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短篇【初恋】鈴木絢音

私はただ本を読むだけ
貴方はただ隣にいるだけ


それだけでこんなに苦しいとは思わなかった。

嫌気が漂う部屋、込められた何かが苦しそうだった。私から出て行く煙が洒落に回る換気扇に吸い込まれて行く。

隣の彼は私の愛読書には目もくれず、目を瞑ってゆらゆらと意識を楽しんでいるだけ。

何もしてないのが何か楽しんでることだ。


『絢音って煙草吸ってたんだ…』

机の上にある恋心が彼との間を映す

「前からね、本当に嫌な時だけだけど…」

『なんかあったの…?』


重い空気は言葉も重くする

「また言われたよ…」
意味も知らずに下らなくて
「なんで〇〇といるのって……」

『………そっか』
心は悪意に折れていく』

『俺が好きでいるのにな………』


大学生特有の嫉妬は幼馴染という嘘遊びを愚弄半分で殺す。彼の言葉は煙と共に消してしまいたいぐらいで、

鬱陶しい


私はまた毒にもならない嘘を淡々と
「………そうね」

『じゃあ明日1限だから…』

「…うん…また明日」

『また明日ね』


何故か何故だか、あるはずもない存在で彼との距離を掴みたくて嘘をつく。

私は何もない時間を期待する期待する想いに
あからさまに純情に、私の部屋には彼の着替えが常に当たり前に。


畳んでない服が
「畳んでいきなよ…」
私は服を一枚ずつ丁寧に
「結局私の匂い…期待していいのかな…」

そのまま抱き締められる彼の服は私と似て四方に崩れていた。


ある11月の時間

朝から光が無邪気に挨拶をする
私は用事もなく駅のホームで彼を待つ

私は隠れながら伏し目で
『ごめん……待った?』

「全然…私も今来たところ…」

『そうか、じゃあ行こう』
彼は私の背中を押すように

私より後ろで少し繋がる
「そういえば…テストどうする?」

『………もうすぐか』

「どうせ私の家で勉強でしょ?」

『それしかないな…笑』

「……まあいいわ…私も復習してくるから…」

『ありがとう…笑』

少しの予定が決められたのは嬉しいことだった
。でもあわよくばの期待を想っている私自身が凄く嫌だった。

そんな思いは隠しつつ、
『じゃあ俺こっちだから…昼集合で』

「…うん」

別れ際のバイバイは数打ちゃ当たる精神でなんとか無様に乗り切って、

「この後どうしよ…勉強かな…」


図書室でページを捲る度に頭の中にある隙間が埋まっていく。将来のために勉強するというよりは誰かの為に勉強する姿になっているのが嫌ではなかった。

希望の余白はそのまま野晒しに、
そしてお昼時、待望の場所へ赴くだけだった。


ただ……

堀未央奈「でこれがこうなって………」

『うんうん…』

堀未央奈「こうなるの」


彼には私の友達が近くにいた。

その場所から流れる景色は熱りすらも尊い。
荒い呼吸と迸る体温が小さく弱らせて、蠢く脚を段々と加速させる。

私はまた後悔した。

颯爽も帰宅して汚れた気持ちは涙に変わって、
疼いたまま枕への恋心が止め処なく。

苛つき、憎しみ、悲しみ、有象無象の極地に心が蝕ませていく。

そして皮肉にも携帯の画面が瞬く、
『どうした?』なんて無神経な心配気に言葉が送られてきた。


私はまた「なんでもない」と幼稚な言葉で彼との時間を壊したつもりだった。私が吐いた不機嫌な煙が消えていく。


「やっぱり不味いね……何やってんだろ…」
携帯には“また明日”の文字だけ
「バカみたい…」
すると携帯が無造作に鳴り出す。

着信、〇〇からだった
「…もしもし」

『もしもし…今大丈夫?』

「…うん」
とても空気は悪い

『今日どうしたの?』

「なんでもないって」

『また何か言われたんなら…』


連鎖して硝子が軋む
「そんなことじゃない…」
邪険な言葉で殺して欲しかった


喧騒の愛は無謀な限りを

