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短篇【地球人になった気がする】鈴木絢音


この星は人の意識で汚れて行った。

それは自然環境的な問題ではなく、悪意や悪用を重ねた人間たちの憎悪が空に溜まり、形を変えて天変地異となって世界を襲う。

ただそれは多分、嘘だと思う。人間は何かの原因を作りたがる。元々弱っていた地球の活動が幸運よく、我々の都合に合致しただけだろう。

宗教の存在を否定するわけではないが、そうやって、人間は信じて媚びてを繰り返すと其々の教科書が言っている気がする。

僕はまだ高校生ながら、この団地を全て知った気でいた。まるで精密に書かれた地図を頭の中で正確に記憶しているような、全知全能を取り揃えているかのように。

散歩したくなるような夜とは、今日のような蝉が溢れかえる日のことだろう。熱された部屋の空気に耐え切れず、窓を開けて換気をする。

「……相変わらず弱いな、俺って」

と子供のように気怠さを嫌がりながら、Tシャツを何回も仰ぐ内に、窓から見える深夜の団地に興味が出てきた。僕の部屋には言葉にできないほど何も無く、人間的興味も湧かないような節操のない部屋だ。

その心地悪さと開拓の甲斐に点滅する団地の外に出る。サンダルと携帯一つの軽装を揃えて、足踏みを楽しむ。夏休み直前の土日は陽気だった。


誰かの人間的な匂いや生活の追憶が漂う景色が流れていく。僕は誰にも左右されない身体を縦横無尽に進めていく。

「そんなに暑くないな」って誰かが聞く訳でもない会話の一端を、ついさっき体験した他人との交流のように今更ながら感じて、僕はただ歩いた。

歩く行為自体、本当は嫌いなんだ。もし来年の自由選択授業に“歩く”という、誰でも簡単に評価を取れる科目があったとしても、僕はそれを安易に選ばない。


高校も2年目にして飽きずに自転車通学を続けている。坂道が少ない登下校には30分という時間をかけて自転車の車輪を動かす事に少しだけ熱量をかけていた。

それでも真夜中の団地に何か特別な意識を求めて、ゆっくり街頭を数えながら歩いた。


僕は27個目辺りを小さく声に出しながら団地の真ん中にある、子供たちの名残が付いた公園まで歩こうとすると、

空に轟音が鳴った。バーンってと、まるで耳元で風船を割った時の音と似ている。その時の悲しさすら体の底からじわじわと感じながら、空を見上げる。

遠雷のような明かりの痕が少しだけ雲の表情に色を重ねながら、徐々にいつも世界が当たり前に見せてくる不機嫌な顔になっていく。


世界の終わりがこんな単純に失敗に終わるなんて。落胆に失意を積み重ねて、止めていた足をまた公園まで向ける。

『あれ〇〇じゃん、何してるの?』

この声が聞こえた時、宇宙人の錯覚でも見えていたと思っていた。

一瞬だけ勘違いをして、その言葉が誰なのか理解する。そういえば此奴には、変な借りがあった。それは消しゴムを借りるとか教科書を見せてもらうとか、そんな程度の話ではなく。

