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辞書編纂の歴史から考える急成長プロダクトのナレッジマネジメント

こんにちわ、CADDiのDrawer事業部にてPMM / ProductOpsをしている色平(いろひら)です。

このNoteはCADDi Drawerのプロダクトチーム刊行Noteの第二弾(前回はこちら)です。
今回は私が携わっているナレッジマネジメントについて、私のお気に入りエピソード(小話)を交えながらお話しようと思います。


CADDi Drawerの急成長する裏側で直面したナレッジマネジメントの課題

おかげさまでCADDi Drawerもローンチから2年を迎え、いまや名だたる世界的な企業様にもご利用いただくところまで進化しています。

アメリカ・ベトナム・タイにも進出し、文字通りグローバルなSaaSプロダクトとしてより広いお客様に利用していただくサービスに進化しています。
(具体の数字は差し控えますが)WAUも2023年末から2024年6月までの半年間で2倍に膨れ上がり、調達から設計・製造にいたる多様なユーザー様に使っていただけるサービスになりました。

並行して新しいプロダクトのリリースも控え、Biz/Techの採用も加速し、どんどん機能を追加し… 市場開拓もプロダクト開発も採用も、全方位的に急成長の真っ最中です。

しかし同時に、ユーザーの増加に伴い急増している別の数字があります。
問い合わせ件数です。

ユーザー様から寄せられる問い合わせ件数も着実に増加中

年末の受注ラッシュに合わせて年始にユーザーが急増・機能の追加も重なる中、お客様に展開するべきマニュアルやナレッジの整備が追い付ききらない状況でサポート部隊に問い合わせが殺到しました。
(同時期に新入社員も増えたので社内問い合わせも爆増しました)

「このままだとヤバイ、すぐにスケールしなくなる!」
ちゃんとナレッジマネジメントやらなければ… サポート部隊だけでなく、PdMやCS・エンジニアも含めそう感じるまで長い時間はかかりませんでした。

ユーザーが自分で問題解決できるという当たり前を実現する難しさ

当たり前のことを書きます。ナレッジマネジメントの目的は主に2つです:

  • ユーザーが自ら問題解決できるようなナレッジを提供する

    • そうすることで問い合わせそのものを発生させない・抑制できる

  • 同じナレッジを共有しているコミュニティーが同じ資産を活用できるようにする

    • ユーザー間での利用促進を活発化できる

    • 採用を拡大しても新人をすぐに戦力化できる

本当に当たり前のことですが、これを実現するのは案外むずかしい。
いまのご時世、大抵のことはGoogle検索とChatGPTで解決できます。しかしそれは検索さえできればという条件付き。
我々の提供するプロダクトやソリューションはまだまだ新しく、そもそもGoogleに存在しないし、Vertical SaaSである以上は専門性の高いユースケースが多数存在します。
我々が情報を書かなければ、そもそも検索する対象すら存在しない… なのにユースケースだけは膨大かつ多様… 途方に暮れました。

まずはやるべきことを3つ決めました:

  1. ナレッジを集約すること

    • 検索対象になるナレッジを体系的に集約し一元管理する

  2. ナレッジをメンテナンス・拡張できるオペレーションの構築

    • せっかく集約したナレッジを陳腐化させないオペレーションを構築する

      • 特にプロダクトの進化やユーザーの変化に合わせて、ナレッジを維持・改善・拡張できるようPdMやエンジニア、CSと連携できる体制をつくる

  3. ナレッジにアクセスできるインターフェースの構築と布教

    • そのナレッジをGoogle検索で簡単にアクセスできるように、必要なユーザーに確実に届く環境を提供する

      • LLMをつかったAI Botや、新ツールの導入、人員確保、オンボ強化

1だけやっても2がなければナレッジの信用度を担保できないし、プロダクトの進化に追い付けません。
1と2だけだと作成者側の自己満足で終わってしまい、ユーザーに情報が届きません。ユーザーごとの特性に合わせたインターフェースを見極め実装する必要があります。

【アナロジー】言語ナレッジの最高峰OED

ここから小話を披露します。
世界でもっとも有名な辞書であろうOxford English Dictionaryについてです。

一昔前ですがアメリカでベストセラーになった「博士と狂人」というノンフィクションがあります。
完成に70年を費やした英語辞書(Oxford English Dictionary、以下OED)を編纂した辞書学者と、その完成に大きく寄与した精神病患者の友情を中心に展開するノンフィクションです(かなりロマンチックな脚色をされた形で映画化もされています)。

ざっくり紹介:

  • 作品の舞台は19世紀後半のイギリスが世界最強の国だった時代、世界中の英領植民地で英語が使われるようになっていた

  • この時代、英語の母国であるはずのイギリスは言語学者ですら「英語という言語がどうあるべきか」わからなくなってきた

    • イギリス国内にも恐ろしいほど多様な方言があり、アメリカでもオーストラリアでもインドでもしゃべられている

      • どんな単語があるのかわからない

      • どんな用例があるのかわからない

      • 単語の意味がどう変遷しているのかわからない

      • 「ただしい英語とは何か?」がわからない

  • そもそもの前提、包括的な英語の辞書をつくるプロジェクトは18世紀からことごとく失敗してきた(理由は後述)

