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長篇【夢の島、君の声】賀喜遥香


「私来週死ぬんだ」

揺るぎない昼休みから、声が聞こえる
_____________

10月に似合わない寒い日

屋上に来た僕は先客の彼女に突如余命を告げられた。頬の痛みを抑えながら快晴の空の下、太陽の光によって暖められた屋上に寝転ぶ女性に悠々と。

マフラーで顔を埋めた彼女のことを、
濡れている僕はまだ知らなかった。


『あの……誰ですか…?』

微笑みながら、答えを添えていく。

「私は君を知ってるよ、いつもこの屋上にいるから屋上君って名前でしょ?」


心の芯を突かれて開いた口からは空気だけで、薄く伸びてから強がりの言葉が出た。

『それで呼ばないで下さい……』

「私はいい名前だと思うけどね、この場所を制した者の証みたいじゃん」

『虐められて付けられた名前に良いという考えはありませんよ』

その言葉から彼女は起き上がり、僕の方を向いて大きく本意の一言目を発する。

「先輩に向かってそんなこと言う…?」


まだ鉛色の空が段々曇りの存在を薄めていく。
秋の香りなんて幻想の頂きに過ぎず、


『まず先輩ということ今知りました』
何故だろう、初対面の図々しさは生暖かいコンクリートのように密接で痛く硬い。


「私は遥香、これだけで充分でしょ」

空虚な眼の奥が語る意地悪はあまりに暗礁で、

「宜しくね」


「ねぇ…何で虐められてるの?」
なんて直球で、デリカシーのない質問で

あまりに綺麗すぎる言葉の切れと音の強さに負けを感じてその場を立ち去ろうとしたが、

何故か彼女が持つ生物的本能が僕の普段使わない思考回路を巡り、重い口を動かした。


『みんな窮屈なんですよ、この退屈な世界で圧迫されて。僕を見てみて下さい、自由な僕は嫉妬の的にちょうどいい』

親にも同じ部類の友達にも、赤裸々に感けた言葉を発した事はなかった。

「ふーん」と伸ばしながら、彼女は少しだけ重い咳をした。痛々しそうな音と鈍い顔色が、今僕が発した言葉には酷だとも感じた。

賑やかな日経平均株価は今日も安定と得を求めて、教師たちも建前なんて知らない。

今から嫌われると思ったんだ。いつものように赤い他人たちが得意げに連なるやり方で、僕のことを否定すると思ったんだ。

自画自賛を挟んだ解説は喋っている自分ですら嫌になる内容で、今すぐでも空へ飛んで行きたいほど、息苦しい重量をしている。

ただ、自責で苦しむ僕を見ながら

「私癌なんだって」

これは命の教えてくれる時間なのか、

「昨日病院行ってね、私悪性腫瘍であと一ヶ月しか生きられないんだって。だからこんな風に生きてることに興味がないんだよね」

鉛色の嫌気と共に、まだ淀んだ雲もゆらゆらと

「屋上君とは違って、周りには必ず誰かに期待されてる環境ではあったんだけどさ。誰も私なんか見てなかったんだよね、それが肌に伝わるのよ、身体を苛つかせてさ」

「だから死ぬ前に嘘だらけのこの世界を壊してみたいのよね、壊すまで死にきれない」

話した本人の手が震えている

「屋上君はこの世界をどう思ってる?」

「こんな醜い多数派に数の暴力によって世間的に殺されている君自身は、この世界を壊してみたいと思わない?」

彼女は知っていたんだ。まるで新品の服の袖を通すように、どこにどの調味料があるか知り尽くしていたんだ。ただ今僕自身の中にある嫌悪で産まれた言葉は、

『でも今のあなたからは出来るとは思えない』


「そっか……」

悶々と彼女の影が僕に近づいてくるのが分かった。その華奢な身体から見えてくるふらふらとした動きに蜃気楼のような言葉にやられて、


「……これならどう?」


彼女より小さい僕の体に合わせて少しだけ下なら動いて、僕の唇を奪った。

後ろめたい華の色合いが可憐に着飾って、僕の唇に秋を描く。無味無臭の感覚から恋愛小説の恋の信憑性を疑い深くなった。


僕は後ろに蹌踉めくことせずに、開いていた両眼で確認する。彼女の目は鮮明で、ずっとあがっていた口角を下げている。

まだ二つの目を捉えては
「これで信用出来た?」

頬に添えられた彼女の折れそうな掌はさっきまでの痛みを重ねて、温もりに変えていく。


雰囲気と唖然を重ねて、棒立ちしていても彼女は連鎖する。

「この世界をどうしたい?」

信用する以外に
『この世界を壊したい』
考えが浮かばなかった。

解放する場所を淡々と探し続けていた。それは生涯かけても見つからない、盲目的な探索活動だと思っていた。

日頃物が逃避したり、言葉の針で刺されたり、時には手を出される事もあった。教師は見て見ぬ振り、いつもの教室にいる全員を呪いそうだった。


何も映えない空に虚無な気分が

『壊したい、この世界の皮を剥いで皆に現実を教えてやりたい。そして解放されたい』

僕は心の拠り所を探していた。

孤独という事実が寂しかった、ただ寂しかったんだ。ただ今見える彼女の言葉の桜は車窓から綺麗に吹雪いている。

「良かった」

僕は一筋の涙を確認して、彼女の隣に座る。
「君のその姿をみて安心したよ、大丈夫」

安心した哀楽は意識の中に

「大丈夫だよ」

抱擁され、耳元で囁かれた言葉の中に家族以上の安心感があった。彼女のか細い腕の交差が硬く閉じられる。

僕は腕を回さず、彼女の肩に顔を埋めた。経験のない僕がされる淡い行為には全くの抵抗がなく、そのまま過ぎていく。

それほど彼女は優しかった。

「じゃあ壊そっか」
彼女の耳元で世界が始まった。

「幸せになってみよっか」

それが合図になって、世界が動く

鼻声で発する一言目は情けなく、
『まずは何からするんですか?』
彼女は意地悪な顔で楽しそうに、僕からの提案は毛頭も過らずに彼女の肩が強い。


「まずは日頃の鬱憤を解放しよう。上辺だけの教室の奴らを救ってあげたいからさ」

クラスメイトと何か蟠りがあるかのように言葉を濁し、立ち上がる。


「屋上君は今日ずっとここにいるの?」

『そんなバカな、流石に教室には戻りますよ。ただもう少しここにいたいだけなので』

「オッケー、じゃあ今日の放課後に君の教室に行くから、楽しみに待っててね」


「あ……唇気持ちよかったよ」

笑みは絶え間なく、綻びそうな季節で

僕が返事をする前に彼女は屋上を颯爽と出て行った。これから授業に参加する気なのかと億劫に思えながら覚悟をした僕は、もう教室で授業を受けるつもりはなかった。

柵に手をかけて、屋上から校庭を見渡していた。普段毛嫌いしていた学校が今日から生まれ変わると知った途端、愛らしくなってきた。

屋上から小さく見える教室から、退屈そうに外を見る生徒、走っている生徒、デッサンしている生徒。心から憎らしかった数分前より気持ちが晴れ渡る清々しさで、その青さは晴天より純粋だった。

