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死んだふりする入居者

養護老人ホームは基本的に自立支援の高齢者を施設です。環境上の理由や経済的理由で、在宅での生活が困難な方が入所できる公的福祉施設です。特別養護老人ホームのような介護保険施設ではありません。

ところが最近は介護保険を利用し外部の介護サービスを受けることができるようになりました。それは介護3以上が特別養護老人ホームの対象になり、介護1〜2の人は、在宅介護が基本なのです。そうなると、養護老人ホームにも要介護認定を受けられている利用者が入居されるようになったのです。

この施設は夜勤の介護士はお一人で、一晩中気の休まる暇はなく、4階建ての建物を走り回っています。そんな中で事件は起きました。

夜間はコールが多い。どうしても寂しくなったり、不安になったり、体調の変化が現れたりしやすのが夜なのです。この日もコールでの呼び出しが重なりました。少しの時間が経過してやっと着いたその部屋の入居者は、声をかけても反応しないのです。体を揺すっても反応がない。コールにすぐ対応できなかったその時間に急変されたのかと、夜勤者は驚いたそうです。すぐに緊急対応をとり、看護師を呼び、医師に連絡をし、相談員を呼びました。

夜中に駆けつけた看護師も首をかしげました。呼吸はあるものの手足をさすってもつねっても、目を開けないので、病院へ連れて行こうと緊急で出勤した職員とリクライニング椅子に乗せたら、その時「死んでないよ!」と声を挙げました。

その一言で、夜勤をしていた介護士は緊張がほぐれ、涙があふれました。どんなに心配したか、そして安堵したことか。死んだふりをした入居者は、夜勤者がコールにすぐ来てくれなかったので、意地を張ったとお話になりました。自分が一番でありたくて、自分を見ていて欲しくてそのような行動になったのです。

ある精神疾患を抱えている入居者は、夜中に十数回も夜勤者を呼びます。夜になると、ご自分で立ち上がれなくなり、お一人でトイレに行けなくなるのです。また、ある人は夜になると妄想がおきて、子供達にご飯を食べさせると言ってタッパを持ってご飯をもらいに来たり、さらには自分は職員だと思い込みあちらこちらの引き出しを開けて、ポリデントやら洗濯洗剤、お茶のパック、スプーンなどを収集して歩く入居者がおられたり、さらにはトイレに手を拭くペーパーを流して詰まらせてしまったり、紙おむつのポリマーをトイレに流してトイレの水を溢れさせたり。とこのような入居者を一晩中お一人で見て歩くのです。

このように仕事量がオーバーしていても、夜勤者を増やすことはできません。国の配置基準は満たした人員配置なのです。でもこのままでは、入居されている方にとっても、働いている職員にとっても、満足のできる状況とは言えません。事故が起きないことを願うばかりです。

*このお話は実話をもとにしたフィクションです。

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