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若林さんと兼近さんとコンビニ人間

 以前、ANNXでりんたろーさんが、「若林さんが兼近に見えてきた」とおっしゃっていました。正確には、ドラマ「だが、情熱はある」の 髙橋海人くんが演じる若い頃のオードリー若林さんのいろいろな「生きづらエピソード」のことを指しているのですが、身近な人にとってはそう見えるのかもしれない、と思って興味深かったです。確かに自分の内面に興味が向くところとか、似ている。

 私はリトルトゥースではないし、普段「あちこちオードリー」くらいしか見ないので、分かったようなことは言えません。ただ、芥川賞受賞作・村田沙耶香『コンビニ人間』を読んだ感想が、兼近さんと若林さんではだいぶ違っていたような気がして、再び読み返してみました。


 以前、EXITさんのYouTube「EXITcharannel」にて、兼近さんはおすすめの本として「コンビニ人間」を紹介し、登場人物に非常に共感を抱いていました。一方、若林さんは著書『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』で、「ついにコンビニで働くことで救われる主人公が表れてしまった」と衝撃を受けています。かつてはコンビニのバイト生活から抜け出そうともがくタイプの人間が主人公だったのに、と。

 シンプルに言ってしまえば、「コンビニ人間」はASD傾向のある主人公が自分の居場所を確保して生きていく話で、福祉や行政や医療の支援が無くても自分の力で生活の糧を得て生きている主人公がこれまた非常にシンプルに表現されています。作中では主人公が診断を受けている描写は出てきません。ただ、生死感が発達しないところや、テレビで「見た」情報をそのまま取り入れてしまうところ、常識と呼ばれる暗黙のルールは「知識」として「学ばなければ」身に付かないところなどが、分かりやすく描写されています。そんな、ASD傾向のある人にとって、変化の少ない安定したリズムの一部になって生活できることは何よりの安心です。コンビニでそれが達成されてお給料まで頂けるのなら、こんなに良いことはありません。以前であれば「変わった人」として「物語をかき回す役回り」であった人物を主人公に据え、福音の鳴り響くようなラストシーンにまでもっていったとても素晴らしい作品です。


 兼近さんは時々、自分がずれたことを言ってしまったのではないかと非常に気にされることがあって、そこがすごくチャーミングに感じます。不器用だけど健気で応援したくなります。自分のズレに四苦八苦して、象の「牙」を「トゲ」と呼んでくっきー!パイセンに「アホすぎるwwwwww」と笑われ、やけくそのように「象の牙なんか役に立たねぇよ!(役に立つ)」と笑う兼近さん。アホすぎて愛おしい。

 一方、若林さんは、著書を拝読すると自分のズレがそのまま受け入れられる場所へ行きたい、と願っていた。ここが二人の違う所なんじゃないかな、と思いました。リトルトゥースの方々にもっと詳しいことを解説していただきたい。

 『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』では、競争社会に嫌気がさしキューバに行ったりモンゴルに行ったりして、だんだんと今私たちが「あちこちオードリー」で見ている若林さんに近づいていく所を見ることができます。自分の内面をこねくり回し、繊細で傷つきやすく、でも自分が納得できないことは譲れない、そんな若林さんの変化は清々しく、文庫版のDJ松永さんの解説には胸を打たれます。



 ANNXのトーク内容に戻ると、りんたろーさんがシンプルに兼近さんのこだわりを受容なさっていて、なんて素晴らしいのだろう、と感激しました。ポイントは、「かねちにも、考えるところがあるんだよね」という視点です。「わかるわかる、そうなんだよね~」じゃない。「まあ、分かるけどさ、そこは譲ろうよ」でもない。「まったく分からんけど、まあ、それがお前だよね」っていう、自分も相手もそれで生きてるんだからいいじゃん、っていうすごくフラットな視点。ちゃんと自分と相手の間に線引きをした上で、相手をリスペクトできる姿勢。ああ、こういう視点がうらやましいな、この視点を中学生に伝えていこうと思いました。りんたろーさんいつもありがとうございます。

 兼近さんは、こだわったり、妬んだり、意地悪い視点で他者を見たり、という自分の内面を見せたくないな、そっちに行きたくないな、と感じていて、それもすごく素敵だなぁと思いました。自分の内面を掘り下げて
認めた上で、でもそれを見世物にはしないぞ、っていう姿勢に、品位を感じました。

 ただ、そんなちょっと斜めで意地悪な視点で作った漫才は「ウケない」と嘆く兼近さんに対して、「おれはウケさせてやりたいけどね」と呟くりんたろーさんがマジ男前だと思いました。


