見出し画像

ほぷすてぷじゃんぷ

 先日、ふとある人がつぶやいたことがきっかけで、彼女のことを思い出した。
 私がテニス界にいた頃のこと。約14年に及ぶ市民プレーヤー時代の後半、突如として強烈なキャラクターのTちゃんが登場した。
 硬式と軟式は似て非なるもの。だけど、似ているから軟式経験者は硬式の上達が早い。彼女もそう。しかも、やる気があり余っていて、週に3~4日は練習していた。さらに負けん気が強くて、試合にもどんどん出て、強くなっていった。

 Tちゃんは見た目がよく、有り体に言えば美人さん。ウェアにもお金をかけて、お化粧ばっちりで、目立っていた。
 ひとりっ子でかわいがられて育ったと自分で言っていたが、周囲は自分をかわいがってくれて当たり前という振る舞いをしていた。遠慮はしないし、たとえば自分が練習したければ人が都合あると言っても「えー、やりましょうよ!私、やりたい!」と無理強いする。
 強くなりたくて仕方のないお姫さま。

 私が属していたサークルには、県ランキング上位にいたこともある男性(親方)がいた。私がテニス界で一番敬愛する人だ。
 親方は自身が大会に出場するだけでなく普及にも熱心で、そもそも人がいいから、うまくなりたい人に頼まれるとレッスンや練習相手をしてくれていた。私もものすごくお世話になった。親方のおかげでテニスが好きになったと言っても過言ではない。
 そんな彼には弱点があり、美人で気の強い若い女性に弱かった。当然、Tちゃんのお誘い?お願い?にも応え、練習に付き合っていた。

 Tちゃんがすごいのは、親方だけでは満足できなかったところ。より強い選手、うまい選手に次々と声をかけ、近づいていった。
 その近づき方が、サークル内の女性たちの反感を買った。
 わかりやすく言うと、女を武器に男を手玉に取る、みたいな。
 鈴を振るような声でにこにこしながら「すごーい!上手!尊敬しちゃう」みたいなことを言い、「一緒に練習したいですぅ!え、いいんですかぁ!うれしいぃぃ」みたいなことを言い、パーソナルスペースに侵入し、ベタベタと体をさわり、甘えてみせる。
 そういう接し方を苦手とする男子選手たちは彼女と距離を置き、うれしかったり、もしかして…と期待する男子選手たちは練習相手をしていたように思う。

 そう、男子選手ばかり狙うのだ。
 自分たち女性陣とは付き合わず、A級男子(級がA~Cとあり、Aが最上位)の中でもトップクラスと仲よくなろうとする。その声のかけ方が女性性をフル活用したやり方。
 いつの間にか、Tちゃんは女性陣から総スカンを食らっていた。

 Tちゃんは強くなりたくてA級男子と練習していたが、一方でお姫さま気質全開だったので、揉めることもしょっちゅう。
 練習後のコート整備をしない、練習ではなくレッスンなのにレッスン代を払わない、なんならコート使用料も払わない。
 A級選手は選手でプライドが高い人が多い。彼女の勝ち気で自分勝手な振る舞いを受け入れられず、離れていく。すると彼女は別な選手に近づく。しまいには地元に居場所がなくなり、隣県まで、さらにその向こうへと練習場所を移していったようだ。

 そんなTちゃんの動向は常に話題になった。
「あの○○さんと練習してた」
「今度は○○さんに引っ付こうとしてた」
「○○さんと別れたみたい」
「今は隣県に通ってるらしいよ」
「最近は○○さんとずっと一緒に行動してる」………

 私もおもしろがって「へーそうなんだー」なんて話に乗っかっていたのだけど、実はTちゃんのことをうらやましいと思ったこともあった。
 欲しいもの(人)を得るために、やりたいことをするために、自分の持てるものを活用して手に入れる。自分を批判したり、バカにしたりする人のことは無視。ただひたすら、自分の気持ちに正直に行動する。
 ある意味、とても清々しい。

 Tちゃんのことを揶揄していた女性陣も、きっと私と同じ気持ちだったのではないだろうか。しかも、彼女たちは私とは違い、周囲への同調や世間体、人の目なんかを気にして、やりたくなくても引き受けたり、言いたいことがあっても言えない人たち。(だから彼女たちに同調しない私も排除されたんだろうなぁ)
 Tちゃんのことを「本当に嫌い」と吐き捨てたのは、やっかむ気持ちがあったからのような気がする。

 先日つぶやいた人の気持ちが、私には痛いくらいわかる。
 「やりたい!」と言ってやれる人。やりたいと思うことを、とにかくやってみる人。実際に行動するくらい、やりたいことがある人。
 うらやましい。そして、小さなことでもやりたいことを実現させる姿を近くで見るのは、けっこう胸が苦しくなる。

 でも、「やりたい!」と言ってやろうとしている人も、「成功するか不安がある」とつぶやいた。自信があってやろうとしているわけじゃない。ただやりたいこととやれる状況が一致して、思い切って船に飛び乗ってみただけ。
 いや、自信がないのにやってみようと踏み込んだ、その一歩がねたましいのかもしれない。自分にはできないことだから。

 「うらやましがっても仕方ないんだよね」とつぶやいた人は、今日、自分の一歩を踏み出した。船に飛び乗れたのか、海に落ちてしまうのか、結果はまだわからない。
 でも、悩み苦しみながら、もしかすると泣きながら、とにかく飛ぼうとした彼女が誇らしい。私の娘じゃないんだけど。かっこいいなぁと思う。

 私も飛んでみたい。飛びたいよ。



ネコ4匹のQOL向上に使用しますので、よろしくお願いしまーす