続々々表_-_コピー

ローリング膝栗毛(続々々)

「ほう、ヴィーガン料理なんてのもあるのか」
 フィンランド式サウナを堪能し、レンタルの作務衣に着替えた私は、休憩兼飲食スペースの大座敷に上がり、壁じゅうに貼られた品書きを一つ一つ眺めていた。
「そっすね」
 調子を合わせるのは、四人用の座卓の上で錆びた刃を妖しげに光らせている、ね鹿スーパー。
「紫芋のピザ風おつまみ、チリコンカン、精進おでん、ネパール風ムング豆カレー、いんげんのサフジ、青椒肉絲麺、モンゴル蒸し焼きうどん、酵素丼、生きくらげきのこチャーハン、小松菜菜花のキッシュ、チャナマサラ、一口にヴィーガン料理と言っても色々とあるものだなあ」
「そっすね」
「どうれ、ビーツの漬け鮪、を冷酒で頂こうかしら。ちょっと注文してくるね。はい、注文してきた。見たまえね鹿ちゃん、この札を」
「十八、と数字が書いてありますね」
「そうだ。これは、番号札、といってね、この札に書いてある番号が呼ばれたら注文した品が出来上がったという合図で、それから各々がセルフで品を受け取りに行くというシステムになっておる訳なのだよ」
「やばいっすね」
「うむ、おとろしいことだ。ほらご覧、あしこの人も手に札を握りしめてじりじりしている」
「ほんとっすね」
 二人で観察していると、山羊の頭に人間の体、左右の肩甲骨から生えた巨大な黒い翼を大胆に作務衣からはみ出させた異教の神が新たに大座敷に上がってきて、通路を挟んで私の隣の席に座った。
 それと入れ替わりに、
「十八番、うわっ、呼ばれた、呼ばれた、はいはーい、私です私です、これ、札です、はい、有難うございます、やあ、これがビーツの漬け鮪か、本物の鮪みたいだね、ね、ね鹿ちゃん、それでは遠慮なく頂きます、ぱくぱく、ぱくぱく、ううっ、こ、これはっ……」
「どうしました?」
「激烈に美味いです。美味過ぎて、うわっ、鼻毛がどんどん伸びてくる。ちょっと、ね鹿ちゃん、鼻毛切ってくれないかな」
「へい。ちょっきん」
「有難う。うわっ、まだ伸びてくる。どうしよう、鼻毛の伸びが止まらない。うわっ、うわっ、うわっ、こんだあ目ん玉が飛び出して転がっていきよった。うわっ、何も見えない。もう、目ん玉は飛び出すし、鼻毛の伸びは止まらないし、どうしたらいいのか僕には全然わからない」

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 眼球を無くし、鼻毛も伸び放題でアジャパーな私。そんな私に声をかけてくる者があった。
「あのー」
「なんだす?」
「これ、落ちましたで」
「あっ、これ、私の目ん玉だす。よかったー、もうどっかいっちゃって困ってたんですよー。ちょ、ちょっと待っててもらえますぅ? すぽっ、すぽっ、やあ、めえるようになった。はれ? あなたは確か隣の席に座ってらっしゃった……」
「へえ、んだす。一応、異教の神、やらせてもろてます」
「ですよね。いっやー、ほんと、助かりました、有難うございます。お礼に一杯奢らせてください。ずびばせんね、鼻毛こんなんで。ま、ままままままま」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、お気持ちは嬉しいのですが教義上、飲酒は禁止されてましてね、僕、よう酒飲みよらんのですわ。替わりにほら、マイボトル持ってるんですよ。よろしければこれで乾杯させてもろてもよろしゅおますか?」
「どうぞどうぞどうぞ。ちなみに中身はなにが入ってるんです?」
「処女三十人分の尿だす」
「ぎゃん」

