「ラトくんは絵本の中から出てきたみたいな男の子だ」という話
こんにちは、棚町です。
3章3部が27日に公開されるとの発表がありましたね。
ラトくんと謎のショタの画像――。
珍しく困り顔のラトくんがとってもかわいいですが、「かわいい」とだけ言っていられなさそうなのがもどかしいところです。
3章の初告知は「ラトの短剣と黒いモヤの画像」でした。その時点で「次に悪魔化するのはラトじゃない?!」と予想されていましたが、昨日「珍しく」「困り顔」の「ラト」が告知画像に選ばれたことで、ラトくんに何かが起こる可能性はぐんぐんに上がってきています。
バスティン、ハウレスに続いてラトが3章の主人公になる可能性も……
……てかもうラトくんだよね?!
私は2章が終わる前から3章はラトだと思っていたのでほぼほぼ確信しているのですが、客観的に見れば一応まだ確率の範囲です。
……でもラトくんだよね?!
ということで、私がずっと考えていたけど言語化が面倒くさくてサボっていたことがあるので、ラトくんが主人公になりそうなこの機会に、重い腰をあげてここに記しておこうと思います。
読みやすさを意識していますが、理屈っぽくなっていたらすみません。
それでは、めくるめくラトくん論の世界へレッツゴー!
「ラトくんは絵本の中から出てきたみたいな男の子だ」という話
絵本が大好きなラトくんは、絵本から出てきたような男の子です。あえて男の子と表現しているのは私の感覚の話です。男性という感じがしないんですよね、彼は。
さて、ようやく本題ですが、ラトの設定からは、童話や寓話との共通点がいくつか読み取れると思います。いわゆるモチーフ、元ネタというやつです。私が今回上げたいのは3つ。『ラプンツェル』、『狼男』、そして『酸っぱいぶどう』です。
まずそれぞれの概要とラトとの共通点を列挙します。知っている人は流し見してくださいね。
『ラプンツェル』
塔の上に幽閉されている髪の長い少女の話。ディズニーの『塔の上のラプンツェル』はかなり改変されていて、元になったグリム童話の『ラプンツェル』の方は結構えぐめの内容。タイトルはサラダとかに使われる緑の野菜であり、少女の母が食べたがっていた「ラプンツェル」から。
ラトとの共通点
・長い三つ編み
いわずもがなのチャームポイント。
・囚われの身
塔の上に閉じ込められたラプンツェルと、北の大地にあるサルディス家の監獄にいたラト。
・ラプンツェル(植物)
原典をたどれば、登場する植物はラプンツェルではなくパセリだったのではないか、とする説があります(要審議)。
『狼男』
昼間は普通の人間が、満月の夜に狼に変身して人間や家畜を襲う話。各地の伝説や伝承がベースになっているので細かい設定は時代や場所ごとに変わる。
ラトとの共通点
・満月の夜の暴走
いわずもがな。ハロウィンイベでラトが狼男ではなく吸血鬼の仮装をしていたのはこれが理由ではないかと思っています。狼男の仮装するラトくん、さすがに皮肉が効きすぎている。
『酸っぱいぶどう』
キツネとぶどうの話。キツネは美味しそうなぶどうを見つけるが、高いところに生っているため届かない。キツネは諦め、「あのぶどうはきっと酸っぱくてまずいに違いない」と言って立ち去る。「負け惜しみ」をあらわす、たとえ話。
ラトとの共通点
①キツネの登場
②ぶどうと自由
③Baccaとぶどう
すべて後述します。
最後の『酸っぱいぶどう』は初見の方もいたかもしれませんが、こんなかんじで、ラトには童話や伝説、寓話から取材したと思わしき設定がたくさんあります。
もちろんたまたま被った可能性もありますが、ラトが絵本好きなことを考えると夢のある想像だと思いませんか? 彼は様々な物語の設定をその身に背負って、まさしく絵本から飛び出してきたようなキャラクターです。
さて、『ラプンツェル』と『狼男』については知っている人も多いと思うので思い切って割愛します。私がしたいのは『酸っぱいぶどう』の話です。
『酸っぱいぶどう』は、キツネが自分じゃ手が届かないぶどうに対して「あんなぶどうまずいに決まってるわ〜あんなもの要りませ〜ん」と負け惜しみを言う話です。
客観的に見るとクソダサいですが、日常生活ではやりがちな自己正当化でもあります。行きたかったご飯屋さんがめっちゃ並んでたから「どうせどこも変わんないよね〜」って言って隣の空いてる店に入る、とかね。
