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 全身に金箔を塗りつけた全裸の俺は片脇に豚の生首を抱えて、もう一方の腕を頭上高く掲げて人差し指を中空に向けて突き出し、天上天下唯我独尊、みたいなポーズをとって往来に立っている。
 だうしてそのような所業に及ぶのか?
 それはこれが俺のテロルだから。
 そう言って分からぬ者は分からいでいい。俺は俺の原理原則に則って俺のテロルを続ける。
 俺が俺のテロルを続けていると、向こうからゲジゲジがやって来た。ゲジゲジといっても百足がやって来た訳ではない。ゲジゲジは人間の男で、人間なのに四足歩行、というテロルを実行している、俺のことを、兄貴、と慕っている野郎だ。ところがゲジゲジの四足歩行の様子がどうもおかしい。俺は俺のテロルを中断して、豚の生首を抱えたままゲジゲジの元へ行って、あっ、と声を上げた。ゲジゲジの右脾腹にバタフライナイフが深々と刺さっており、そこから鉄のような血が溢れ出ていたのである。俺はゲジゲジに問うた。 
「どうした、ゲジゲジ? 一体何があった?」
「へ、へへっ、兄貴、ご覧の有様で」
「右脾腹にバタフライナイフが刺さっているのは分かっておる。俺が訊いているのは誰にやられたのかと訊いているのだ」
「そ、それが、平常のように道端を歩いていると四人組の餓鬼だちに絡まれまして、お前の歩き方が気に食わない、と言われてそのまま連中に羽交い絞めにされて、ずぶり」
 それを聞いた俺は豚の生首を放り投げてゲジゲジを抱き締めた。
「よかったなあ、ゲジゲジ。俺たちテロルを実行している人間にとって最も忌むべきは、世間の無関心、だ。バタフライナイフで刺されるなんざあ、よっぽどお前のテロルがその餓鬼共を揺さ振ったんだろうよ」
「そ、そうかなあ」
「決まっとろうもん。おおい、皆さーん、ゲジゲジがやりましたよー」
 俺は絶叫して両足を肩幅に開き膝を曲げて上半身を後ろに反らしたまま突進し、通りがかった人々に陰嚢を擦り付けた。陰嚢を擦り付けられた人々は一様に顔を顰め、飼い犬をあしらうようにして通り過ぎてゆく。俺はなおも絶叫して、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、目を瞑って天を仰ぎ、全身を小刻みに痙攣させてトランス状態に入った。
「おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、テロルさいこー」

 すこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこ。
 鶏を相手に腰を振るゲジゲジを見るとはなしに眺めながら、俺は野晒しになったソファーに埋まって混成酒の一升瓶を喇叭飲みしていた。勿論、全裸に金箔。これも俺のテロルの一環である。
「おおい、もっちゃん、もう一本くれえい」
 俺は空になった一升瓶を地べたにたたき割って、カセットコンロの前に立って調理をしているもっちゃんに向かって混成酒の代わりを注文した。もっちゃんはまだ二十歳にもならない黒人の女で、この野天スナック、ひとでなし、を一人で切り盛りしている。ひとでなし、は俺やゲジゲジのようなはみ出し者に対しても嫌な顔ひとつせずに安酒を提供してくれる数少ないスペースで、そんなスペースを運営しているもっちゃんのことを俺は秘かに同胞だと思っている。もっちゃんは調理の手を止めて、混成酒を持って来る代わりに黄色い物体を盛った皿を俺に差し出して言った。
「飲んでばかりいては身体に毒よ。少しお腹に入れた方がいいわ」
「いっひっひっひっひっひっひっ。俺の身体の心配をしてくれるのか? さては俺のこと」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。いいからさっさと食いな」
「はあい。むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。なんだか粘り気があって独特の風味がするね。なんだいこれは?」
「幻覚サボテン入りのオムレツだよ」
「へえー。幻覚サボテンなんてものを俺は初めて食べたよ。むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。うわあっ」
 俺が幻覚サボテン入りのオムレツを食べていると、いきなりくず拾いのPONさんが俺の胸に抱き付いてきた。PONさんは自分の名前の英語表記に異常なまでのこだわりを持っていて、うっかり、ポンさん、なんて呼ぼうものなら、忽ち気が違った人のように前後不覚に陥ってしまう。だからPONさんを知っている者はみんな、ポンさん、とは呼ばず、PONさん、と呼ぶ。俺は、PONさん、に声を掛けた。
「どうしたのPONさん? なにやってんの」
「緑色の髪だね交わされてないからねカットマンシーニの女の小&だったがらない帰らない帰らない帰」
「はあ? なんだって?」
「&だったがらない帰らない帰らない帰」
「おおい、もっちゃん、PONさんは一体なんつっておるのだ?」
「さあ。幻覚サボテン入りのオムレツ食べてたから幻覚でも見てんじゃん?」
「PONさんは幻覚サボテン入りのオムレツを食べたのか? だからこんなぐにゃぐにゃしてるのか。え? てことは幻覚サボテン入りのオムレツを食べた俺もこんな風になっちゃうの?」
「知らない。人によるんじゃん?」
「ぎゃん」
 いく、いく、いく、いく、いく、いく、いく、いく、いくーっ。鶏を相手に腰を振っていたゲジゲジが絶頂に達しようとしていた。

「だからあ、ほんとなんだって」
 幻覚から醒めたPONさんがソファーの俺の隣に座って口から泡を飛ばす。
「ほんとに見たんだって」
「またまたあ。PONさんの見間違いなんじゃない?」
 これはゲジゲジ。鶏姦の後で顔をてらてらさせている。
「キョンシーだぞ、キョンシー。見間違えるもんか」
「キョンシーというのはあれかい?」
 俺は二人の間に割って入る。
「キョンシーというのは、支那の死体妖怪の一種。硬直した死体であるのに、長い年月を経ても腐乱することもなく、動き回るもののことをいう。広東語読みは、キョンシー、普通話読みは、チアンシー、日本語の音読みで、きょうし、の僵尸のことかい?」
「なんだ、まるでWikipediaみたいな野郎だな」
「ははん」
「そうだよ。その、きょうし、のことだよ」
「どこで見たの?」
「ねじれ弁天」
「特徴は?」
「肌の色が灰色で、妙な服を着ていて、身長は二米はゆうに超えてたなあ。そうそう、額からなんつうの」
「札?」
「そうそう、札みたいなの垂らして」
「ふむ。どうやらPONさんの見間違えという訳ではなさそうだね。よし、ゲジゲジ、僵尸を探しに行くぞ」
「え? いまからですかあ?」
「馬鹿野郎っ、ばしっ」
「痛いっ。ちょっと、なんで頬を打つんですかあ」
「お前って野郎は、テロルのモットーを忘れたのか? いいか、テロルのモットーっつうのはなあ、ううっ」
「どうしました、兄貴?」
「緑色の髪だね交わされてないからねカットマンシーニの女の小&だったがらない帰らない帰らない帰」
「うわあっ、兄貴がおかしくなっちゃった」

