ひきこもり支援と弁護士

7月集会~ひきこもり問題~

毎年、司法試験に合格して司法研修所のもとで1年間の研修をしている司法修習生が、その年の社会問題から自ら選んだ問題について、その道の第一人者を招いて集会を行う「7月集会」というイベントがある。私は、修習生だった時も、その後弁護士になった後も参加したことがなかったが、今年はこんな情勢なのでウェビナー開催だったことに加え、なんと「ひきこもり支援」がテーマの分科会があるということで、6月ころから楽しみだった。

事前の告知を見ていると、ひきこもりの人を部屋から無理やり引きずりだして、全寮制の「施設」へ入所させ、ひきこもり一般の支援技法からするとかなり暴力的な方法で“自立更生”させる、いわゆる「引き出し屋」がメインテーマのようだった。…まぁ、この問題に弁護士が関わる場面って、そこまで危機的状況にならないと発生しないだろうな。。

ひきこもりと法

実際、私自身が1年以上ひきこもり相談支援課で支援をしているのだが、1000件を超える相談件数に比べ、弁護士の力が直接求められる案件はそれほど多くない。本人の年齢が40代くらいまでの場合、法律課題というよりは、それまでの人間関係であったり、対人恐怖が強くて家から出られないといった心理的課題であったり、精神疾患が遷延していると思われるケースであったり、主たる課題が法律以外にあることの方が圧倒的に多い。一度社会に出てから、職場でのハラスメントが原因で退職し、ひきこもってしまったり、離婚をする際に深く傷つき、そのまま戻った実家から出られなくなったり、どちらかというと「過去には法的課題があったが、その処置がうまくいかなかった結果としてひきこもってしまった方」が多い。今更、過去の問題を蒸し返すわけにもいかず、ただ傾聴するよりほかない。

ただ、本人の年齢が上がってくると、徐々に予防的に法律が必要になるような気がする。80代の親が、50代の子と同居して扶養し、社会から孤立している「8050問題」の世帯の中には、50代の子が親に対して日常的に暴力的な言動をとる場合もあるため、必要に応じて高齢者虐待としての対応が求められる。

今回の7月集会のスピーカーでもあった、KHJ全国ひきこもり家族会連合会のソーシャルワーカーである深谷守貞氏は、「ひきこもり支援の中で弁護士に求めること」として、①資産の管理や相続の場面、②家庭内暴力や死体遺棄事件の予防、③人権擁護(暴力的支援施設、いじめ、失職など)を挙げている。弁護士だけでは難しいこともあると思うが、特に①と③は、弁護士が関与する必要が大きいと思う。

ホームロイヤー(かかりつけ弁護士)とひきこもり支援

ひきこもり支援に関する文献を見ていると、財産の管理方法として成年後見制度を挙げるものが多い。しかし、典型的な8050世帯は、親が子を扶養できている、つまり、親は元気なのである。ADLも自立していれば、判断能力も低下しておらず実に矍鑠としている。後見制度を利用するスキがほとんどない。実は親が健在なうちの財産管理というより、親亡き後の相続について、親が元気なうちから真面目に考える必要がある。なぜなら、仮に法定相続分通りの相続でいい、としても、そのためには遺産分割協議書を作成する必要があるところ、ひきこもっている本人も、実印を作成したり、協議に参加したり、それなりの行動をしなければならない。それ自体、本人にとって負担であることから、可能であれば遺言執行者も指定した上で遺言書を残しておいてもらった方がスムーズなのではないかと思う。

こうした遺言書の作成に始まり、念のために将来的に親の判断能力が低下した時に備えて任意後見契約をしたり、ついでに親にもしものことがあったとき、お墓に入るまでの段取りをしてくれる人にもなってもらったり…と、いろいろ頼んでおきたいことが浮かんでくる。

そういう人向けに、ここ数年ホームロイヤー(かかりつけ弁護士)というサービスを展開する弁護士が出てきている。たぶん、ホームロイヤーを推進する弁護士は、ひきこもりの子がいる場合をそれほど念頭に置いていないかもしれないが、8050世帯の支援ととても親和性が高いような気がしている。ひきこもり支援を長年手掛けてきたソーシャルワーカーもそうおっしゃって下さるなら、なおのことそうなのだろう。