自分を守るために何かの評価を下げたり、負け惜しみを言うのはダサい。これが『酸っぱいぶどう』から得られる教訓です。普通に沁みる。
そして突然ですが、私はこの『酸っぱいぶどう』のキツネはラトだと思っています。ただし、それはキツネが諦めなかった世界線、「ぶどうに手を伸ばし続けたキツネ」がラトなのだ、ということです。
①キツネの登場
ここからは先ほど挙げた3つの共通点、
①キツネの登場
②執事ストーリー『醜くも生にすがる』
③Baccaと葡萄
について、それぞれ解説していきます。まずはラトとキツネの関係から。
『悪魔執事と黒い猫』にはラトとキツネが同時に登場する話がふたつあります。ひとつがラトの執事ストーリー「醜くも生にすがる」、もうひとつが2章2部第2話「美しい道」です。どちらも誰でも読めるストーリーですが、ここで簡単に紹介します。
「醜くも生にすがる」
手負いの子ぎつねを捕獲して、食用に殺そうとするラト。しかし、自分に噛み付いてきた子ぎつねから生きる意志を感じ、一転して治療・飼育することに決める。
ラトは順調に回復した子ぎつねを野生に還そうとするが……。
「美しい道」
知能天使が飛び去った方角、「7番の塔」の調査に向かう執事たちと調査隊。馬車を降りて森を進むと、雪景色を見渡せる美しい道に出る。サルディス家が治める汚染された土地の話題になり、ラトは自分の過去を語り出す。しかし、突然現れた雪狐を追ってラトはその場を後にしてしまう。
こんなかんじで、ラトとキツネは地味に関わりがあります。
「醜くも生にすがる」はまたあとで詳しく見ていきますが、重要なのは、どちらのストーリーでも「ラトの過去が回想されている」という点です。
ラトが自らの過去について触れることは稀です。そうした過去も今後の展開で明らかになるのでしょうが、少なくとも今までラトが過去を回想するとき、そばにはいつもキツネの存在があった、というわけです。
② 執事ストーリー「醜くも生にすがる」
長い記事もちょっとは面白くなってきましたかね? ここからは「子ぎつねを殺そうとする…これが執事ストーリーで本当にいいんか?!」とツッコミたくなる話、「醜くも生にすがる」についてもう少し深掘りします。
まず、改めて概要を、詳しめに解説します。
読み直してもらうのが一番早い、というか、この執事ストーリー、冗談抜きで出来がめちゃめちゃに良いので、この機会にぜひ読み直してほしいんです。ほしいんですが、読み直すには10分くらいかかってしまうので……。余裕がある方はぜひアプリで読み直してから戻ってきてくださいね。
超〜〜ざっくり言うと、「生きる意志がないなら殺しちゃいますよ、キツネさん☺️🎶(マジで殺そうとする)」なラトの話です。ほかの執事ストと同じく3話構成。
1話
帰りの遅いラトを心配する主、ムー、フルーレの3人。北の大地の手前まで散歩に行っていたというラトは、足の折れたシロギツネの子どもを拾って帰ってくる。はじめほかの執事の食用にするつもりだったラトだが、自分に噛みついてきた子ぎつねから生きる意志を感じ、生かしてやることにする。
2話
ラトはルカスに子ぎつねを診せる。庭のケージで子ぎつねの飼育許可が降りたが、ラトがパセリくらいしか与えていなかったため元気がない。周囲の助言をもらったラトは子ぎつねのためにリスを捕獲。ロノに調理してもらったうえで与えると、子ぎつねの食欲も回復する。
3話
保護から一ヶ月以上経ったある日、ラトは子ぎつねを元いた場所に逃がすことにする。ラトは「醜くも生にすがる」子ぎつねが美しく見えたから救ったのであり、動物を飼いたかったわけではなかった。
しかし、ラトに懐いた子ぎつねは逃がそうとしてもケージから出ない。その姿を見たラトは、かつての自分が満月の夜に監獄から脱獄しようとしていたときのことを回想。回想から覚めたラトは突然子ぎつねの首を絞め殺そうとするが、ふたたび子ぎつねの抵抗に遭い、噛みつかれる。
ついに逃げだした子ぎつねをラトは見送る。
注目すべきは3話の回想シーンです。
ラトが回想に突入するきっかけになったのは、飼われることに慣れ、ケージから出ようとしない子ぎつねの姿でした。以下、回想シーンを抜粋します。