「やだー、カワイイー」
「や、やめろっ、見世物じゃねえんだ。あっち行けっ」
 そう言って、近付いて頭を撫でようとしてくる娘だちを前足で追い払うゲジゲジ。追い払われた娘だちは、またねー、とゲジゲジに手を振って、きゃっきゃっ、と鈴を転がすように笑いながらその場を立ち去ってゆく。
 ねじれ弁天に着いてからというもの、一事が万事こんな感じだ。
 いや、ねじれ弁天に着いてからだけではない。ねじれ弁天に向かう途中もゲジゲジは結構人々に人気で、人々はまるで愛玩犬に対するように、好意的な態度でゲジゲジに接するのである。
 俺はその様子を見ていておとろいていた。
 それで俺は、顔を顰めてぶつぶつと独り言をつぶやいているゲジゲジに直截訊いてみた。
「ねえ、ゲジゲジ」
「なんでふ?」
「いつもさあ、こんな感じなの?」
「こんな感じと言いますと?」
「ほら、なんかさあ、お前結構人気あんじゃん? 人々に愛されてる、つうか」
「そうかなあ」
「そうだよ。いまだって娘だちが頭を撫でに来てたじゃん。つうかさあ、おかしくね? そりゃ人間の四足歩行は珍しいよ。けどさあ、人間の四足歩行の隣りに全身に金箔を塗りつけた全裸の人間が歩いてたら、フツーそっち見ねえ? こっちは豚の生首も抱えてんだけ」
「兄貴、きょうし、が来ましたぜ」
「あい」
 話を遮るゲジゲジに思わず反応してしまった俺。仕方が無しにゲジゲジの示す方を見ると、人混みに紛れて肌の色が灰色で、妙な服を着ていて、身長は二米をゆうに超える、額から札のようなものを垂らした、きょうし、が、こちらに向かって歩いて来るところであった。
「ゲジゲジ」
「うっす」
 俺が合図すると、ゲジゲジは愛玩犬から一転、わうっ、わうっ、わうわうわうわうわうわうわうわうわうっ、凶悪な叫び声を上げながら弾丸のように飛んでいって、あっという間に、きょうし、の喉笛に噛み付いた。ところが、喉笛を噛まれたというのに、きょうし、は平然と立ったまま、喉笛からゲジゲジをぶら下げている。そこで俺は肘を張り、手の平で胸を叩いて、うっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほうっほ、マウンテンゴリラの物真似をしながらゆっくりと、きょうし、に近付いていく。目の裏でスパークする火花。

 相対した、きょうし、は、思っていた以上に大きかった。まるでチョモランマのようであった。
「おおい、おおい」
 俺がチョモランマの麓で絶叫していると、遥か頭上から、うわああああああああああああああっ、ゲジゲジが落下してきて、くるくるくるっ、身を翻して四本足で地面に着地した。俺はゲジゲジの元に駆け寄る。
「大丈夫か、ゲジゲジ」
 ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり、後ろ足で器用に頬を掻きながら応えるゲジゲジ。
「平気っす。喉笛噛み切ってやろうと思ったけど、歯が立ちませんでした」
「ああ、そのようだな。やれるか?」
「まだまだあっ」
「よし。俺を背中に乗せろ」
 そう言って俺はゲジゲジの背中に乗り、俺を背中に乗せたゲジゲジは山肌を滑るようにしてチョモランマを駆け上がっていく。
「ゲジゲジっ、前っ前っ」
「うわっ」
 ひいいいいいいいいいいいいいいいっ。嬌声を上げながら人間大の塊が前方から物凄い速度で飛んできて、それを避けるべくゲジゲジは右に大きく迂回する。
「兄貴、いまのあ一体何です?」
「さあな。人間を潰して塊にしたような、ゲジゲジっ、また来るぞっ」
「よしきたっ」
 人間大の塊がまた飛んできて、今度は左に迂回する。それからはもう人間大の塊が次から次に、引っ切り無しに飛んできて、その都度ゲジゲジが対応するのだけれども、背中に乗っている俺は特段やることがなく、やることがないと退屈で、退屈だと眠くなるので、俺は万事をゲジゲジに任せ、上体を前に倒してゲジゲジの後頭部に顔を埋めて入眠した。夢の中で俺はアジテーションをしていた。涙と洟汁とよだれを垂れ流しながら。なんなら脱糞もしていた。聴衆はたれ一人おらなかった。荒野であった。それでも俺は喉が破れんばかりに絶叫した。というか最早喉は破れていた。自分で自分が何を訴えているのか分からなかった。自分が何を訴えたいのかも分からなかった。地平線に夕陽が沈もうとしていた。俺は全身を燃やして夕陽を睨みつけていた。夕陽はいつまでも、いつまでも、沈むことはなかった。

