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原爆とゴジラ

【ペットボトルのキャップからゴジラへ】
ゴジラ作りながら、
気づいたこと。
思ったこと。
知ったこと。

※ 現在、週1回の制作ペースです。
  制作が進んでいないときのつぶやきです。

1945年8月15日
今年もやってきます。
79回目の終戦記念日です。
塾で中学校の社会科も教えていますが、
8月6日の広島、9日の長崎に原子爆弾。
ポツダム宣言を受諾して15日正午の玉音放送で
国民は、終戦を知った。
わずか数行で締め括られています。
1954年3月、第五福竜丸の乗組員23名が
ビキニ環礁で被爆。
核兵器で3度も被曝をしているのは日本だけ。

1954年11月ゴジラの第1作が公開されました。
3月の第五福竜丸11月のゴジラ公開。
なんらかの関連性を感じる。

私がゴジラに出会ったのは、
この第一作がテレビで放送された時。
印象に残っているのは、山手線を蹴散らすシーンと
ゴジラが近づき、飴のように折り曲げる鉄塔から
最期まで中継を続けるシーン。
ラストでゴジラが溶けて骨になっていくシーン。
感情移入をしていて、本当にホッとしたのを覚えている。

その後、何回か映画館でゴジラを見たが、
あまり印象に残っていない。
おそ松くんのシェーをしたり、口から放線を吐いて飛んでみたり
何か違和感ばかり。
子どものミニラまで登場してきて、気持ちは離れていた。
シン・ゴジラが出てくるまでは。

もうネタがないだろうと思っていたところで、
ゴジラー0.1
「ゴジラと戦後の日本」これは思いつかなかった。
意味ありげなエンディング。
次回のゴジラが楽しみになってきた。

「戦後ではない」と声高に唱えていた時代を知っている。
もちろん、私は、戦争を知らない子供。
しかし、戦争を知っている大人たちの中で育ってきた。
この時期の国語の教材では、戦争が入った作品を読んできた。
そして、教えてきた。
「ちいちゃんのかげおくり」
「一つの花」
「ヒロシマのうた」
「黒い雨」
「字のない葉書」
「夏の葬列」
中3の国語で「大人になれなかった弟たちへ」を教えている。

「ゴジラ」も教材にしてもいいのでは。

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