結局数時間後に教室に行って、孤独の刹那の中で彼女を待つ。

しれっと教室に入って、いつも帰る時間に這うように教室で残っていた。掃除させた居場所の空虚な雰囲気は、これからの季節に溶け込むつもりだった。

誰も居なくなってから数分後、そこへ大きな荷物を持って入る彼女は全ての重荷を持ってきた。
「お待たせ、見てよこれ」


『今から何をする気ですか?』

「まあ見ててよ」
彼女は整頓された全ての机と椅子の交際を剥がして、サークル状に連結させた。その中心に彼女の全ての持ち物を無様に投げ置いた。


「今からこの教室にある机の中を全部出して、そしてこの円の中に置いて」

彼女の考えている事は分からないが、

“全て”を捨てる気らしい


教室の端から端まで全ての机の中身をサークルの中に投げ捨てた。見つからないように忍足のまま、時折投げ捨てる時に発する紙の効果音が
無邪気な笑いに変わる。

自分のことを虐めていた人たちの持ち物を、無差別に捨てる行為に抵抗は全くなかった。

物に罪はないが、ある意味虐めの空気感でそれよりも高揚された気持ちが優先した。


教科書やノート、電子辞書や校則的に持ってきてはいけない物が1つの場所に自由奔放に置いてある状況が、嬉しくて仕方なかった。

「これだけで楽しい………笑」

各々の有能なゴミ溜めが、自力での活動を不可能とする惨劇に見えた。全ての机の中身を出し終わった時、有意義な時間の中に

「この教室にこの前の文化祭の余りのペンキあるでしょ、それを全部集めて」

僕は教室の隅にあるロッカーから先日文化祭で使ったペンキを全て出した。赤、青、緑、黄、黒、そこだけ散乱している紙たちの隣でカラフルな晩餐が乱雑に行われる。


「これで足りるかな………笑」

すると隣の教室からも彼女は悪気など全くなく、一貫して無邪気なまま何個もペンキの入った缶を何度も持ってきた。


無数にある缶の整列を上から盛大に見て、

『やっぱりかけるんですか?』
「そうよ、楽しそうでしょ?


「ほらっとりあえず持って」


僕は青のペンキを、彼女は赤のペンキを持つ

「今更後戻りなんて出来ないよ」
『知ってますよ、じゃあやりますか』
「うん!!」

勢い良く_________


言葉と同時にお互いが教科書の類の者たちに夢中に注がれる。悪魔的な表情で次々とペンキをそこにかけていく。

赤、青、緑、黄、黒の色彩の霰で
鮮やかに眩しくなる。

僕らは笑いながら、恨みを込めながら、
喜びで勢い良くかけていく。

アルミ缶に冷たさを感じながら、
悶えた手に苦痛を感じながら、

憎悪と嫌悪の涙で逃げ殺すように、
檻から逃げるのを阻止するかのように、


上からペンキの壁で殺ずのに夢中になって、気付いたらお互い笑っていた。

跳ねてくるペンキも動じずに


何度も、何度も


飛沫を見せる窓際を這うように、太陽の光が迸る。僕はそこを殺すように、何色もの上塗りでこの世代を築き上げようとする。


それは何回もやって、息も切れた頃に

気分が終わっていく________

全てのペンキを使い切り、荒くなっている呼吸を整えると目を合わせて
「今のうちに逃げよっか」

『……はい』
「行こ………」


 


ペンキで乾いた手の膠着具合が、嗚咽するほどの不愉快をそのまま残していく。

僕の手から駆け足で教室を出て行った。


自分たちの少しの荷物で、手を繋いで駆け足で廊下を走る。空振りする少しペンキの付いた靴が我々がやった所業の証拠となっている。

2人の靴の鳴る音と激しく呼吸する音が寂しいそうな廊下に木霊する。ペンキが後から付いて来る。

校庭に四つの足跡が彷徨う。


走るスピードを落とし、
蒼い硬派な空をゆっくり見上げる。
「もうここには戻ってこないよ」


夕陽が校舎に堕ちて、黒い花を覗かせる。深淵に似た色の顔はまた強張って、鼻息が荒い。

『僕の唯一の居場所だったんだ、今でも僕の生き霊がそこから見てるみたいだ』

「名残は?」
『ないですね、もう今更そんなの必要ない』


「私もあそこにずっと居れば良かったな」


「教室に居たって良いことも何もなかった。あるのは実力に屈した子供や大人」

歩みを止める彼女をただ見つめていた。
「純粋に生きてる人間なんて周りに一人も居なかったの」

青春の免罪符は翳りの後からじりじりと。この日の天気予報は嬉しそうに満月を教えていたことを思い出した。


過去のことは今の僕でも何も変えれない。彼女の横顔から分かる事は、後悔の執筆が何枚も進んでいること。

でも言葉にして何も言えなかった。
「よし今から私の家に行こう!!」

『………なんで?』

「私一人暮らしだからさ、荷物置いて屋上君は一旦服を着替えて来てよ」

その「だから」の意味も理解出来ないままで、
突如の発言にただ何か戸惑いたくなる。

そして突拍子もない発言に驚く、
『だからなんで………?』


「だってペンキの付いた服をずっと着てる訳にもいかないでしょ?それに私たちは世界を変えるつもりなんだから、決別しとかなくちゃ」

「ある程度の服も持って来てね」
『泊まるんだね……』

「そりゃそうでしょ、もう私たちは共犯だよ。1つの屋根のあるところに逃げないと」

デリケートが無くなって、
デリカシーが亡くなった。

可愛い大人の証明書から醜い子供の片道切符まで、

『確かにそうですけど………』

「そうと決まったら行くよ」
再び駆け足で景色を流していく。もう二度と来ない学校に背を向け、新しい旅の始まりを告げる。後ろの校舎の1つの教室には不自然にペンキが付いていた。


