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キエフについて

 私は2016年10月から2018年2月まで、ロシアのウラジオストクに語学留学をしていた。日本でのロシア語話者は少なく、帰国したら就職に役に立つと思ったから留学を決断した。加えて、ロシア滞在中にたくさん写真を撮るであろうし、それは作品になるであろうと、たくらんでいた。私は小林紀晴さんの『days new york』のファンで、彼のように海外生活での日常を、写真に収めたいと思っていた。

 ロシアでの日々は、友人にも恵まれ、楽しく過ごすことができた。初めは、文化の違いに驚いたときに、シャッターを切っていた。しかしロシアの生活が長くなるにつれて(ロシア語を習得するにつれて)、驚きの写真は少なくなっていった。その代わりに、生活に寄り添う、日記のような写真が増えていった。港町のお気に入りの場所、いつもジョギングしていた海岸の夕暮れ、友達と通ったジャズバー、などなど。友情は写真となって、私の手元に残っている。その写真は、誰がなんと言おうとも、何があろうとも、私の宝物だ。

 ロシアに来たからには、ロシアのカメラを買いたいと思っていた。フェド、ゾルキー、ロモ、チャイカ、そしてキエフなど、魅力的なカメラがソ連時代にはたくさん作られた。ウラジオストクにて、中古品の個人手渡しの売買サイトがあり、そこに中古カメラが安価でたくさん出品されていた。私は元々カールツァイスのレンズが好きなため、Jupiterというレンズを使ってみたいと思っていた。Jupiterをつけることのできるカメラはいくつかあるが、地元の手渡し売買サイトを見ていると、手頃な価格でキエフ4aが出品されていて、私はそれに決めた。早速、出品者にメールで連絡し、翌日の夕方に、ウラジオストクのデパートのフードコートで、手渡しで受け取ることになった。翌日、指定の時間にフードコートで待っていると、現れたのは30歳くらいのお兄ちゃん。話してみると、家にあったカメラをお金に替えたかったとのこと。キエフ4aとJupiter8、Jupiter12の3点セットで、4,000ルーブル(当時:約7,000円)。その場でカメラをちょっと触ってみて、それなりに動きそうだったので、購入を即決意。現金を彼に渡し、私はキエフを受け取って寮にバスで帰った。イエーイ!!

Jupiter12(35mm)は85年製
Made in USSR

 ソ連のカメラは全て、製造ナンバーの上2桁が、製造年に一致する。寮に帰って手に入れたキエフを見てみると、1961年製であることがわかった。1961年のソ連といえば、ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に達成した年。ガガーリンと同じ空気を吸い、同じ時代を生きてきたのだ、このキエフは。などど、妄想するのが私の好みで、私は私のキエフを『ガガーリンキエフ』と呼ぶことにした。ちゃんと撮れるか心配だったけど、フィルムを入れて撮ってみると、ちゃんと撮れていて安心した。ソ連の工業製品は、世界の宇宙開発をバリバリに牽引していた、60年代が質が高いと言われている。さすが、ガガーリンキエフ! そして驚いたのは、Jupiterの写り。中心はシャープでありつつ、色がジワーとにじんでいる。オレンジをかじった時のような、ジューシーなにじみ。

 留学から帰ってきて「ロシア料理で何が美味しかった?」とよく聞かれるんだけど、ボルシチ、ピロシキ、カツレツなど、適宜、回答している。料理単品で美味しさを伝えるのは、どうしても舌足らずになってしまう。あの時、誰誰と食べた何何といった具合で、美味しい食べ物は私の思い出と、シチュエーションに絡み合っている。「ロシア料理で何が美味しかった?」という質問に対しては、変化球になるけど、「私の写真を見て」と、答えたいのだ。

Море во Владивостоке 2017, 海 ウラジオストク

 ウラジオストクは港町。私はルースキー島という島にある、寮に住んでいた。通っていた大学の語学センターも島にあった。授業が終わると暇なので、ジョギングしたり散歩をしたりした。大学の敷地内のこのビーチの写真はたくさん撮った。このカップルが見つめるのは、東。海の向こう650kmは、北海道。

Калина 2019, カリーナ(セイヨウカンボク)

 2019年11月、恋人と一緒にモスクワ旅行をした。旅行の日程の中で、友人のリュバーシャの実家に2泊、ホームステイさせてもらった。モスクワから北東に、列車で2時間-約100km。たどり着いたのは、のどかな村。またにダーチャ(別荘)文化。自然に囲まれ、DIYと家庭菜園。家の中はぬくぬくと暖かく、頭も体もゆるゆるにリラックス。写真は庭のカリーナを食べる、恋人とリュバーシャ。表情がシンクロして、姉妹のようだ。

Метеорит 2019, 隕石

 リュバーシャの実家から、車で30分くらい行ったところの隕石。パワースポットとして、観光地めいてる。売店もある。500年前に落ちたらしい。

Медуза во Владивостоке 2017, クラゲ ウラジオストク

 ガガーリンキエフを手に入れて、嬉しくなって、授業に行くときにも持って行った。女子大生のふくらはぎに、クラゲ。授業終わりの夕方は、オレンジ。


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