ラトはかつて自分は北の大地にあるサルディス家の監獄にいた、と明かしています。この回想も、その監獄から逃げ出そうとした日のことでしょう。
ラトは「???」(おそらく仲間たち)と共に脱獄を試みますが、仲間たちは外の世界を拒み、オリの中にいることを選びます。ラトはそんな仲間たちの選択を受け入れられません。
私の言いたいことがなんとなく分かってきた方もいますね。この回想における仲間たちは、ケージから出ようとしない子ぎつねの姿そのものです。さらに言えば、彼らとラトのやりとりは『酸っぱいぶどう』のストーリーそのものです。
ラトは外の世界の自由に手を伸ばそうとします。しかし、仲間たちにとってそれは、手の届かない高いところに生ったぶどうに見えるのです。
キツネは言います、「あのぶどうはきっと酸っぱくてまずいに違いない」と。仲間たちは言います、「俺たちはこのオリの中がいい…。」「外の方が怖いよ…。オリの中に居たほうが安全だ…。」と。
キツネも仲間たちも、本当はぶどうがほしかったはずです。でも届かないように思われるから諦めるのです。そういう意味でいうと、ラトは非常に欲に忠実に生きているとも言えます。
仲間たちがどうなったのか、この回想からはわかりません。ですがラトはおそらく、ぶどうに手を伸ばすことをやめませんでした。そして外の世界を、自由を手にします。
ラトがケージから逃げない子ぎつねを殺そうとしたのは、いわずもがな、昔の仲間たちの言動と子ぎつねの様子を重ねたからでしょう。諦めず「醜くも生にすが」ったからこそ外の世界に出て生き残ることができたラトにとって、子ぎつねの怠慢は受け入れられないものです。
ラトは子ぎつねを殺そうとしますが、子ぎつねはラトに首を絞められたことでふたたび生きる意思を回復させます。結局、子ぎつねはラトに噛みついて逃げていきました。
ケージの中の安寧を求めていた子ぎつねは、ラトに殺されかけたことで、ケージの中に本当の安寧がないことを知ったわけです。
生きることを諦めなかった子ぎつねが逃げ出していく様子は、「外の世界」を諦めなかったかつてのラトに重なります。
ラトにとって、ケージの中、檻の中にいることは命を投げ出すことと同義。生きるために「醜くも生にすがる」ことこそ、ラトの考える美しい姿なのです。
③Baccaとぶどう
『酸っぱいぶどう』とラトの共通点として「キツネの登場」「執事ストーリー『醜くも生にすがる』」を挙げてきました。最後はラトの苗字の由来にかかわる「Baccaとぶどう」についてです。
突然ですがみなさんは執事の苗字・名前を片っ端から検索に放り込んだことはありますか? 私はあります。その結果わかったことは以下の通りです。
①多くの執事の苗字が一般的に使用されていること
②Baccaは一般的な苗字でなく、おそらく創作されたものであること
③baccaは漿果(水分の多い果実)を指すイタリア語であること
④漿果にはぶどう、トマト、キウイが挙げられること
もうほとんど答えを言っているようなもんですが、あらためて言葉にしてみます。
ほかの執事も創作色の強い苗字ならまだ分かるのですが、FontaineやOswaldといったごく一般的な苗字の執事がいる以上、ラトに与えられたBaccaという姓はかなり異質です。
そしてややメタいですが、製作者の視点でそんな異質な苗字をわざわざ創作するとなったとき、「bacca=漿果=ぶどう」の図式になりうることを確認していないはずがないです。調べてみると分かりますがbaccaのヒット数はめちゃめちゃ少ないので、すぐにぶどうの項目までたどり着けます。
ずいぶん遠回りな言い方をしました。つまるところ「ぶどう関連で苗字を決めたのでは?」と言いたいわけです。ただ、「bacca(漿果)」の指す範囲は結構広いので、ほかの水分の多い果実や野菜が由来になっている可能性も否定できません。
が。前節にも書いたように、ラトが求めたぶどうとは「外の世界」、自由のことです。
そんなぶどうを、自由をその名に冠しているのなら、これほどロマンチックで愛のあるネーミングはないと思います。ラト・バッカのバッカは、ぶどうのバッカ、自由のバッカ。
ちょっといい響きじゃないですか?
