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黒魔術師ウォーロック
『卑怯な黒魔術師ウォーロックだとしてパーティーを追放されたけど、ユニークスキル範囲魔法でソロ余裕でした。今更戻ってこいと言われても、もう遅い』
あらすじ
ルークは黒魔術師ウォーロックだった。この世界ではウォーロックは安全な後方から単体魔法で攻撃するだけの「卑怯者」という烙印を押されている。
それを承知の上でパーティーに入れていたはずなのに、ある日パーティーから追放されてしまう。
ルークはソロ魔術師になったが必殺技があった。それは「範囲攻撃魔法」だった。周囲に味方がいると使いづらいから封印していたが、ソロなら余裕だ。
大量の魔物を一度に屠り続け、最強のソロ魔術師になろうとした。
しかしエンチャンターでエルフの彼女と出会い、最強のコンビを組むことになる。
■1.パーティー追放
俺は黒魔術師ウォーロックだ。
剣のような体を動かすのは、どちらかといえば苦手だった。
だから進んでこの道を選んだわけだが、この世界でウォーロックは、安全な後方から単体魔法で攻撃するだけの、卑怯者という烙印を押され、蔑まされていた。
黒い服に黒いローブを着込んで、怪しい杖やアクセサリーを装備する姿も、どちらかといえば、気味の悪い格好に見える。
分かっている人からすれば、とんだ風評被害、勘違いの類だが、一般人の目は厳しかった。
十二歳の頃、それを承知の上で俺をパーティーに加入させ、ダメージディーラーに任命したのは、他ならぬリーダーのドルボのやつだった。
それから四年余り経過。
俺たちはAランクパーティーにまで上り詰めた。
ギルド依頼のクエストで農村に行った帰りに寄った町だった。
少し高級な宿屋に泊まろうとしたところ、主人に文句を言われたのだ。
「わりいな。卑怯者のウォーロック御一行様を宿に泊めるわけには、いかん。出ていってくれ」
俺のクラスを言い当てた主人の目は鋭い。
この片田舎ではAランクだなんて知らないのだろう。
Aランクと知っている都会の高級宿では俺たちを贔屓してくれているのに対して、扱いが正反対だった。
そしてリーダーは擁護してくれるどころか、こう言い放った。
「もういい。いちいち足を引っ張る。ルーク、お前はクビだ。パーティーから追放だ。さっさとどっかへいっちまえ。宿屋の主人、これでいいだろ?」
「ぐぅ」
俺は何も言えない。ぐうの音も出ないとは言うが、ぐうの音しか出なかった。
それに続く言葉を俺は知らない。
話せないわけではないが、話すのは苦手だ。
誤解なく正確に、相手に自分の意見を理解してもらうのは難しいのだ。俺はそれをよく理解しているから、こういう時には、何も言えなくなる。
「ほら、どこへでも行け」
宿屋から放り出され、俺はひとりで立ち去る。
今は十六歳の身になった。
ドルボとは固定パーティーを組む前からの五年の付き合いになる。それを宿屋の主人のたった一言で、すべての信頼関係が無に帰った。
俺はもっと治安の悪そうな裏路地へ向かい、訳アリでも適当に泊めてくれそうな安宿に入る。
「すまん。男一人、今晩泊めてくれ。先払いでいい」
「あいよ」
愛想の悪い受付のおっさんに銀貨を握らせると、鍵をもらう。
昔はドルボとよくこういう宿にお世話になっていた。
それはもちろんウォーロックだったからもあるし、金がないという意味でもある。
パーティーの共有財産のほとんどはドルボが管理保有しているので、俺は少ない個人資産しか持ち歩いていなかった。
もちろん冒険者ギルドに行けば、雀の涙のような貯金はあるが、白い目で見られるのは必至だ。
本来はパーティーの資産の四分の一は俺が貰えるはずなのだが、そんなことも関係なく、一方的に追放されたのだ。
俺はどちらかといえば感情に乏しい。
いつも第三者的視点で、自分を俯瞰している。
こういう時、本来なら怒るのが筋なのだろうとは、理解しているが、そんな感情は欠片も涌かない。
諦めているともいえるし、達観しているともいえるだろう。
幸いなことに、先に夕食は酒場で食べていた。
宿では寝るだけだ。
やるせない気持ちも皆無ではないが、懐かしい安宿の埃っぽい空気に包まれて、俺は眠った。
翌朝、さっそく活動開始だ。
ドルボたちと出くわすと微妙な気分になるので、朝早く起きたのがよかった。
天候は晴れ。
俺の新たな旅立ちを歓迎しているかのような、すがすがしい天気だった。
「ソロか。久しぶりだな……」
まともなソロは十二歳以来だ。
リーダーの剣士ドルボ、ドルボの彼女ヒーラーのリーリア、リーリアの妹でシーフのソシリア。
俺たち四人は仲のよいバランスの取れたパーティーだった。
ただし妹のソシリアは姉同様ドルボのほうに好意を寄せていて、俺はお邪魔虫扱いされていた。
元から他人に愛されるような柄ではないのは、承知している。
今ごろ三人でにゃんにゃんしているかと思うと、変な笑いが出てしまいそうだ。
「くくくっ」
思わず口に出すと、通りがかりの子供が変な人を見る目で、俺を避けていく。
いつもの事とはいえ、黒魔術師スタイルは見た目が悪い。
適当に露店で朝食を済ませて、ひとりで町を出る。
向かう先は近くの遺跡『パルーデル廃墓地』というフィールドだった。
ここではアンデッド系のゴーストがうじゃうじゃ出る。
普段は何もないように見えて、ぽつぽつゴーストが平和に歩いているだけに見える。
しかしひとたび敵対的行為をすると、見えていなかったゴーストが大量に湧いて出て、襲い掛かってくるのだ。
冒険者ギルド認定難易度ランクB+だったと思う。
「さあ、幽霊たち踊ろうか。その姿を見せたまえ」
俺は黒い禍々しい杖を掲げて、目の前のゴーストに向ける。
「イノセント・ファイア」
無垢な純真の炎は、黒魔術師が使う癖に、聖属性がある。
ゴーストは炎に包まれて炎上し、燃え尽きて、後には一粒のドロップアイテムだけが残った。
ゴーストの欠片。
そう呼ばれている。冒険者ギルドで高値で売れる。
さっと急いで拾う。
しかしこれを手にすることは、半ばパーティーであれば全滅を覚悟する程度の、戦闘になることを意味している。
周りにゴーストが、次々と湧いてくる。
その数、最低でも十二体だろうか。
「イノセント・エリア・ファイア」
俺は固有魔法「エリア」シリーズを発動させると、俺を中心に周り全方向が炎に包まれた。
囲んでいたゴーストは、次々と炎上していく。
ぼと、ぼと、ぼと。
地面にはゴーストの欠片が次々と落ちていく。
そして、またそれをきっかけに、ゴーストが湧く。
「イノセント・エリア・ファイア」
俺は感情もなにもなく、ただ作業のように魔法を唱える。
パーティーであれば自分中心の範囲魔法などは撃つことができない。
しかしソロでは、一切の遠慮なしに、魔法が撃ち放題となるのだ。
俺固有のエリア魔法は、ソロで使うことに最適化されていて、鍛錬を積み重ねた現在の戦闘力は、一線を超えている。
十二歳当時は、まだ魔法の威力も全体的に乏しく、範囲魔法もほとんど使い物にならなかったが、今は違う。
何回も何回も涌いてきたゴーストも、さすがに全滅したようで、ついに出てこなくなった。