「それじゃあ結局キョンシーには会えなかったんだ?」
「だからあ、さっき説明したじゃん」
 ゲジゲジとPONさんが揉めて取っ組み合いのようなことになっている。俺は野晒しになったソファーに埋まって混成酒の一升瓶を喇叭飲みしながら、二人を見るとはなしに見ていた。勿論、全裸に金箔。あれから。たれもいない荒野で一人、沈むことのない夕陽をいつまでも睨みつけてから後はどうなったか。正直に言うと、よく覚えていない。覚えているような気もするし、覚えていないような気もする。はっきりとしているのは、俺は野晒しになったソファーに埋まっている。混成酒の一升瓶を喇叭飲みしている。ゲジゲジとPONさんの取っ組み合いを見るとはなしに見ている。いま生きている。それで十分だ。俺はソファーから抜け出して、ゲジゲジに腕を嚙まれて泡を吹いているPONさんの後ろに回るや、片脇に頭を潜り込ませてPONさんの腰を両腕で抱えて、ゲジゲジ諸共後方へ反り投げた。
「いたたたたたたた、ちょっとお、何すんだよお」
「わっはっはっはっはっはっはっは、ルー・テーズが開発した、バックドロップ、じゃよ。日本名は岩石落としやね」
「いや、そういうことじゃなくて」
「しっしっ、しっしっ」
「ちょ、やめっ、地獄突き、やめてっ」
「しっしっ、しっしっ」
「やめっ、やめてっ、やめてっ、やめ、言うとるやろがあっ」
「ひゃははははっ、PONさんが兄貴に攫みかかったあ」
「ふー、ふー、ふー、ふー、ふー、ふー、ふー、ふー、あれ? どうなってんだ? うわっ、か、顔に陰茎がっ、気色悪っ」
「ひゃははははっ」
「は、離してっ」
「ほうらほら、ほうらほら、すりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすり」
「ちょっと、アンタたち、お客さん」
 俺が下半身にタックルしてきたPONさんを捕まえて、自分の陰茎にPONさんの顔面を押し付けているところへ、もっちゃん。連れてきたのが二本足の蝉人間であったのでおとろいた。けれども二本足の蝉人間を連れてきたぐらいでおとろいている俺を俺は認めないので、俺は貴族のような落ち着きでもってもっちゃんに応じた。自分の陰茎に他人の顔面を押し付けている貴族などいないのだけれども。それとも貴族というのは案外そういう人だちなのかもしれない。
「やあ、もっちゃん。ええと、そちらはどなたなんだろう」
「知らない。なんか用があるんだって」
「用? 僕たちに?」
「さあ」
「さあ、って曖昧な。おい、君。僕たちに用があるのかないのかどっちや? 僕たち、なんて甘い言葉つことるけど、俺はお前みたいなのが口を利けるような気安い人間ちゃうど。チャウ・チャウ、舐めとったらあかんど。きしいいいいいいいいいいいいいいっ」
 そう言って俺はチャウ・チャウが歯を剥く物真似をして蝉人間を脅かす。ところが、蝉人間の茶褐色に光る二つの目やストローのように伸びた長い口にはそもそも表情というものがなく、その内で一体何を思考しているのかまるで分からない。それで場に妙な間が生じてしまい、その間は俺たちにとって何か決定的な間のような気がして、同様のことを感じ取ったのか、その間を埋めようと慌ててゲジゲジが前に出てきて、蝉人間に食ってかかった。
「おうっ、おどれっ、おうっ、おどれっ、おうっ、おどれっ、おうっ、おどれっ、って四回も言わすなっ、ぼけっ。兄貴が用があるのかないのか聞いとんじゃ。さっさっさと応えんかいっ」
「にやにや」
「え? たれ?」
「え? たれ?」
 俺とゲジゲジは同時に辺りを見回した。股間でPONさんが悶死しかけているとは知らずに。

「兄貴、いま、にやにや、って言いました?」
「え? お前じゃないの? てゆうかお前も聞こえたの?」
「兄貴もっすか? ヘリウムガスを吸引した人みたいな」
「そうそう」
「ですよね。うーん、兄貴じゃないとしたらたれだろう? ねえ、もっちゃん、いま、にやにや、って言った?」
「はあ? 知らねえよ。つか死ねよ」
 ゲジゲジに冷たい言葉を浴びせて、もっちゃんは調理場に戻っていった。じょおおおおおおおおおおおおおおお。もっちゃんに秘かに恋心を抱いていたゲジゲジは冷たい言葉を浴びせられて、喜びの余り盛大に嬉ションをした。変態である。
「ううむ。ゲジゲジでもなくもっちゃんでもないとしたら一体たれなんだろう。PONさんは見ての通りだし」
「こっちや、こっち」
「どこだっ」
「どこだっ」
 ヘリウムガスを吸引した人みたいな声が聞こえて再び辺りを見回す俺とゲジゲジ。ところがやはり辺りには俺とゲジゲジとPONさんしか見当たらない。
「ゲジゲジ、聞こえた?」
「へい、聞こえました。こっちや、こっち、って」
「おっかしいなあ。どこから聞こえるんだろう」
「どこっすかねえ」
「にっぶい連中やなあ。こっち、言うてるやろ」
「ええ?」
「ええ?」
「ほら、手え振っとるがな」
「うーん、あっ」
「うーん、あっ」
 どこから声が聞こえるのかきょろきょろと探していた俺とゲジゲジは思わず声を上げた。手を振っていたのが蝉人間であったからである。俺は胸から生やした四本の触手を蠢動させる蝉人間に恐る恐るたんねた。
「あのー」
「なんだよ」
「さっきから俺らに話しかけてるのって、もしかしてお前? お前だったらちょっと翅、広げて見せて」
「じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじっ」
「うわっ、びっくりした。そんな思いっきり広げなくてもいいじゃないか」
「こうでもせんと気い付かへんやろ。じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじっ」
「わかった、わかったからやめて」
「おいっ、犬っころ、おどれもわかったか」
「たっ、たれが、犬っころ、じゃ。翅、毟ったろかいっ」
「待て、ゲジゲジ。このままぢゃあ一向に話が進まない。取り敢えず大人しゅうしとこ」
「がるるるるるるる」
「なんや、やる気満々やないか」
「こらっ、ゲジゲジ、駄目っ。お前も挑発しないで、翅、広げるのやめて」
「じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじっ。しゃあないな、やめたるわ」
「ありがとう、ありがとう。けどさあ、気が付かないのも仕方がないよ。だって変な方向から声が聞こえるんだもの。ここではないどこか、つうか。いまもお前が喋っているとは信じられない」
「まあボクの発声方法はちょっと特殊やからな。正味は発声方法ですらないんやけど」
「どういうこと?」
「ええ、ええ、分かろうとせんで。それよかボクはキミに会いにきたんや。反一族の反町一郎」

