュージック」の放送が始まるときのネットニュース記事だった。ラジオ「はたらくおじさん」を映画評論家町山智浩氏ゲストのときから聞き始めて、番組終了に残念な思いをしていたその番組のパーソナリティマキタスポーツがBSのテレビ番組で音楽トークを始めるとあり楽しみにしていたが、相方になるスージー鈴木が何者なのかは知らなかった。が、番組が始まるやいなや、音楽に対しての緻密な分析や考察、とんでもない仮説、関連楽曲の数々などが湯水の如くわくトークを毎回披露し、番組とともに長らく親しんできたし、さまざまなメディアに登場すると〜プロ野球中継の裏音声にいたるまで〜追っかけることになった人物である。その「ザ・カセットテープミュージック」は現在は放送終了しているのは残念だが、NHKのラジオ番組にていよいよトーク番組を持つまでに。第1回目の録音分、ちょうど毎週録音している有吉弘行SUNDAY NIGHT DREAMERと丸かぶりの時間帯なので同時録音初めてでどんな感じになるかわからなかったのだが無事録音成功していた(ソフトウェア2つ回してた)。番組は4回、60年代、70年代、多分80年代、90年代のそれぞれのライブ盤が披露され、当時の音楽シーン事情を交えたトークが行われるのだろう。第一回は60年代。グループサウンズ華やかなりし頃のライブは英米のロックシーンの流れを受けつつ、この島国の独自進化への萌芽ともいえるライブシーンが耳に入ってくる。タイガーズのライブ音源はその後のメンバーたちの姿は言うまでもないほど大きな存在となるのだが、まだ「何者になるのかすらわからない青年たち」が奏でる楽曲には当時の彼らの魂とそしてまとわりつく空気も詰まっていた。70年代以降、日本ポップスにおけるライブとはどのような姿になっていったのか今回の4回では物足りない、となるかもしれないが耳で噛み締めていきたい。

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