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トルソーになりたかった。

褒められたのは嬉しかった。
自分がその服を気に入って、思いきって購入した服だから。
自分に似合っているかどうかも考えずに袖を通した日。
鏡にうつる姿を見て胸をおどらせた。
自分も素敵な服の一部に変身できた気がした。


「素敵なお洋服ですね」

といわれた瞬間に、変身がとけた。 

この服が素敵だと感じる人に会えて嬉しい。
声をかけてもらえて胸がはずむ。
あなたも、こういうデザインが好きですか。
それとも、このブランドが好きですか。
ちがう色もあるんですが、この色が好き。

お腹と喉もとで、いくつかの言葉の泡がはじける。
服の一部になれなかった自分がゆらゆらと浮きあがる。

ぐにぐにとした自己主張と角張った自分勝手、無数の小さな毛穴に、経年劣化した思考。

私が、もしもワイヤーでできていたら。
身体が、プラスチックだったら。
このお洋服でいられたのに。

一言に喜んで、腋に汗を滲ませながら、頬を赤らめることもなかったのに。

その言葉をかけた人から去った後に「トルソーになりたい」とおしゃべりな緩い口元が呟いた。

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