「はんいちぞくの、なんだって?」
「反町一郎」
「はん、ちょういちろう? なんだそれは?」
「キミの名前や。反逆の、反、に町内会の、町、数字の、一、に郎党の、郎、で反町一郎。和名やね」
「何を言っているのか全然分からない」
「まあそうやろな。せやけどキミは、反一族、ちゅう一族の、反町一郎、ちゅう人物なんや。人物、ともちゃうねんけどな」
「人違いじゃないのか? そもそも俺に名前なんてないよ」
「そうだっ。兄貴は兄貴なんじゃいっ」
「だあっとれっ、犬っころ」
「くううううううん」
「ほな聞かせてもらうけど、キミはなんでそないけったいな恰好しとるんや?」
「それはこれが俺のテロルだから」
「そうや、テロルや。ほな、テロル、ってなんや? インターネットでググると、テロルちゅうのは独逸語のTerorrで、恐怖の意。暴力行為あるいはその脅威によって敵対者を威嚇すること。恐怖政治。テロ。なんてよう知らんアホが書き込んどるけど、あんなんみんな嘘やで。ええか? テロルの本然教えたるわ。反逆や」
「ぎくっ」
「ほんで生まれながらの反逆者の一族が、反一族、ちゅうわけや。なあ、反一族の反町一郎」
「や、やめろっ、俺をその名前で呼ぶなっ」
「にやにや」
「おうおうおうおうおう、兄貴困っとるやないかいっ、やめたらんかいっ」
「だあっとれ言うたよな、犬っころ? 仕置きや。ひゅう」
「けーん」
 胸から生やした四本の触手を鞭のようにしならせてゲジゲジを打擲する蝉人間。その威力たるや凄まじく、あっという間にゲジゲジは干し椎茸のようになってしまった。ところが、ゲジゲジが干し椎茸のようになってしまったというのに、俺は動けない。動けないで俺はアジテーションをしていた。涙と洟汁とよだれを垂れ流しながら。なんなら脱糞もしていた。聴衆はたれ一人おらなかった。荒野であった。それでも俺は喉が破れんばかりに絶叫した。というか最早喉は破れていた。自分で自分が何を訴えているのか分からなかった。自分が何を訴えたいのかも分からなかった。地平線に夕陽が沈もうとしていた。俺は全身を燃やして夕陽を睨みつけていた。夕陽はいつまでも、いつまでも、沈むことはなかった。って、あれ? 同じようなことが前にもあったような。つうか、夕陽を睨みつけている俺って誰?
「もうええやろ」
「ひんっ」
 ヘリウムガスを吸引した人みたいな声が稲妻のように全身を貫いて我に返る俺。蝉人間が胸から生やした四本の触手を蠢動させている。ゲジゲジが干し椎茸のようになってしまっている。ここではないどこか、から蝉人間の声が聞こえる。
「ほなボクはこれでお暇させてもらうわ。いまの、反町一郎、の仕上がり、見にきただけやさかい」
「ま、待ってくれっ。いまのは一体」
「ええ、ええ、気にすな気にすな。ほら、キミが手に持っとるおっちゃん、さっきから息しとらんで」
「うわっ、ホントだっ。おいっ、PONさん、確りしろっ」

 ゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさ。横揺れが波のように寄せては返っていく。地震というのはまっこと不気味なものだ。そこになんらの意思も読み取ることができない。ジェームス・ラブロックという人は、地球は一つの生命体である、というようなことを言っていたような気がするが、もしもそうであるとすると、地震は地球の生理現象のようなものなのか? いや、生理現象にも意思はあるだろう。小便、なんてのは生理現象の一つだけれども、俺が小便をするときそこには、俺は小便がしたい、という意思がある。いや、待てよ。それってホントに意思なんだろうか。地震を発生させるとき、俺は地震を発生させたい、なんて地球が意思するか? しないだろう。じゃあやっぱり生理現象に意思はない? なんてことをアフリカウシガエルのような背中を向けている、いしゃ、に訊いてみようと思って止めた。それで俺は部屋に目を転じる。いつ来ても不分明な物が不分別に散らかった部屋だ。部屋だけではない。廃ラブホテルをスクワットして非合法な医療行為を行っているいしゃは、その見た目からも知れるようにかなり独特な感性を持っていて、その独特な感性でもってしてDIYをするものだから、廃ラブホテルは見る影もなく、見る影もなくと言ったらみすぼらしくなってしまったように思われるかもしれないけれども、それとはまた違ったニュアンスで変成して、異様な建築物となって空間を歪めているのである。俺が真鍮で作られた空洞の雄牛に無理矢理身体を押し込んだりしながらそのようなことを思想していると、いつの間にか俺に背中を向けていたいしゃは、これもDIYしたのであろうロッキングチェアのようなものに巨躯を沈めて、小脇に抱えた壺から虫のようなものを攫んではむしゃむしゃと食らっている。俺は雄牛から抜け出して、いしゃに問いかける。
「おおい」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「おおい」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「いしゃ、いしゃ」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「駄目だこりゃ」
 諦めた俺は問いかけるのを止めて、いしゃに近付いていった。いしゃはアフリカウシガエルのような瞼をぴったりと閉じて、アフリカウシガエルのような口をむしゃむしゃと動かしている。ううむ。俺は呻った。こうやって近くで見てみると、どこからどう見てもアフリカウシガエルのようだ。と言うか、アフリカウシガエルそのものではないか。そういえば出会ってからこれまで俺はなんの疑問も持つことなくいしゃに接していたけれども、いしゃってそもそも人間なんだろうか? まあ人間じゃなかったとしても俺が困るようなことはないし、むしろアフリカウシガエルが廃ラブホテルをスクワットして非合法な医療行為を行い、それに加えてこのような異様な建築物をDIYするなんて、テロル的に結構ヤバいことをやっているのでは? なんてことを思想しているうちに、気が付くといしゃの瞼が開いていた。ボーリングの玉のような目であった。いしゃは俺を一瞥すると、ぶおおおおおっ、ぶおおおおおっ、口を大きく開けて欠伸のようなことをした。俺は気を取り直していしゃに問いかける。
「なあ、いしゃ」
「なんだい?」
 アフリカウシガエルのような手を丸めて目のふちの辺りを擦りながら応えるいしゃ。
「さっきからさあ、なんか食べてるみたいだけれども」
「食べてる? 俺が?」
「うん。ほら、小脇に抱えた壺から」
「小脇に抱えた壺?」
「そう」
「俺、壺なんて抱えてるかなあ? むしゃむしゃ」
「ほら、また食べた」
「ええ?」
「いま食べたじゃん。虫みたいなの」
「そうかあ?」
「そうだよ」
「じゃあ俺、なんか食べてるのかなあ? どう思う?」
「どう思うって言われても。それよりPONさんはどうなった? 生きてるんだろうな?」
「生きてる生きてる」
「そうかそうか。どれ、ちょっと見せてみろ」
 そう言ってそれまでアフリカウシガエルのようないしゃの巨躯に隠れて見えなかった手術台の前に立った俺は思わず目を疑った。