「私ってどういう存在?都合がいい存在?」

『そんなことは!』

「そんなことある!!」


「私には辛いよ…この状態が…」
枯れたはずの涙は瞼に少し残っていた。


渇いた涙の跡を消したくて頬を擦りながら

「未央奈ちゃんと楽しそうだったね?」

『見てたのかよ…ならっ………』

「二人とも楽しそうだった…特に未央奈は…」

『別に……』

「わかってるよ…そんな関係じゃないって…」

強がる私は電話越しでも飛び越えて
「そんな関係じゃないって分かってるけど」

「隣には私はいないって気付いただけで辛いの。バカみたい、私ってバカみたい、なんで〇〇を好きになったんだろ…」


「なんで〇〇を好きになったんだろう」
今更届かない言葉を紡ぎながら放ち

「テストの範囲まとめておいたからあとで写メで送る、少し落ち着かせてほしい…お疲れ様…」

『ちょっと…!!』

プツリと消えていく電子音は絆の名前も知らないみたいに、機嫌悪く切る。


もはや何も聞こえない部屋で虚しく揺蕩う


私は神と同じで奇しくも幾何学をした


意地悪な陽の光は希望の嫌悪を晴らしてはくれなかった。灰になりながら過ごす日々は彼との距離を置いた。

それから一週間が経った。

誰も隣にいない日々は少し心地良かった。寧ろ開放された気持ちが本音に塗れて、

「もうこんな時間か…」

時を忘れるぐらいだった

「家に帰ろうかな」

青空の下で何かを学ぶ私は少し黄昏てるように見える。愛着から少し冷めて、ここから消えようとしたとき、

【絢音……久しぶり】

彼女は待ち侘びていた、導かれたように

「未央奈……」

死んでいた何かは芽を出して、
新たな運命に動かされて生きていく。

私は未央奈と一緒に人気のない食堂の隅でただ無言で佇む。沈黙に耐え切れず、伏し目で嘆く

「でどうしたの?」

【………え?】

「…急に私に話なんて」

【シンプルに…久し振りだったから…】

「嘘……多分〇〇のことだよね?」

【うん……】

「中学からの仲なのに…変な嘘は嫌だよ…」

都合がいいところで黙る目の前の彼女はまだ切り出せそうになく、

「〇〇がどうかしたの?」

【この前〇〇と二人で勉強してね…大学に入って人と勉強なんて妙に楽しくて嬉しくなって…】

【寂しくなって……私〇〇に告白したの…“好きです”って…】

「そんなこと私に言っていいの?」

【絢音は大事な友達だから…】

「……そう」

【〇〇のことは中学ぐらいから好きだった…でも私が手を伸ばそうとしてもいつも絢音がいた…羨ましいぐらい…】

「ごめんね」

【ううん大丈夫…私はそれが憎いなんて思ったことは一度もないよ…】


青い春、昔から仲によって想いに発展することは珍しくない。

青い空、彼女は詰まった気持ちを私に吐き出してくれた。

【〇〇には絢音必要そうな感じだったし、絢音も〇〇のことが好きでしょ?】

私も始める。皮肉にも認めたくない事実に逃げられない現実に空の下でスッキリと、

「好きだよ…言いたくないけど」

【……可愛い笑】

「………そんなことないよ」


【でも私はどうしても言いたかった。このまま留めておくには心がもちそうになかったの。だからいつも絢音たちが約束している昼の時間を私は横取りした。正直ここしかチャンスはないと思った。】


堪えても出てくる涙、
彼女も少し脆い、
その水滴を拭いて、

【あの時絢音見てたでしょ…そこは正直になっていいよ、咎める人なんていないし?】

「…見てた。二人で楽しそうにしてたから私は逃げた」

【本当にごめんね…】


贖罪と謝罪は交互に点呼しながら
阿吽の呼吸で
無闇に赤裸々に


「私はどうすればいいかな。〇〇をどう見ればいいのかな…」

【視点を少し変えてみな、絢音が〇〇にとってどういう存在なのか自分で見てみると自分のやりたいことがどういうものなのかをより理解出来るんじゃない?絢音は私には持ってない想いを持っているんだからさ…笑】