ここは長い路地、薄汚れた見覚えのある塀たちの参列にはもう見飽きて、裏の世界でも現れそうな気分も見えてくる。


「ここが私の家」
一旦彼女の家に入り、重軽いバックを下ろして自宅に行く。幸いなことに同じ地域のご近所さんだった彼女家の場所を覚えながら胸を張って身軽で帰る。


家に帰ると玄関には靴はなく、誰もいない事を確認する。いつもの玄関の湿気、大人になり損ねた革靴たちを今ある全ての服を脱ぎ捨て、普段の出立に着替えていく。


この制服には二度と袖を通さない。卒業式を行う前にこんな気持ちになるとは人生とはわからないものだった。

二日分の服を1つのリュックに入れ、携帯の充電器や財布など必要なものを詰め込む。有りっ丈の貯金を全て出し、意のままに家を出る。


そして置き手紙を机の上に押し付ける。
『さよなら』殴り書きの文字は

誰に伝えるためでもなく、

一度歩いて来た道、未練を家の中に捨てて旅路を急ぐ。彼女の家に着き、今度は自分の意思でチャイムを鳴らす。


「はーい」


玄関から出てきた彼女も普段の出立になって、僕を出迎えた。陽気でいつも以上に明るい服が、

今日会ったばかりだが見慣れた感じで、何故か新鮮で不意に見惚れてしまった。

「何見惚れてちゃってるのよ、照れるじゃん」


「早く入って!」

大きく動いた日は彼女の家で幕を閉じる事になった、僕はまだ何故か心が踊ったままだった。

『お邪魔します』

眩しい新たな門出の扉は思った以上に軽く、高校生になって初めて他人の家に来たことを思いました。

そして自分の居場所ではない違和感が何故か嬉しかった。玄関には運動靴やヒールなど男性としてあまり目にしないものまである。

八畳の部屋の部屋には女性的な家具は少なかった。普通という言葉が相応しい部屋で心なしか落胆していたかもしれない。

リビングに全ての荷物を置き、とりあえず寝室のベッドの上に座る。


その間彼女は客人へのおもてなしの準備をしていた。自分の部屋ではないが心落ち着く雰囲気に若干心の帳が上がった気がするが、

「キョロキョロし過ぎ……笑」

『すみません……』

「はい、これとりあえずお茶ね…」

『ありがとうございます』

「あの、一回帰ってまたうちに来てもらって申し訳ないんだけど、今冷蔵庫見たら何も無かったから、」

「買い出しに行こう」


僕は彼女と一緒にスーパーへ赴く。

そういえば今日はカレーらしい。鼻歌を歌いながら、僕より少し前で歩いてる彼女。

家を出てから繋いだ手は堅く交差している。僕は彼女と付き合っているような錯覚に毎回陥るのが分かる。鼻先を小さく迸る。

それでも離したくない気持ちを隠して一緒に歩く、スーパーに着くと僕にカゴとカートを渡す。

「とりあえず持ってて」


彼女が慣れた様子で野菜を探し始めた。
僕は逸れないように、必死に彼女を追う。


カレーの材料は簡単でスーパーでもカレーの野菜セットが売ってるぐらいだ。

『これでいいんじゃねぇ……』
それをカゴに入れようとすると、

近くにいた彼女がゆっくりと

「そういうのに目をやるのはナンセンスだよ、自分の感覚で1つずつ野菜でもちゃんと選ぶことが大事なんだから」

あと数日で死ぬ人の明るさとは到底思えない微笑みだった。含み笑う姿には何も映えないぐらい30分以上かけてじっくりと吟味する。


また時折咳き込んでは、見渡す。野菜、肉、調味料、ルーの全ての具材をカゴに入れ揃えて、そのままレジへ移動する。

会計は僕がした。宿を使わせてくれる以上、今の僕にできることはこれぐらいだった。

会計を済ませると大き袋2つを両手に持つ僕

出口で待ってた彼女は颯爽と僕の隣に来て、
「私の手、空いてるよ?」
右手に持っていた荷物を持つ。


野暮な返事をするのも面倒で、そのまま互いに空いてる手を絡めて、仲良く帰宅する。

片方には物理的な重みと、もう片方は情の重みを感じる。何を喋るわけでもなく、淡々と歩く2人は途中ご老人に冷やかされながらも、照れを隠して彼女を見る。


遥香は笑っていた。


家に着くと早速料理の準備を始める彼女。

僕は荷物の整理をしながら、
『僕に何か手伝うことありますか?』

「うーん、じゃあ野菜を切ってくれる?」


昔から共働きだった僕は慣れた手つきで野菜の下準備を進める。独り暮らしの遥香は慣れた手つきで縦横無尽に動く。

羨ましそうに見る家具たちが邪念を送るように、


「手際がいいね、屋上は料理出来るの?」
『人並みには』
「じゃあ明日は作ってもらおうかな〜」
『いいですよ』
『やった!」

30分もせずに完成する。お盆の上に2人分の夕食を乗せ、寝室に置いてある机に置く。片付けなどを全て終え、2人揃って地べたに座る。


「じゃあ冷めないうちに頂きます〜」
『頂きます……』

2人揃って合掌しても、口は揃わなかった。


暖かく、まるで幸せの夫婦の食卓のような居心地に、笑顔を雰囲気が漂っていた。


ただ漂っていた________


2人揃ってスプーンを持ち
2人揃ってカレーに手をつけ
2人揃って味を確認する

一口食べて、お互いが顔を見合わせる

 


