見出し画像

堪え切れずといった感じで涙を流しながら 交通事故重傷記4

火曜。

手術を前提に、その事前確認として大病院で診察を受けた。

なのに CTを見た形成外科の医師は「手術の必要はないと思います」。

手術の目的は骨折による骨のずれ、歪みを治すことと、治した位置で固定することにある。だが現段階でずれがほとんどなく、ずれる可能性も低いと見られる、と言った。

医師が実際に噛み合わせを確認してみても、若干右側が浮いているように見えるけれど、そもそもきっちり噛み合っている人は少ない。左右で噛み合わせのバランスが悪いという私の違和感は誤差の範囲で今後、口内の腫れが治ると改善していくのではないか、と。

ただし、これは医師によって意見が割れ、今後のずれるリスクをなくすために手術をすべきと考える医師もいるとのことだった。

もし手術をするならば、負傷から2週間以内が望ましい。この期間を過ぎれば骨周辺で筋肉の修復が進み、骨を元の位置に戻すのが難しくなるようだ。だからいったん保存を選んだ後、しばらくして「やっぱり手術を」と依頼するのはスケジュール的にほぼ無理とのことだった。

メスを入れずに骨を固定するには顎間固定(がっかんこてい)という手法もあるが、おすすめしないとはっきり言われた。これは歯の上列と下列にそれぞれ金属のプレートを固定し、二つのプレートをワイヤ、もしくは強力なゴムで縛って、適正な位置で噛み合わせを強制的に保持する。期間は少なくとも3週間、口の開け閉めが全くできなくなり、肉体的、精神的な負担が大きい。窒息のリスクもあるという。

つまり①手術②顎間固定③保存(なにもしない)の3択のうち、手術か保存の2択。中でも保存が望ましいというのが医師の見解だった。

手術を恐れていた私は喜んで「保存」を選んだ。私の願望に科学的見地から根拠を並べてくれ、名医だと思った。思わず手を合わせそうになった。だがなぜかその名医の表情は自信に満ちたものではなく、下した結論に自信をもてず半信半疑が白衣を着ているようだった。

帰り道、この日朝から付き添ってくれた妻と今後を話し合った。手術をしない選択をしたことで早期に退院し、自宅療養という可能性が出てきた。

その際に最も危惧したのは子どもの反応だった。診察中、顔面の外傷と唇の裂傷、歯並びの状況を記録するため、初めて全てのガーゼが取り外された。医師による写真撮影が終わった後で私もスマホを取り出して自撮りすると、唇は大きく張れ、ゆがみ、黒ずんでいた。左目も膨れ上がり、真っ赤な眼球も濁っているようだった。前歯の一部は欠け、醜い姿にびっくりした。

子どものショックを考えると、ある程度腫れが落ち着くまでは入院したいと伝えた。すると妻は、子どもは正直かつ残酷だから、きついことを口にするかもしれない。でも時間がたてば慣れていくだろうし、会えない状態が続くことこそ嫌と感じていると思うと言った。そして、堪え切れずといった感じで涙を流しながら、言ってくれた。

「私はそのままでいいよ…もし、治らなくても……。生きていてくれてありがとう」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?