見出し画像

【プレイレポート】鬼の研究_第2話《猿の怪・2》_後編



1. 討伐隊

 「あの、お坊様」

 おずおずとした声に、迦楼羅は我に返った。
 幻影の武士(もののふ)の影を目の奥から振り払って見れば、いったん散った村人たちがいつの間にか集まっているのだった。

「あの猿どもは、村までの街道で、すっかり退治られたのでございましょうか」

 いや、と、迦楼羅は眉を顰める。忍慶殿と、あの白い犬の仇は残らず取った。しかし、まだ油断はできぬ。村を荒らす猿どもがあれですべてかどうかは分からぬ。おそらくは違う。

 ――それではどうか、その猿どもを、すっかり退治てくださいませぬでしょうか

 震え声で、しかしきっぱりと、そう村長は言ったものである。

 村の難儀と引き換えに猿どもに引き渡したはずの正太郎は、助けられて連れ帰られてしまった。街道まで押し寄せてきたひと群れは退治られたというが、それでも老僧と、そしてわざわざ山向うの花咲村から借りてきた霊犬は、猿どもの手にかかってしまった。これはなんとしても若くて強そうなこの坊様に、すっかりあの怪猿をかたづけてもらわねば、怒り狂った生き残りの猿どもが、村にどれだけの恐ろしいことをするか知れたものではないではないか。

 村長の言葉にどれだけのものが込められているかは、もちろん迦楼羅は手に取るようにわかっている。しかし――

 ――我が身ひとつ、そして、いかに霊犬の血統とはいえ、"ゴハン! としか言わない“仔犬だけが頼みでは…

 勝ち目は薄い、だからといって、不動明王の真言を負う護法の身である。怖気づくわけにはゆかぬ。えい、ままよ。

 迦楼羅は、街道で出会った奇妙な一行を見やった。

 「拙僧はこれよりあの猿の経立を残らず退治ねばならぬ。何かの縁じゃ。そなたら、もう一度、手を貸してはくれぬか」
 「おお、そうしたらまた猿どもを焼いていいのだな! もちろん手を貸すとも」

 すぐに応じたのは、鎧傀儡のはぜ火である。応じた理由の物言いは少々気にかかったが、この際、悠長なことは言っておられぬ。そもそも、はぜ火はひとの理(ことわり)の外にいるものであろうから、そのあたりについては後でゆっくり話を聞いて、説くべきことがあったら説けばよい。
 また、状況を知った今となっては、正太郎をこのまま村に置くのもはばかられる。「命にかかわるような目にはあわせぬ。正太郎坊、そなたも我らと共に居るがよい」と迦楼羅が言うと、正太郎は小さく頷いた。

 残るは奇妙な童女である。なりは小さいが、妖しの術の使い手で、ともに来てくれれば頼りになることは既にわかっている。

 「そして、そなたは――」
 「いいよ。あたしもあの猿どもには因縁がある」

 皆まで言わせず、童女も答えた。
 こんな童女があんな猿どもになんの因縁――と思いかけたが、しかしこれは童女の姿をしてはいるが”お山のもの”と自身で名乗っている。見ての通りのものではないのだ。
 では、と言いかけて、思い出した。童女の名を、迦楼羅はまだきいておらぬ。

 「娘ご、そなた、名はなんという。こうして連れとなる上は、いつまでも娘ごと呼んでいるわけにもゆかぬでな」

 童女はあどけない顔で迦楼羅を見上げ、こともなげに言った。

 「知らない。ときどきは“小さきもの”と呼ばれたりするよ」

 ――知らぬ、と、きたか。これだから人の理(ことわり)の外にあるものは……

 「待て、それは“名前“ではないだろう」

 次の言葉に詰まった迦楼羅の代わりに、呆れたような声を上げたのは、意外にもはぜ火であった。

 「名前とは、おれがおれであるとわかるものだ。“小さきもの”じゃあ、あんたがあんただとわからない」

 ――ええと。……じゃあ、ひゐな

 虚を突かれたふうに黙り込み、しばし考え込み、ややあって、童女は言った。

 「ひゐな、ということにするよ。佳い名でしょ」

 それでようやく、そういうことになった。

2. 山中の燃え跡

 そういうことになった以上、このまま村で構えているよりは、こちらから猿どもの棲処に乗り込んでゆこうということになった。とはいえ、これから夜になろうという今、山の中に踏み込むのはあまりにも危うい。攻め寄せたひと群がすっかり片づけられたのだから、いかに怪猿といえども今晩は攻めては来るまいというので、その夜はよく眠り、日の出とともに身支度を整えた。