 それまでアフリカウシガエルのようないしゃの巨躯に隠れて見えなかった手術台の前に立って思わず目を疑う俺。どうして思わず目を疑ったのかというと、俺は手術台にはPONさんが横たわっているものだとばかり思っていたのだけれども、PONさんの姿はどこにもなく、その代わりに剝き出しのピンクの頭と首、喉元から垂れ下がる長いのど袋、大きなV字形のくちばし、巨大な暗い色の身体を持った不細工な鳥が、手術台の上に立って喉を鳴らしていたからである。俺はいしゃの方を振り返っていしゃに尋ねた。
「なあ、いしゃ」
「なんだい?」
「これ、どういうこと?」
「どういうこと、ってどういうこと?」
「だからあ、この不細工な鳥はなんだっつの」
「なんだっつの、ってPONさんじゃない」
「はああああああああ? この不細工な鳥がPONさん? 原形、留めとらんやんけ」
「そうかなあ? 拡げたら先端から先端まで三・七米はありそうな翼なんてまんまPONさんだと思うけどなあ」
「うわあ、ほんまやねえ。立派な翼。ちゃうわっ。たく、なにをどうしたら人間が鳥になるんだよ」
「ばさっ、ばさっ、ばさばさばさばさばさばさばさばさっ」
「いたっ、いたたたたたたたたたたたたっ。こらっ、鳥っ、やめろっ、くちばしで突っつくな」
「やかましいやいっ、よくも人を窒息させてくれたな」
「そ、その喋り方は、真逆ほんたうに?」
「なに白こいこと抜かしとんじゃ。ばさっ、ばさっ、ばさばさばさばさばさばさばさばさっ」
「いたたたたたたたたたたたたっ。ちょっ、やめてっ、PONさん、一旦落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかあっ。ばさっ、ばさっ、ばさばさばさばさばさばさばさばさっ。あれ? なんか変だな? うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、なんだよ? この翼みたいなの? それに目もおかしい」
「目がどうしたの?」
「うん、なんだか見え過ぎるようなぼやっとしているような。とにかくおかしいんだよ。あああああああああああああああああっ、苛々する。ばさっ、ばさっ、ばさばさばさばさばさばさばさばさっ」
「ううむ。鳥は紫外線を見ることができて、それに加えて人間よりも広い視野を持っているらしいからなあ」
「どういうこと?」
「いいかい、PONさん? これから俺が話すことを聞いても自棄を起こしちゃいけないよ?」
「いいから早く言えよ」
「ノーノーノー。そんな態度ぢゃ俺は話さない」
「分かった、分かった。大人しくするから」
「ほんたうに?」
「マジマジ」
「じゃあ話そう。つか口頭で説明するよりも実際に見てもらった方が早いか。うーん、きょろきょろ、きょろきょろ。あっ、ちょうどあっちに鏡が張ってあるスペースがある。ちょっと、付いてきてもらってもいいかな?」
「うん。たったたったたったたったたったたったたったたった」
「すたすたすたすたすたすたすたすた、ぴたり。ほら、鏡を見てごらん」
「どれどれ。うわっ、キモっ。なんだよこの不細工な鳥。あれ? あれ? あれあれあれあれあれ?」
「どうやら気が付いたようだね」
「も、もしかしてこの不細工な鳥って」
「うん。信じられないかもしれないけれども」
「ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく」
 俺が仕舞いまで喋り終える前にPONさんはV字形のくちばしから大量の泡を吹いて、忽ち気が違った人のように前後不覚に陥ってしまった。

 ようやっと。ようやっと正気を恢復したPONさんに俺は事の顛末を話した。事の顛末と言っても窒息したPONさんをいしゃのところまで運んできて、いしゃがPONさんを鳥にしてしまったというだけなのだけれども。それを悲しそうな瞳で聞いていたPONさんは、俺が話し終わるなりくちばしを直角に開けていしゃに飛びかかった。ところがいしゃが直角に開いたくちばしのなかに植物のようなものを放り込み、それをPONさんが嚥下すると、PONさんは見る見るうちに大人しくなり、大人しくなったと思ったら今度は、けけけけけけけけけけけけけけけけけけっ、大笑して壁に体当たりをかまして落下する。落下しては、けけけけけけけけけけけけけけけけけけっ、大笑して壁に体当たりをかまして落下する。を繰り返すので、これは一体どういうことなんだといしゃを詰問すると、いしゃは、ぶおおおおおっ、ぶおおおおおっ、口を大きく開けて欠伸のようなことをしてから、俺にさっき投げた植物のようなものを見せてきた。それでいしゃが言うところに依ると、この植物は、イボガ、というアフリカ産の植物らしく、根っこに強烈な幻覚作用があり、イボガイン、というアルカロイドの一種なのだけれども、服用すると長時間持続する幻覚に襲われるとのことであったのである。しゅうううううううううううううううう。俺の全身から急速に力が抜けていって、俺はぺらぺらになった。この分では。ぺらぺらになった身体で俺は思想する。この分ではゲジゲジも無事ではあるまい。窒息したPONさんと一緒に俺は干し椎茸のようになってしまったゲジゲジも運んできたのだけれども、いしゃは干し椎茸のようになってしまったゲジゲジを見るなり四本の指、そういえばいしゃの指が四本しかなかったことにいま気付いたのだけれども、異様に変形した四本の指でゲジゲジを摘まんでどこかへ行ってしまい、素知らぬ顔で戻ってきたいしゃに俺が、ゲジゲジはどうしたのだ、と問うといしゃは、浴槽に水を張ってそのなかに浸しておいた、と応えるので、干し椎茸じゃあるまいし、そんなことで大丈夫なのか、と更問いをするといしゃは、だいじゃぶだいじょぶ、などと軽口を叩いて、女性を象ったと思われるなかが空洞になった人形の、前面が左右に開く扉になっていてその左右の扉を開いてなかに入り、長い釘が内部に向かって突き出ている左右の扉を閉めた切り、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、恍惚の声を漏らすなどしていたからである。
「ところでさあ」
 俺の思想のなかのいしゃではなくモノホンのいしゃに話しかけられて、俺は一旦思想を中断させる。
「なんじゃらほい」
「さっきさあ、ゲジゲジとPONさんは蝉人間にやられたって言ってたじゃない?」
「ああ、そうだよ」
「んで、その蝉人間はお前さんのこと、反町一郎、だって?」
「うん。訳わかんないよね」
「そうかー」
「どうしたの? 額に手を当てて天を仰いだりなんかして」
「いやね、お前さんが、反町一郎、だって言われたなら俺、お前さんに会わせないといけない奴がいるんだけどね、めんどくさいなあと思って。片仮名で、メンドクセー、って感じだよ。ははは」
「俺が、反町一郎、だって言われたなら会わせないといけない奴? ちょっと、何言ってるか全然分からない」
「だよねー。だけどもお前さんに会わせないといけない奴がいるのよ。洪、は分かる?」
「うん。都市の水辺地区。特に、港湾施設がある地区をその後背地まで含めていう。湾岸地域。所謂、ベイエリア、ちゅうやつでしょ?」
「そうそう。悪いんだけどさあ、いまからその、洪、行ってくれない?」
「いまから?」
「うん」
「俺は構やしないけれども、洪、のどこに行けばいいの? 洪、つったって広いぜ」
「だいじょぶだいじょぶ。行ったら分かるようにこっちで手配しておくから。ゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさ」