ただし、ひきこもり支援プロパーの留意事項がいろいろ発生し、受任する弁護士にはソーシャルワーカー的な動きが求められる場面が多くなるであろうことから、負担も大きくならざるを得ない。この点、刑事弁護におけるいわゆる「入口支援」に近いジレンマがある。どのように行政支援とすみわけをするかなど、今後の検討課題も多そうな気がする。

引き出し屋

今回の7月集会のメインテーマである「引き出し屋」も、ひきこもりにまつわる問題として重要な課題である。が、日々の支援の中で具体的にその影を感じることはなかったが、最近ちらちらと耳にすることも出てきた。また、NHKでも特集として取り上げられることが出てくるなど、これまで知らなかっただけで、警戒をする必要はあるのだろう。

ひきこもりという社会問題自体を支援対象とする法的根拠がないために、身近にどこで相談すればいいのかよくわからない、といった行政支援の貧弱さが、こうした業者の横行を許しているのだろう。また、ひきこもりからの回復には、それなりの時間と葛藤が伴うため、「今すぐ自立更生」といった即時性は、本人を憂慮する家族にとっては魅力的に映る。ちょうど、がん治療における民間療法と似た構造がある。

根拠法がないので、なかなか相談を受けてくれる弁護士も見つからない。今回の7月集会で登壇した引き出し屋被害者の方も、現在の代理人と出会うまでの間に複数の弁護士に相談し、いろいろ言われて断られている。昔からこうした虐待の被害救済の訴えに応えてくれる弁護士が見つからない、という話はよく聞くが、ひきこもりは問題としての「つかめなさ」「わかりにくさ」の故に、「それは弁護士がすることじゃない」となりがちである。ここにも、制度の谷間の深さを感じる「タニマ―」な感じがする。。

引き出し屋に手を出すと、その後の支援は非常に困難を極めることが予想される。そもそも、親族が無断で、あるいは本人が明確な拒否にもかかわらず契約をしてしまい、その後本人は非常に過酷な状況に置かれることになる。このこと自体、本人と家族との信頼関係を大きく破壊してしまう。

その後運よく救出され、被害回復に向けて民事訴訟を起こす場合にもさらに家族との関係が問題になる。というのも、本人の処遇につき、業者と親族を契約主体として、「自立支援契約」なる契約を締結してしまっているわけだが、契約主体にとって「本人」は他人であり、他人の権利を目的とする契約なので本来は無効のはずである。しかし、無防備に訴訟でそのように主張すると、親族が本件契約に及んだことを非難するような主張となりがちである。そうすると、この民事訴訟の過程で再度、親族関係の破壊が起こってしまいかねない。

さまざまな事情により社会とのつながりが希薄になってしまったひきこもり本人にとって、できれば家族には一番身近な味方でいてもらいたい。せめてまたゼロからの関係構築をしていくべきところ、それどころか家族と決定的な対立を抱えてマイナスからのスタートを余儀なくされる、というのは非常に酷な話である。こうした回復困難な悪影響しか見込めない問題であることから、引き出し屋被害は、被害救済もさることながら、予防が何よりも重要になるだろうと思っている。

未開の荒野、ひきこもり支援

全体としてバランスも良く、とてもいいセッションだった。しかし、上記に述べたような家庭内暴力への対応や引き出し屋被害の予防など、一見弁護士が役立てそうな場面であっても、きれいに事件化しない場面への法的サービスの展開は実は工夫しないと難しいかもしれない。司法修習生にはどう響いただろうか…

ただ、就職氷河期世代支援に関する内閣府の今年度予算の中に、なぜか突然チラッと法律家を活用したそうな記載が出てくる。「就職氷河期世代活躍支援都道府県プラットフォームを活用した支援」という資料の中でも、ひきこもり地域支援センターに関する記載の中でこう書かれている。

より専門性の高い相談支援体制を構築するため、医療、法律、心理、福祉、就労支援等の多職種から構成されるチームのひきこもり地域支援センターへの設置を促進することにより、自立相談支援機関に対する専門的なアドバイスや、当該支援機関と連携して、当事者への直接支援を行う。(スライド14頁目)

ひきこもり地域支援センターに、弁護士が配置される日も近いかもしれない… 弁護士会的にはノーマークかもしれないけど…

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