「ふふっ……美味しい」
『………そうですね……』
笑みが多く溢れた瞬間だった。


食事をしている時間、尊いこの時間の進みはとても早く、2人ともすぐに食べ終えた。

「あれ、おかわりする?笑」

『しようかな、』

「じゃあ私も〜」

料理が褒められて嬉しいのか、楽しくて嬉しいのか、彼女の混ざった喜の感情に、

脳まで満たされた気分だった。

彼女が2人分のおかわりを運び、スプーンの進みを始めた。

2人とも食べ終わり、
「食った〜満腹だわ〜」

『僕も久々におかわりしました、今日は僕が洗いますよ…』

「………いいって、私もやるよ」
『いえ、流石泊めてくれたお礼がしたいので、先にお風呂に入って来てください』

「………じゃあ次からは敬語は確実にやめてね」


日頃の癖で途切れた敬語のまま、彼女と過ごしていたが、やっぱり気付かれていたみたい。


『……うん、わかった、今からタメね』

その言葉に嬉しかったのか、また得意の口角を上げなら僕を見て、


「じゃあ先に入ってるね、覗いちゃダメだよ」
そういう時彼女は浴室へ着替えて持って行った。

一人で水の音に埋まりながら、
小さく僕は鼻歌を入れる。

すると洗い物が終わる頃には、浴室からもっとノリの良い鼻歌が淡々と流れた。


僕は部屋に戻り、携帯から流した好きな音楽に包まれていた。誰にも邪魔されない空間に佇む浮遊感でさっき彼女が入れた麦茶が心の拠り所を形成してくれた。


携帯は機内モードにしているため何も通知が来ないのが少し心痛いが、友達もいない僕には少し無縁でもある痛さだ。


すると勢い良くドアが開き、目の前にあるベットにダイブする獣が現れた。その獣を見ると、
上目遣いでこちらを見てくる。

下着姿の彼女はあまりに無防備ずきて、驚きの渦が心と脳を荒らして思わず声を小さく上げる。

『………何で下着なの』

「私の部屋だから」


「気持ち良かった〜」

そのまま寝転がる。僕の近くに来て、掛け布団に入る。

『風邪引くよ、お嬢さん』

子供のような対応に呆れる僕は、希薄で扇風機のような彼女を放っておいて着替えを持って浴室に行こうとする。

「そういえばこの部屋に布団ないから、このベッドで寝てね」


誰も得しない没提案に空を切った言葉が耳に入ったかと思った。

『え……それってどういう意味?』

「そのままの意味だよ、ベッド一つしかないから私と一緒に添い寝ね」

もう言葉がこれには出なかった。
「あら固まっちゃって、そんなに嬉しかった?」
『いや、その……』

「大丈夫、特に何かするわけじゃないんだからさ、それより早く入ってきな……」


と僕に片方を空けて、譲る。

もう彼女の言動に驚くのをやめた。逐一驚いていたらキリが無いほど衝撃の波が来る。

人と寝るのは初めてで、身体を意味も無く入念に洗った。何かを消すように、シャンプー・リンス・ボディソープを身体に合うか心配したが、特に変化は無かった。

より僕にはない女性らしい匂いが矢鱈な洗浄にやって全身に散りばめ始める。誰にも見られないように厳重に守りながら、大きめの寝巻きに着替えて、長かった前髪を上げて隙を見せる。