 等間隔に仕切りがある、無宿者を排除する意図でデザインされた石造りのベンチに腰をかけ、判別のつかない言語を操って身振り手振りを交えながら会話を交わしているアベックの目の前で全身に金箔を塗りつけた全裸の俺は、片脇に豚の生首を抱えてもう一方の腕を頭上高く掲げて人差し指を中空に向けて突き出し、天上天下唯我独尊、みたいなポーズをとって立っている。ところが、目の前で全身に金箔を塗りつけた全裸の俺が片脇に豚の生首を抱えて、もう一方の腕を頭上高く掲げて人差し指を中空に向けて突き出し、天上天下唯我独尊、みたいなポーズをとって立っているというのに、アベックのなかでは俺は存在しない人のようなことになっていて、存在しない人のようなことになっているということは俺はアベックのなかでは存在していないので、アベックは俺を認識することなく会話に夢中になっている。それで俺がベンチに上って後ろからアベックの間に割って入り、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、おおっ、絶叫しながら一心不乱に腰を振って固くなった陰茎をぶらぶらさせるのだけれどもアベックは会話を止めるどころか増々身振り手振りが大きくなり、こうなったらもっと直截な方法、口のなかに陰茎を捻じ込んで黙らせてやろうと、豚の生首を抱えていない方の手で陰茎を握り、アベックのうちの一人の口のなかに陰茎を捻じ込んでいるところへ。
「なにしてはりますの?」
 ベンチに上った俺のちょうど目の高さ。あれはなんて言うのだらう。装身具? 身体中をきらきらと光る装身具で被った一頭の白象が、ベイエリアの電飾の光りのなかにぼんやりとした輪郭を浮かばせて俺に話しかけてきた。俺は口のなかに陰茎を捻じ込んでいるというのに喋るのを止めようとしないアベックのうちの一人になかば口取りをされているようなことになりながら、白象に応える。
「ううん、なにをしてるのかと訊かれたら、説明するの、難しいもんだね。実際。まあ、見ての通りさ。お前こそこんなところでなにしてるの。つうか駄目じゃん、こんなところに入ってきちゃ。捕まっちまうぜ」
「捕まっちまう、言うたら金箔の全裸で豚の生首を抱えて他人の口に陰茎を捻じ込んでるあんさんも一緒ですやん」
「わっはっは。そらさうだ。ああ、なんだかイキそうになってきた。ちょっと、イってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ありがたうございます。ぢゃ、遠慮なく。いく、いく、いく、いく、いく、いく、いく、いく、いくーっ」
「げらげらげら」
「うわっ、なんだよこいつ。喉奥射精したっつうのに、まあだ喋ってるよ。ここまで鹿斗される俺って逆に凄くない?」
「おむ、まに、ぱどめ、ふむ」
「え?」
「ん?」
「いや、なんかいま真言みたいなの喋ってなかった?」
「真言? そんなん喋っとりまへんよ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ」
「無茶苦茶喋ってるじゃないですか」
「くわつくわつくわつ」
「ふざけた野郎だな。どれ、俺もちょっとふざけてみようかな。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。わはははは。こりゃあいい。なんだかアホになると言うか」
「あのー」
「なんじゃらほい」
「アホになってるところ悪いんですけどね、そろそろ本題に入らせてもろても構へんでしょうか?」
「いいよ」
「えらい素直やなあ。ま、ええか。ほな、訊かせてもらいますけど」
「おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ」
「あーあ、まあたアホになっちゃったよ。話、進みませんやん」
「おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。おむ、あ、ふむ、ばじゅら、ぐる、ぱどま、しっでぃ、ふむ。あのー」
「どないしはりました?」
「そろそろ止めてもらってもいいでしょうか?」
「なーんだ。止めてもらうの待ってたんですか。てっきりボクは」
「いやいやいやいやいやいやいやいや。冗談に決まってるぢゃないですか。存外話の遠い野郎だな」
「なにおう。じゃらじゃら、じゃらじゃら」
「うわっ。や、止めてっ。装身具をぴかぴかさせないでっ」

 じゃらじゃら、じゃらじゃら。白象が装身具をぴかぴかさせて、俺がそれを止めさせる。それで止めたと思ったらまた白象が装身具をぴかぴかさせるので、また俺がそれを止めさせる。そのようなやり取りを数ターン繰り返して、数ターン繰り返すとなんだかひと段落ついたような感じになって、急速に場が白けてしまった。俺も白象も無言になり、アベックのうちの一人は相変わらず俺の陰茎を口取りしていた。俺はベンチに上ってアベックのうちの一人に口取りをされたまま、ちらっ、と白象の方を見る。白象は顔だけをやや横に向けて、丸めた鼻先を額にくっ付け、ぺろり、と舌を出して、かっ、と目を剥き出しにしている。なんというふざけた表情だらう、と思った。それで俺は、口取りをしているアベックのうちの一人の頭髪を攫んで放り投げて、序でにもう一人の方も同じように放り投げて、それから抱えていた豚の生首の中身を物凄い早さでくり抜いて、それを頭から被った。だうしてそのような行動を取ったのかと言うと、白象のふざけた表情が激烈におもしろく、思わず爆笑してしまいそうになるのを堪える為であった。豚の生首のなかは激烈に臭かった。そのことが妙な具合に壺に嵌まってしまって、俺はもう駄目になってしまった。
「ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
 俺は爆笑して、腹を抱えて地べたを転げ回った。転げ回っているうちに身体の上下が入れ替わり、ブレイクダンス、という舞踏をやっておられる方が、ウインドミル、なる技を披露している、みたいなことになった。それから、腹が爆発した。爆発して、辺りに四肢が飛び散った。
「ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
 四肢が飛び散って、首から上? 首から下? だけになっても、爆笑は止まらなかった。豚の生首の激烈な臭みだけがあった。俺は何遍も失神し、恢復する度に爆笑を繰り返した。爆笑し過ぎて、だうして自分が爆笑しているのかも忘れ去ってしまった頃には俺は、一頭の豚になっていた。豚になって、どこか見知らぬ土地を歩いていた。ずうっと、ずうっと遠くに白象の後ろ姿が見えた。だうやら白象は、俺を先導しているやうであった。
「おおおい、おおおい」
 俺は豚語でもって白象を呼ばう。白象が応えることのないのを分かっていながら。そんな俺に話し掛けてくる豚があった。潰れたような顔面をした、グレーの豚であった。顔面が崩壊している、と言っても過言ではなかった。その崩壊した顔面を見ていると、こぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々のことが思い出されて、けれども俺にはこぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々などなく、つうかこぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々て、みたいに笑う自分もいて、じゃあいま俺が思い出しているのは一体どこの抜け作の思い出なのだらう? それともひょっとしてその抜け作って俺のこと? いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、と、言ってて途中から自分でも白こいとは思いつつ、それでも十八回も打ち消しの科白をリフレインさせたのは、脳味噌のどこをどうほじくり返してもこぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々は検出されなかったからで、そのことをもう一遍自らに言って聞かせる為だったのだけれども、十八回も打消しの科白をリフレインさせたのが不味かった。十八回も打消しの科白をリフレインさせたことにより、脳味噌に、こぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々、を埋めるというあべこべなことになってしまって、脳味噌に、こぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々、が埋まった俺は、もうこぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々のことしか思考できなくなり、こぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々のことを思考していると、どんどんどんどん、俺の内に棲む小人が打つ鼓のリズムに合わせるように、どんどんどんどん、暗い気分になっていって、気が付くと俺は四本足で駆け出してそこいらにあった枯木に攀じ上り、前足で枝を攫んで、ターザン、と言う人の物真似をして、アーア、アー、と雄叫びを上げていた。

