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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【六話】【創作大賞用】

讃岐乃珈琲亭には最近幸助が気になって仕方がないお客さんが来店する。

初めてその男の子を見たのは幸助が働きだした日だ。

幸助より少し若いくらいのお母さんに連れられてやってきた男の子は春子が作ったお子様ランチを目を輝かせながら食べていたのだ。

その雰囲気がかつての自分のようだと思い勝手に親近感を抱いた。

そしたらその後その男の子が珈琲をブラックで飲みだして幸助は更に驚いた。

本当にかつての幸助そっくりではないか。

その男の子も明らかに口の中に含んだ苦い液体を吐き出したそうな表情を浮かべているのに無理して飲んでいた。

もしかしたらお母さんはシングルマザーで自分のお母さんを安心させるために早く大人になりたくって、その大人になる近道が珈琲を飲めることだと考えているんじゃないかとさえ思った。

そうなると思考回路までかつての幸助と同じだ。

そんな男の子が今日、再度来店した。

前と同じようにお母さんと二人だ。

前と同じように誰よりも美味しそうにお子様ランチを食べ、誰よりも苦しそうにブラック珈琲を飲んだ。

もうこの時には幸助にとってその男の子は他人だとは思えなかった。

だから男の子のとこに近づいて、お子様ランチに一個だけつける和三盆のゼリーを五個、袋に入れて男の子に手渡した。

そして心の中で、同志よ、そんなに早く大人になろうとしなくていいんだよ、とつぶやき、良い子に育ってくれよと笑顔で頭を撫でた。

かつての幸助も祖父母を安心させたくて早く大人になりたくて仕方がなかった。

なんで自分には父も母もいないのか知りたかったけど、子供ながらにそれは質問してはいけないことのような気がして聞けなかった。

ただ父と母がいないのに生きていられるのは祖父母が自分のことを大切に育ててくれているからなのは、はっきりと理解できた。

そんな祖父母に早く恩返しをしたかった。

恩返しするには一刻も早く大人になる必要があると感じていた。

だから幸助はブラック珈琲を我慢して飲んだし、大学に行くのを我慢して東京に働き先を探しに上京したのだ。

右も左もわからないような場所で、ただ大人になりたくて、運良く拾ってもらえた珈琲屋で懸命に働いた。

そうしていたらあっという間に二年が過ぎて二十歳になった。

成人式のために久しぶりに祖父母の待つ実家に帰った時に、祖父母が初めて両親のことを話してくれた。

まず驚いたのは両親が死んでいなかったことだ。

てっきり何かの間違いで死んでしまったから幸助の所にいないのだと思っていた。

そう思い込む事で自分を守っていたのに、両親は生きていた。

母はギリシャかエジプトだかよく分からないがそのあたりで暮らしているらしい。

そして父は幸助でも知っている歌舞伎役者の中村駒太郎(こまたろう)だった。

駒太郎は歌舞伎だけではなくテレビのドラマやバラエティにも出演するような世間の人気者だった。

そんなザ芸能人が自分の父親だと最初は信じられなかったが、祖父が駒太郎に連絡したところ一度逢いたいと言われたらしいのが余計に信じられなかった。

「会うか会わないかは幸助の自由じゃからな」「父親になんと言われようと、わしらだって幸助のことを大切に想っていることを忘れんといてほしい」祖父母はこの時も幸助の気持ちを何より優先してくれた。

「もちろんだよ。じいちゃん、ばあちゃん、ここまで俺を育ててくれてありがとう」幸助は祖父母の目をしっかり見つめて言った。「…一回会ってみるよ」

父の駒太郎とは、ホテルの一室で再会した。その一室は幸助が泊まったことのない、リビングと寝室が分かれている所謂スイートルームってところだった。一つひとつの部屋が広くて奇麗だ。窓の外にはスカイツリーが大きく見える。こんな角度でこんな間近でスカイツリーを見るのだって幸助は初めてだった。はらはらと舞う粉雪と合間って夢の世界のようだ。