寝室のドアを開け、ベッドに体を置く。
「そんな顔してたんだ、前髪長かったからわからなかった」

見たくなかった視界を今だけは、明確に開いて世界を見つめた。横を確認すると彼女の大きな目がこちらを凝視している。


『何?』
「ううん何でもない………寝ようか」

『明日はどうするの?』
「明日の秘密〜』
『また僕を置いてけぼりにしようと』
「そうしないと楽しみ減っちゃうじゃん」

『分かりましたよ…」
「おやすみ」
『おやすみなさい』


同じタイミングで_______


目を閉じても瞼の裏の黒さが頭の中に綺麗に記憶されていく、初めてで埋め尽くされた今日。

明日からの動きに楽しみを少し感じつつ、高揚している気持ちを抑えて睡魔を呼ぶ。隣との距離が目と鼻の先で、

妙に流れてくる空気たちで、
慣れない時間が無理矢理幕を閉じた。

秋の涼しさが身体を纏い、心震える時間。


外では綺麗な朝焼けが各家々を照らしている。
視野がぼやける間に昨日の出来事を思い出す。
 

ペンキに彩られる教科書の山々、学校生活の憎悪を捨てられた爽快感で、翌日の朝も気持ちがいい。

重たい瞼を擦りながら身体を起こし、天井に向かって背伸びをする。朧な視野が徐々に整いつつ、部屋に飾られてる時計を見て時間を確認する。

『……もう11時か』
解放感がでる疲労が何時に寝たかも覚えてない状況を教える。午前11時起床とはお気楽なものだった。

僕らの寝息はまだ絡まって、疎遠になってた僕の腕はいつの間に彼女の体に巻き付いている。


Tシャツのままで寝た僕は掛け布団の温もりを求めるように、再び横になった。

『もう少し寝よう』


転寝から瞼へ夜を作る。外から血気盛んな音から聞こえるのは、僕らの堕落があからさまにわかる瞬間。

枕元から好きな音楽をかけ、全ての安堵に身体を浸す。僕は横にいる彼女の顔を見ていた。少量の音量でも彼女は違和感を感じ、声を唸らせる。


彼女はその違和感によって変化する
「う〜ん…」

急に寝返りで僕の胸に来た
胸を枕のようにして寝る

僕はどうしていいか分からず、戸惑う

しかし既に彼女で動きに鍵が掛かっているため、また空いた手で彼女の身体を覆った。

そしてまだ渋々辛うじて動ける腕をそのまま下ろした。彼女は寝言か起きているのか曖昧な声で、
「寒い……」


震えながら囁いた寝言は、僕には伝わっていない。何か記録でもしたいぐらいに自然体な言葉で、この時間すらも楽しくみえた。

『下着なんかで寝るからだよ』

肌寒そうに僕に近付いて来るのが、昨日と違った愛おしかった。

『僕も寒いからね……』
自業自得な彼女を見過ごすわけにはいかずにそのまま掛け布団の中に手を入れ、優しく彼女を抱き締めた。

彼女の背中に掌を乗せ、暖かみを増そうとして僕の少しの平な胸でゆっくりと息を落とす。


音楽に乗せて彼女の腕も僕の身体に無難に絡めてきた。保冷剤のような暖かさで生きてるとは思えなかった。僕の胸で吐く息の暖かさだけ、


僕は幸い空いてる掌を彼女の頭部につけ、
上下に撫でてみる。

残り数日の尊い蝋燭は
裏ではか弱く、とても脆かった

僕は気付いたら彼女に愛を持っていた


__________________

意識が薄れて、途切れるよう二度寝をした。2人の愛の巣は大きな温もりと気持ちを新たに作り始めたのだ。

安心する寝顔の相乗作用で、
相乗的な水増しが時間を殺していった。

_________________


小一時間経った頃、騒々しい目覚めだった。
さっきまで僕の胸で寂しがっていた彼女は
「起きて〜!」

馬乗りになり、僕を激しく揺らしている。
「起きてるでしょ、起きなさいよ」

『起きます起きてますから…」

「遅い」


彼女は揺さぶりながら
「せっかくの土曜日だよ」
『貴方の方が1番寝てたけどね』
「でも今朝は私の方が早かった」


『で今日は何をするの?』

「何もしない…」

『じゃあ寝ます』


「なんでよ〜!」
『当たり前だよ、特にやることもないのに起きてるなんて……』

「じゃあ後三時間ぐらいしたら買い物行こうよ」

『いいよ、でそれまで何するの?』

「屋上君が聴いてる音楽を一緒に聴きたい!」


軽薄で、誰にも恵まれないような僕の渾名の存在に苛ついて、悲しむことが多くなった。誰にも迷惑をかけずに遊ばれることを選んだ僕でも
、明白に何かを残したかったんだ。


『………掛橋です』


「………」
『忘れないでね、僕の名前は掛橋沙耶香です』
僕は少し膨らんでいる自分の胸を撫で下ろす。彼女は僕の携帯を見て確認して、何も感じない。

『聴く?』
そう残すとカバンからイヤフォンを取り出して、片耳を彼女に渡す。

「ありがとう、いつもこんな音楽聴いてるの?」
『基本こういう音楽しか聞かない』
「なんか悲しいけど、温まるね…」
『そうだね、星を歌った曲だからさ』

1つの曲によって繋がった気分だった。今耳で流している曲には必要なものは、気分屋の天気だけだった。


イヤフォンから聴こえる女性の声が心にある寂しさに刺さる。歓喜あまり涙を流す彼女。音によって涙を流す行為をするということは、

身体に何らかの挫折があった時。
弱い部分を見たようで嫌な気持ちだ。

再び彼女は僕の胸元に来て、顔を埋める。
絡めてきた腕は先程より温かい。

『どうしたの…?』

「ちょっとね、こうしていたいだけ」
イヤフォンのは左右で同じ音は流れていない。彼女が聴く音を共有出来てることに彼女はより寂しくなってしまったようだ。


華奢だか僕より芯のある身体が少しだけ小さい子猿に巻き付くのが、面白かった。

『良い時間だ』


「本当は知ってたよ………」
名前もない態度が胸で響く。

ひとしきり音に浸れた頃、彼女の重い口が開いた。
「明日ね、こういう事をやりたいの」

僕の耳元で何かを囁く。もう僕は彼女に何を言われても驚かない。僕は当然の反応のように

『分かりました、やりましょう』


僕の一言で彼女の笑みが、明確に見えた。


僕はより自然な返しをした。
彼女はその表情を見て、またより安心する

『大丈夫ですよ、僕は離れないから』
「ありがとう」

0センチの僕らは空気のような関係にいた。

恋人ではない、共犯者たち。入れた覚えのない少しぬるい暖房が僕たちの心を火照させる。


熱湯のように__________

__________________


「2日分買っておけば良かったね」

気付くと買い物に行くために服を着替える。まだ秋の音色は凛々しく甘美であり、僕らは昨日と同じように手を繋ぎ、無言のままスーパーに赴く。


昨日より僕の鼻はしっかりと一人前に育っており、彼女の躾なくとも陳列された哀れを取る。

今回は彼女が会計したいということで、
先に荷物を持って出口で待っている。


10月とは思えないほど周りの人たちの服装は着込んでいて、時の進みを感じる。人々の動きがかなり縮こまっているため、

それぞれの肩が時々ぶつかってしまう。


僕も寒さを耐えながら肩を上げていると、見慣れた顔の男女がいた。

[あれ、屋上じゃん]


パソコンのように立ち上がりが遅い僕の身体は、音に後手で 反応してする。


気付けば至近距離で二人の男女に話しかけられていた。学校生活の僕の悪魔たちが、ここぞの一撃で僕を弄ぶように放つ。

[何してんのお前?]
〔今日は屋上にいないんだね……〕
傲慢な態度で僕の事を見てケタケタ笑う。貼り付けたような歯茎の見え具合で、滑稽な人物像が浮かび上がる。

ただ黙って、徒党は笑っていた

[黙っててキモいな、何してんだって聞いてんだよ!]

まるで落ち葉のような枯れ具合の二人の様子に
僕は不意に鼻で笑ってしまった。

お前たちの教科書や参考書は知らぬ間にペンキの掃き溜めに色付けされて捨ててあるという僕らだけの事実に、また漂白されそうになる。

〔おい、何笑ってんだよ!〕
 
胸倉の生地は此奴の怒号とともに伸びていき、僕の身体を後ろに投げる。むさ苦しい男の接近に吐き気が出そうになる。


しかし手を出すしか出来ないこの状況で素直になってる悪魔に僕は笑みが絶えない。

そのまま鈍く___________

〔いい加減にしろよ、テメー!〕

もう誰かは分からない悪魔が僕を馬乗りして、左の頬に伝わる鈍い音の平手打ちで会話する。


口の中の鉄の味がとても不愉快で
目の前にある女の顔との距離が不愉快で

『あんたらは弱いだけ………』

〔なんだよ、気持ち悪りぃな!〕

横腹に誰かの鍛えられた速い脚が入り、咳き込むのを我慢出来なかった。漫画のような血反吐ではなく、じわじわと滲んでいく赤い気力に。

周りにいる人たちの知らないふりが、僕の現実をより作った。遠くなる意識の中で僕はまだ笑っていた。無理矢理身体を起こそうとするが、さらに腹に鉛が飛んでくる


一人が僕の腹を殴り終わったと同時に
会計を終えた彼女が悶着を目撃する。 


揉まれた何かの存在を薄めで確認すると、彼女は大きい声ではり叫んだ。

「ちょっと何やってんの!!」
その形相はあまりに残酷な目の前を僻むように


僕はこのまま死んでしまいそうな意識のまま、

[え……賀喜先輩…何でここに……]

曇りがかった表情を垣間見る。一つの柔い声で彼らはその場を後退りに距離を空けて、僕らの時間を確保してくれる。


その現場を見て状況を理解した彼女は、
すぐさま僕の所へ駆け寄る。

「大丈夫⁉︎」

『はい………なんとか…』
彼女は肩を貸して僕を持った。それを見た2人は動揺していた、

[なんで賀喜先輩と屋上が一緒に……]


建前のない、普通の回答を、
「私と沙耶香は付き合ってるから」
彼女はしただけで終わらせた。


その言葉に呆然とし、立ち尽くす。嵐が来る前の静けさに戻り、畦道を見るだけ。まるで認めたくない負けの判定をされたように。

「ほらっ……帰るよ…」

『……はい』

僕は肩から彼女の手を退けて、倒れた際に散乱した荷物を拾い集めて彼女の手を引き、歩き出す。


初めて自分から手を繋いだことにいつも以上に彼女は目を大きくして驚く。千鳥足な僕の後ろから嬉しい雰囲気が伝わってくる。


心配と純粋と不安と喜び
混ざり合った感情が
お互いの心の中を彷徨ってる

歩幅が少しズレる_______


長篇【夢の島、君の声】④賀喜遥香


歩幅がズレていく僕ら、

「さっきの男の人たちね、前に何回も告白されたんだ。あんな弱いの趣味じゃないからずっと断っていたんだけどね……」


飾りの多い忖度なんて聞きたくなかった。僕は心の耳を閉ざした。家に着くと急いで荷物を置いて、彼女から離れようとした。突き放すつもりはなかったが、一刻も早く一人になりたかった。


