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地下鉄のネロ

東山線の伏見駅で乗ってきた女性がまるで待ち合わせのように傍にきた。彼女の右肩が僕の左脇の位置に収まった。

2330
終電に近い。金曜の夜の淵で車内はかなり混雑している。

彼女はスマートフォンを操作しながらまわりの人に身体を預けるように立っていた。電車が揺れるたびに誰かに寄りかかる。僕の反対側の女性はそんな彼女を怪訝な表情で一瞥した。

懸命にスマートフォンを操作する彼女をこっそり覗いてみると、彼女はアラーム5時30分にセットしている。

オッケー上手くできた。

安心したように彼女はスマートフォンをポケットに仕舞った。タフな仕事帰りのようで彼女は疲れ切っている。このまま眠ってしまいたい。画の前で力尽きたネロのようだ。

名古屋駅に入線する時のポイント通過の揺れで、よろめいた彼女は反対側の女性に押し返されて、さらに僕の方に身体を預けてきた。

東山線名古屋駅

さあこれから僕は少し急いで、2358の東海道線の上り最終列車に乗らなければならない。

5時半に起きなければならない彼女は、現実からの避難民のような金曜深夜の人混みの中に飲み込まれて消えた。

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