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実母に引き取られた話

保育園に通ってた頃だからたぶん5歳から6歳の話だと思う

赤ちゃんの時からじいちゃん、ばあちゃんに育ててもらってて、週末だけママとマンションで過ごしてた

ばあちゃんちは一軒家で花がたくさん植えられてて中国人が勝手に入ってきて写真撮影するくらい綺麗
ヤシの木も生えてる

ママと過ごしたマンションは都会の中心で窓の外から見えるラブホがお菓子工場か何かだと思ってよく行きたがってたと思う

おばあちゃんちは朝起きるのが早くて、ばあちゃんの声がガミガミうるさくて、髪の毛縛るとき痛くて嫌だった、でもじいちゃんが駄菓子屋をアホみたいに買ってくれたり、適当に選んだ道を一緒に自転車で散歩に行ったりして楽しかった

ママの家は昼まで爆睡できて最高だったし、、、、、あれ、あんまりなにしたか思い出せないや、でも公園に連れて行ってくれたり、ドライブとかしたと思う

5歳か6歳の途中くらいに保育園に行きたくなくなって
ばあちゃんとかじいちゃんとかいろんな大人に手当たり次第「行きたくない〜」って泣きついた気がする。多分演技だけど行きたくないのはマジ
保育園に行きたくなかった理由は....自分が乱暴者で
プールの時間にアサミちゃんって子の足を引っ張ってめちゃめちゃ怒られたり、誰かを引っ掻いて連絡帳の名前をひっかき◯◯(名前)に変えられたからだと思う。パッと思いつくのはこれくらい
ちなみに引っ掻いた理由は思い出せない、多分自分が原因だと思う

多分だけど自分の居場所無くなって居づらかったのかなぁって思う
ママの家でダラダラしたかったのもあると思う

結局、保育園を途中で辞めてママのマンションへ引っ越しました

もう今は楽しかった時期のこと思い出せないから嫌だったことばっかり書いちゃうけど

ゆっくり寝られるのは良いんだけど
ママも一緒に寝てるから朝ごはんはなくて、たまーにお漏らししてたんだけどパンツも見つからなくて大変だった

お腹空いてパンツ探し疲れて服の山で寝ちゃってたことが何回もある パンツなしでw

もう大分序盤からママの家にきたことを後悔してた、ぶっちゃけ今でも少し後悔してるけど、現状に満足してるからこれで良かったのかなって思う

今最悪な状態だったら、多分親のせいにするのはダサいって思う方だからなにも考えずにただ辛いなって思いながら生きてたと思う

今でもお腹空くとおばあちゃんちから出なければ良かったなって思う
毎日朝ごはんが出るのは当たり前じゃない
おしっこ漏らしても服の場所もわかんなくてポカーンだった

ていうかママはあまり片付けができないから服の山の部屋があった そこで大体行き倒れてた

義父が来るまではそういう記憶しか残ってない

おばあちゃんの家が嫌だったのは、おばあちゃんが親としてきちんと躾してたからだったんだなぁ、ママのところに行くのはお門違いだった、きっとママの立ち位置は孫を甘やかしてのほほんとしてるおじいちゃんとおばあちゃんの位置だったんだな、って今わかった

なにが正解だったかわかんないけど、今の生き方を見てみるとこの選択でもよかったって言えるからいいよね。

なんとなくだけどどっちに行ったとしても苦労というか、複雑な感じにはなってたと思う。

私はもう大人だけど、まだ大人たちの間で私に何か隠し事があるらしい、私をママと住むように(ママが)しむけたとかそういう話を義理の叔父さんがしてたのをチラッと聞いた

まだ聞く勇気はない


次回、パパって呼んでね!

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