「役に立つ」の対極にあるもの

最近は「役に立つ」系の本ばかり読んでいるような気がする。だから、もっとこう異世界みたいなものに触れたいと思って、『居心地の悪い部屋』を読んだ。翻訳家の岸本佐知子さんが、海外のちょっと変わった小説を選んで翻訳したものである。全部で12編の短編が収録されている。

どれも変な話だけど、妙に印象に残る話だった。変な話というのは、腑に落ちないというか、エンディングを迎えて「え?終わり?」と思うようなものである。よく映画とかで「予想外のラスト!」とか宣伝されているけど、たいていは予想外であっても、「ああ、そういうことか」と納得して終わるのである。

でも、この本の話は、ほんとうに予想外なのである。思えば実際の日常には、映画のような「終わり」はない。だから「え?終わり?」と思うのは、よりリアリティがあるということかもしれない。

そうやってエンディングが腑に落ちないのが「居心地の悪さ」のひとつの特徴だとすると、もうひとつの特徴は、作品を通じてうっすらとした恐怖感が流れていることだ。一般にはすごい恐怖だと思われるシーンでも、冷静に対処している人がいて淡々とした時間が流れていたり、たいしたことではないと思われることが、よくよく考えてみれば怖かったり、そういう日常にある恐怖が浮かび上がってくる感じだ。

夜自分が寝ているあいだ、一晩中テープを回して録音してみる、という話があった。一人暮らしの男性が恋人にいびきをかいていると指摘されたので、それを録って聞いてみようとしたのである。すると、いびきではなく、不可解な人の声が録音されていた……。これ、自分でやってみたらと思うと、ちょっと怖い。もし何か理解できない音が録音されていたら、気になってしょうがないし、寝るのが怖くなるだろう。いやいや、そんなことあり得ないとは思うけれど、でも実際にやってみたら、何かしら変な音が録音されてそうな気がする。

純粋に、そりゃ主人公は居心地が悪いだろうなという話もあった。中流階級インテリ風の若い男が、妻とヨットでクルーズしているときに座礁してしまう。地元の人に助けを求めるのだが、その男は腕は良いけど品はない感じで、ずけずけと2人の世界に侵入してくる。主人公の若い男はなんとかしてこの男に早く帰ってもらいたいと思っているが、世話になった手前、無下にはできないし、妻はその男の粗暴さにちょっと魅力を感じ始めている……

考えてみると、居心地の悪い状況というのは、「役に立つ」ことの対極にあることのように思えてきた。メリットやデメリット、目的や結果、そういうものでは「居心地の悪さ」は測れないし、そこから抜け出すこともできない。そもそも抜け出すべきなのかもわからない。

そういう意味でも、求めていたものにぴったりの本だったのである。

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