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日本を創った偉人

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日本を創った偉人達のあまり知られてない偉業をまとめたマガジン
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#神道

俺たちは持統天皇のことを知らなすぎた(最終回)

前回の続きです。 持統天皇が「内憂外患」で窮地にあった日本を救うために行った政策は次の2つのキーワードに集約されます。 前回の記事は「1.創業垂統」を紹介しました。最終回は「2.継体守文」を紹介します。 「継体守文」は、リーダーとして自分がいなくなった後でも組織が末永く存続していくためのヒントが詰まった考え方です。ここでいう組織とは「国家」とか「会社」とかスケールが大きなものだけではありません。「コミュニティ」や「サークル」など、どんな組織にも当てはまる話です。 組織

俺たちは持統天皇のことを知らなすぎた③

前回の続きです。 前回は持統天皇が「内憂外患」で窮地の日本を救うために行った政策は突き詰めれば以下の2つのキーワードに集約されるっていう話でした。 今回は「創業垂統」の内容を明らかにし、持統天皇の超したたかな戦略を紹介します。 戦略その1:日本の「伝統」を明らかにする唐帝国の脅威から日本を守るために持統天皇がやったことは「軍事力の強化」でもなく「経済の強化」でもありません。 それはなんと「我が国の伝統を明らかにすること」でした。 普通に考えたら って気がしませんか

俺たちは聖徳太子パイセンのことを見誤っていた②

前回の続きです。 我らが聖徳太子(太子パイセン)が、内憂外患だらけの日本を、超人的オペレーションでどう立て直したのかを紹介するシリーズの2回目。 今回は「内憂」です。当時の国内がどれほどマジヤバな状況だったかを紹介します。 そもそも太子パイセンの立ち位置って?日本の「内憂」がどんなものだったのかを紹介する前に、まず太子パイセンの立ち位置を改めて確認しておきます👇 太子パイセンは第31代天皇「用明天皇」の長子です。現代でいえば「皇太子」的なポジションなんですよね一応。