三国志2-part5[完結]

三国志をメタファーにマーケティングと経営を主題に創作された物語です。 

三国志2-part4から続く
https://note.com/tanaka4040/n/ncc257a06c68d

民意

その夜、農の国は、戦勝に沸き立っていた。あちらこちらで天を焦がすほどの篝火が焚かれ、誘いあうともなく老若男女が集い、輪になって、笑い、踊り、囃し、さざめき、食べ、酒を酌み交わし、陽気に騒いでいた。

勝利の美酒は農の宮殿でも振舞われていた。上座の王と和尚の左右に重臣たちが居並び、祝勝を賀しつつ杯を傾け、賑やかに談笑している。どの顔にも安堵の色が浮かんでいた。

「対了(ところで)」

と、農王は、微笑を湛えつつ、和尚へ問いかけた。

「水路を掘るにあたり、民へ褒美を与えたのはナゼじゃ?」

働かない者はムチ打って働かせる考え方の農王には理解できない。

「我が国の民が、我が国を守るために働くのは当り前であろう」

和尚は農王の杯へ酒を注ぎつつ答えた。


「世の中に、当り前なことなどありませぬ。いつ失われてもおかしくないほどもろく、危うく、千に一つあるかないかの偶然の積み重ねの上に我々は生きています」

「?」

「民が働くのは当然ではありません。むしろ、働かないのが当然です」

和尚は徳利を置いて続けた。

「ひとくちに民といっても、意識の高い民もいれば、民意の低い民もいます。それらを一括りにして民と称するには無理がありましょう」

「尤」

「おおよそ、意識の低い民のほうが多い。他方、ごく少数の意識の高い民は、ムチに打たれずとも働きます。その目的と意義を知っている。しかし」


和尚は一気に杯を干してから嘆息しつつ、

「ムチ打つことによって意識の低い民を働かせることはできます。が、やる気まで引き出すことはできません。そこで褒美です。褒美ほしさに率先して働く」

とつぜん、和尚は、左右に居並ぶ重臣たちへ向かい、大声で訊ねた。

「おのおの方の中に、明日から給金が出なくても仕えようと思う方は、どれ程おられようぞ?」

重臣たちは顔を見合わせながら戸惑っている。和尚は、

「これは失礼した」

と農王へ向き直り「この通りです」と微笑んだ。自然、重臣達は、二人の会話を聞き取ろうと耳を立てる格好になった。


「民を客に喩えると分りやすい。客はムチ打たれて買いますか?買え!買え!と強要されて買いますか?買いますまい。客は、自分のために買うのです」

「その通りじゃ」

「ならば話は簡単。何が客の利益になるのか、わかりやすく伝えることです。決してムチ打つことではありませぬ」

「それでムチ打ちを止め、褒美を用意したのか」

「是。どんなに優れた戦略であろうと、民意が低ければ理解できません。理解できるのは、意識の高い一部の民のみ」

「ふむ」

「しかし、質は高くとも、量が少なくては、質・量ともに揃いません。質と量を揃えるには、圧倒的多数を占める低意識の民を動かす必要があります」

和尚は傍らの紙に

        質量之国家也(質量これ国家なり)

        質量之社会也(質量これ社会なり)

        質量之組織也(質量これ組織なり)

と墨書した。


のちにシグマの法則(68/95/99.7ルール)と呼ばれる分析分布で、余談になるが付加価値マーケティングの顧客七階層にあてはめると、

  1. 1/最優良顧客…0.3%(シグマ3以上)

  2. 2/優良顧客…4.7%(シグマ3)

  3. 3/一般顧客…27%(シグマ2)

  4. 4/新規顧客5/擬似客

  5. 6/未知客…68%(シグマ1)

  6. 7/非客

の正規分布になり(基準は平均値)、この法則を従業員に当てはめると、

        給料がなくても働く従業員…0.3%

        生活できるだけの給料さえあれば充分な従業員…4.7%

        一般的な従業員…27%

        給料だけが目的の従業員(アルバイトなど)…68%

となり、全体を効率よく運営するには、シグマ3にもシグマ1にも特化することなく、質・量ともにバランスのとれた政策が必要となる。


農王は尋ねた。

「しかして、その政策とは?」

「義にあらず。利にあり。義で動く者はわずかなり。ほとんどの者は利で動く」

戦略

農王が謁見すると、さっそく、和尚の口上を述べ始めた。

「一夜明けて、お考えとお覚悟は定まりましたか?お考えとは、一年後までに国を富ませる戦略です。戦略がないとは言わせません。昨夜、ひとつの戦略を置き土産にしたはず」

農王は腕組みのまま目を閉じて聞いている。


「もし、国を富ませるお覚悟さだまらず、王と重臣の特権階級のみ温存されたまま、民の貧窮が続くようでは、もはや貴国は民にとって無用の長物。たった今、商の精鋭10万の強兵を進めて攻め潰すもの也」

約定

重臣たちがざわめいた。

「宣戦布告ではないか」

「やはり、我らが農国と工国を戦わせ、漁夫の利を得るつもりであったか」

「おのれ!汚いやつめ」

「和尚め、初めからそのつもりで我が国へ近づいてきたに違いない」

「商の国では、これを戦略というのだろう」

「汚い戦略じゃ」

じっと聞いていた農王の両目が喝と見開き、

「静まれい!」

と一喝したあと、おだやかに、

「使者殿。先を続けられよ」

と促した。使者は口上を続けた。


「もしも、民の幸福を願い、成長戦略を取り入れ、一年後に必ず国を富ませる約定を記した誓紙あらば、兵を退くもの也。その約定とは……」

   一 富は民へ還元すべし

   一 民から零れた富のみ、王および重臣たち特権階級が享受すべし

   一 約を違えた場合、王ならびに重臣は、一人残らず国外へ退去すべし

「もし退去せざる場合は、商国の軍隊が侵攻するもの也。お返事や如何に?」

農王は、重臣達へ諮りもせずに、即決した。

「和尚殿へ伝え参らせよ。かならず一年後には国を富ませ、民へ富を還元し、まずは民を幸せにし、我々、国を動かす者は、その余得に預かることを約束する、と」


使者は、和尚と商王が乗る艦へ戻り、復命した。商王は、全軍に帰港を命じた。

「碇を上げよ!」「帆を張れ!」「全員配置に付け!」「商の国へ帰るぞ!」

船首で潮風を受けながら、商王は、和尚へ語りかけた。

「これで、質の良い農林水産物が物流し、我が国を潤すことになろう」

「御意。農林水産物は国家の基本。これなくして民の生活は成り立ちませぬ」

「しかし、我が国も、工国も、良質な農林水産物を産出できる土地柄ではない」

「そこで農国に頑張ってもらわなくては」


「ハハハ、その通りじゃ。我が国の民は、商売は上手なれども、農林水産業は、からっきしダメだからのう」

「御意。農林水産業は農国へ任せることで、ますます商売に精を出せましょう」

「これで、ますます儲かるというわけじゃ!ワハハハハ、愉快じゃ!」

「フフフ。これぞ、商の国の戦略」

二人の笑い声と、1,000の商船兼軍艦隊は、滄海の彼方へ消えていった。

              三国志2[完]

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