駒太郎は幸助を部屋に招き入れてリビングにある馬鹿でかい椅子に座らせた。自身はこれまた何百万するのかわからない高級そうなソファに座り足を組み、肘掛に肘をついた。

そしてまるでずっと一緒に暮らしてきたかのようなテンションで、幸助大きくなったな、とか、目の当たりは俺の昔の頃とそっくりだな、とか、仕事はなにをしてるのか、とか、結婚はして子供はいるのかとか矢継ぎ早に聞いてきた。

その一つ一つに幸助は、ああ、とか、いや、とか最低限の言葉で返事をした。

幸助が父に話かけようとするのを遮って駒太郎が不自然な程に陽気に喋り続ける。

「まああれだな、元気そうでよかったよ。お前の母ちゃんが他の男とどっかの国に行ったときはどうしようかと思ったけど、あの時うちの両親にお前を託した俺の選択は正しかったな」

それは確かにそうだと幸助も思った。祖父母はちゃんと幸助を育ててくれた。けど求めていた答えはそうじゃない気がしてならない。駒太郎は尚も続ける。

「ああ、あとこれはお願いなんだが、俺たちが親子だってことは今後も内緒にしておいてくれよ。お前も知っているだろうけど俺にはもう別の家族があって、お前と親子だって知られたらマスコミがうるさくってさ。芸能人は大変で嫌になる」
「だからできれば会うのもこれっきりにしてほしい。金のことは気にするな。困ったらいつでも親父を通じて振り込んでやるから」
「今日は会えてよかったよ、忙しいスケジュール調整してよかったよかった」「じゃあ俺はこの後テレビの収録があるから帰る。お前はここで一泊していくといい」

そう言い切って父であるはずの駒太郎は去った。

だだっ広い一室に一人残された幸助は、渦巻く感情に襲われた。

何故そんなにも一方通行なんだ。なんで俺の話は聞いてくれない。なんで自分が知りたかったことだけなんだよ。俺だって知りたかった。俺が生まれたときにどう思ったのか。俺は望まれて生まれてきた子なのかどうか。俺のことを思い出す日はたまにはあったのか。色々聞きたかった。

触れてみたかった。

抱擁までしたいとは思ってない。ただ握手でよかった。父の温もりってのがどんなのか知りたかった。なのにあの人は触れるどころか終始目さえ合わしてくれなかった。

今日俺をここに呼んだのは全部自分を正当化するためだったとさえ思ってしまう。自分の選択は正しかった。世間一般論で言うならば親の愛情で子を育てるのが正しい。けどそれが無理だと判断したから潔く両親を頼った。その判断は、ほらみろ、正しかったじゃないか。俺は何一つ間違ったことはしていない。おまけに金まで出してやろうとしている。なんて優しい男なんだ。だなんて考えているのかと思うと哀しくなった。

もしかしたらこれから定期的に父と会える、人生で初めての酒を父と一緒に飲むことができるのかもしれないとも思っていた。そうやって自分の中だけで理想や妄想を膨らませていたことが惨めで、恥ずかしい。

東京の光は何かを失った者には眩しすぎる。

幸助はせめてもの反抗心と父の存在を少しでも感じたかったから、駒太郎が言ったとおりにその日一晩ホテルで過ごした。冷蔵庫の近くに置かれていたマッカランと書かれたウイスキーをラッパ飲みした。幸助の人生で初めてのウイスキーの味は、マスターのとこの珈琲とは違いただただ苦いだけだった。

そしてウイスキーはただただ幸助の世界を揺らすだけだった。揺れる世界の中で幸助は祖父母に電話をかける。夜も遅かったので出ないだろうと思ったが祖母が電話に出てくれた。祖母の聴きなれた声を聞いた瞬間、幸助は言葉を詰まらせた。

「ばあちゃん、さっき駒太郎さんにあったよ。俺さ、勝手に色々期待しちゃってたみたいでさ…駒太郎さんに一言でいいからお前に寂しい想いさせてすまなかったって、言ってほしいと思ってしまってたのかもしれん…ばあちゃん、俺…」

それ以上言葉を出すことができなかった。普段おしゃべりな祖母がこの時は何も言わずただただ受話器越しに幸助の側に居続けてくれた。幸助が眠るまで。眠った幸助にばあちゃんは囁いた。

「よう頑張った、えらい、ゆっくり寝えよ、

おやすみ」

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