「未央奈…」

【振られた私の助言なんて儚すぎるけど。私も変わることに決めたし、絢音も頑張りな…」

「やっぱり振られたんだ…」

【清々しいぐらいにね…その真意も自分で聞いた方がいいかもね…笑】


いつもの小悪魔らしい笑顔に戻ったのは彼女が成長したからだろうか、少し羨ましかった


【じゃあ私は行くね…笑】

「うん…色々ごめんね…」

【大丈夫よ…今は絢音の幸せが見たいだけだし、それと……】

「……それと?」

【〇〇は昼に絢音が来なかったのショック受けてるからね。あの時は私がいたけど…】

天然の彼女は私に助言を残してそそくさと退散していった。嫉妬に埋もれた私の憎悪はバカみたいな想いで解決した。


澄み渡る晴れた空を駆け抜けるように彼女がもたらした私たちへの想いには、友情を匂わせる何かがあった。

そして私は彼に電話を入れた。

錯乱した部屋で枕に身体を埋めながら、媚びた篭りを聞かせる。少し長く鳴る携帯の音に怖くなりながら彼からの言葉を待つ。


「もしもし…?」

『絢音?』

「…そうだよ」

『大丈夫か?』

「うん……かろうじて…」


曖昧な冗談も流され、私は本題を入れる
「この前はごめんね…」

『……』
彼の無言は何だったんだろう、失意の怒りなのか悲しみの途方なのか。

受話器から聞こえる無機質な無音からは想像もできないぐらい喪失が漂っていた。

「馬鹿みたいに怒って…」

『なんであんなにキレてたんだよ…』

「…明日空いてる?」

『明日…空いてるよ…』

「どこかで喋らない?」

『……わかった…明日お前の家に行く』


無難で無愛想な言葉を最後に辛うじて動く神妙な鼓動は全身に伝わる。明日になれば、彼にまた会えれば夢は終わる。

そこから消えた意識は眠りの底で暗く浮遊して、寝汗がじわじわと季節を忘れていく。

自堕落な私は寝ぼけながら時の消し方を学んでいた。朧げな視界に映える何か異様な空間は意識を超えて、


『よっ…朝だよ…』

涼しい部屋に湿気の溢れる空気で薄着の私は無防備に色恋無くなった身体で彼を出迎える。

ボヤけた視界のまま、顔を振り返ると
「え……なんで…」

『なんでって……お前時間指定しなかったし、それにもう12時だから、もういいかなって……」


「…私の部屋だよ」

『来なれた場所だよ…てか煙草臭い…』

無神経な言葉が目の前にある顔に憎しみを
蛇行運転でただ運んでくる

「お前のせいだからな……」

『その理由を聞きに来た』
重い身体を起こす

すると隙が出来たベッドに、
彼がいつもの位置に私の隣に来た

『ここが一番落ち着く』

「ほんと無神経……」

『未央奈に会った時にね』
一度聞いた話を口で言って欲しくない本人から

「それで?」

目一杯強がるその弱さは

『その時に告白されたんだ』


「…………知ってるよ。昨日未央奈に会ったんだ、その時に全部聞いた。」

その無知はその優しさは時に人を傷付ける


『一応ごめんとしか返事出来なかったんだ。でも未央奈に言われた。“恋って案外気が付けないもの”って』

換気扇から聞こえる昨日の受話器に似た音は少しだけ進歩した声だった。

『彼女は僕の返事なんて求めてなかった。多分愛を伝えたい一心だったんだろうな』


『絢音は僕とどうしたい?』

「私は……………」


冗談の中私は目線を彼に、
合わせて言えなかった言葉を無理にではなく
「私は〇〇のこと好きだよ…」

時間をかけて放たれる

「ごめんね、素直になれなくて……」
想いはもう単純に

「あの時嫉妬してたんだ、〇〇と未央奈が一緒にいたことに…」

やっとの思いで伝わる

静寂と虚弱な恋

「私も未央奈と会ってね、気が付いたの、”この嫉妬は恋からだ”って」

『あいつ…凄いよな…』

「もしかしたら私達が弱いだけかもしれないけどね……笑」


『絢音…僕も…』

「うん…いいよ」


嗚呼、夢は途切れた


喰らう私の恋は激しい彼を求めて止まれなかった。圧倒的な好意は儚く、半信半疑で愛し合う私たちの行為は散って行った。

「初めてが終わったね」

『うん…煙草の味だった…絢音は…』

「………嫌い?」

『ううん…むしろ愛してる…』

「ありがとう…笑」
そのまま時を知らずに

「でも肌寒い」

『しょうがないな……』
上から包み込まれる私と優しく望む彼

「暖かい……嬉しい……」
空気のように寄り添う


虚ろに消えていく二人の意識は淡く溶けていく。それはまるで雪のように白いようで儚くて少し蒼くなる。

初恋


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