朝風呂の話

例えば夜中に話が盛り上がって終電を逃した翌朝。妙に冴えた頭と冷めきらない高揚を持ち帰って玄関をくぐりそのまま浴室へ向かう。まだ抜けきらない湿気が迷子みたいに漂っていて、空っぽの湯舟には換気のための控えめな窓から朝日が入り込んできらきらと光っている。明るい。普段日が暮れてからしか見ることのないお風呂場がこの時間だとまるで路地を抜けた先の裏庭のような柔らかさと閑けさを帯びている。
蛇口を回して(本当はボタンを押すだけなのだけれど)湯を張るとジャボジャボと音が響く。ただ水の音だけを浴室が反響させている。朝は特に冷えるせいか水面から昇る蒸気もいつにも増して勢いがある。窓が蒸気に包まれると朝日が拡散されて浴室に溶けていく。きらきらとしたもので満たされていく。
簡単に体を流して湯舟につかると熱が肌をすり抜けて身体の真ん中へ伝わっていく。水面を反射する光が揺れている。手を少し動かしてみる。波紋が広がって朝日があちこちに飛んでいく。手のひらから滴が落ちて水面を揺らすたびに朝日はちらちらと行く先を変えている。
気付くと蒸気は消えて浴室は少し冷えてきている。昨晩の熱気も思考も輪郭を溶かして湯舟に流れてしまった。浴槽の縁に手をかけて少し重たい身体を起こす。すきま風がまだ心地良い内に体を拭いてベッドに向かう。

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