名前関連で余談ですが、ラトの「Lato」は多くの人が予想しているように実験用ネズミのラットから取っている部分があると思います。
ただ、ラトは体に刻まれた「3719」という番号で呼ばれていた過去があり、彼は今、番号でなく名前で呼んでくれる人がいることを喜んでいます。その名前であるラトが実験用のネズミから来ているのは、あまりに酷だし皮肉でしんどい。ただ、彼の生い立ちを考えるとこの由来は否定しきれないものがあります。
ほかの執事と同じように悪魔の名前である「ストラス」から音をもらっているという大前提もあるはずなので、ラトのネーミングを考えるときはこっちの説をはじめに考えるようにしています。私はね…(現実逃避)。
余談が長くなりましたが、とにもかくも、ラトの苗字であるBaccaはぶどうと深くつながる言葉であるのです。
『酸っぱいぶどう』とラト・バッカ
ここまで『酸っぱいぶどう』とラトの共通点を見てきました。
キツネ、ぶどう、ラトの回想、名前の由来。
すべては私のささやかな予想と考察であり、憶測や妄想の域をでないものですが、「もしこうだったら面白いんじゃないか」という視点を少しでも提供できたならうれしいです。
自由という名のぶどうに手を伸ばすことを諦めなかったラトくん。彼のこれからのみちゆきが広くひらかれた、祝福に満ちたものでありますように。
棚町
おまけ↓
執事ストーリー「醜くも生にすがる」はラトの人生そのものなのではないか
『ラプンツェル』、『狼男』『酸っぱいぶどう』。絵本の中から飛び出してきたようなラトくんの物語に、果たして絵本のようなハッピーエンドは用意されているのでしょうか。
答えは3章の展開を待たなければいけませんが、ラトくんのこれまでの人生の一端を垣間見るひとつの手段として、もう一度「醜くも生にすがる」を読み直してみようと思います。おまけです。
「醜くも生にすがる」は、子ぎつねにラトの人生を重ねて読むことが可能です。
さっきも「生きることを諦めずに子ぎつねが逃げ出していく様子は、『外の世界』を諦めなかったかつてのラトに重なる」と言いましたが、それ以外の部分でも子ぎつねとラトは重なります。
手負いのキツネ
まず、ラトが子ぎつねを拾ったのが北の大地の手前であるということに着目します。そしてその子ぎつねは怪我をしていました。
ラトは北の大地にあるサルディス家の監獄から逃げ出してきた脱走者です。「外の世界」を諦めなかったラトは、なんやかんやあって監獄から逃げおおせたと思われますが、その際、彼もおそらく負傷しています。
原因はふたつ考えられます。
1つ目はサルディス家の監獄が「汚染された土地」にあることです。
北の大地にあるサルディス家の監獄は「汚染された土地」と呼ばれる過酷な環境にあります。この土地の汚染により人の住める場所が縮まったとも語られているので、何かしら人間に害があるのは間違い無いです。
なぜサルディス家がそんなところに監獄を構えたのか。脱走しづらくするためだと考えるのが自然ですが、メインストの流れをみるかぎり「人目をはばかってまでしたい何かがあったから」とも考えられそうです。
ともかく、「汚染された土地」から逃げ出す際に、ラトはなにかしら汚染の影響を受けた(負傷した)可能性があります。
2つ目に考えられる負傷の原因は火災です。
ラトの日常の思い出やカドストを読んだことがある方ならもしかしたらピンとくるかもしれませんが、彼は明らかに火災の炎を見た経験があります。そしておそらくそれが監獄の火災であったことが、「あの火の海の中で私は自由になった」という台詞から予測できます。ラトはまた、去年のバレンタインカドストで「我を忘れて多くの人の命を奪った過去がある」とも告白しています。
整理すると以下のようになります。
・ラトが脱走を試みたのは満月の夜
・ラトは監獄の火災によって「自由になった」
・ラトは「我を忘れて多くの人の命を奪った過去がある」
・現在のラトは満月の夜になると我を忘れて暴走する
・現在のラトは自分の記憶が一部思い出せない
ラトは火災に乗じて監獄から逃げ出すことに成功したが、その際、何かのきっかけで我を忘れて多くの人の命を奪うことになった。その晩のことがトラウマになり、満月の晩になると暴走してしまうが、原因がわからず苦しんでいる。
といったところが、現状で推察できる範囲です。個人的な意見も言うと、彼の身体の不自然な傷はこのときの火傷の痕ではないかと思っています。
火災を起こしたのがラトなのかそうでないのか、人の命を奪ったとは具体的に何をしたのか、その相手は仲間なのか監獄の関係者なのか。そして、一体なにがきっかけで我を忘れてしまったのか。
まだまだ考察の余地はありますが、ここら辺の謎は今後の3章の展開に委ねたいところです。