『すみません、先にシャワー浴びます』

着ていた服を乱雑に脱ぎ、熱い温度になるのを待たずに浴室に体を隠しながら入る。徐々に熱くなる水の流れは身体の汚れを落とすと同時に、

涙の跡も消していった。


“気持ち悪い”
この言葉が頭から離れない

教室にいた頃に言われた言葉は、十分に深く底まで刺さったことはなかった。それは先端の尖っていない針を数百本刺すような感覚なだけで。

常に深淵なところにいたから、盲目に慣れたという意見も正しいかもしれない。ただ今日の夕暮れ時まで心に1つも埃がなかった。

今はより芯まで突き刺さった。
僕は初めて怖くて泣いた。

シャワーの音に隠れるようにして、だらだらと弱くか細い声で。何度か口に入る涙のせいでシャワーの水も塩気も感じた。


身体を洗う事を忘れていた。それすらも出来ないくらい砕かれた心はもう修復不可能だった。

口に広がる鉄の味と体にある無残な傷たちがシャワーの水の熱さで滲みる。僕は上を向き、水圧を顔全体で受けて落とそうとする。


気がつくと彷徨った音がして、

後ろの方から声が聞こえて振り向いた。若干の気配に恐怖を感じながら、振り向いた瞬間、何かが胸に飛び着き、

そのまま後ろに蹌踉めく。

「貴方の名前を教えて?」


シャワーを出したまま何が来たのかを確認する。服を着たまま浴室に入りそのまま僕を抱き着く。

『何で入ってきてるんですか……』
「君の本当の名前が知りたくなったから」


「本当何ていう名前?」
『……掛橋沙耶香です』

初対面のように

「そうだよ、あなたの名前は掛橋沙耶香、屋上君はもう死んだの、それを忘れないで」


「沙耶香ってどういう意味なの?」

『意味なんてないよ、ただ女性の名前で」
生まれてから死ぬまで、終わりのない話だと思っていた。興味のない名前の由来は、何もないんだろうと思い込んでいた。


「そうやって自分の今の姿を否定していると、あの人たちがやってきた事と同じになるよ」

胸から顔へ、

僕が強く何かを言おうとした時、また彼女の唇同士が当たった。蠢いた身体の畝りと静謐な時間と平易な運びが僕らを動かす。


急な来た唇に引き気味になってしまったが彼女は愛の表情として綺麗な顔していた。

『っ……遥香さんっ……』

「んんっ………ダメ、遥香って呼んで」


媚びて獣のように動く舌が僕の事をぐちゃぐちゃにするように入ってくる。簡潔を纏った愛は
瞬く間に大きく動いた。


『遥香……』

僕の空いている手で佑美の頭を掴み僕の顔に寄せる。出し続けるシャワーの音を聴きながら、唇と唇の交錯は飽きずに続けた

「……どうしたの?」

『いや……なんで入ってきたの?』

「沙耶香が悲しそうな顔でシャワーを浴びようとしてたからさ」

遥香の身体を不意に見てしまう。水によって濡れた服は透き通り着ていた下着が浮き出て来る。僕は素直に欲が浮かび上がる。

反射的に目を逸らしてしまう。昨日も見ていた色味に何故か恥ずかしくなってしまう。

すると絡められた手が離れて、顔に着く
「ダメ、こっち見て」

野生の動物の勘が鋭く、再熱すると彼女が服を脱ぎ始めた。強く無駄のない身体付きに自分の不甲斐ない体を重ねる。

ゆっくりと、赴くままに


「沙耶香、私じゃダメ…?」

『………遥香がいい』

シャワーの水飛沫が身体を照りつかせる。産まれたままの姿の2人は溺れる。絡み合う2人は呼吸を忘れるように、

同じ形の性器同士の会話に水しぶきと破裂音が欲のぶつかり合いの合戦を彩る。

「沙耶香っ……」

名前を呼ばれる度に滑りやすくなる。
立ったまま間接的な直結によって
軽くドアが押される。

手が互いに素直になって、欲を押し込んでいく。

煌びやかな浴室は、
文字通り水の通る場所だった。

またゆっくりと___________

喜びを終えて満足の果てを経験した僕らはそのまま身体を洗い合い、水滴を拭き取る。


拭き終わるとそのままの姿で仲良く、布団に堕ち込んでみる。

「やっちゃったね……」

抱き締めてる彼女の言葉を濁しながら答えた、
『ありがとう……』


また彼女の唇を甘噛みした。柔らかく儚い感触に今にも溶けそうで、綺麗な肌と肌と接触による摩擦は愛の熱を焦がした。

じっとしてられない僕の体は、また彼女の巻きついて行く。今度は自分から見せた本当の顔に、何も恥じらいはなかった。

「どうしたの……」

『遥香………もう一回いい?』


言葉足らずな僕を優しく撫でながら、
『沙耶香は私のこと好きなんだね……』
 

その言葉を待っていたとばかりに小さく頷き彼女の胸に頭を乗せ、顔を埋める。

突起したものを舌で転がしながら谷間を綺麗に拭き取る。彼女は口を押さえ、僕も小さく喘ぐ。


「んんっ……」

ある程度転がし続け、彼女が寂しさを訴えたので顔を近づけ、手を下の方に持っていく。


具体的な言葉を交わすことはなかったが、
彼女が何を言いたいのかは目を見てわかった。

だから僕は彼女の目から逸れることはなかった。

指が全てに絡んで閉じて、三度対面する僕ら。

浴室での一幕はあまりに雑すぎて、初体験と呼べるものではなかった。


喘ぐ彼女の声に桃色の雰囲気を感じながら、その時場の空気を読まずに

『こんな形だけでいいの?』


「もっと自分を肯定しな、形だけに拘っても幸せなんて来ないよ、私たちどうせ短い蝋燭の灯りなんだから……」


『わかった』

改めて覚悟した佑美の目を見ながらまた身体同士を繋げる、涼しい空気に布団の中で

「…っ…」

向き合って繋がった2人は不思議と爽快な気分だった。ハジける気持ちを抑えて上下を試みる。

愛情によって滴る水同士が1つの水滴となって
ベッドに垂れてくる。揺れる度に笑う遥香を見て、吸い込まれそうな遥香の目を見て、


僕らは達する________

お互い苦しむことなく、
過去の傷を消すように、
後を紡ぐように


正常な状態から身体を移動させ