 ひゐなは霊犬の忘れ形見の白いふくふくとした仔犬に「昨日、日暮れの街道で何があったのか」と尋ねたが(実際、草木(そうもく)の精であるひゐなは、思いを凝らせば禽獣のことばも幾分か理解することができるのであった)、仔犬は胸を張って

 「おとうちゃんがね、危ないからお前は猿どもに見つからないように隠れていなさいって言ったから、おいら丸くなって隠れてて、だから何も見てない!」

 と答えたものであった。仕方あるまい、おそらくこの仔は、父犬に万が一のことがあったときに、その力を引き継ぐために連れてこられたものに相違あるまい。霊犬の力を絶やさぬためには、生き残ることが第一の務めであったのであろう。

 「では、お前は何ができるの?」 

 ひゐなが問うと、また仔犬は胸を張り、

 「おいら仔供だから、“おおうのせんし”みたいなことはできないけど、おいらが吠えたら、皆が元気になって強くなるんだ! あとね、おいらがおまじないすると、刀がよく切れて、弓が強くなるんだ! 今はまだそれだけだけど、そのうちもっと色々できるようになるって、おとうちゃんが言ってたよ!」

 と答えた。
 “おおうのせんし”が何者かはついに知れなかったが、霊犬の力の一端はたしかにこの仔犬に宿り、そしてこの仔の成長と共にi愈々(いよいよ)霊験あらたかとなってゆくものらしかった。少なくとも今このときも、この仔犬が同道してくれるだけで、随分と心強いことにはなるようである。

 ――そんなわけだからね、猿どもとことをかまえられるのは、あたしたちだけじゃないよ。太郎丸も助太刀してくれる

 ひゐなも何故か得意顔でそう言った。
 
 太郎丸というのがその仔犬の名前で、それは仔犬の首輪の裏にも刻んであるのだそうである。確かにふくふくの毛に埋もれるように、仔犬にも銀色に光る首輪がはめられており、そしてそこにも桃の紋章が刻まれていたのだった。

 そんなことを言い交わしながら森を行くうちに、急に森が開けた。焼け野原になっていたのだ。奇妙なにおいが立ち込め、そして木々の燃えた灰をかき集めたあとがあった。

 ――最近、猿どもがあちこちでこんなことをしている

 と、ひゐなは言った。なぜそんなことをするのかはわからないけれど。そしてあたしはあたしの護る森を猿どもに焼かれた。だから奴らには因縁があるのだ、と。

 「それは、硝石を作ろうとしているのではないか」

 突然、はぜ火がそう言った。

 「燃える粉で森を焼き、灰をつくる。その灰で硝石というものが作れる。そうしたら、その硝石で新たに燃える粉を作る。このにおいは燃える粉のにおいだ。そしてこの灰の集め方は硝石づくりのためにすることだ。
 何故そんなことがわかるか、だと。その燃える粉はおれにごく近しいものだからだ。燃える粉とその作り方についてならば、おれは自分の身体のことのようにそれがわかる。
 ――だが、なぜ猿どもがそんなことをするのかはわからん」

 仮にはぜ火の言う通り、猿たちが燃える粉で森を焼き、灰を集めて硝石とやらを作っているのであったとして、なぜ猿どもがそんなことをするのか――そして、武装し、ひとを襲うのかに至っては、どうにもわからない。
 それでは致し方ない。とにかく猿どものねぐらに急ごうということになった。

3. 造神之方(カミサマノツクリカタ)