足元には大量のゴーストの欠片が落ちているので、それをすべて拾って歩いた。
普通の皮袋一杯になった。
それを魔法袋に入れる。
この魔法袋は俺の元パーティーメンバーは全員装備している。
容量は荷馬車一台分ぐらいだが、ないよりはずっと快適なので、そういう装備の分配には感謝しておいてやろう。
そこそこのお値段がする。冒険者は自己への投資は必須だ。
その足でささくさと次の町へと向かう。
元の町ではまだドルボたちが活動しているかもしれない。
ドルボ達が向かう王都とは逆方向へと進んだ。
一人で歩くとドルボたちより倍は速い。
前来た時よりも、あっという間に、クエステン町に到着してしまった。
国内で上から数えて八番目ぐらいに大きい町だろう。
冒険者ギルドに行く。
自分で受付嬢に話しかけるのは避けたいが、かといって誰かを掴まえるには誰かに話しかける必要がある。
ギルド前の露店を見つつ様子を見る。
するとギルドからちょっと離れた売れてなさそうな露店が妙に気になった。
店主はエルフの金髪の女性、美少女と言っていいだろう。
しかし服がボロい。茶色いシャレッけのないクソ安いミニワンピースだ。
そのくせ売っているのは、黒魔術で使う呪具の一種、黒水晶のアクセサリーだった。
「お客さん、ねえ、お客さん」
「ん?」
俺の事らしい。確かに俺は黒魔術師だから、この手のものに詳しい。
付近の人物で俺以外に客だろう人物は見えない。
「黒水晶ですよ? どうですか」
「間に合ってる。あ、ん?」
しかし俺は目を見張る。
くそボロい格好に似合わない、かなりの高水準の黒水晶なのだ。
なのに値段がバカみたいに安い。
いや、店主はバカだろう。どう見ても専門店なら倍以上の値段はする。
「お嬢さん、バカだろう」
「ひゃい?」
エルフの美少女は、びっくりしたのだろう目を丸くする。
「これ、安すぎる。どう考えても安い。おかしい」
「え、そ、そうなんですか? はうぅ、すみません、よく分からなくて」
顔を赤くして、目を泳がすその表情は、どこか愛らしい。
正直俺はびっくりした。俺はそれをかわいいと思ってしまったのだ。
第三者的視点を忘れていた。
「たとえ安すぎても、お客さんがよろこんでくれれば、私もうれしいから、別にいいんです……」
そう言って、微笑む美少女。
俺は、ひと目でこの少女を気に入った。
見た目も、性格も――。
いい子なのだろう。近年めったに見ない、その邪気のない笑顔はとても眩しく見える。
「ああ、お嬢さん、名前は?」
「えっ、その、ラティア、です」
「ラティア嬢、いいか? これを持って冒険者ギルドへ行って換金してきてほしい」
「はい? なんで私が……ってこれ、ゴーストの欠片、こんなにたくさん」
「そうだ。俺が倒してきた。細かいことは聞くな、お使いクエストだ。成功したら一割やろう」
「いちわり、えっそんなにたくさん、いただけません」
「いや、いいんだ」
俺はゴーストの欠片の袋を持ち上げ、ラティア嬢に押し付ける。
そのまま押し切り、彼女はなんとか受け取って、ふらふらギルドの中に入っていく。
もし万が一、このまま金貨またはゴーストの欠片を持ち逃げされたら、それまでだが、俺の見る目がなかったことを恨むだけだ。
俺は少し少女に正直さを試すようなことをさせて、罪悪感を感じている。
十数分後、任務を無事完遂したのか、満面の笑みでギルドから出てきてスキップして俺に抱き着いてくる。
「ちょっ」
「はいはい、おつかいクエストできました~」
「抱き着くな、いい匂いがする!」
「いい匂いならいいじゃないですか」
「よくない、離れろ」
彼女がやっと離れると、袋に入っている金貨の山を見せてくれる。
そして俺が適当に数えて、一割を彼女に渡す。
「えっ、ええっ、本当にこれを私に? 頭、大丈夫ですか?」
「失礼な。約束しただろ。忘れたのか?」
「約束……確かにしましたけど、でも、あんなの。でもでも、ありがとうございます~」
「おい」
「すごく、うれしいです」
エルフなのに尻尾をぶんぶん振る犬獣人かと思った。
こんなところも、かわいく思う。
俺もどうかしている。
彼女曰く、これがラティアの俺との運命的な出逢いだった、らしい。
■2.エルフのラティア
今、俺はエルフの美少女、ラティア嬢に強制的に早めの夕ご飯をおごられている。
ただし元金は、俺が渡した金貨なので、俺の金といえなくもない。
時間を戻す。
「すごく、うれしいです」
彼女の犬のような、尻尾を振る姿が幻視できる。
「お腹すきましたね?」
「あ、ああ、確かに」
「そうですよね。お金も貰いましたし、一緒にご飯どうですか?」
「いや、べつに」
「私が貰ったお金だから、好きに使ってもいいんですよね。なら、一緒に、ピッツァというものを食べたいです。食べたことないんです」
「ないのか……」
「はい。前から一度でいいので、お腹いっぱい、食べたかったんです。ピッツァを、ぜひ一緒に」
そこまで言われたら俺でも承諾くらいはする。
彼女はこんな黒い格好の俺で、尻込みしたりしないのだろうか。
一般的な一般人は、俺みたいなウォーロックは避けて歩くくらいなのだが。
「はい、手」
「なんだと」
「だから、手、どっかいかないように」
「子供か」
「だって、あなたまだ十六歳ぐらいですよね」
「そうだが」
「なら、子供ですよ」
そうなのだろうか。
十六歳なら、ほぼ成人だと思うが。
ぎりぎり子供といえなくはないか。童貞であるからして子供という見方もできる。
ふむ。
一人納得していると、左手を掴まれて歩いていく。
その手は小さくて柔らかくすべすべしていて、とてもさわり心地がよかった。
男の手とは天と地ほど差があり、こんな俺でもドキドキしてしまいそうだ。
ピッツァというのは、ようはピザだ。
婦女子はこういうちょっと高そうな名前にときめくらしい。
数年前、この国メドリーシア王国の王都で流行りだし、あっという間に各地で真似た店が次々と出店している。
俺も以前食べたことがあった。
食事の中では、値段としては中ぐらいだろう。
特段高いとは思えない。しかし安くはない。
彼女の服装からして、裕福ではないのだろう。
冒険者をしていると忘れそうになるが、冒険者は死ぬ確率が高い代わりに、生活水準は高いほうなのだ。
そのくせ最初は貧乏極まりないし、野垂れ死にそうな人も多い。
「その、貧乏なのか?」
「そうですね。エルフなのに恥さらしです」
エルフは人種の中では珍しいほうだが、裕福な人が多いイメージがある。
これもある種の偏見かもしれない。
俺には無垢っぽい純真なエルフは、丁度よかった。
そして黒水晶を売っているからして、ウォーロックに偏見があまりなさそうなのも、丁度よかった。
つまり彼女は色々とあらゆる面で、俺に都合がいい。
自己弁護しているようだが、そういう状況だったのだ。
腹も空いているし、ピザくらい一緒に食べてもいいだろう。
「美味しい! このチーズ。アツアツで濃厚でとろけちゃう」
そりゃチーズだからとろけるだろう。
「トマトもベーコンも塩気があって、本当に美味しい!」
まったく美味しそうに食べる。
これくらい威勢がいいと、かわいく見えるな。