  • 今までのやり方じゃダメだ、ということで新進気鋭の型破りの言語学者を登用し、70年かけて辞書を完成させる

    • その辞書の完成に貢献したのが精神病患者として収監されていたアメリカ人だった

英語の辞書をつくる試みがことごとく失敗してきたのはなぜか?
(別に単語ひたすら列挙するだけやん、と思う方もいると思います)

理由は単純。
18世紀の時点ですでに、英語が途方もなく多様な言語だったから。

世界中で話されていて各々の発音が違い、使う単語もスペルも違う。
1つの動作を指す動詞がたくさんあり、複数の語源の単語がまじりあって使われている言語… 時代ごとにご当地の流行をどんどん吸収して変化し続ける生き物のような言語… 
実際、イギリス文学の最盛期ともいえるシェイクスピアの時代ですら「正しい単語の使い方」や「正しいスペル」を規定する参考文献はありませんでした。18世紀になってようやく、日常会話の単語の範疇を超える辞書ができたくらい…

例:英語の単語の語源

そんな英語を使う人口が急増した19世紀、「辞書が存在しない」ことに端を発する課題感は頂点に達し、OEDのプロジェクトが発足。後にビクトリア女王のお墨付きを得て、名実ともに国家プロジェクトになります。

OEDには以下の特徴があります:

  • 英語が使われている文書のすべての単語を収集している

    • アメリカ英語やインド英語など、イギリスから見れば「亜流の英語」も集約している

      • 同時代のフランス語の辞書は「正統なフランス語の単語」しか収集しなかったことを考えると全く逆のアプローチ

  • 全単語の用例が全世紀から収集されている

    • この収集のために全世界からボランティア(ワードハンターと呼ばれた)を募り、用例を書き記したカードを収集した

      • 郵便制度が一般市民向けにも整った19世紀(当時の最先端)だからこそできた取り組み

        • 「博士と狂人」の主人公「狂人」もそんなボランティアの一人

    • そうすることで11世紀・12世紀・13世紀・14世紀・15世紀…と、どのように1つの単語が歴史的にどんな発展をしたのか知ることができる

  • 当然、各時代のスペルがどのように変わってきたのかも収集している

現在進行形で多様化と拡大と成長のスピードを加速化してる言語について、コンピュータもない時代に辞書を作るプロジェクトは過酷を極めました。

辞書が完成したのは1928年。辞書の作成が決定してから70年、編纂者自身が当初に見積もった期間の10倍の時間が経過していました。

OEDの第2版はその60年後(1989年)に刊行され、今もなお最も重要な辞書として認知されています。

最後に:OEDの例から妄想するCADDi Drawerのナレッジマネジメントの未来

辞書は身近にある「最もあたり前のナレッジ」です。
しかし、そんなあたり前をつくることがどれだけ難しいことか…OEDの歴史から学べることは多いです。

CADDiはまだまだナレッジマネジメントの取り組みを始めたばかりですが、その大変さは同じです。
しかしOEDの例をみればCADDi Drawerが目指すべきナレッジマネジメントの方向性もクリアになるんじゃないかと妄想しています。

  • 大英帝国が急拡大する英語人口のために必要なナレッジをOEDで提供
    したように、製造業のポテンシャル解放を目指す我々も、製造業がCADDi Drawerというプロダクトを通じて拡張する多様なユーザーのために必要なナレッジを提供できるようにしていきたい

  • OEDが単語を収集するという地味な作業のために広くボランティアを巻き込んだように、我々も広くCSやOps・ユーザーを巻き込んでナレッジを収集していきたい

    • ここが実は(ロマンチックな映画になるくらい)途方もない作業

  • OEDが誰でも簡単に言語の歴史にアクセスできるようにしたように、CADDi Drawerのナレッジも広くアクセス可能なものにすることでより広い製造業のナレッジにアクセスできるものにしていきたい

  • OEDが誰からも信頼される英語話者すべての資産であるように、CADDi Drawerのナレッジが製造業に関わる全ての人にとって有用なナレッジであるようにしたい

    • 信頼されるナレッジにするという維持・改善のサイクルを回し続けることこそ、変化の多いSaaSでは最も重要

英語が全世界に広がったようにCADDi Drawerも世界に広がってる今、現地語対応や新しい機能の反映など具体の話をすればきりがないほどやるべきことがあります。

繰り返します。やるべきことはたくさんあります。しかしまだまだ道半ばです。辞書づくりに例えると「ようやくAが終わるくらい」というイメージ… 

新しいプロダクトがリリースされるたびに、新しくナレッジを構築してユーザー様に提供していく必要があります。人が足りません。

Drawerナレッジ専用のBotの開発やPoC、オペレーション効率化のためのツール導入、改善サイクルに必要なデータの連携も必要です。人が足りません。

ナレッジマネジメントという1つの言葉でも、やらなければいけないこと・やるべきことがたくさんあります。

そんなCADDi Drawerを世界に広げるために必要な縁の下の力持ちともいえるナレッジマネジメントのお仕事を一緒にしてくれる仲間を大募集しています。OEDの完成にたくさんのワードハンターが必要だったように、我々にも仲間が必要です。

プロダクトマネージャーのチーム配下にあるPMM/ProductOpsのポジションです。オープンポジションでの応募もウェルカムです。

小話についてでもお仕事についてでも、カジュアル面談も大歓迎です。ぜひX(旧Twitter)かメールでご連絡ください。
@tshoppei4 
takuro_irohira@caddi.jp


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