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堀江〜アメ村〜難波

散髪と子どもの買い物があって、堀江からアメ村を抜けて難波まで歩いた。
堀江、相変わらずおしゃれな街という感じだが、昔愛していた雑貨屋とかなくなっていたな。まあ20年くらい前の話だし。

堀江公園 すぐそばにかつてミュゼがあった

堀江公園で時間つぶしに子どもたちの遊びに付き合う。すぐそばには今の堀江をつくったきっかけといわれるミュゼ大阪の跡。さすがに閉店しているが、調べてみると2017年まではあったようだ。店はだいぶ変わっているが、堀江の雰囲気はあんまり変わっていない気がする。そんなに通っていたわけでもないけど。見上げれば集合住宅が多い。居住人口が多いことはほんとに素晴らしいと思う。

マンションが多い、一階は店舗の賃貸も多い

すぐそばのセイバンで息子のランドセルを選び(さすが我が子、すぐ決まる)、そのままアメ村を通り抜ける。
アメ村に来ると一気に客層が変わるのが面白い。堀江もアメ村も同じ人がつくった(きっかけとなる店をプロデュースした)という逸話をどれだけの人が知っているのだろう。
堀江にはあまりいなかった外国人観光客も多く、大阪人も、国内の旅行者も多い、よい意味でごった返していた。息子がここがニューヨークかぁ、と自由の女神像を見上げて感心していたけど、惜しいアメリカ村だよ。
三角公園では雨の中、甲賀流のたこ焼きを頬張る若者たち。狭い歩道をさらに狭くする古着屋や店前で駄弁るBボーイ。昔通ったヴィレッジヴァンガードはなかったし、ビッグステップもちょっと変な感じになっていたけど(いい感じに)、アップルストアやその裏のマクドは変わらず。

ビッグステップ、いい感じにゆるい

元気。一言で言うと元気。心斎橋〜難波の商店街や御堂筋、道頓堀が外国人観光客にほぼ占領されている感がある中、ちゃんと残っている、そしてインバウンドも活かしている。街としてのアイデンティティやポリシーがあるから、だろうか。だとしたら、とてもいい話だな。
そして、そのインバウンドに染められた御堂筋を通り抜け、難波まで。三津寺も新歌舞伎座もホテルに飲み込まれてしまった。新歌舞伎座は、ぜんぶホテルにするのに村野藤吾のあのデザインを継承してくれたんだ。嬉しいような虚しいような。

三津寺 ホテルのピロティみたいなところに本堂

なんば広場には、前になかったイスやテーブルが置かれていた。カラフルで軽くて、安っぽいようなポップなような。雨だったので誰も座っていなかったけど、周りは百貨店だらけで近くに路面店や露店もないし、晴れていたらどうだったんだろう。

なんば広場、いずれ名所になってほしい

個性あふれる街が徒歩圏でつながる大阪。観光と遊びと暮らしが連綿とつながって共存している。
久しぶりに歩いて、そういう風景を楽しめたけど、人が多くて疲れたです。

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