視線まで同じ位置になれるように対面した。


息の上がっている遥香の首筋に光る水滴を
手で拾い、口をそこに持っていく。

塩っぱく甘い味に艶さが増す。
再度繋いで、目を見つめながら

激しく動くお互いの顔に、

10月の涼しい隙間風が少し吹く

溺れ続けた二人は果てに果てて、身体から今出せる水分を全て出した気分だった。

抱き合ったまま二人はそのまま睡魔に襲われて、後出しで勝ったジャンケンは不本意な結果で幕を閉じた。

不覚にも今度は僕は遥香の胸で寝ていた。

また朝の小鳥は時刻を伝える。

遥香の温もりが再び蘇ってくる頃疲れ切った僕は目を覚ました。欲の消えた後、睡眠に入った僕らは産まれたままの姿で奔放に抱き合っていた。

時計を見る前に先に身体を起こして服に着替える。

これが最後の着替えで、少なくなった服の数に寂しさがある。あと数日、その事実がより強く残る。


昨日買った材料を整理し簡易的に料理を始める。炊いてあるご飯と洗ってある道具、昨日颯爽とシャワーを浴びたことを懺悔したいぐらいだ。

三十分ほどで出来上がったシチューの匂いで部屋の満腹度は少しだけ上がった気がした

その香ばしい匂いで目覚めた遥香は

「んんっ」

開幕僕に口をつけた

『……どうしたの……?』


『寂しくなった…笑?』

「うん……」

遥香は小動物のような甘えた声で再び再熱を要求する。それに応じると感謝の意を述べる。

「作ってくれたんだ、ありがとうね」

『じゃあ食べようか』


「うん…」

遥香の勧めでご飯にシチューをかけることになった。2つのお皿をお盆に乗せて、寝室に運ぶ。


昨日のように合掌の合図と共に食事が始まる。時計を見ると9時という時間に驚くが今はシチューの味の方が気になっていた。


『どうかな……』

シチューを口に運ぶと満面の笑みで僕を見る遥香に、連なって会話が出来る。

「そりゃうまいに決まってるじゃん、沙耶香も食べてな」

『うん、美味いね』

昨日とは違って会話は少なかった。単に喋ることが無かったという理由ではなくお互いの安心する時間となったことで気にかける必要がなかったのだ。


初めて繋がった時から今まで連結した部分の快感と口に残る佑美の触感はまだ若干残ってくれている。

その間もちょっとした咳払いで、不安になる彼女の体とその抱擁感は不安に変わってしまっている。


両者食べ終わり、仲良く食器を洗う。
お皿に全く汚れが無く掃除が軽くなっていた。

『遥香、シャワー浴びてきなよ』

気を利かせ発言で、大人としての一歩目を登ったつもりだったが、

「もう今更1人じゃ嫌だ、きて」

といっても僕の手を引き、僕の服を脱がせる。
欲に塗れ終わった2人が同じ浴室に入って、シャワーを流すと同時に栓を閉め湯を張る。


2人で身体を洗い流した時間、
特に変な行動するわけでもなく
淡々と作業をこなし、湯船に浸かる。


身体から出る疲れは湯に溶けて、湯気に変わる。


心から出る安心は口から言葉となって遥香に吹きかける

「……気持ちいい」
同じく湯に浸かる遥香の後ろ姿は綺麗な薄い板のようだった。肩に顎を乗せ、やけに素直に落ち着く。疚しい気持ちなど1ミリもなくて。

次に込めた希望をお互い胸に抱き、浴槽を出で服を着て、就寝の挨拶をする。髪を乾かしているドライヤーの音が少し居心地が悪く、早く遥香をベッドに近づけたかった。


彼女のか細い手を無理矢理引き一緒にベッドに入る。

「ありがとう……」


この言葉を添えて抱き合っている2人の長い日は暖かく終わる。だらだらと目的のない日が久しぶりで、昨日までの喧騒が嘘のようだった。

1日を無駄にした気分は爽快で、誰にも邪魔されない無音の世界から飛び立つようで、また楽しかった。

暗闇は見えていた。


4日目の艶々しい目覚め、橙色の陽が窓から来る。若干乾いた空気が僕らの肌を虐める。朝方の秋雨は僕らの一人称すら曖昧にさせて。時計の文字は14の弱い文字になっていた。

寝息が当たり、身体の熱を禍々しく歪んで遊ばれていく。脳から巡ってくる愛には悪意の片鱗すら息を殺して、彼女の瞼から見える暗闇が虹色の水滴で僕も濡れる。


絡まった二人の身体の輪を無意識に少しずつ解いて、彼女の声を微かに楽しむ。朝陽が昼火となって気遅れするのが、ちょうど心地良かった。

その矛盾した不愉快さで意識した僕は体を起き上がらせて、荷物のまとめに入る。雑に脱いである服を綺麗に畳み、持ってきた大きいバックに整えて入れる。

ついでに心なしか散らかっている部屋の掃除を始める。割と小物が多い雑貨屋みたいな部屋に散乱している服を家政婦みたいに整える。


「おはよぅ………早いね」
今感じたい温もりが近くにないことで遥香が起きた。また僕の背中から腕を回して、また身体を解していく。そして言葉が少ない彼女はすぐ支度を始める。

きめ細かな世界には、光しかなかった。

「さあ今日の準備するよ!」

意気揚々の遥香はずっと笑っていた。陽炎によって下着から少し重たい服に変わっていく姿が、鮮やかに傾斜する。

新しく強く残る下着の生々しい痕から見えたその小さい刹那が、僕が着替える隙間を与えてくれない。


小綺麗になった部屋は寂しさがあり、

顔に露骨に出る。大きい荷物を沢山持ち、鍵もせずに部屋を出る。部屋出てすぐ横にリアカーがあることに気がつく。


『これを使うの?』

手にあった多くの荷物を全てリアカーに乗せて
「さぁ………引いて!!」

ここで力仕事を要求される。
リアカーを押した瞬間、遥香は
「待って、挨拶してない!」


後ろを向き、大きく一礼する
「今までありがとうございました」
気合いに満ちた顔の色は少し苦手だったが、彼女はさほど嫌ではない。贔屓だと思う。


「よし、行こうか…」

彼女の合図と共に走り出すリアカー。タイヤの擦れる音で布石が見せる。それまで時計を見てなかった一同は陽の光で状況を把握する。

重々しく進んでいく僕らの車体は陽に隠れて、


 

