テクノロジーとグローバル化の正しい使い方

アメリカのオンライン教育サイト「カーンアカデミー」のサルマン・カーンさんが書いた『世界はひとつの教室』を読んだ。

カーンアカデミーの成り立ちや教育についての考えが、教育の歴史、現在の教育の問題点、そして未来への展望を通して描かれている。バングラデシュ移民の2世であるカーンさんのサクセスストーリーとしても心を動かされる本だった。

カーンアカデミーを特徴づけているのは、大きく2つのコンセプトだ。

まず「完全習得学習」。これはひとつの概念を完全に理解してから、次のステップに進もうという考え方のことだ。

一見成績が良くても実は基礎の理解があいまいで、内部が穴だらけの「スイスチーズのような」生徒がいるという。だから、例えば90点とって「合格」したように見えても、残りの10%が理解できていなければ、次に進むべきではない。その穴が積み重なっていつか崩れてしまったり、先に進めなくなったりする。基礎から順に、完全に理解していくことが重要なのだ。

理解するまでのスピードは、生徒によって違っていい。それなのに、みんなが同じスピードで進むことを強いているところに、従来の教育の問題点があるとカーンさんは言う。学ぶ時間が同じで理解度はバラバラという状態ではなく、みんな完全に理解しているが、費やした時間はバラバラ、となるのが理想なのである。

もうひとつのコンセプトは「連想学習」。つまり、科目と科目のつながりを理解することだ。

実際の世の中は科目ごとに分断されているのではなく、数学は物理に、物理は化学に、化学は生物につながっている。つながりを理解することで、記憶もしやすくなるし、より物事の本質がつかめるようになる。

では、この本は自分にどういう影響を与えただろうか? 具体的に何を変えただろう? 

実際にカーンアカデミーに登録して、算数の基礎の問題をやってみた。クイズ形式で5問連続で正解するとクリア、みたいな仕組みである。効果音が鳴ったり、ポイントが貯まっていく感じが楽しい。子ども向けだけど大人でも楽しめそうだ。自分のような大人も、もう一度勉強してみようという気にさせるのが、カーンアカデミーのコンテンツの特色なのだと思う。

でも、ビデオ授業自体は新しい発想ではない。日本の予備校などでも昔からやっていたはずだ。では、何が自分をカーンアカデミーに惹き付けているのだろう?

「グローバル」がひとつのキーワードではないか。世界中の人が授業に参加し、質問し合ったりしていて、そこに新しい世界があるんじゃないか、新しい人とのつながりがあるんじゃないか、という期待がある。また英語で授業を受けことで、英語が上達しそうな気もする。そういう「グローバル感」を得られることが要素のひとつだと思う。

あとは「テクノロジー」。オンライン教育はIT技術を積極的に利用しようとしている。といっても、技術ありきではない。基本的な教育の原則を重視しながら、それを世界の隅々まで平等に広げるために、インターネットやIT技術が使われている。ただiPadを配ればいいのではなく、それで何をするかが大切なのだ。

そう考えると、カーンアカデミーは「テクノロジーのいい使い方」を提案しているのかもしれない。そして「グローバル化のいい側面」に光を当てようとしているのかもしれない。テクノロジーの広がりとグローバル化が避けられないなら、せめていい使い方に賛同していくべきなんじゃないか。

才能があるはずの子どもが少しつまづいただけで、授業についていけなくなり、可能性が閉ざされてしまうことがある。実際、カーンさんの姪がそういう状態にあり、それをなんとかしたいとインターネット経由で遠隔レッスンを始めたのがカーンアカデミーの始まりだった。その子は地道に基礎からやり直すことにより、壁をクリアし、今では研究者の道を歩むようになっている。

また、アフリカや中東などの教育に恵まれない地域でも、安価なコンピュータがあれば高品質な教育が得られる。つまり、埋もれていた才能を伸ばすということが、グローバル化とテクノロジー化のいい面なのだ。

自分がカーンアカデミーに惹かれるのも、何か自分の能力を伸ばせるんじゃないかと思うからだ。それは個人的な欲望だけれど、世界中で埋もれていた才能を伸ばすことができるとすれば、人間全体の利益になる。

一方で、グローバル化やテクノロジーは、人間の才能を埋もれさせることもあるだろう。製品の均一化や効率化が進んで個人の創造性や技術が生かされなくなったり、iPadやスマートフォンを買っても結局ゲームやSNSばかりやってしまうといったように。そんなことを含めて、この本で正しいグローバル化とテクノロジーの使い方は何だろう?と考えさせられたのだった。

カーンアカデミーはこれまでは理数系の科目が中心だったけど、最近はアートや歴史といった分野にも進出している。これからの展開が楽しみだ。

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