 猿どもの洞窟については、内側のありさまははぜ火が、外から見た立て付けはひゐなが、一度見てよく知っている。

 であるから、まずは手薄な裏口に回った。いざとなればひゐなが野ネズミにでも変化して様子を伺うこころづもりだったが、そうするまでもない。殺気の気配もなく静まり返った岩屋の外には、見張りのつもりか、錆びついた刃物を持った猿が2匹、所在無げに座り込んでいる。斬って通ろうと三鈷剣に手をかけた迦楼羅に、はぜ火が「待て」という。もっと面白いことをしよう。

 そうして、狙い澄ました指先から、火花を洞窟の中に弾き飛ばした。

 光の粒が暗闇に消え、刹那。
 轟音と共に、洞窟の中から爆炎と煙が噴き上がった。もちろん見張りの猿は一瞬にして消し飛び、影も形もなくなった。

 「裏口あたりは確か、燃える粉の庫(くら)になっていたはずだからな。ああ、よく燃えるなぁ…」

 満足そうに目を細めた瞬間、はぜ火は背後に吹き飛んでいた。
 洞窟からなにか黒い塊が飛び出してきてはぜ火を襲ったのだ。
 猿の大将だった。
 続いてわらわらと取り巻きの猿どもが、これは迦楼羅とひゐなのほうに。けだものは火を恐れる。火を噴くはぜ火は恐ろしすぎるとしても、刀しか持たぬもの、ましてやほぼ丸腰の小娘などならば、瞬時に引き裂いて捨ててくれよう。

 が、その目論見は外れた。
 迦楼羅は抜き放った三鈷剣を胸元に引き寄せて不動の構え、柄を握る右手(めて)に左手(ゆんで)を添えて印を結ぶ。襲い来る猿の群れを睨む。剣が振るわれぬと見て殺到した猿どもの耳を撃つのは明王の真言。

 ――不動明王 火炎呪!

 鎧の胸にに刻まれた梵字が燃え上がり、両の手で結んだ印から炎が迸る。猿どもにもはや逃げ場はない。

 手下が焼かれ、大将猿は牙を剥き、喉も破れよとばかり叫んだ。大猿の鉤爪が、はぜ火の鎧とも身体ともつかぬ継ぎ接ぎの境目を穿ち、ばりばりと引きはがし、ちぎり飛ばす。だが、次に吹き飛んだのは大将猿である。引き裂かれてばっくりと口を開けるはぜ火の腹の孔から、炎の奔流が噴き出したのだ。

 火だるまになって大将猿は転げまわった。だが炎の勢いが強すぎる。みっしりと生えた毛の一本一本に火が付き、肉を焼く。
 跳ね回る黒い塊を前に、ちぎれかけた腕を振り回し、折れそうに傾いた首を愉快そうに揺らしながら、はぜ火は何事か叫んだ。
 違う。それは哄笑だった。

 ――そうだ、これだよ、おれはこれが見たかった。目覚めたときから、おれはずっと、お前のその姿が見たかったのだ……‼
 ――踊れ踊れ、もっと踊れ、そうだ、今が一番楽しい時間だ‼

 ――オ前ハ我ラノ神デハ無カッタノカ、何故、何ノタメニ…‼

畜生の身の悲しさ、燃え狂う炎を消し止める術はなく、大猿の咆哮はやがて苦し紛れの悲鳴となり、何かへの恨み言となり、そして、消えた。

もとより炎を恐れる獣のこと、はぜ火の爆炎にも迦楼羅の業火にも巻き込まれずに済んだ猿どものうち、あるものはさっさと逃げ出し、あるものは岩屋の奥に張り付くようにして息を詰めて事の成り行きを見つめていた。が、大将猿が消し炭のようになって動かなくなると、ぎゃっと叫び、重い刃物や絡みつく邪魔な武具の切れ端を放り捨てちぎり捨て、蜘蛛の子を散らすように一頭残らず逃げ去ったものである。

「追って、燃やすか?」
「いや、もうその必要もあるまい。大将猿が斃れれば、あとは本当にただの猿の群であろう」

大将猿がこと切れると同時に魔の気が薄れてゆくのを、迦楼羅は確かに感じ取っている。であるならば、猿の残党は放っておいてもよかろう。

まず、大将猿の死骸を検(あらた)めた。燻ぶる身体に雑に括りつけられた鎧は少し引くとぼろりと取れたが、そのほかに、破夜丸や太郎丸の首につけられていたのと同じ首輪を、何故かこの大将猿もつけていた。同じつくり、同じ手触り、そして何より同じ桃の紋章がその表に刻まれ、外して裏を見れば”千笹丸”と刻まれていた。大将猿――千笹丸は、生命の象徴たる桃のしるしを負う霊猿であった――はずなのである。

