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短篇【夏に生きるだけ】橋本奈々未

冷房は25度がいい。


体温に合わせて順応していく流動体たちが私の課題への熱を丁寧に包んでくれる。風向きは良好、脳への巡回も終わり。

今日も学校から近い図書館に来た。夏と大型休憩という理由だけでまとめて出される課題の数々は無残に息を潜めて、手をつけられるのを待っている。

私はいつも外が見える日当たりの良い場所に敷居を広げて、いつもで片付けられるような荷物を置く。高校三年目になると課題への真摯な生き方も呼吸の仕方も玄人の所作。

ゆっくりと筆を進めて、自然と入る景色の色合いを消す。集中すると視野が狭くなる癖は昔から治らなくて正解だったと、毎年少し親に感謝をする。そうして少しずつ手を動かす。

数ある教科を股にかけて、研ぎ澄まされた神経が迸りながら時々刻々と終わっていく。それだけで夏の拠り所を終わりそうで、少し勿体無い気持ちを抑えて。


45分毎にタイマーで区切り、工事のような進捗上記で確認して、また黒い文字が擦り減っていくのを繰り返す。そんなことを毎日何回も繰り返す。


私は生きた言葉のように。


三回ほどタイマーを切ると私は休憩を入れる。
誰に教えられたわけでも無い時間感覚で、タイマーが切れる音のする数秒で、自ら堕とす。そうする事で周りに迷惑を掛けずに済む。

まるで仕事の息抜きのような息遣いで、持ってきた清涼飲料水を飲み干す。体に毒々しい色と味で胃と喉を強制的に潤すと、栞が素敵な装丁の本を取り出す。
 


「笑う月」

他人の夢日記を鮮明を書かれている本には夢の本質が肝心と心に刺してくる。高校三年目には早いと唆された私は意固地になって、理解しようとして読む。あの人に寄せて急かされたような作品の楽しみ方で、私は自分が嫌になる。

本を読んでいる途中の日陰が降りてきた頃、夏の部活終わりの同じ学生達が私の前を過ぎ去る時間。私はそれを見てるのが好きな、変態的で寒色系な人間だ。

野球、サッカー、吹奏楽と困憊な表情をヘラヘラと靡かせて歩く学生たちが、青春の謳歌の王手を楽しもうと、蒙昧としている。

高みの見物という訳でも無ければ、同情の岬に立つ詩人のつもりの訳でも無い。私はそれを見てるだけが好きな人間なんだ。人を見ているのが好きなだけの、良識で屈強な日常に浸る人間なんだ。

それが建前だとしても、

これは、あぁ____________

『奈々未、何の本読んでるの?』

憧れの友達擬きはいつもこう言う。あの頃の私の気持ちなど差し置いて、ありきたりで普通の皮を被った言葉で距離を見せてくる。私はそれが本当に嫌だった。


でも明確に抱擁出来るような言葉など、私の口から迷いの息と一緒に出せる訳もない。また悩みながら私はいつも言うんだ。


「貴方が好きそうな本だよ」

昔憧れの友達擬きがよく読む本を調べた。いつも暇さえあれば読む姿が凛々しくて、それでいて絢爛の運動神経で生きる様が汗の似合う生き様で、私は片目で追うしか無かった。


万年図書委員で空気と文字が読める私には、その好意すら危うい橋に思えて、銃が蔓延る学生生活の中で吐き出せる勇気もなかった。


だから夏を生きた。


出会う迄はひよこのような二人の出立も3年になると清々しい朝のような爽やかと可憐な人間になれる。私たちは発展もせず、ずっといた。

その事実自体、夢の中で細かく死んだつもりの私も、今では進路に向けて反吐を吐きながら筆を進めている。彼はまだ部活の一級として先導しながら、世界を作っていく。


だから私は一人で、夏を作るだけで。


こうして休憩は終わる。時間を決めずに自堕落な配分で体を休めて、また頭の中に可能な限りの言葉を詰めていく。理解と圧縮の連続で焼き切れそうな目頭から知らない涙も出てくる。

だから誰にもその苦労と吐露せずに、本質を忘れながら汗を飛ばしていく。オレンジ色の満月が裂けた笑顔で追いかけてくるような疾走感は青春の睡眠の一部の幻覚として、今も私の時間を消していく。

だから私はまた自ら目醒めた。もぬけの殻となった神経を整えようとする頃、図書館は閉館の時間となる。まだ夕焼けのコントラストを照らし出して、私は荷物を片付ける。


誰もいない閉館間近の図書館の冷房は切れており、少し蒸し暑く不愉快だった。だから颯爽と消えていく人たちと一緒に帰路を目指そうとする。


誰かの隣の蜃気楼を見ながら、

__________________

その帰り、


畦道とまでは言えない舗装されてない道路をゆっくりと辿る。それは学び舎から家までの時間、憧れの友達擬きと一緒に帰る細やかなひと時の明るさとは違い、夏の嫌な顔を十分に醸し出した暗さ。


右から左か分からない景色の色は悪戦苦闘した青春の謳歌のようであり、箸にも棒にも掛からない淡々とした青春の朽ちた顔でもある。


時とすれ違う、その刹那____________


私は分かってはいたんだ、

擬きが真横を通り過ぎたことを。


分かっているからこそ、今さっき隣を素通りした憧れの友達擬きの隣の女性の顔が気になる。和気藹々とした会話の流れと私よりも大きい歩幅は距離をまた作り、狭間で堕ちていく。


暗闇がここまで人生に邪魔することは運命的に今日が初めて。失意に昇ったつもりも無いが、悔しながらに握ったスカートの鳴き声は、この街の夜に響く。


「誰かの隣には、勝手になれないか」

青春の本質とは、その場しのぎの愛情の高まりでなく永劫に続く生きる過程で見出す血力の結晶ならば、私はまだ終わってないだろう。

それが間抜けの戯言だとしても、千差万別な道理の可能性は否定出来ない。私はこの通りに心に浅い傷があるだけで、呼吸や運動は出来ている。


今日の月も、夏を生きて笑っている。それだけで十分だと思ったら、夏は言葉で出来ているだけなのかもしれない。


「好きと、言わなくて良かった」

そう心から言えると、今日の夜の風鈴の音色は、なんだが悲しげな賛美歌になりそうだ。

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