「散歩中だよ、眠れなくてさ」

『私も、ねぇさっきの見た?』

目の前にあった団地に囲まれた公園に知らずのうちに着いていた様だった。

「雷みたいだったね」

『今ネットで調べたら、火球ってやつらしいよ』

「なにそれ、カースト制度みたいだな」


『字が違うよ。要するに流れ星で、えーっと大気中で蒸発したものも、隕石となって地表に落下したものも、一定以上の明るさで光ると火球と呼ばれるものになるらしい』

ジャングルジムに座る彼女、携帯に睨めつけながら僕に辿々しく喋るだけ。拙く厳かな口調に苛つき、体が暑くなる。

「そのまま音読するな」

『朝みたいに、結構明るかったよね』

「そんな訳あるかよ、豆電球みたいに見えたぞ」

『もう少しで朝のウォーキングに変わるところだったね』

「そのつもりもねえよ」

『フフッ……』
小さく笑う彼女の本題なんて僕に見えずに、このヤサグレに苦肉を言いたくて仕方がない。

ただ若干憔悴しているのは、目的を見つけて歩き始めた僕だけなのかもしれない。

『あ、そういえば未央奈に振られてたね』

「……今言うなよ、そんなこと」

『私未央奈が別れたがってたこと知ってたんだ。前から何回も相談されててね』

「へー、そうかよ」

劣勢になった僕は火球より儚く散る方法を探すが、僕には武器なんて何も持ってない。それどころか武器を探す目さえ、火球でぼやけているようだ。

「じゃあお前は俺らの別れを推したのか?」

『……どうだと思う?』

なんでこんな苛つく返答を軽々しく出来るのか。空が更に黒くなってきた3時頃に丁度いい偏屈な言葉で、寧ろ清々しい。

僕は血が混ざりそうな舌打ちを聞こえる音量を細かく流した後、更に物弱い言葉で返す。

「まあどうでもいいけど、お前みたいな根暗な奴に何言われても、何とも思わねえよ」

『また強がっちゃって、ほんの数週間しか付き合ってないのに別れた時は悲しみに暮れていた癖に』

本当に嫌だった。見透かされた全ての行動に意味があるような佇まいを、そんな楽々とされては僕の立場が否が応でも無くなる。

「…はいはい、わかったよ」

見上げていた顔を逸らして、身体を別の方向に向けた。逃げたようで遣るせないが、これで精一杯だった。

『え、もう帰るの?』

「誰かさんのせいで気分が悪くなったんだ。折角の夜の散歩だったのに、運悪い」


『………………ねぇ……待ってよ』

「なんだよ、まだ言い足りない悪口でも残っていたか?」

宇宙が今どういう姿か、

人間のように成長しては朽ちるのか。
それとも永久を約束された存在なのか。

『私だってこうするしかないんだから』

『〇〇の言う通り、私は根暗だよ。〇〇と未央奈みたいにクラスの中を自由に楽しめる存在じゃない、クラスの全員が全会一致で認める存在でもない。じゃあだったらもし私が、さっき見た火球に乗って流れて来た宇宙人だとしたら、私のことを好きでいてくれる?』

 


『今の私ではない、性格も姿も変わった別の私なら未央奈と付き合わないで私と付き合ってくれる?』


 

『私はただ、燃え尽きるのを選んだだけだよ』

そうやって、理由を付けて関わる。人間の毒味が全て押し出されたような本音を彼女はだらだらと言った。

贖罪なんてするつもりもなく、ただただ丈をぶつける。迷惑で僕の体の向きは変わらなかった。

「そっか、そんなこと考えてたんだな。じゃあもしかしたら正々堂々とした絢音を見つめることが出来たらって思うと楽しみだな」


『何言ってるの、私は姑息だからまた同じような手を使うよ』

「じゃあその楽しみは消えてたよ、またな」

ジャングルジムの上から見ていた彼女は、果たしてどの星の人間なのか。

虚構に入り乱れた僕の過去と現在が刃物の付いた扇風機から、鎌鼬のような速度で風がやってくる。


そう言葉を濁しても火球が聞かせてくれた轟音なんて忘れる筈もなく。家に帰って一回も使わなかった充電満タンの携帯で火球について調べてみる。

「なんだよ、本当にそのまま読み上げただけじゃん、前から知ってた知識みたいに言いやがって」

伽藍と、大きい音を立てて敷布団に落ちる。

なんだ、これは悲しみなのか。

なら次の登校日を待ち遠しにしている気持ちは、どこから生まれたものなのか。

「あ、おはよう」


地球には地球人はいない。名乗る人間が存在せずに、浮遊した言葉だけが生きている。


『おはよう』


僕らは空から降って来た。大気中で蒸発した彼女と、隕石となって落下した僕。異様な速度で海馬の刹那に刷り込むように、簡単にこの地球に馴染んだ。

この地球の”恋愛” とは難しい。

今度他の火球から乗って来た地球人と恋をしようと思う。そしたらこの物語は都合がいいかもしれない。


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