確かにこのピザは、前に食べたものと比較しても美味く感じる。
しかし味だけの問題か、一緒に食べている人の都合によるのかは、はっきりしない。
飯の味は、味と匂いだけではないのだ。
誰と食べているかも重要だと思う。
他人を基本、嫌う俺でもそう分析せざるを得ない。
金貨一枚あれば、これくらいならお釣りがくる。
お腹いっぱい食べたいとは言ったものの、彼女は丸いピザを一枚食べただけだ。
別に大食いというわけではないらしい。ちょっと安心した。
「美味しかったです。ありがとうございます」
満面の笑み。純真な正の感情が溢れんばかりに光輝いて見える。
俺にはそれがとても新鮮で神聖だった。
今まで俺にこんな笑顔を向けてくる女子など存在していなかったのだ。
余りも眩しくて黒魔術師が改宗して白魔術師になってしまいそうだ。
ホーリー・レイとか使えるようになるだろうか。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
ピザの店を後にする。
「ところで、黒水晶だが」
「はい。たくさんあるんですけど、お父さんの形見で」
「黒魔術師だったのか?」
「いえ、黒水晶などの加工の仕事をしていたので」
「ふむ」
ちょっと寂しそうな表情をするラティア嬢。
そんな顔もとても美しいのだから、美少女は得だ。
この表情を絵画にして売ったら高値で売れそうだ。
ふわふわロングの金髪だけは綺麗にしているようだけど、服装はいかにも貧乏に見える。
顔は穢れを知らない美少女そのもので、化粧っ気が全くないのに、何か品がある。
綺麗な首より上と、下のギャップがすごい。
茶色くてボロい薄い一枚布のミニ丈のワンピースは、体のシルエットをほとんど隠すことなく露わにしている。
白くて細い手足は丸々露出している。それからくびれた腰。
布面積は安いだけあって小さくノースリーブだ。
腰にはリボンが縫い付けられていて、緩めに絞られている。
胸は体が細い割にはしっかりと存在を主張している。
Dカップくらいだろうか。
体の栄養素を全部その、おっぱいに吸い取られていそうだ。
「ゴーストの欠片はギルドで買い取ってくれたが、黒水晶は買ってくれないのか?」
「黒水晶はアクセサリーになっているので、加工品とか製品は買取していないんです。素材だけなんですよ。もしくは中古扱いですごく安いんです」
「そうなのか」
「はい」
ふむ。買取とかほとんどすべてドルボに任せっきりだったから知らなかった。
ソロで活動していたころは、売れるほど装備とか持っていなかったし。
「ところで、あの……」
ラティア嬢が困ったような顔をする。
「お名前は教えていただけませんか?」
「あ、俺か。名乗るほどのものではないが」
「そんな、貧乏な私にクエストとは名ばかりの仕事を与えて、施しをしてくれました。命の恩人です。野垂れ死ぬところだったんです」
「いや、あれは俺の都合で」
俺がギルドに行きたくないという理由だとは思っていないようだ。
貧乏な少女に施しをする名目だと勘違いしている。
「私、こんなに貧相なのに。こういう薄幸の少女が好きなんですか?」
「は? どういう意味だ」
「あの、あまりに私に都合がいいですよね。本当は体目当てで……」
なぜか半笑いで涙ぐんでいる。
「違う違う、誤解だ。施しも、ごほん、その、体目当ても、全部誤解だ」
「誤解?」
「そうだ。俺はギルドに行きたくない。目立ちたくないからな」
「ああ、そうですよね。換金した時、すごい、注目されちゃって。びっくりしました」
「だろう」
「あっ、はいっ」
今度は、納得したのか、にぱっと明るい笑顔を振りまく。
その純真さは聖女のようだ。
「それで、お名前は?」
「ルーク・ベラクリウス」
俺は名前それから、滅多に口にしない苗字を名乗る。
この聖女様に、嘘は吐きたくなかった。
「ベラクリウス、ど、どこかで」
「気のせいだろ」
「あっ、んんっ、思い出しました。伝説の魔法使い、バラエル・ベラクリウス様と同じ苗字!」
「あ、そうだな、うん」
「もしかして、ご先祖様とか?」
「そういう逸話は聞いたことがあるが、実際は遠い親戚か何かだろう。どうせ」
「そ、そうですよね」
うれしそうにしたり、ちょっとしょんぼりしたり、ラティア嬢は表情がよく変わる。
一割でも、俺にその表情筋を分けてほしいものだ。
そうしたら俺ももう少し、女の子にモテるようになるのに。
こんな朴念仁な俺だが、女性に興味がないわけではない。
むしろ逆だ。
美少女をめちゃくちゃにしたい。そんな衝動も幾分か思うこともある。
女性とベッドでにゃんにゃんしてみたい。
猫ちゃんは、どんな声で鳴いてくれるだろうか。ぐへへ。
いかんな。目の前の清純そうな表情で興味深そうに聞いてくれている美少女に申し訳が立たない。
「でもでも、ルーク様ってお強いんでしょう?」
「これでも個人Bランク、追放されたがパーティーはAランクだった」
「Aランク! すごい」
「俺の業績じゃない。俺は無名だからな」
「Aランクって言ったら『水竜の姫巫女』とか大剣使いドルボの『大殺の風雲児』とかですよね、ね?」
「うっ」
まさにそのドルボに追放されたわけだが。
ちなみに大殺とはドルボのことではなく、俺の魔法で即死することを意味している。
ただし、その事実を知っている人はごく少数だ。
「その大殺の風雲児が、そうだ」
「ええぇえ、なんで、そんな人がこんなところでソロで」
「まあ色々あって、パーティーを追放された」
「そんな!」
概要をかいつまんで説明したら、ラティア嬢は自分のことのように怒ってしまった。
「そんなの、あまりに酷いです。あんまりですよ」
「ああ」
「黒魔術師、ウォーロックだからって、ちょっと後ろで魔法撃ってるだけなのに」
「ぐ、それはまあ、事実だし」
「卑怯者だなんて、あんまりです。事実誤認です。パーティーが全滅したら死ぬのなんて一緒なのに」
「そうだな」
なんとか興奮している彼女をなだめる。
「わ、私なんか『最も役立たずのエンチャンター』なのに差別とかなくてみんな優しくしてくれるのに、ウォーロックの人は可哀想すぎですっ!」
「ああ、エンチャンターなのか」
「はい」
「そ、それは、なんかすまん」
しょんぼりしてしまった。
役立たずのエンチャンターとは言いえて妙だ。
事実、特定のパーティーでは無用の長物だった。
エンチャンターは、対象の人物のスキルを強化する特殊スキルを保有している。
剣士なら身体強化が強くなったり、ヒーラーなら回復力アップをしたり魔力タンク的な使い方をしたりできる。
しかし致命的な欠点があるのだ。
エンチャンターは、対象者と絶えず身体的接触をしていないと、その効果を十全に発揮できない。
つまり前衛と共にするのは「邪魔」なのだ。
そう言う意味で、ゴミ扱いされているクラスだった。
「そうか、しかしそれは、いいことを聞いた。俺には得しかない」
「はい?」
「俺とパーティーいや、ペアを組まないか」
「私なんかが?」
「私なんかではない。ラティア嬢こそが俺のペアにふさわしい」
「きゃっ、なんですかそれぇ、おだてても何も出ませんよ~」
「俺は本気だ」
