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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【十話】【創作大賞用】

783、784、785!

「金毘羅さんの本宮までの階段って本当に785段なんだね」

息を切らしながら春子が明るく喋る。

「春子、じゃあ一緒にもう一歩進もう」

そう言って幸助は春子の手を改めて握り直した。

「せーの、786!」

この一歩って何の意味があるのと春子が聞いた。

幸助はよくぞ聞いてくれたとばかりに話す。

金毘羅さんの本宮までが785段なのは786の数字からナヤム、悩むから一段減らして悩みを解決しますって意味があるらしいんだ。そのことは素晴らしいと思うんだけど、俺はさ、悩み続ける人生も良いんじゃないかって思って。春子にも俺にもどうしたって悩みが生まれてくる。その悩みをないものにするんじゃなくって一緒に一歩踏み出すことで悩みを分かち合っていきたいんだ。

「でました、幸助のロマンチックタイム」

「いいだろ、たまには」

「たまにはね」

「それで春子そろそろ返事を聞かせてほしいんだけど」

春子は空と大地を交互に眺めながら、答える。

「正直ちょっとだけ悩んだ」

「けど答えはイエスです」

幸助はガッツポーズした。

一週間前に祖母から急に提案されたのだ。世界一周クルージング旅に行かないかと。そしてそこに春子も連れてこいと。祖母は少し認知症の疑いがあると診断された。突然なことだったけれど、幸助自身も、春子と世界の色んな場所を見てみたい、春子のことをもっと知っていきたいと思っていたから、思い切って春子を誘ってみたのだった。

旅立ちの前日。

桜は今年も当たり前のように満開になってくれている。これも当たり前のことじゃないって知っている。当たり前だったことは簡単に奪われるからだ。当たり前に開催されていた琴平での歌舞伎が五年ぶりに開催されようとしている。歌舞伎の旗が踊っている。

幸助は春子の父親でもあるマスターのいる讃岐乃珈琲亭の前に立っている。

中に入るとマスターと目が合い、幸助からマスターに話かけた。

マスター、あの時の宿題だけどさ、孤独ではないとはどういうことなのか自分なりの答えを導き出してほしい。ってやつ。正直まだこれだって答えは見つかってない。けど、孤独では完全になくなる時って生きている間はないんじゃないかって感じてる。父親にもう会いにくるなと言われた時は孤独を感じた。好きな子に対して素直な気持ちを伝えきれなかった時も孤独を感じた。孤独を感じる時って沢山ある。そのかわり孤独じゃないって思える時も沢山ある。マスター達と働いている時、お客さんが笑顔になってくれた時、祖母や犬といる時。そして春子といる時。孤独じゃないって思えてる。そしてこれから春子と一緒に孤独な時もそうじゃない瞬間も共にしたいって思ってるんだ。

マスターは笑ってくれた。また一つ楽しみが増えたな、と言って幸助が淹れた珈琲を飲み干した。

黒に覆われていた珈琲カップは、今は殆どの部分が真っ白に輝いている。

来年の今ごろの僕たちはいったいどうなっていて、どんな感情を抱いているだろう。

それは誰にもわからない。

わからないけど、歩んでいきたい、大切な人たちと一緒に。

日本一小さな県で与えてくれた大きすぎる愛に恩返しするために。

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