『もう夕方だ』

僕の言葉に中身など無かった。湿った空間がそこら中で漂っている今日。沸かした湯のように燃え滾る気分は随分前の記憶のよう、


リアカーを引く手が徐々に痺れてきた頃、彼女の先頭の隊はある場所へ行く。

彼女が選んだその場は何故が異彩を放っているのが鼻でわかる。


そこは大きい河川敷の橋の下、

階段の隣にある自転車用の狭い道で大きい体のリアカーに悪戦苦闘する。必死な思いで辿り着くところは川の近くの高架下で緑も多く、外気に汚れが少ない。

橋の真下にリアカーを止めて、近くにあったドラム缶を発見する。

「これ使おう!」


少し辺りが暗くなり始める時間。ドラム缶を近くに寄せて、その中に自分たちの教科書や家にあった木材を投げ込んだ。

少し小さめなドラム缶の中に沢山の玩具たちが溢れそうな表情で、その中に何故が佑美の家にあった赤いタンクからよく分からない液体を少しかけた。


慣れた手つきで佑美はポケットからマッチを取り出して、無残にもその中に入れる。綺麗に広がる炎は吐くような強さで一気にその場が明るくなった。


少し凍てつく涼しさに暖をとる。目の前の教科書たちが炎が進むほど灰に変わっていく姿が眩いだけでは終わらなかった。


空を切るの音で、此処は賑わう。

ここにある川の流れが、高架上を通る車の音がまたに現れる。誰かに杞憂の慈愛を擦りつけられるように、音を聴く。

僕は先しか燃えてない木材を使って、焚き火を殺そうとする。文化祭で余ったであろう木材が何故彼女が持っているのかは不思議ではあったが、今頃そんな事はどうでもよかった。


焚き火の近くのブロック塀に腰をかけ、持ってきた一つの毛布に寄り添って炎の気配を全て感じる。事前に買ってあった炭酸水の解放の音が我々の心の喉を鳴らした。

「気持ちいいね」

回し飲む当然さと炎の非日常は塵となって消えていく灰の気分だった。

飛び散る火の粉とハジける音が毎度逞しく、心の靄が少しずつ晴れるようだった。炎のよって晴れた心の靄は自ら心を動かした。

そういえば昨日嗅いだ香はもう楽しむことは出来ない。その憂鬱な想いから、また馳せられていく。

『僕は生きるが分からなかった。必要ともされてない世界を虎視眈々と生き続ける理由が怖かった。だから遥香の考えに賛同した…』

それは静寂の中で、

『目的のない世界に終着点を、白い壁紙に夢の色彩を目指していた』

綺麗な空気を切る音が煌めく世界。そこにあった質問の問いを出すのに少し時間がかかった。

目には涙を浮かべて唇を震わせ、僕の右の肩に頭をソッと預ける。普段しない一人語りと、黙々と喋る僕を遥香は目をそらす事なくただ見続けた。

『だからこうして無意味な自分のものは捨ててしまったほうが気持ちいい、今欲しいのは遥香だけだよ、僕は遥香と自由になりたい』

そういうと昨日まで着ていた服を全て焚き火に入れる。昇っていく煙と邪念が、

何かを想う気持ちが_________


言葉に逃げた僕は遥香から目を離した。煙が龍のように駆け上るドラム缶の勇ましい炎の姿に逃避した僕は恥ずかしくなった。

辞書に載っていないような雰囲気は遥香の言葉から夢が溶ける。

遥香も目を逸らして炎を見つめる。お互い同じ場所を集中してみる。僕らは体も心も1つになった。その結果心の内側にある闇を不意に見てしまった。


遥香が学校生活で感じていたであろう軋轢?何処にいても素晴らしい格好をしていなきゃいけない嘘。


彼女は既に溢れていた。


蓋が外れて溢れた水は涙となって遥香の悲壮が強い声で語る。

「田舎の中で育った私は厳しかった。親から逃げ出したくて上京してきたの。女はこうでなくちゃいけないだとか、男にはこう尽くせとか、
お見合いは当然だとか、全部決められてきた」

「まるで私を子孫を残す1つの道具のように、私になんかに興味なんてなかったのかもね」

作り上げた嘘笑いし、強がる

「だからせめて新しい環境の学校では、自分らしく生きたいと思っていたんだ。その考えが唯一の逃げだった。ただ現実は何にも普段と変わらない…」

「見た目で判断した人間たちが嘘をつきながら私に媚び売って…」

無心になっても止まらない言葉が

「私を自分の欲を満たすための中継点として。私もバカだよね。素直に言葉を発せてなかった。私も浮かれていたのかもね。今でもそんな自分が嫌だった。


「嘘で固められた世界を毛嫌いしていた奴が多数派の強さに勝てなかったんだ」

少しずつ負けていく、へし折れる、

「だから癌って診断された時、これは救いだと思った。自分から大きく行動出来ない小心者への唯一の救済…」

「自分で生命を断てない者への唯一の救済。嬉しかったよ、この黒い花が枯れる日が来るなんて」

遥香は大きいバックから次々と衣服を出し、順々に焚き火の中に入れた。よく燃える自分の衣服を見ながら、眩い炎の輝きを見ながら、


「前までは嬉しかった、でも今は怖い、この小さい灯し火が消えるという事実が」


遥香の体は小刻みに震え、自分で発した事実に怯える。今にも消えてしまいそうな灯し火を抱き締めると共に泣く。


「離れたくない、ずっと沙耶香と一緒にいたい」

遥香の言葉には一切の幸福感はなかった、
その心の靄は僕には何も出来ないと悟った。


「何で私なの………」


ただ悟った_______

僕はありきたりな言葉をかける以外に方法がなかった。


『大丈夫だよ、僕はずっと隣にいる、今もこれからも遥香の隣にずっといる。だから安心して、僕が君の花を殺してあげる。その最後の瞬間も』


「沙耶香がいたから苦痛から解放された色を塗れた、楽しかった」

『遥香がいたから苦痛から解放された、色を塗れた、楽しかった』

リアカーにあるすべての荷物を焚き火の中に入れる。赤いタンクを持ってきた、もう後悔はない。その気持ちが一点に強くなり、無邪気に中の不思議な水をかけ合う。

冷たく凍るような感覚も最初だけで何も感じなかった。抱き寄せあっている僕らは煌めく世界を作るように、


“私”たちは、より大きな燈を作った。

僕らしい、いや私らしい


「寒い」

『じゃあもっとこっちおいで』

「十分寄ってるよ」

『もっと来てよ、大丈夫だからさ』

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「ねえ…沙耶香寝た?今どこにいるの?」

『ずっと遥香の隣にいるよ』

「そっか、ありがとう…」

【本日未明××橋の下で若い女性2名が燃えてるという通報があり、駆け付けた消防隊と警察によって火は消し止められましたが燃えていた二人の死亡が確認されました。近くにはガソリンやマッチがあり、焼身自殺の可能性があったとして捜査を続けています………】


昨日食べた朝食より、去年の虐められた時の方が記憶に残る。デザートを取り溢す朝ほど無価値な物はない。その時私はそう言い切った。


好き服も好きな格好も、低俗や性別の意識などした覚えもない。誰かが決めた常識が蔓延るのは“社会”という怪物が最初に教えてくれる。

人は何か理由が欲しい。
私たちはそんな世界が嫌いだっただけだ。

君の声だけが頼りで、この世界は暗闇で




そしていつの間にか私たちは
「『また明日……』」
消えて無くなっていったんだ___________


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