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「ばははははははははははははははっ。こっ、これがっ、佐々木、うっぷ、こっ、こっ、小次郎の、物干し竿じゃああああああああっ」
 絶叫して異教の神は、怒張させた陰茎を丸出しにしてぶらんぶらん振り回しながら、大座敷を右に左に暴れまくっていた。
「あーあ、完全に酔っ払っちゃってるよ」
「だから、酒飲ませちゃ駄目、って言ったじゃないすか」
「だってあの人、言っても聞かないんだもの」
「どうします? 止めた方よくないすか?」
「おもろいから知らん振りしとこ」
「そうしまひょ」
 そんな会話をね鹿スーパーと交わしていると、言わんこっちゃない、どんがらがっしゃん、異教の神は酔った勢いで人様の座卓をひっくり返し、「なんさらすんじゃ、山羊っ」「なめとったらあかんどこらあっ」「へげたれがっ」、それまで座って比較的大人しく酒を飲んでいた三人の修験者と思しき凶悪な男たちに一斉に袋にされた。
「ああっ、いいっ、ああっ、ああっ、ああっ」
「うわっ、なんやこいつ、蹴られて喜んどる」
「きもっ」
「これでも喜んどれるか、おらっ、おらっ、おらっ、おらっ、おらっ」
「ああっ、もっと、もっと、もっと、もっと」
「埒明かんな。君、ちょっと行って僕の長刀持ってきてくれる?」
「ほい、持ってきまひた。それで、どないしまんの?」
「いや、こいつの陰茎切ったろ思うて」
「ええっ、そ、それは」
「なんや、止めんのかい」
「むっさええ考えじゃないですか。やりまひょ、やりまひょ」
「ほいじゃ君と君、こいつの体押さえといてください。いきますよ、せーの、えいっ、すぱん」
「ぶっしゃー、いくー」
 血飛沫と共に絶頂に達した異教の神は次の瞬間、三人の男たちに対して、ちょっと口では言えないような行為に及んだ。
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、入っとる入っとる。どうします? ここにいたらやばくないすか?」
「逃げましょう」
「そうしましょう」

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「逃げましょう」
「そうしましょう」
 そんな会話を交わして腰を上げたときであった。
「こっちです」
 囁いて、手を差し伸べてくる者があった。
「こっちです。早く」
 その声に従って、私は急いでね鹿スーパーを持って手の招く方招く方へ進んでいった。
 どれくらい進んだだろう、
「もう大丈夫です」
 声の主がそう言ったので、私は進むのを止め、初めて確りと声の主の姿を見やると。
 鹿のような角が多数ある頭、青い紋様の入った猿のように赤い顔、人間のような面容、猫のような目と鼻、山羊のような耳、猪のように前身が発達した胴体、カモシカのように長い体毛、小さな犬のような尾、三つの蹄のある鳥のような脚と、無数の動物の様態を持つ端獣が目の前に立っていた。
私は頬にかかったソバージュヘアーを掻き上げて、端獣に謝辞を述べた。
「いや-―、助かりました。あのままでは私、異教の神に丸呑みにされてしまうところでした。差し支えないようでしたら、私奴になにかお礼をさせて頂けないでしょうか?」
「いがやっぽぎんぬまんね」
「は?」
「ぬいやあがあ、ひどくさげのいやぬしちこいやあえんぐしりかあしむ。しいぱ、しいぱ」
「はあ。ちょっと、ちょっと待っててもらえます? ひそひそ、おいっ、おいっ、ね鹿ちゃん」
「なんだほ、アイダホ、アイダホ州は、ポテトの名産地―」
「歌うとる場合か。君、あの方がなんて仰っているか分かるか?」
「ちょっとなに言ってるか分からないです」
「君でも分からんかー。おっかしいなあ、さっきまではちゃんと喋ってたのになあ。ああっ、もう僕はどうしたらいいんだろう」
「適当に話合わせて頃合い見計らってとんずらしたらええんとちゃいます?」
「ね鹿ちゃん」
「なんやねん」
「君の良くないところだよ。そんなことをしてごらん、相手に対しても失礼だし、なにより人として不誠実だ」
「ほうでっか。そらえろうすんまへんでした。ほたあんた、どないしまんの」
「適当に話を合わせて頃合いを見計らってとんずらしましょう」
「ずこっ、やんのかい。なんやったんや、さっきの説教は。付き合って損したわ。ほら、奴さん、なんか話し掛けようとしてまっせ」
「ほんまやー、ほんまやー。いやー、どもどもどもどもどもどもどもども、お待っとさんでございました」
「のげいらぽっとぽとじゃおぎいひもんむかあぬっしれられろしょげとうどざごぬりめぎゃうじひいしいこふくっぐがりえふとごにょぐふぁ」
「ええ、ええ」
「みくきょくほかっふずえぢひまへしろ、ごんくよれざいあちこうゆへとうろべにぎぼたうとぬよるべむおじびえしゃうぽん、ほげとうのいしだた、ゆぺ」
「ほーん、左様でございましたかあ」
「あぐげえっしもごるっそ。じょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいな」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
「じょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいな」
「これはこれは、お戯れを。大袈裟に時計を見る振りをして、おやっ、いけない、もうこんな刻限だ。相済みません、もっとお話を拝聴していたいのですが、生憎事務処理の方がまだ残っておりまして、一旦帳場へ戻らなければ相成りません。付きましては次回お目に掛かれた際に続きを賜りとう存じます。ほいでは私、是にてひつれいをば仕りますでし。すたすたすた、すたすたすた、すたすたすたすたすたすたすたすたすた。ひそひそ、どうだいね鹿ちゃん、端獣の様子は?」
「前脚で地面をおもっくそ蹴って、むっさ怒り狂っています。いまにも突進してきそうです」
「駄目かー。已むを得ませんね、このまま撒いてしまいましょう」
 そう言って速力を上げようとした瞬間。

