旅とビールと、ときどきねこ    「母と九官鳥」

今私は猫を飼っている。現在は3匹。
元々動物は大好きで、生まれたときから実家には犬と猫がいた。父が大の動物好きだったせいで、犬猫はじめ、うさぎ、アヒル、モルモット、矮鶏、九官鳥、オカメインコなど様々な生きものを飼った。すべて愛玩用のペットたちである。動物たちの世話はもっぱら母。母は、実は動物嫌いであった。いつももんくをいいながら、でも仕方なく世話をしていた。

口癖は「口のあるもんは飼わん!!」

ところがある時、母が外出先から機嫌よく帰って来て、私たち姉妹に話を聞かせてくれた。それは、友人宅で飼っているセキセイインコのこと。とても頭がよく、人の言葉を話すのだという。「インコちゃーん(インコの名前)、こっちへいらっしゃい」と、飼い主(母の友人)が呼ぶとすぐさま飛んで飼い主の肩に乗り、「インコちゃーん」と、言葉の真似をするのだそうだ。話を聞いて感激した私と姉は、「言葉をしゃべる鳥って、すごーい」と父に言うと、「インコよりも九官鳥のほうが、人の言葉の真似がうまいぞ」というものだから、私はえぇ!そうなの?と、初めて聞く九官鳥という鳥に、とても興味を持ったのだ。
動物好きの父と、新しい物好きの母が、私の願いをかなえてすぐに九官鳥を買ってきてくれたのは、言うまでもない。
九官鳥は「九官(きゅうかん)さん」という名前をもらって我が家の一員となり、人の言葉の真似をしていた、鳥かごの中で。

先住の犬や猫たちは留守番の夏休み、九官さんを家族旅行に連れて行った。鳥かごに入れて。車の後部トランクの中、かごに入ったままの九官さんを気遣って、たびたび母はトランクを開けて水をかけてあげていた。真夏の乗用車のトランクルームは、高温熱帯だ。よく耐えたと思う、が、何日も置いて行かれないのが、かごの鳥の事情。犬猫とちがって人がお世話をしないと生きて行かれない。

ある日、母が鳥かごのそうじをしようとしたら、九官さんが外に飛び出してしまった。あわてて捕まえようとしたが、なかなか捕まえることが出来ずうろうろしていたら、猫のミーが九官さんを抑えつけた。
鳥の寿命がどれくらいかはわからない。生まれたときから、かごの中でしか生きてこなかったのだから、無防備というか、なんというか。
動物嫌いだった母が、九官さんにだけは特別の愛情をもって接していたのを見ていた私は、「だから、口のあるものは飼いたくないんや」そして、「一生かごの中で過ごす鳥は、かわいそうやな」とつぶやき、九官さんの死骸を布に包む母の背中に、かける言葉がなかった。
猫のミーは、放免。
「猫やからなぁ、しゃーないわ」と父。
もとより、猫好きの私も九官さんには可愛そうなことを、と思ったがミーの気持ちもよくわかる。だって、目の前に鳥がいたら捕まえるのは、自然だ。
母はそれ以後、決して動物たちに愛情を持って接するなどしなくなった。

本当は、世話好きで猫も犬も大好きなのに。

昔、聞いたことがあった。
6歳上の姉が小さいころ、金魚を買ってもらってとてもかわいがっていた。ある日金魚が死んでしまって、姉がものすごく悲しんだのを見た母は胸を痛めた。それ以来、生きものを飼うのはやめようと思ったらしいのだ。

飼育動物との別れは必ず来る。動物たちは人間よりも寿命が短い。私も数々の動物たちとの別れを経験してきたが、凝りもせず飼っている。いや、飼っているというのではなく、同居している。もはや、猫たち無くしては生活できない。
猫のご機嫌を取り、満足げな顔を見ると自分が豊かな気持ちになるのだ。自分のために、猫にそばにいてもらっているといっても過言ではない。 

今年の3月末に、飼っていた猫一匹が死んだ。老衰だった。
18年間一緒に過ごした愛猫だ。寂しいはずがない。
それでもまだ。3匹の猫がいる。彼らは、仲間の死を理解しているだろうか。

母は、9月に死んだ。
老衰だった。アルツハイマーを患い大腿骨折を経、コロナ感染症にもかかった。93才、大往生だ。
ペットとして動物を飼うのを嫌ったが、決して動物嫌いではなかった。

今頃天国で、父と一緒に好きな動物たちに囲まれて暮らしていてくれることを、願う。


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