 総括すると、そんなEXITさん最高じゃないの・・・・ってことです。
 47都市ツアーを敢行中に、ルミネ3ステぶっこんでくるって、マジどM。







【感情を表現することに前向き】

 兼近さんがYouTube個人チャンネルでお悩み相談を始めて、大丈夫かしらと過保護ムーブしていたら、案の定どぎつい激重案件がいくつも舞い込んできて、なんてしんどそうなんだ・・・・と思いました。確かに、遠くの誰かにただ聞いてほしい、思いを文章にすることで少し楽になる、そういった側面はあると思いますが、それはもっと専門機関があるのでは、と。


 以前アベプラで、日本は海外よりも心理カウンセリングを利用する人が少ない、というトピックが紹介されていました。ハードルが高いらしい。ですが、現在は学校にもスクールカウンセラーが配置されていて、確実にカウンセリングへの抵抗は低くなっているような気がします。生徒も、最初の頃は週1回やってくる外部のカウンセラーを見て「この人は誰だろう」と警戒していましたが、今では勧めると素直にカウンセリングを受けてくれます。この生徒たちが大人になる頃には、もっと積極的にカウンセリングを受ける人が増えていくような気がします。

 かつては、「生徒の相談はまるごと受け止めて寄り添うのが良い教師だ」とされていましたが、最近の流れは「寄り添いつつ、場合によってはもっと専門性のある機関へ繋げましょう」となっています。部活や学級や勉強の悩みなら教員の専門ですが、保護者のメンタルや家庭内不和、ネグレクトやヤングケアラーなどに関しては、いち教員には背負いきれないのです。若くて生真面目な先生は、「生徒に相談されたら解決してあげなくちゃ」と思いますが、それをやると共倒れになってしまうことが多いです。専門機関に丸投げするのではなく、一緒に専門機関の扉を叩いてあげる、なんだったら扉の前で待っているから行っておいでと背中を押してあげる、そこまでやれば次からは自分でも行くことができるはず。(比喩表現)

 配信の中で印象的だったのが、兼近さんが一貫して「自分の気持ちを相手に伝えよう」という姿勢を持っていらっしゃることでした。誰かに対して困り感や非侵害感を抱いている、どうすれば良いですか、という相談に、「私は、それ、困っているの」と伝えれば良い、ということなのです。本当に、本当にその通りなんですよね・・・・!!!!自分主語って本当に大事!中学生は「みんな」という大きい主語に隠れがちなので、「みんなじゃなくて、あなたはどう思っているの?」と尋ねるのですが、そうすると結局自分が気に食わないだけだったりするんですよね。


 そんな、自分主語で率直に相手に気持ちを伝えている・・・ような兼近さんが、また別日のアベプラでは「感情を出したら身の危険がある気がして」とぶっちゃけて、この人は 大変だな!と思いました。

 ベルモテで元乃木坂アイドルさんと疑似握手会をしただけで、テンション上がってコントロールきかなくなってみちょぱに「落ち着きなさいよアンタ!」とたしなめられているんだから(最高)、そりゃ幼い頃から感情のままに動いたら叱られた、という経験を多くしてきたのでしょう・・・・・めちゃくちゃ目に浮かぶ。私は割とそういうテンション爆上がりしてる中学生にツッコミを入れるのが楽しいタイプなので、テレビの前でしょっちゅう兼近さんにツッコミをいれています。主にラヴィット!で。


 余談ですが、「コンビニ人間」でも、笑ったり泣いたりのツボが一般からちょっとずれていると、倫理観を疑われることもあるので(例えば「え・・・人の失敗を見てこんなに笑うんだ」とか「なんでここで一緒に喜んであげられないの?」とか)それが怖くて一切何も言わなくなった、というエピソードがあります。素直な感情の発露って、言うのは簡単だけど、人の感情は一つのものに対してみんな同じ反応をするという固定観念がある気がして、結構難しいですね。お笑いのツボだって違うしね。






こっそり、こっそりと47°Mツアーに


参加してきました!



 サイン本お渡し会に当選したので、念願の、りんたろーさんにお礼を伝えることができました!
 3年前にツイッターで紹介していただきました、ありがとうございます、と伝えたら、めっちゃ怪訝な顔なさってた。そりゃそうだ。情報伝達が一方的ですみません。なんとか感謝をお伝えできて良かった。

 単独ライブの兼近さんは、元気でイキイキしていてアグレッシブで、何かの動物に似ているなーと思っていたら、いつも見ているYouTubeのボーダーコリーに佇まいが似ていた。だから目で追ってしまうんでしょうね!




毎日暑い日が続いていますが、どうかご自愛ください。
EXITさんの KOCおよびM‐1の御健闘をお祈りしております。