真剣な表情で、ラティア嬢の瞳を見つめる。
恥ずかしそうに頬を染めるが、彼女も真剣な顔をして、見つめ返してくる。
「どういう意味なんですか? 惚れちゃいました?」
「違う。君のエンチャンターとしての力が欲しい」
ラティア嬢は、目を見開く。
本当に驚いているようだ。俺にとってエンチャンターは役に立つ。
■3.エンチャンター
エルフの美少女、ラティア嬢のクラスはエンチャンターだった。
付与術師というやつだが、身体的接触をしていないと、効果を発揮できないという、クソ要素がある。
前衛が立ちまわって戦闘しているときに、いちいちくっついていられたら邪魔以外の何物でもない。
だからクラスのうち『最も役立たずのエンチャンター』と呼称されている。
これは事実だが、俺には関係がない。
俺はウォーロックだ。
そして範囲魔法を得意とする。
この範囲魔法は全方向で、俺を中心に発動するため、俺の至近距離にいないと、味方だろうが死ぬ。
逆に言えば、俺の至近距離にさえいれば、安全なのだ。
魔力は俺から出ているが、火の玉が俺の体から直接飛んでいくわけではないので。
放出された魔力が一定距離を離れると、物質化して炎になるらしい。
俺の背中に引っ付いて、俺を大幅に強化してくれるエンチャンターは、相性が非常にいい。
他職には宝の持ち腐れだが、俺個人には、絶大な効果が見込める。
「というわけで、ラティア嬢は、俺と相性が非常にいい」
「はいっ、そうみたいですね。でも範囲魔法なんて実在していたんですか、おとぎ話ですよね?」
「バラエルの話か? 実話なのだろう」
「実話、なんですか、にわかには信じがたいです。すごいです」
「まあな」
「それにしても、相性がいいとか、なんか恥ずかしい台詞ですね」
「そうだな」
「その、あの、体の相性みたいで」
頬を染めて、目を逸らすラティア嬢。
おい聖女だろ。なんだよエッチの相性とか想像してるのか。
むっつり助平だろ絶対。
ちなみにエンチャンターに似ているが全然違う職業にバッファーというのがある。
補助魔法を使う魔法使いだ。
身体強化、魔法攻撃力強化魔法などを相手に掛けることができるが、その倍率は低い。
確かに身体的接触を用いず、ヒールのようにバフ魔法をするだけで、お手軽なので重宝するが、その効果は限定的だ。
それに対してエンチャンターの強化は、倍近いという噂がある。
倍の攻撃力とか、想像を絶する。
そして「体の相性がいい」相手とは、さらに倍ドンで強力になるという、これまた根も葉もない、エッチな噂がある。
だからエンチャンターは性的な噂話が絶えない。
彼女も少なからず、そういう話を聞いたことがあるのだろう。
まったく純真な俺の聖女に何を吹き込んでるんだか。
「体の相性……た、確かめてみますか? 初めてなので本当か分からないんです」
もう夕方。これから寝る時間だ。
目を潤ませている。
夕日で光はやや赤いが、ラティア嬢の顔はその中でもさらに真っ赤なのが分かる。
なんだか、俺とラティア嬢が今からしけ込むみたいじゃないか。
「あの、宿屋まで、一緒に行ってください」
「金貨やったろ、ひとりで行けないのか?」
「あの、ひとりで宿屋に行くと、連れ込まれそうになったことがあって、怖いんです」
俺の腕の裾をギュっと強く握ってくる。
その手はわずかに震えていた。
唇もきゅっと結んで、何かに耐えるような表情をしている。
どこにもクソ野郎はいる。
なるほど、これほどの美少女がひとりで宿屋に来れば、一発ヤッてやろうという不届き者がいてもおかしくはない。
「それから、これはお願いなんですけど」
「なんだ」
「一緒の部屋に、その、泊まって欲しいです。も、もちろんダブルベッドで」
「そんなに宿屋が怖いのか?」
「はい」
なるほど、これは問題だな。
俺のことは怖くないのだろうか。
一番、悪いことをしそうな格好をしている黒ずくめなのだが。
宿は裏路地のヤバそうなところは避けた。
お嬢さんを連れていけるような宿ではない。もちろん一発ヤるだけなら別だ。
一本裏通りにある、知る人ぞ知る感じの比較的綺麗だが値段は手ごろな宿屋を見つける。
「よし、ここにするか、いいな?」
「はい」
ラティア嬢はまだ俺の服の裾をギュっと握って離さない。
よほど怖い思いをしたと見える。
ドアを開け、受付を済ませる。
宿屋の主人は、俺をしっかり見た後ラティア嬢をさっと見ていぶかしむが、見て見ぬ振りをして、何食わぬ「俺は何も知らないですよ」という顔で鍵を渡してくる。
「くれぐれもトラブルはご遠慮ください」
「分かってるって」
俺はできそこないの笑顔を貼り付けて、それに応じる。
ラティア嬢も怖がりながらも笑顔を浮かべて店主に頭を下げる。
店主はその時初めてラティア嬢の顔をはっきりと見たのだろう。
鼻の下を伸ばして店主は一言。
「いくらだ?」
「は?」
俺は一瞬意味が分からなかった。宿代を払ったのはこちらだ。
「その子、いくらだったの? 後で俺にも貸してくれる? それでいくら?」
「は?」
「奴隷でしょ? いくらで買ってきたんだい? それとも化粧もしてないけど娼婦なの?」
「どっちでもない。知人だ」
「うそん」
「本当」
俺は店主をにらみつけるが、平気な顔をしている。
無駄に場数を踏んだこういう店主は質が悪い。
「そんな見え見えの嘘ついてもダメだよ」
「本当に知人だ。シメるぞ」
「ひっ、こわ。これだからウォーロックはおっかねえ」
「分かってるんだったら、黙ってろ」
「あーはい。すみませんね。で一発だけでいいよ、いくら?」
「貸出するわけないだろ、頭に魔法叩きこむぞ」
「うひょおお。こりゃあ失礼。どうぞごゆっくり。げへへ」
エロい顔を浮かべて、俺たちを奥に促す。
ラティア嬢の顔を見たら、目に涙を浮かべているが、声を上げて泣かないように必死に我慢していた。
俺の服の裾はシワがよって、痛そうなぐらいギュッと強く握られている。
こんな子になんてことを。守らないと。
そんな感情になるのは俺の中では非常に珍しい。
部屋に入り、内鍵をおろす。
これで、あのゲスい店主も入ってこれない。
「まったくクソ店主だったな」
「はい」
ラティア嬢は鍵を見て、ほっと胸をなでおろす。
その表情はまだ硬いけど、少しだけ安心したように無理やり笑って見せる。
「ところで、俺がラティア嬢を襲う可能性については、考慮しなくていいのか?」
「そういうことしない人だと理解しているつもりです。これでも人を見る目には自信があります」
「それでも、男は男だ」
「知っています。でも、あなたになら襲われても文句は言いません。金貨前払いですから」
今度の彼女はニッと笑って見せる。
冗談のつもりのようだ。全然笑えていなくて、痛々しいから可哀想だけど。
その健気な姿勢は、儚い美少女そのもので、このまま保存したい。
「私なんかの処女でも、高く、買ってくれるんでしょうか?」
「ちょっ、本当に処女なのか?」
「そうですよ、悪いですか。まだ体を売ったことはないです。いくら貧乏でも、エルフは体を安く売るものではないと、強く言われて育ちましたから」
「ああ、そうだろうな」
エルフは見目がいいため、奴隷でも娼婦でも高く売れる。