「アーア、アー」
 前足で枯木の枝を攫んで、ターザン、と言う人の物真似をして雄叫びを上げているのだけれども、正直に言って、惰性でやっていると言うか、確かにこぼれたチャーハンにいつまでも泣いていた日々のことしか思考できなくなり、自分の内に棲む小人が打つ鼓のリズムに合わせるように暗い気分になっていったときは、もうそうするしかなかったと言うか、そうしないとどんどんどんどん暗い気分にばまり込んでいって、いまごろ俺は鼓を打っている小人の脇で蹲り、気が違った人のようになって延々に痙攣を繰り返すなどしていたであらう。ところが、いつから、とたんねられるとはっきりと応えることは出来ないのだけれども、前足で枯木の枝を攫んで、ターザン、と言う人の物真似をして雄叫びを上げているうちに正気に返った俺は先ず、一体俺は何をしとんねん? と思った。思って心内で突き込みを入れた。それでは、一体俺は何をしとんねん? と思い、心内で突き込みを入れた俺が、前足で枯木の枝を攫んで、ターザン、と言う人の物真似をして雄叫びを上げるのを止めたのかと言うと、これは止めなかった。と言うと、なんでやねん? 言うてること、無茶苦茶やんけ? と、心内で突き込みを入れた俺とはまた別の俺が、ここぞとばかりに鼻息を荒くして、それでいて鼻息が荒くなっていることに対して自覚と言うものが全く無い、みたいな感じでクレームをつけてくることが容易に予想せられるのだけれども、はきと言おうか? 言おう。俺はそのような手合いを相手にする積りなど毛頭無い。なので、ごめんな。俺は、鼻息を荒くしてクレームをつけてくる俺、が生まれてこないように、鼻息を荒くしてクレームをつけてくる俺、の種のようなものが埋まった土のようなものを、力一杯踏みつけた。。そして、力一杯踏みつけているうちに気が昂った俺が、力一杯踏みつける、と言うよりは、ディック・ザ・ブルーザーという人が得意技とした、ストンピング、みたいなことになって、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ、こらっ。これがほんまもんの豚足じゃ、ぼけかすあほんだらっ。などと、口から唾を飛ばして喚き散らしていたところへ。
「あのやあ」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああっ」
 ストンピングをしていた種のようなものが埋まった土のようなもののなかから、にょき、白象を呼ばう俺に話し掛けてきた、顔面が崩壊したグレーの豚がホント、にょき、といった感じで生えてきて、俺は思わずアニメーションのキャラクターのようなreactionをしてしまった。種のようなものが埋まった土のようなもののなかから崩壊した顔面を生やしたグレーの豚は、俺がアニメーションのキャラクターのようなreactionをしても表情ひとつ変えずに、と言うか、そもそも顔面が崩壊しているのだから表情も何もあったものではないのだけれども、とにかく表情ひとつ変えずに、俺を見ているのかどうなのかも顔面が崩壊しているので判別できない、しかしながら、判別できない、と言っておいて可笑しな話なのだけれども、顔面が崩壊したグレーの豚は確実に俺のことを見ていて、見ているどころかガン見していて、アニメーションのキャラクターのようなreactionをした俺はばつが悪くなり、意味も無く前足で地面を掘ってみたり、口笛、ならぬ、鼻笛、を吹いてみたりする。ところが、自分でも悲しくなるくらい、悲しくて悲しくて、帰り道探すくらい、どの動作も態らしくて泣きたくなった俺は、観念して種のようなものが埋まった土のようなもののなかから崩壊した顔面を生やしたグレーの豚に、仕方なしに話し掛けた。
「あのー」
「なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい」
「なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい、なんじゃい、て。そっちが話し掛けてきたんぢゃないですか。つうか、どこから顔出してんすか。もっと言うと、どうやって顔出したんすか。そこ、飽くまで自分の観念としての土、なんですけど」
「わりいわりい。いや、あんたがいつまでも、チャーハンがどうした、とかやってっから」
「どきっ。ど、どうしてそれを、てんてんてん」
「くわつくわつくわつ」
「とにかく、そこから出てきて下さいよ。じゃないと俺、気が狂いそうだ。つうかもう気、狂ってるか。ははははは」
「わあったわあった。いま出てやるからちょっと待ってろ。もぞもぞもぞ。もぞもぞもぞ。もぞもぞもぞ。もぞもぞもぞ。もぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞ」
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ」
「もぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞ」
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ」
「もぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞ」
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、て、いつまでやらせるんですか。いい加減に、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ。あーあ、びっくりした。ちょっと、出てきて下さいとは言いましたけどね、いきなり現れるこたあないぢゃないですか。それも、どアップで」
「どっせらい、どっせらい」

