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100万回死んだ悪役

背中に「正義」の文字を背負い出勤。
今日の現場は、島への上陸作戦。
でも、上陸する前にあのゴム人間に
吹っ飛ばされるシーン。
メインキャラ相手だから、人数も多い
いかに派手に吹き飛ばされるか俺の見せ場。
とはいえ、出番は1秒弱。
収録が終わると次の現場へ
メインキャストや
幹部クラスはの船は動力付き。
俺たちは手漕ぎボート。
シーンで使う船はほとんどが看板に描いたもの
折りたたんで現地へ運ぶ。

現場から現場へ移動の連続。
やっと久しぶりに陸に上がった。
世界最高の頭脳が作った島。
ここでは衣装を変えて、
着ぐるみで通行人の役。
戦いの巻き添えを食って死ぬ役。
着ぐるみを着替えて
10回は死んだ。

やれやれ、移動がない分楽ちんと
思っていたら、
新規の依頼が入った。
ヘリコプターで急遽移動。
やけに待遇がいいと思ったら。
新作の怪獣の子分の役。
最近は、余獣と呼ぶそうだ。
予算が限られているので、
ワンシーンで5〜10役をこなす。
死に方も全部変える。
12時間休憩なしの撮影。
何度も死んでいるうちに
本当に死んだかと思った。
地獄のような現場も3日で慣れる。

着ぐるみが続き、素に戻っても。
「キー」と叫んで直立、右手真っ直ぐ伸ばしたり、
急に右の掌を見て「なんじゃ!こりゃ」と
叫んで見たり。
発作が起きて困る。

最近は「異能もの」が流行っている。
なんか技を喰らって死ねばいいので、
楽と言えば楽。
強烈な光や炎に包まれたら
引っ込めばいい。
演技なんていらない。
しかし、ここで手を抜かないのがプロ。
「カット」がかかるまで
悶え苦しむ。
この前は、スタッフが勘違いして、
あわてて水をかけてきた。
この炎は、俺の異能だ。
芥川とか国木田、太宰、田山
文壇バーかこの現場。
黒のボルサリーノに
白いシャツ、黒ネクタイ黒のスーツ。
マシンがぶっ放して気分は、
あるカポネの時代。

休み明けの現場は、リメイク作品。
当時の現場を知る人間も少なくなった。
主人公の指さばきをきちんと受けて
脱臼、断裂、破裂のタイミングを合わせる。
熟練の指使いこっちのツボを
きちんと押してくれるから
彼との仕事は気持ちいい。
ライバル役の彼も「悔いなし」と
言い切った割に何度も出てくる。
彼の指を受けるのは、難しい。
アドリブだらけで、ツボをよく外す。

100万回は死んだ悪役。
これからも死に方の研究は続く。

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