体を売るのは最終手段だが、安売りをしてはいけない。
もちろん本意は、誇り高いエルフは誰にだろうと体を売ってはいけないという意味だ。
そんな彼女が、優しく微笑む。聖母様のようだ。
「でも、あなたになら、抱かれても、いいです。売春がダメなら、無料でも、いい……」
「簡単に言ってくれる」
「簡単じゃないです。一大決心ですよ、これでも」
「そうなのか」
「はい」
顔はまた真っ赤になっている。
冗談にしても、本当にしそうで困る。
俺が真剣な表情で見つめてやると、耐えられなくなったのか視線を逸らす。
その流し目がエロい。
誘っているわけではないのだろうが、彼女の顔は整いすぎていて、どんな表情をしても、見ているこっちは劣情を催すようにできている。
無垢な少女が一生懸命誘っているようで、背徳的だとさえ思う。
「じゃあ、ほら、こっち来い」
隣のベッドに腰かけようとしていたラティア嬢を俺のベッドに誘う。
「ひゃい、その、優しくしてください」
「ああ、約束する。優しくする」
俺の横に立っているラティア嬢に、俺は魔法袋から、桶を渡す。
「はい? 桶ですね」
「ただの桶だ。しっかり持って」
俺はそこに、魔術でお湯を注ぐ。
こういうとき魔術師は便利だ。こういうことができる。
俺は最後にタオルを出すと渡す。
「お湯それからタオルですね」
「そうだ。向こう向いてるから、そっちで後ろ向いて服脱いで、体を拭くといい」
「あ、あの……」
「なんだ」
「ありがとう、ございます。何から何まで」
「いいんだ」
ラティア嬢は顔を赤くして、隣のベッドに戻り、こっちを見てくる。
「向こう、向いててくださいよ。ルーク様だから見ててもいいですけど……」
「いや、見ない。聖母ラルクーシア様に誓って、向こうを向いている」
「えっそこまで、私の裸、見たくないですか? やっぱり汚くて貧相ですもんね。なんだかショックです」
「そう言う意味ではない。君の体は綺麗だ。美しすぎるから、暗黒魔術師には眩しすぎるんだよ」
「ふふふ、暗黒魔術師さんですか」
「そうだ」
彼女は笑って、向こうを向いたと思ったらワンピースを脱いでしまう。
綺麗な背中、細い体が見える。
おっといけない。俺は聖母様に誓った身だ。後光に消し炭にされないように向こうを向いた。
「んっ、ふふん、ふんふん」
彼女が鼻歌を歌いながら、体を拭いている。
「お湯、気持ちいいですよ。ありがとうございます」
「ああ」
部屋は鼻歌以外静かだ。
他にはたまにお湯を絞る音がするだけだ。
なんだか想像すると、すごくエッチなので俺は緊張してくる。
「お湯で体を拭くのも久しぶりだったので、うれしいです」
「よかったな」
「はいっ」
お互い背中を向けて、たまに会話をする。
なんだかこそばゆいというのだろうか。こういうことは経験したことがないので、表現が難しい。
彼女の体は、いい匂いがするので、それが薄まるのは残念ではあるが、埃まみれなのは女の子には辛かろう。
「ありがとございました。終わりましたよ」
「ああ」
俺がラティア嬢のほうを向いたら、もう茶色いワンピースに戻っていた。
なんだか残念な気持ちもあるが、ほっとした気持ちもある。
「じゃあ次は、私がルーク様をお拭きしますね」
「はあ?」
「え、ダメなんですか?」
「自分で言ってる意味を考えてくれ」
「よく分かりませんでした」
これだから無垢は困る。
■4.身体的接触による強化
宿屋の一室。
俺とエルフの美少女ラティア嬢は、同じ部屋にいた。
「じゃあ次は、私がルーク様をお拭きしますね」
これだから無垢は困る。
「つまりだな」
「はい?」
「男の体を女が拭くのをな『ソープ』って言うんだ。ソープ。聞いたことないか?」
「ソープ。えっ、やぁん。私ったら、はしたないわ」
急に顔を真っ赤にして、そっぽを向いたと思ったら、顔を覆ってしまった。
よほど恥ずかしかったらしい。
ソープは売春の戯曲表現として、非常によく使われる。
本来の「男性の体を隅々まで女性が体を使って綺麗にする」という意味を知っている少女は少ないが、エッチなことをするという意味は知っているのだろう。
「ち、違います。誤解です。せ、背中だけ」
「ああ、だろうと思った」
「もう、分かってるなら、茶化さないでください」
「悪い悪い」
俺は上半身裸になると、桶に入れた新しいお湯をラティア嬢にお願いする。
俺の背中をラティア嬢がタオルで拭いていく。
たまにすべすべの素手でもペタペタ触ってくる。
非常にイケないことをしている気がしてくる。
「なんかラティア嬢の魔力を感じる」
「分かりますか、それがエンチャンターの能力です」
「ああ、暖かい魔力だ。美味しそうだ」
「私の魔力、美味しそうですか? ふふ、よかったです」
魔力にはなんとなく、味や匂いや温かみなどがある。
もちろん不味く感じたり、不快に感じる魔力も存在する。
特に本当に禍々しい魔族の魔力とか、吐き気がしそうなほど不味い。
その点、ラティア嬢は、イメージそのものの清純そうな魔力だ。
とても澄んでいて素直で、よい感情が伝わってくる。
一番近いのは聖水に含まれる魔力だろうか。
そう、神聖な気配を感じる。
これは確実に処女なのだろう。でなければここまで淀みが全くないのは、奇跡に近い。
「かゆいところとかないですか?」
「別にない」
「じゃあ、軽く肩、揉みますね」
今度は彼女が、力とそれから魔力を少し注入して、肩をほぐしてくれる。
なんか、ぽかぽかとしてくるし、めちゃくちゃ気持ちがいい。
今はどこにいるか分からないが、俺の妹も、エンチャンターの素質が少しあったので、小さい頃一緒に戦闘をしたことがある。
妹の魔力も澄み切っていて、とても綺麗だった。
あれにとても似ている。
基本的に小さい頃のほうが魔力に不純物が少なく、だんだん濁って汚れていく。
そのため魔力効率は年齢と共に下がっていくと言われている。
ラティア嬢はこの年齢の少女にしては、異常なほど汚れをこれっぽちも感じない。
どんな生活をしていたら、こんな綺麗な子ができるのか、不思議にすら思う。
俺は一見邪悪な黒魔術師だが、使う魔力は逆に澄んでいる綺麗な魔力を必要としている。
矛盾しているようだが黒魔術師は、黒水晶やドクロなどを装備して「邪を祓っている」のだ。
これは暗黒面に落ちた禍々しい魔力を使う魔族とは決定的に違う。
ほとんどすべての一般人はその辺を誤解しているようだが。
黒魔術師は、静謐な清らかな魔力を持って、その役務をこなす。
気が付いたら朝だった。
マッサージの途中で寝てしまったようだ。
体を起こすと、すでに起きていたらしいラティア嬢が満面の笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます。今日もいい朝ですね」
「ああ」
俺はなんだか釈然としないが、ラティア嬢の顔は非常にかわいい。
なんか、この顔さえ見れるなら、他の事はどうでもいいかもしれない。
「結局、昨日は寝てしまったか。すまない。ベッドに寝かせてくれたんだろ?」
「はい。思ったより大きくて、大変でした」
愚息のことではないのだろう。俺の体型の話だ。
紛らわしい言い方しないでほしい。