ともかく、ラトは北の大地の監獄から脱走してくるときに「汚染された土地」の影響か監獄の火災で負傷していた可能性が高いです。これが、ラトが北の大地の手前で拾ってきた手負いの子ぎつねと重なってきます。
何もないならパセリを食べればいいじゃない
次にパセリです。ラトくんに出会ったばかりの私は「なんでパセリ好きなのか知りたいけど知りたくないな〜^^」とビビっていましたが、嫌な予感とは大抵の場合、的中するものだと思います。
なんでパセリ好きなんだろうな〜^^
ラトが子ぎつねをルカスに診せたとき、子ぎつねは栄養失調でした。ルカスが薬を飲ませ、その後の食事の世話はラトがしていましたが、パセリや果実、虫しか与えていなかったらしく小ぎつねは衰弱していました。驚いたフルーレやムーにたしなめられたラトの言い分は以下の通りです。
ラトは、生き残るためなら食べられるものはなんでも食べるべき、選り好みなんてしている暇はない、と言いたいのでしょう。
こうした価値観からは、ラトがいかに過酷な環境を生き抜いてきたのかわかります。「キツネだしこんなもんでいいでしょ〜?選り好みすんなよ〜?」ではなく、「食べ物あるんだから良くない?え、もしかして食べ物の種類まで考えなきゃいけなかったの?!」に近い考え方です。
ラトは基本無知で、自分なりの常識に従って行動するとズレた結果を招くことが多々あります。
でも大丈夫。彼には指摘されたらちゃんと改善する素直さがあるので、その後しっかり栄養のあるものを与えていました。子ぎつねよかったね。
脱線しましたが、このパセリと子ぎつねのシーンから読みとりたいのはラトが「食」に頓着しなくなった原因です。
生きることを諦めない姿も、北の大地で負傷していたことも、子ぎつねとラトを繋げる大きな要素です。だから、この「キツネにパセリ事件」も同じく子ぎつねとラトの共通点になるのでは? ということです。
「きっと食べるものがほぼないから、我慢して食べているんです。か、可哀想…。」
監獄での待遇はかなり劣悪だったと予想されるので、「食べるものがほぼない」くらいでもおかしくはないです。
彼は幸いパセリが好きらしいので、子ぎつねのようにパセリがたくさん差し出されたら「食べるものがほぼない」どころか食べるものだらけになってハッピーなわけですが、子ぎつね的にはしんどい状況です。嫌いなものしか出てこない食べ放題で食欲は湧きません。
子ぎつねとラトの共通点を見出すなら、ラトも監獄にいた頃、子ぎつねと同じく「食べるものがほぼない」状態だったのではないでしょうか。だから生きるために「選り好み」はしていられないという価値観ができるわけです。
ここからはウルトラ邪推ですが、パセリが好きな理由も考えてみます。気になるので。
監獄でお腹がすきすぎたラトはパセリで飢えを凌いでいたので、味には馴染みがあった。監獄の脱走を機に記憶の一部が欠落、パセリの味に馴染みがあるワケも忘れてしまったが、パセリの味は覚えていた。食に頓着しないラトはパセリばかり食べるようになった。
とかね…。でも、パセリ好きは『ラプンツェル』から取ってる部分が大きいと思うので、↑のやつは本当に邪推です。こういう当たらない予想をしてるときが楽しいですね(自己満足)。
「醜くも生にすがる」は神ストーリー
こんなにたくさん「醜くも生にすがる」を考察してきましたが、ぶっちゃけシナリオライターに「ほへ〜そこまで考えてなかったわ〜」って言われてもまあおかしくないなとも思います。このおまけとか、正しくこじつけのオンパレードです。
それでも、たった3話からこれだけの想像を膨らませられるくらいには、「醜くも生にすがる」は示唆に富んだ良いストーリーだと思います。
『酸っぱいぶどう』が伝えてくれるのが「負け惜しみをしないこと」なら、「醜くも生にすがる」のテーマは「生きるのを諦めないこと」でしょうか。ラトも子ぎつねも、まるで絵本の主人公のようです。
ラトは北の大地の手前で傷つき栄養失調になっていた子ぎつねを保護しながら、過去の自分を見ているような気分になったかもしれません。同じように我々も、「醜くも生にすがる」を通してラトの人生の一端を見ることができます。
生きることを諦めずに逃げ出していった子ぎつねがその後どうなったのかは誰も知りません。監獄から逃げ出してきたラトの未来は、果たしてこれからどうなるのでしょうか。絵本のようなハッピーエンドが用意されているのか否か。3章が待ち切れないですね。
さあ、3章3部が始まる前にみんなも「醜くも生にすがる」を読もう! きっとこの記事を読み終えるのよりは早く読めると思いますので。
棚町
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