「まあ、いいですよ。よかあないですけど、いいですよ。いや、やっぱりよくないな。ちょっと、一発殴らせてもらってもいいですか?」
「どぞどぞどぞどぞ」
「さあせん。ぢゃ、遠慮なく。ぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽか」
「痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ。一発、ちゃうやんけ」
「リバーブリバーブ」
「たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。たはは。なんつって、笑い、にもリバーブ、掛けちゃったりなんかしちゃったりなんかして。あれ? どったの? 仰向けになって身体、ぴーんと反らしちゃって」
「もう付き合い切れない。という意思表示さ。という科白すらほんたうは口にしたくないのだけれども」
「あ、ほうですか、ほうですか。ひとが折角、あの身体中にきらきらと光る装身具を被った白象の行く先、おせえてやろうとしてたのに。仰向けになって身体、ぴーん、ぢゃしょうがないよね。仰向けになって身体、ぴーん、ぢゃ」
「ごろごろごろごろ、どんがらがっしゃん」
「おーおーおー、勢いよく転がって、ありもしない障害物にぶっかっちゃったよ。おーい、平気かあ」
「がらがらがらっ。ふー、ふー、ふー、ふー、へ、平気です。そ、そんなことより、貴方はあの身体中にきらきらと光る装身具を被った白象の行く先を、知っているのですか?」
「は。貴方、ときたよ。参ったね、こりゃ」
「ふー、ふー、ふー、ふー、い、いいから、知っているのか、知っていないのか、応えて下さいっ、ふー、ふー、ふー、ふー、ぶひぶひぶひぶひぶひっ」
「鼻息鼻息。とりあえず、一回落ち着こ。はい、深呼吸。すー、はー、すー、はー」
「すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ、すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「すー、はー、すー、はー」
「すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ、すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「すー、はー、すー、はー」
「すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ、すううううううううううううううううううううううううううううううう、はあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ひっ、ひっ、ふー」
「ひっ、ひっ、ふううううううううううううううううううううううううううううううう、ひっ、ひっ、ふううううううううううううううううううううううううううううううう」
「ひっ、ひっ、ふー」
「ひっ、ひっ、ふううううううううううううううううううううううううううううううう、ひっ、ひっ、ふううううううううううううううううううううううううううううううう、てこれ、フェルナン・ラマーズという人が開拓した、ラマーズ法、ぢゃないですか。もういやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 潰れたような顔面をした、顔面が崩壊している、と言っても過言ではないグレーの豚にさんざっぱら揶揄われた俺。もともとが気が狂っているところへもって、もういやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ、などと絶叫したものだから、それはもうドイヒーな有り様となってしまった。そして。ドイヒーな有り様となってしまった俺のぐるりを、目蓋と首? から無数のアクセサリーを垂らした、藁? がドレッドヘアーのやうになっている逆三角形の大きな頭部を持つ物。その目蓋と首? から無数のアクセサリーを垂らした、藁? がドレッドヘアーのやうになっている逆三角形の大きな頭部を持つ物、に負ぶさり、猿のやうな口に指を噛て鼻の孔と双眸を広げている、リングが幾つも繋がってアクセサリーのやうになったものを頭部に巻いた、全体的に細長い物。猿のやうな口に指を噛て鼻の孔と双眸を広げている、リングが幾つも繋がってアクセサリーのやうになったものを頭部に巻いた、全体的に細長い物、と似ているのだけれども、こちらは負ぶさっておらず、藁? で縛った乳を丸出しにして尻? を突き出し、身体? を半身にして前のめりになっている物。藁? で縛った乳を丸出しにして尻? を突き出し、身体? を半身にして前のめりになっている物、と同じ種族なのだらうか、四つの乳からなる胴体を持ち、首にロープのやうなものを掛けて、頭頂部と目がつり上がった、飛頭蛮、のやうな首だけの物、それから、その上に乗り、手に持った棒を、四つの乳からなる胴体を持ち、首にロープのやうなものを掛けた物、の尻の穴に挿入している、不細工な小人のやうな物、を引き摺っている物。また、四つの乳からなる胴体を持ち、首にロープのやうなものを掛けて、頭頂部と目がつり上がった、飛頭蛮、のやうな首だけの物、それから、その上に乗り、手に持った棒を、四つの乳からなる胴体を持ち、首にロープのやうなものを掛けた物、の尻の穴に挿入している、不細工な小人のやうな物、を引き摺っている物、と同じ種族なのではないだらうかと推察されるのだけれども、こちらはもっとぶっ飛んでいて、頭部から乳が二つ生えていて、目と鼻と口は確認できるのだけれども、それ以外はなにがどうなっているのかさっぱり分からない、一目見ただけでトラウマになるやうな物。かと思えば、牛面の、側頭部から藁? のようなヘアーを水平に生やした、ひょろ長い首に軟体動物を想起させる触手の集合体のやうなものを接合させた物、の首根っこを攫んで、ひょろ長い腕を広げて躍動している、頭部と首にアクセサリーを巻いた、全体のシルエットが逆三角形の物、がいたり、米粒のやうな形の頭部に、猿と河童のハーフのやうな物、を乗せて、丸く飛び出した目玉でこちらを凝っと見ている、トーテムポールのやうな物、の一群。片手に短刀を持った、藁? で出来た獣のやうな仮面を被った、戦士のやうな物、を先頭に、大きな盾のやうな耳? と、長い鼻が特徴的な、身体が戦車のやうになっている物、尻と陰茎が合体したものから二本の前膊を生やした、二足歩行の物、など、やたらと好戦的な一群。どこまでが、ひとつ? の物、なのか判別のつかない、喇叭のやうなもの、円錐、複数の円錐形の突起を具した球体、首から上と手足の無い人間の女性と思われる石膏像のやうなもの、珍妙に配列された管、など、ひとつびとつ取り上げると切りの無いものだちが無茶苦茶に組み合わさった、芸術的と言えなくもない一群。最早何と言ったらいいのか分からない、何をしているのかも分からない、意味不明な一群。エトセテラ、エトセテラ。これらの、物。と言ったのは、赤銅色のこれらの、物、は、その素材も、そもそも生命体であるのかどうなのかも判別ができなかったので、取り敢えず、物、と言ったのだけれども、とにかく、もういやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ、などと絶叫、ドイヒーな有り様となってしまった俺のぐるりを、これらの、物、が囲繞して、行進していた。潰れたような顔面をした、顔面が崩壊している、と言っても過言ではないグレーの豚の姿はどこにも見付けられなかった。身体中にきらきらと光る装身具を被った白象の後ろ姿は、もっと見付けられなかった。そらさうだ。これだけぐるりを、物、に囲繞されているのだから、ははは。なんて力無く笑いながら、俺は行進に合わせるやうにして歩いた。さうしないと、物、に轢き殺されてしまうからであった。けれども。俺は思った。物、に轢き殺されてしまうから、俺は行進に合わせるやうにして歩いているのだけれども、一体俺はいつから、物、に轢き殺されてしまうからといって、行進に合わせるやうにして歩くやうな軟弱な野郎になってしまったのか? 物、に轢き殺される? くわつくわつくわつ。おもろそうやんけ。むしろ俺はどんどん、物、に轢き殺されにいくべきなんとちゃうんけ? なあ? 反一族の反町一郎?
「よっしゃ」
声に出して言って俺のなかに俺のテロルを充填した俺は、いやいやをする子供のイメージで、ごろり、仰向けに地べたを転がって身体を入れ替えるとすっくと立ち上がり、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ、雄叫びでもなければ爆笑でもない、なんとも中途半端なことになりながら、物、の行進に吶喊していって。

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