「それで、あの、男性って朝のご奉仕しないと苦しいって聞いたんです。しないと、いけませんよね?」
「どこのどいつだ。朝のご奉仕とかホラ吹き込んだのは」
「嘘なんですか? えっええっ」
ラティア嬢は朝から顔を真っ赤にして首を振る。
ハレンチな自覚は当然あるのだろう。
「いや、貴族などでならご奉仕は嘘ではないが、別に苦しいわけではない。構わなくていい」
「よ、よかったです。ちょっとまだ覚悟が……」
「ああ、すまんな」
「いえ、早とちりした私が悪かったです」
とてもいたたまれない。
目が泳いでいる。お互い次の言葉が出ない。
「あのな、一つ誤解を解きたい」
「なんでしょう?」
澄み切った清らかな青い瞳で、俺を見つめてくる。
その瞳に吸い込まれそうだ。
俺に彼女のチャームの魔術が掛かっているのでは、と疑いたくなるほど綺麗だ。
「ご、ごほん。黒魔術師は、清涼な魔力を大量に必要としている。当たり前だが、処女、童貞は優先されるべき重要要素だ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだ。だから俺は、ラティア嬢に、何もしない」
「そうなんですね。ホッとしました。でもなんだか残念です」
「できれば、俺のパートナーになってくれるなら、処女で清らかな体でいてほしい。もちろん心もだ」
「はっはい。が、頑張らせていただきます」
「頑張るというか、何もしないでくれ、変なことは」
「はいっ」
笑顔を再び見せてくれる。
なんだか、よく分からない信頼を得たようだ。
「それでは、朝ご飯を食べようか」
「お腹すきました~」
お腹をさする彼女はなんだか昔の妹みたいでかわいい。
朝食をその辺の屋台で済ませた。
冒険者ギルドの依頼板によれば、ゴブリンが繁殖しているという情報が載っていた。
俺たちは町を出て、その近くの森へと向かう。
「ゴブリンの巣なんですよね」
「そうだな」
「私、その、戦闘職ではないので、こういうの初めてなんですけど」
「大丈夫だ。俺は何回も経験がある」
「危険度ランクは?」
「冒険者ギルド認定難易度ランクCだな。パーティーでランクCであれば苦労するが倒せるレベルだ」
「私たちはペアですし、私は戦えないので、実質ソロですよね」
「そうだな」
とにかく早足で、現場に向かった。
日帰りで帰りたい。なるべく余裕を持って。
野営は何から何まで、面倒くさいのだ。
特にメンバーが少ないと、夜警が回せないので困る。
「えっとソロのランクBだと、パーティーのランクいくつ相当なんですか?」
「状況によって異なるので、何とも言えない」
「敵は今回は多数ですね。個々の脅威度はランクEですけど、数が多いです」
「そうだ。俺たち向きだ」
「敵が多いのに?」
「言っただろ、俺は範囲魔法で一網打尽にできる」
こうして現場付近に到着した。
すでにかすかだが、ゴブリンの悪臭がする。
実際の悪臭と、邪悪な魔力の臭いの両方を感じる。
目標を発見。
俺たちはゴブリンの集落を目前に、木陰に隠れている。
「作戦通りで頼む」
「といっても、背中から離れるな、ですよね」
「そうだ。いくぞ」
「はいっ」
俺が走る。
すぐ後ろをラティア嬢がついてくる。
身体能力は俺と同じくらいか、むしろエルフである彼女のほうが身軽だ。
エルフは筋力はそうでもないが全体的に素早い。
ラティア嬢は気休めではあるが弓を装備して背負っている。
クラスは自己申告制というか、自分で名乗るものなので、アーチャーのクラスでなくてももちろん弓を使ってもいい。
ただそれが一番得意ではないという認識なのだ。
ゴブリンの集落のど真ん中まで、一気に走ってきた。
「さあ、ゴブリンども、どこからでも来い」
『ゴブゴブ、ゴブゴッ』
『ゴブゴブ、ゴブッ』
『ゴブ。ゴブッ、ギャギャ』
ゴブリンたちが騒ぎだして、だんだん集まってくる。
「もっとだ。もっと集まっていいぞ」
すでにラティア嬢は緊張して固まって俺の背中に張り付いている。
背中が温かい。
それだけじゃない。すごく柔らかいものが左右に並んで二つ押し付けられている。
さらに「はぁはぁ」という息遣いが至近距離でする。
手は腰に回されていて、まるで恋人同士がじゃれて抱きついているみたいになっていた。
なんだか劣情を催すが、それどころではないので、邪心を振り払う。
「始めるぞ、ラティア」
「は、はいっ」
背中に押し付けられた体全体から、ラティア嬢の魔力が流れ込んでくる。
さらに俺の中の魔力と混ざって、制御されているのを感じる。
エンチャンターの効果だ。
「イノセント・エリア・ファイア」
ボワッと周囲が燃え上がる。
『ギョエエエ』
『グギャアア』
『ギャアアア』
広範囲のゴブリンたちが悲鳴上げて、火だるまになっていく。
いつもの範囲の倍はある。威力もこの前より格段に高かった。
炎の業火は、すべてを焼き尽くして、後には灰と魔石だけが残される。
「すげえな」
「そうですね……すごいです」
俺はラティア嬢のエンチャンターの能力をほめたのだが、彼女は炎の範囲魔法をすごいと言っているようだ。
これは俺の力じゃない、彼女あっての力だということは、俺が一番知っている。
「よし、このまま続けるぞ」
「はいっ」
余計にギュッと背中にくっついてくる感触がある。
背中には柔らかいものが押さえつけられていた。
その感触がたまらない。
「プラチナ・エリア・アイスブリーズ」
俺はこの際なので、違う魔法も試してみる。
氷魔法だ。凝結魔法ともいう。
ゴーストには効かないが、森の中や船の上など火が燃え移りそうなときには、重宝する。
あとは火に耐性があるファイアドレイクなどを相手にする時とか。
ゴブリンどもは氷漬けにされて、動かなくなる。
そして氷が割れる。中身ごと粉々に砕けたのだ。
もちろんゴブリンは粉粒になって、全滅した。
後には魔石が残るのみだ。
「すごい」
「ああ、そうだな」
生き残りのゴブリンたちは、それを見て怒り狂って余計集まってくる。
頃合いを見て撤退という思考はないのだろうか。
俺たちはこの作業を続けて、ゴブリンの集落は、すぐに全滅した。
今は落ちている魔石を拾い集めている。
「簡単でしたね」
「ああ」
ラティア嬢も少し離れている。
生き残りがいるかもしれないので、警戒は怠らないが、それでも戦闘中ほどではない。
「あの、私、すごいドキドキしました」
「そっか」
「はい。とても強くて、頼りになって、素敵だなって」
「惚れちゃったか?」
「はいっ」
「おいおい」
「冗談ですよーだ」
「そうか」
俺がそっけない態度を示すと、ぷいぷい頬を膨らませて不満顔になった。
そう言う表情もするんだな、なんだかかわいい。
一応これは怒っているのかな。
俺たちは依頼を完遂して、冒険者ギルドに戻った。
もちろんギルドにはラティア嬢に行ってもらう。
戻ってきた彼女はやはり金貨を袋で持っていたが、ちょっと焦っている。
「あ、あの、ルーク様」
「どうした」
「なんでも『ウォーロックのルークという人をドルボという人が探している』そうでメッセージは『至急パーティーに復帰してほしい』だそうです。お尋ね者になってました」
「あいつ……」
「どうするんです?」
