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時を奏でる筆の終わりと始まり

「初恋」から始まり、「芍薬」で終わる。
そんな愛音の一年の終了の鐘を鳴らしたのは、この文章を書いている時だった。

正直再度筆を手に取り物語を綴る事も出来た筈だったが、今年の終わりを微塵でも感じてしまった私は筆を置く事で来年への活力を見出すことにしたのだ。


モーメントとnoteに載っている愛音が書いた今年の作品は短篇(15本)と長編(2本)という内訳になるのだが、最後の長篇以外あとがきをしっかりと明確に書いた覚えがない。投稿後に偉そうな文字で引用したり付け加えたりはしていたが、改まって想いを書きつぶすことはしなかったと思う。


だから今年の終わりぐらいは少しだけ自分の事を書いてみても、文句は言われないだろうと決心して今この文章を書いている事をご了承お願いたい。


まず今年の成果を端的に述べようと思う。

今年はやはり長編に挑戦出来た事に間違い無い。「夢の島、君の声」と「僕らの唄が何処かで」の各二本にはそれぞれ特別な想いで作った作品であった。

そもそも妄想ツイートという界隈で長編で挑戦する事には最初に作品を書き始めた時から臆していた。妄想トークという界隈でさえ何度も頓挫した長編作品に対して全く違う界隈で再度挑むなんて無謀だと思い込んでいたからだ。

ただそう思っていると書くべきタイミングというのは不運にも何度も降りてきてしまう。飽き性が温床に浸っている私の根性でも一年で2作も書けるとは本人も驚きだった。


結果的に5月に一作目を書き終わり、7月には2作目が書き終わっていた。幸い全て書き終わってから投稿する流れを決めていたので、連載途中で頓挫という風にはいかなかったが、製作期間はそれなりに時間をかけたのは辛く甘い思い出となっている。



まずは長篇から。

[燃える]をテーマに本来の愛に本心から向き合い変わっていく「夢の島、君の声」という作品は、第1作目という付属カテゴライズという事もあって様々な人に見てもらった記憶がある。

元々妄想トークで投稿していた「高架下のtwilight」という作品を妄ツイ用に湾曲されようと思ったのがこの長篇の始まり。

残忍な世界を無理矢理には描かず、彼女たちの健気な姿だけを一心に表現したのは、あの作品の中での大きな工夫の一つだった。ただその点、彼女なりの苦悩が然程見えにくいというのが反省点となってしまったと思っている。

だから次書く時は変わりにくい心情と季節の交錯を上手く楽しめる作品を書こうと決心出来た瞬間にも変わって、第二作目の製作へと移っていった。


[自然な調和]を基調とした「僕らの唄が何処かで」はプロット視点からの面白みは筆者的には非常に弱かった。だからこの作品の筆者が思う面白いポイントを早々に”自然的な雰囲気と人物の表情”という所に置いたのだった。

実際大層な恋愛模様を描くわけでも無かったわけで、言葉の錯誤に力を注いだと言っても過言ではない。

そのせいもあってか、今作品の高山一実は非常に捉えづらく、ある意味でいいアクセントとなっている。冒頭から途中までは西野七瀬との関係を中心として動くが、明らかに途中から高山一実との恋愛にスポットを当てて物語が動く。

ただその時も必ず台風の目には西野七瀬がいる。ヒロインはあくまで西野七瀬だが、存在としてのヒロインの価値を重要視した為、こういう物語になった事はプロットを書き終わった段階だけでは気付かなかった良さだった。



さて、ここまで初挑戦の長編の事をつらつらと述べてきたが、ここからは愛音の短篇について話そう。

今年も沢山の”短篇”を書いた自負はある。ただ本来この界隈的には1ツイート以上の羅列される物語を”中篇”と言うらしいが、今更言い直す気もないので其々の解釈で宜しく願いたい。

まず文字数的にも文章の重量的にも大きい短篇や軽い企画や即席な感覚が見て取れる短篇まで幅広く書いた。

一つの物語を長い期間書き続ける事に不向きな愛音にとって、珍しく定期的には投稿出来た方だった。出来る限り月に一本の作製を目指した結果、計15本の短篇を作り上げ、皆様にお見せする事が出来た。


その中でも繋がりや意欲や構成上の観点から個人的に書いて良かったと思う作品が幾つか存在する。今日はそれを自画自賛の範囲を上手く踏み越えながら話していきたい。



まず今年は何と言っても自分の中で格別な書きたい物を昇華出来た書き物がある。

それは「夏雨に会う」という作品だ。

この作品は前半全くと言っていいほど下らない。その下らなさは恋愛的に進む日常ではなく、一般的に感じる普通の事を主人公が偉そうに語るところだ。

それが至高な描写でも無ければ、ギャグに振り切った描写でも無い。ただそこに愛音は満足感を感じていたのだ。

何故か。それは先程も言ったように”下らなさ”が細かいのだ。ある種「あるある」のような一部の人たちに共感されるような描写や日常で感じる苛つきみたいなものを適当な対応で生きる主人公の強さから感じ取れたことが、この作品の”下らなさ”を何か燻る良さに変えたところになるのだ。
この作品を書き終わった後、何度も書いて良かったと自慢しながらこの作品みたいな錯誤の方法を色々試したりのは、成果としてこの作品が産んだ影響ということになるだろう。



次に物語の錯誤の観点から「光の方へ」という作品を語りたい。

「弟の彼女と一緒に過ごす命日」という負の連鎖が残っている日常に不屈の彼女「梅澤美波」に主人公が感化されている物語。ダークな下地と比べられやすい兄弟の背景を背にしながら、団欒と独白と厚生を生きながら進んでいく。

救いを見つけたとしても、主人公の暗さが色を結局作ってしまう。負の連鎖というのは自分だけで断ち切りにくい。だから非常に明るい梅澤美波の性格のお陰で明るくなれたからこそ、始めて物語は終わる。

直接的に恋愛は関係していないが、慈悲深い”愛”について考えれたことはこの作品が齎した大きな良さと個人的には思っている。これ以降恋愛的要素が多い作品しか書いていないが、また何かこういう作品を書こうと思うとき、「光の方へ」という作品が今ある絶対的な安心感は次への一歩を進みやすくするだろう。


そして最後に「身体が。」という作品だ。

こちらはうしろむキングさんの企画[loveless杯]に参加した作品。企画開催当初はやるつもりなど毛頭になく、沢山の作品が観れるという観点での興味しか無かったが、自分が繋がっている殆どの書き手の方々が企画作品を書いたことに触発され、気付けば投稿していた始末だった。

そもそも企画というイベントが右往左往多発する妄ツイ界隈にそこまで興味も無かったのも本音だ。

一番最初に参加した企画にはchangeさんの[Cー杯]には”未経験と恩”という理由だけで参加した。

それ以降は企画という文字を目にする事だけで行動に移した事などなかった。しかしこの企画には多くの人間を様々な形で動かした素晴らしい企画と思っている。そこに能動的に参加出来たことは、妄ツイをやっていて良かったと思えるほど、素敵な体験だった。

情熱が滾るような稀有な経験を出来た企画という事で、私はこの作品の名前を挙げた。

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というわけでここまでお付き合い頂き有難う。
このような形で自分の作品に対してのアプローチを表立って言う機会に恵まれた事を非常に嬉しく思う年の瀬であった。

来年も毎月一本ほどのペースを保てるように好きな表現と作品閲覧に時間を注げればいいなとより思う年の瀬だ。


また来年も宜しくどうぞ、愛音でした。


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