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 そう言って速力を上げようとした瞬間。
 だるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだるだる。
 背後から汎用機関銃の連射音が聞こえてきて、振り返って見ると。
 二百米先で端獣が全身からどろりと血を噴出させて地面に横たわっていた。
 私は銃声の元を目で辿った。
 その先には。
 ソバージュヘアーを腰まで伸ばした、容姿も風体も私と瓜二つの男が、丘の上からこちらを見下ろして不敵に笑っていた。
 私はこの男をよく知っていた。
 そう。
この男こそ、血を分けた私の実の兄だったのである!

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「ひさかたの 天の香具山 利鎌に さ渡る鵠 弱腰 手弱腕を 枕かむとは 我はすれど さ寝むとは 我は思へど 汝が著せる 襲の裾に 月立ちにけり」
 私は古事記より、倭建命が美夜受比売の月経のしるしを見て詠んだ歌、又、尾津の前の一つ松のもとに疲れ果てて辿りついた命が、先に食事をしたためたときそこに置き忘れた刀が、そのままのこっているのを見て、
「尾張に 直に向へる 尾津の崎なる 一つ松 あせを 一つ松 人にありせば 大刀佩けましを 衣著せましを 一つ松 あせを」
 又、能煩野に到った時の、国しぬびの歌、
「倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし」
「命の 全けむ人は 畳廌 平群の山の 熊白檮が葉を 髻華に挿せ その子」
「愛しけやし 吾家の方よ 雲居起ち来も」
 病篤くなり、これを歌ひ竟ると共に「崩りまし」た歌。
「嬢子の 床の辺に 我が置きし つるぎの大刀 その大刀はや」
 これらの詩作を詠いつつ、くるくる舞いながら男に近付いていった。
 一方男は、ぴこぴこぴこぴこ、サイケな感じに発光して、ふわー、ふわー、丘の上から端獣の傍に、ふわー、と着地した。
 二人の距離は、いまや互いの息のかかる距離にまで接近した。息が臭い。

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「久しいな、湯デデ。我が弟よ。二百年振りか」
「大クス兄者こそ。相変わらず口臭いっすね」
「嘘? really? そんな筈はないよ。だってここ来る前、ちゃんとブレスケア飲んできたんだもの」
「何粒飲みました?」
「ストロングミストを五十粒」
「必死か」
「五月蠅いっ。そんなことより、よもや忘れたわけではあるまい」
「なんのことでふ」
「連綿と続く、俺とお前の戦いの歴史よ」
「またそれですか」
「またそれですか、とはなんだ」
「だってあなた、いっつも勝手に勝負を挑んできてはボロ負けして、愚図ってなかなか泣き止まないじゃないですか。大変なんすよ、あやすの」
「愚図ってないですー。それに、ボロ負けもしてないですー」
「あー、またこのやり取りか。じょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいな」
「なんだそれは」
「なんでもねえよ。じゃあさっさとやってちゃちゃっと終わらせちゃいましょう」
「ちょっと待って」
「なんです」
「鼻緒の紐が切れてしまった。ちょっとすげ替えさせてもらってもいいですか?」
「鼻緒の紐が切れたってあんた、履いてるのそれクロックスじゃないですか」
「じょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいな」
「誤魔化すなや。もういいですね? いきますよ?」
「ちょっと待って」
「今度はなんです」
「ツルボの花に水をやり忘れたかも」
「じょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいなじょいな」  

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