「今更、復帰なんてするわけないだろ、アホか」
「そうですよね。別れ際の台詞なんて、ひどかったの覚えてます」
「だろ。今更戻れと言われても、もう遅いんだよ」
ラティア嬢の話によると『勝手にパーティーを抜けたルーク』の代わりにドルボは凄腕ランサーで埋めてみたものの、そいつは俺のようにうまく立ち回れず、すでに散々な目に遭っているとか。
それでなんとしても俺に復帰してほしいようで、周辺の街にお尋ね者ウォンテッドの依頼を金を掛けて早馬で出しているらしい。
さすがにAランクパーティーのお家騒動は、冒険者たちの格好の噂話らしく、ギルド内で話している人が何人もいたのを耳を立てて聞いてきたようだ。
「俺はソロいや、ペアのほうが好きだからな」
「好きって言いました? 私のことですか? そうですよね?」
「ラティア嬢の能力が好きだと言ったんだ」
「それって私が好きってことと同じですよね、もう一回言ってください。ラティア好きって」
「いいだろ別に」
「よくないです。むふぅ」
ラティア嬢のことは、ぶっちゃけ好きだ。
それも一目惚れだ。彼女は神秘的で聖女のようでとてもかわいい。
それからエンチャンターとしても、こんないい人材はいない。
公私ともに仲良くしていきたい所存である。
■5.踊り子の服
さて俺たちはゴブリンも倒し、報酬の金貨も手に入れた。
実を言えば、ゴーストの欠片の換金額のほうがゴブリンの報酬よりはるかに高い。
しかし「闇の聖職者」たる黒魔術師ウォーロックであるから、ゴブリンのような本当に卑怯な連中を放っておくことなどできない。
卑怯と言えばドルボは俺を探しているらしいが知ったことではない。
「ゴブリンなんだが、知っているとは思うが女性を攫って犯すというのは本当だ」
「え、うそ、そうなんですか……」
冒険者ギルドの中で次のクエストを探すように掲示板を見ながら雑談をする。
隣にいたラティア嬢が俺の後ろ側に回ってきて抱き着いてきた。
最初少し震えていたが、だんだん収まってくる。
「私、本当はゴブリン、すごく怖かったんです。はじめての本格的な戦闘で」
「そっか」
「はい。以前、ちょっとだけ戦った時に、襲われそうになって」
「そうか、それは災難だったな」
「ルーク様にくっついていたから我慢できたんです」
「ふむ」
「もっと、もっと強くなりたい、もう足手まといは嫌です」
俺にギュッと腕を回してくっついてくる。
また背中に柔らかい膨らみがこれでもかとくっついてくる。
ドキドキしている心音すら感じられた。
その感触はまさしくラティア嬢が生きている証だ。
はぁはぁはぁという彼女のなまめかしい息遣いが俺のすぐ後ろから聞こえてくる。
俺はエンチャンターの能力により自分の魔法が格段に強化されたのを実感している。
しかし彼女は俺の彼女なしでの攻撃力を見たことがないので、自分の功績を評価できていないようだった。
だから自分自身の力を過小評価しているのだ。
「体の相性がいい」かはともかく彼女のエンチャンターの能力は俺が保証する。
「あの、私、強くなります。決意しました」
「そうか」
「踊り子の衣装、着ます」
「え、いいのか?」
「はい」
「どんな服か見たことあるのか?」
「はい、一度だけ、酒場で。……すごく布が少なくてびっくりしました」
「じゃあ、やめたほうが」
「いえ、着るんです。エンチャンターの能力って厚着より薄着のほうが効果が高いんです。だから、踊り子の衣装って本来はエンチャンターの衣装だったんだそうです」
「そ、そうか。なら俺は何も言うまい」
「いままで活躍する機会もなかったし、すごく恥ずかしいから着ようと思わなかったけど、うん、私プロのエンチャンターになるんです」
踊り子の衣装とは。
端的に言えば、すごく小さなブラとパンツに装飾がついたものだ。
装飾品は魔術的作用があり、増幅効果がある。
本職の踊り子はダンスを踊り神にささげることで、補助魔法の効果を出せる。
神は彼女たちの「肉体美」を是としている。はるか昔は全裸で奉納舞をしていたらしい。
一般人の前では普通のワンピースのような衣装を着ていたのだが、しかしやはりエンチャンターのような直接的なものより効力が低い。
そこで考え出されたのがあの露出度の極めて高い、必要最低限の部分のみを覆う服装、いわゆる紐ビキニタイプだった。
また装飾品は非常に高価だがそのぶん増幅効果が高くなる。
ただあの布なんてほとんどない服なのに一体型になっている装飾品のせいで値段はバカ高いらしい。
そのため露出度の最も高い踊り子の衣装を着せて踊らせるのを、王侯貴族が見世物として好むという、イヤらしい文化がある。
エンチャンターはそうではないが、踊り子は分類上は娼婦の一種だ。
つまり、そういう扱いだということだ。
彼女は処女の踊り子になる、と言っているのだ。
いくら服の起源がエンチャンターだろうと、あんな露出服恥ずかしいだろうに。
「いいか、俺は一応反対する。自分の身を犠牲にまでするものではない」
「いいんです。私、弱いから」
「弱くはない。はっきり言うが俺の範囲魔法は倍ぐらい強化されていた」
「倍ですか……」
倍と聞いて、目を丸くするラティア嬢。
ほんのり頬を染めて「倍、倍……んっ」とつぶやく。
「やっぱり体の相性、いいんですね」
「え、そうなのか?」
「前、野良で組んだ人は半分も強化されませんでしたから」
「それは、たぶん……」
「たぶん?」
そいつが下心からのゲスい人種だったからだ。
彼女の魔力はとてつもなく澄んでいる。
当たり前だが女性をとっかえひっかえしてただれた生活をしているようなヤツの魔力は汚れていて、その汚れた魔力ではラティア嬢の綺麗な魔力と合うはずがない。
「そいつの魔力が汚れていたからだよ。綺麗じゃないと合わないんだ」
「そうだったんですねっ」
ラティア嬢が俺の背中にくっついたまま、嬉しそうに小さく上下する。
う、うん。上下すると体にくっついた柔らかい膨らみも上下に揺れて、ぷるんぷるんという感触があってたまらない。
魔力の汚れは生活習慣と呪具などのお祓いグッズ、性行為の頻度で決まる。
性行為はなければないほうがよい。理想は処女、童貞だ。
坊主は肉を食わないがあれも一種の願掛け、または自己の呪いだ。
別に肉を食わないという誓いを立てなければ関係はないので、俺は肉は普通に食べる。
俺の最大の禁欲の誓いは童貞を貫くことだ。
まぁ世の中には肉を食う生臭坊主と呼ばれる人種もいるが、あいつらは他の面でも汚れきっていて、今更肉くらいどうということもない、ということだろう。
あまりにもラティア嬢がくっついてくるので、俺の禁欲の誓いを破らせようとする罠なのかと思うくらいだ。
しかし彼女の顔を見ると素でやっていて悪気はないのだろう。
いつ見ても聖女様のようなかわいらしい無垢な笑顔だった。
「それで踊り子の衣装、買うのか?」
「はっ、はいっ。どこで買いましょうか」
「ギルドのじゃダメなのか?」
「あ、そうですね。ギルドでも売ってるかもしれません」
ということでギルドの売店でお買い物となった。
「すみません店員さん。あの……お、おお、踊り子の衣装っ、く、ださい」
「踊り子の衣装ですね?」
「はぃ」