――何故、それが。

 迦楼羅は眉を顰めて呟く。
 桃の紋章は古来より、鬼を退治るものの印。桃の紋章を戴く武士(もののふ)は桃太郎と呼ばれる。この国は初代の桃太郎をはじめとして数多の太郎たちに守られてきた。なんなれば初代桃太郎は、護法宗のほとんど祭神のごとき存在である。それを、その桃の紋章を、何故この猿が戴いているのだ。

  何かおそろしいことが起きているのやもしれぬ。

 迦楼羅のその懸念を、洞窟の奥――かつて、はぜ火が猿どもの”神”として祀られていた場所から見つかったものが裏打ちする。

 獣臭が立ち込め、すぐ傍らでは猿の糞が積み上げられ固まっているこの岩屋に、まったく似つかわしくないものが収められていたのだ。

 螺鈿の細工を施した雅な文箱である。

 中には巻物が二本。広げてみれば、一本は漢文でことこまかに記された火薬の作り方である。猿どもにこれが読めたのか、それとも何者かが何らかの手段で教え込んだのか。ただ、確かにこの巻物に記されたとおりに、猿どもは木を燃やし、灰と炭を集め、灰を溶いた水と積み上げて固まった糞を混ぜてできた硝石に炭粉を混ぜて「燃える粉」を作り溜めていたようである。

 もう一本は、札で封じていたものを破った跡がある。札には《造神之方》と書かれていた。
 神を造る方法――首をかしげつつ広げてみれば、黄紙に朱墨でびっしりと文字が書かれている。が、読もうとしても、読めぬ。僧侶としての学をひととおりは修めた迦楼羅にも読めなければ、何か怪しの術を使って読みこなせるかもしれぬはぜ火やひゐなにも全く歯が立たぬのだった。

 ただ、巻物の装丁からすれば、これはおそらく海を越えた唐の国で作られたものであろう、と、それだけが迦楼羅にわかることであった。奇怪なるこの文箱と巻物は、まさかそのままにもしておけぬから寺に持ち帰り、役僧に相談してみよう――さすれば何かわかるやもしれぬ。そう、迦楼羅は言った。

 それ以上はめぼしいものもなかったので、檜皮の村に引き上げた。
村人たちには、猿の化け物は斃したことを告げ、小猿どもは逃げ散ったが、どうやら首領が死ぬと同時に怪しの術が切れ、ただの猿に戻ったようであるから捨て置いた、用心のためにしばらく村の周囲に篝火でも焚くようにと言い添えた。それを聞くと村長はようやく安堵らしき表情を浮かべ、礼を言った。そして

 「本当にありがとうございました。あとは霊犬の仔を、もとの花咲村まで返してきては下さいませぬでしょうか。それと、正太郎でございますが…」
 「この村にいても、もはや身寄りがないのであろう。正太郎坊さえよければ、拙僧の寺にて引き取りたい」

 言いかけたのを皆まで聞かず、迦楼羅はそう言った。慇懃に頭を下げているが、厄介払いをしたいのであろう。衆生とはそのようなものだ、責めても仕方あるまい。

 迦楼羅の答えを聞くと、村長は今度こそ本当に安堵の表情を浮かべ、これはお寺への御礼と、そして余分は正太郎坊のために、と、小判30枚を包んで差し出したものであった。



 花咲村までの道中も安穏とは言い難い。迦楼羅と正太郎と太郎丸だけというのも不用心だし、何かあったと後から知れたら寝覚めが悪いというので、はぜ火とひゐなも同道を申し出た。
 そうして次の日の朝まだき、どうにもちぐはぐな一行は檜皮の村を後にしたのであった。

★★★

《鬼の研究》第2回 2022, 10, 14 プレイ記録


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?