体得する感じを体験したい

高橋秀実さんの『はい、泳げません』を読んだ。

泳ぎ方を解説したり、手ほどきする本は世の中にたくさん出ている。でもこの本がユニークなのは、著者自身がまったく泳げないこと。そこからのスタートなのだ。著者は水が怖い、という状態から水泳教室に通い、一進一退を繰り返しながら、徐々に泳ぎを体得していく。

つまり、ずっと泳げなかった人が泳ぎをマスターしようとするとどうなるのか、というルポなのである。泳げない人はもちろん、泳げる人も泳げない人の感覚を体験できるのがおもしろい。

個人的にこの本の魅力だと思ったのは、文中に登場するコーチ(桂コーチ)である。この人に著者は泳ぎを習う。ときに厳しく、ときに言っていることがコロコロ変わる不思議な女性コーチだが、その泳ぎを見ると本当に美しく、美しい泳ぎの手本のような人なのである。

桂コーチはもともと水泳の選手だったが、事故で重傷を負った経験があり、そこから自分の体について考えるようになる。物心ついたときから泳げたため、最初は泳げない人の感覚がわからなかった。

でも、コーチとして泳げない人の感覚を知ろうとするうちに、自分の動きを客観的にとらえられるようになり、いろいろな言葉で指導ができるようになった。

目からウロコだったのが、その桂コーチの「水をかくのではなく、水を抑えて体重移動で進むんです」という言葉。

自分も前に週末ごとに市民プールで泳いでいたことがあるけど、そのときは水をかけばかくほど、速く泳げると思っていた。その水の抵抗に負けないように腕力が発達し、だから水泳選手はみんなムキムキで、あわよくば自分もあんなふうに筋肉がつくのではないかと期待して、バシャバシャと泳いでいた。

でも、桂コーチが教える泳ぎは、そんなバシャバシャ泳ぎとはまったく違う。いかに力を抜き、笹の葉が水の上をスーっとすべるように美しく泳げるかがポイントなのだ。そして著者の高橋秀実さんは少しずつこの泳ぎをマスターしていく。

この前読んだ英語学習の本もそうだったけど、読んでいると自分にもできそうに思えてくる。それは何もできないところから、できるようになるまでのプロセスが書かれているからだろう。

著者のように、何かを体得する感じを体験したい、そんな気持ちがふつふつと湧いてきた。そう思って、さっそく最寄りの市民プールを調べたら、現在改装中だった。この気持ちは改装が終わるまで保たれているだろうか。 

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