「露出度が非常に高いのですが、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶでしゅ」
彼女は顔を真っ赤にさせて、まるで沸騰したヤカンのようだった。
緊張しており、台詞も噛み噛みで、恥ずかしそうに小さい声で答えた。
商品棚ではなく後ろの保管室から出してくれた。
「試着したほうがいいですね、胸のサイズがあうといいんですけど」
「はぃぃぃ」
彼女の手に踊り子の服「紐ビキニ」が渡される。
確かに手に乗っているが、布なんてほとんどなかった。紐だ紐。
その紐に魔術用の金属の装飾がついていて豪華だ。
試着室に入っていく。
しばし待つ。
彼女が試着室から出てきた。
「どう、ですか?」
「ああ、似合っている」
真っ白い綺麗なつやつやの素肌。
その上に申し訳程度にブラとパンツがついている。
紐部分には黄金色の装飾品がスダレのようについていて、なかなか煽情的だった。
無駄なぜい肉がまったくない。例外は大きな胸だけだ。
理想的で綺麗な丸い形をしていて谷間がある。
お尻は小さめで手足も細い。
スレンダー巨乳はこれでもかと、ギルド内でもとても目立つ。
「ひゃうぅぅ……恥ずかしいです」
「まあ、そうだろうな」
「でもでも。これで威力は格段に高くなりますね。私たち、最強ペアです」
「そうかもしれないな」
上から羽織る茶色いマントを購入した。
普段はあの衣装の上にマントを着て移動する。
再び掲示板を眺める。
「じゃあこれ、オーク村討伐」
「オーク!」
「そうだな。オーク」
「オークもその……女の子を」
「そうだ。ゴブリンと同じ感じだな」
「そうですか。私たちの敵です」
「うむ、これでいいか?」
「はい」
ラティア嬢はなにやら決意めいた表情をして、ぐっと手を握った。
そうして冒険者ギルドを出て、町の中をすたすた歩いていく。
ラティア嬢はなんだか赤い顔をしている。
「なんだか顔が赤いが、大丈夫か?」
「いえ、大丈夫、です。なんだか中がすーすーするんです。そのマントの下が踊り子の衣装なの意識してしまって、見られてるんじゃないかって気になって」
「大丈夫だ。ちゃんとマントで隠れているだろ?」
「はい……私、自意識過剰、なんですかね」
「そんなことはないさ。あんな服を下に着ているのは事実だ」
「はいっ」
確かに視線を気にして歩くと、こちらへ視線をよこす人は多い。
みんなラティア嬢を見ているのか。
確かにべらぼうにかわいいからな、ラティア嬢は。
それにマントの上からでも胸が目立つのだ。
門を通るときに誰何された。
「どちら様ですかな。マントは脱いでください」
「ひゃいっ」
ラティア嬢の声が上ずっていた。とたんに顔が真っ赤に染まる。
そっとマントを脱ぐ。
ラティア嬢のまぶしいビキニ姿が陽のもとに晒される。
門番は上から下までじっくり眺めて鼻の下を伸ばした。
「ほほぅ、踊り子さん?」
「いえ、エンチャンターで」
「へぇぇ、踊り子のエンチャンターさんなのね。珍しいね。頑張って」
「はぃぃ」
そっとマントを戻して俺たちは町を後にする。
そうしてこうして森の中のオーク村に到着した。
「じゃあ、戦闘準備をお願いする」
「分かりました。脱ぎますね」
なんだか全裸になるみたいなイメージが浮かんできたが、ビキニになるのだ。
森の中、素肌を晒すラティア嬢の場違い感がすごい。
確かに美しい森の妖精みたいだけども。
さて、戦闘でやることはゴブリンと同じだ。
違うのは俺の後ろにくっつているラティア嬢がほとんど全裸同然の紐ビキニだということだ。
柔らかい二つの膨らみが俺の背中に押し付けられていて、ぽよんぽよんと感じる。
回された腕も、下に見える生足も服を着ていないかのように錯覚するほどだ。
確かにごわごわしたワンピースの服越しより、ずっと素直に魔力が通るのを感じる。
体の相性がいいって実は全裸で抱き合うって意味なのかもしれない。
それなら辻褄があう。
「これならいける」
オークはゴブリンとは違い、巨体で筋肉質だ。
ちょっとやそっとの初級火魔法程度では豚の丸焼きにはできない。
『ブゥブゥ』
『ゴゴ、ブブゥ』
すでに目の前にオークの群れが迫ってきていた。
「ではいくぞ」
「はい」
ラティア嬢の魔力が素肌を通じて感じる。
この布切れ一枚もない感じは確かに変に癖になりそうな快感がある。
すっと魔力が通って気持ちがいい。
「イノセント・エリア・ファイア」
使うのはいつものユニークスキル範囲火魔法。
ただし威力は段違いだ。
"天国"の清らかな炎の業火がオークの群れを豚の丸焼きに変えていく。
「す、ごい」
「ああ、すごいな」
俺たちの周りにいたオークたちは次々と倒れていき、立っているオークはついに一匹もいなくなった。
「私、エンチャンターの効果、こんなに……」
彼女が後ろからぎゅっと俺を今まで以上に抱きしめてくる。
その手は震えていた。
「こんな、すごいなんて……」
後ろからなので見えないが彼女は泣いていた。
「私、はじめて、役にたって。人の役にたって、こんな、こんなにうれしくて」
俺の背中が湿っている。彼女の涙がポロポロと俺のシャツに吸い込まれていく。
ラティア嬢が俺に顔を押し付けて、左右にぐりぐりとこすりつけた。
「生きてて、よかったです」
そこからはもう言葉はなかった。
ただ俺の背中にくっついて、今生きていることを感じているのだと思う。
彼女の初めての自己肯定なのかもしれない。
ずっと「役立たずのエンチャンター」として、後ろ暗く感じていたのだろう。
彼女の心を縛る鎖は今、バラバラになって砕け散ったのだ。
◇◇◇
俺ルークは世界最強の黒魔術師ウォーロック。ユニークスキル「エリア」による範囲魔法が得意だ。
彼女ラティアは踊り子のエンチャンター。もはや「役立たず」ではない。最強の黒魔術師を何倍にも強化する、世界最強のエンチャンターだ。
俺は黒服に黒水晶、黒ドクロのアクセサリーを付けた、人から見たら陰湿な格好をしている。
彼女は普段はただの茶色いローブ姿だ。
しかし戦闘中と宿屋の個室では踊り子の衣装となる。露出度が高く、どう見ても破廉恥で恥ずかしいだろうが、それを上回る威力を発揮する。
俺と彼女の相性はばつくんにいい。
なんだか俺の前でだけ紐ビキニを見せてくれていると思うと、その信頼がとてもいとおしい。
彼女とは処女、童貞の関係を続けている。
戦闘時には背中に柔らかい二つの膨らみがくっついたりすることもある。彼女はことのほか、スキンシップも好きだ。
俺はもんもんとしつつ、貞操の誓いを破ることは決してしない。
俺たちの能力のためにも、彼女との信頼関係を維持するためにも。
これからも魔術師ウォーロックを続けていきたいと思う。
俺たちの人生はまだまだこれから、先は長い。
「ルーク様、今、服、脱ぎますね。……恥ずかしいですけど」
「あ、ああ、頼む」
今日も今日とて、彼女はローブを脱ぎ、露出度の高い踊り子の服になる。
俺と彼女は一心同体となり、世界最強の範囲魔法を放つ。
敵はまたしても一掃された。
(了)
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