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いたるさんのCDを出すにいたるまで

超長文です。読むのをおすすめしません。笑

2012年5月、9年ぶりに東京佼成ウインドオーケストラのお仕事をいただいた。当時、吹奏楽を振る機会などほとんどなかったので、演奏曲目もほぼ全曲初めて振る曲。面白かったけど大変だった。その中に酒井格「たなばた」という楽しい曲が1曲入っていてずいぶん救われた。吹奏楽に疎い私でも知っている「アルヴァマー序曲」や「コヴィントン広場」の断片が垣間見えたりして心をくすぐられるし、中間部も美しい。中間部のクライマックス、バスドラムとシンバルが自分の指揮に合わせて「ドーン」ときてくれた時、内心「このオーケストラは自分の思いに応えてくれる素晴らしい楽団だ」と感激したことを覚えている。

この時が、酒井格という作曲家を知った最初だった。

2013年9月、佼成ウインドからNHK-FM「吹奏楽のひびき」の公開収録のお話をいただいた。当時NHKのプロデューサーだった(故)梶吉さんに、こういう曲はどうかと提案した曲は短い1曲を除き全て跳ね除けられ(苦笑)、これまた自分の知らない曲ばかりのヘヴィーなプログラムとなったが、その中に酒井格「藍色の谷」があった。

これが、酒井格作品を好きになっていくきっかけとなった。

ところが演奏が難しい。ハーモニー進行のニュアンスだったり、虚げな空気感だったり、しなやかに動いたり、焦がれる気持ちの表現だったり、とそうしたことがなかなかうまくできないのだ。というか、指揮で全然導けないのだ。
(いつか、「藍色の谷」で理想的な演奏をすることを成し遂げたい・・)

この時、ゲネプロと本番を酒井さんが聴きに来てくださり、初対面となった。
時をほぼ同じくして、私は佼成ウインドの正指揮者になることになり、吹奏楽作品を片っ端から触れていく中でさまざまな酒井さんの作品を聴き漁ったし、何曲かは酒井さんにスコアをいただいたりもして、気づけばすっかり格作品のファンになっていた。

2015年4月の佼成ウインド定期は、オール邦人作品でプログラムを組んだが、1曲目に酒井格「I Love the 207」を選んだ。この曲の題材となった福知山線の事故からちょうど10年というタイミングということもあった。

これも演奏が難しい。テンポの変化、リズム感、リリカルで細やかなニュアンス。全然導けない。のちにこの日の演奏はCDとなったが、実はCDにいれるかどうかを最後まで迷った1曲だった。ほかならぬ酒井さんが喜んでくれて、少しはホッとしたが。

酒井格作品は好きだけれど、佼成ウインドではうまくできない(自分の指揮では)。そんな思いが強くなり、実はその後2023年まで、佼成ウインドでは「たなばた」以外の格作品を指揮していない。ただ例外が1曲あり、それは後述する。

もっとも、酒井さんご本人との交流は続き、ある時大阪で食事をご一緒した時、「たなばた」の自筆のスコアのコピーをいただいた。改訂前の状態だという。すぐに演奏したいと言ったが、やんわりと断られた記憶がある。

2018年の3月、「響宴」という演奏会を聴きに行った。酒井さんの「静かの海」も演奏され、酒井さんも会場にいらしていた。で、なぜかレセプションに呼ばれてのこのこついていった(遠慮のないやつだ)のだが、なかなか始まらなくて入り口のところでうろうろしていた時、酒井さんのご紹介だったか、記憶がはっきりしないけれど、春日部共栄高等学校の織戸祥子先生と初めてお話をすることになった。織戸先生が仰るには、最近「148の瞳」という曲を酒井さんに書いてもらって、とても素敵なのだという。そう語る織戸先生の純粋な眼に嘘はないと確信、酒井さんにそれはどのような曲なのか伺ったところ、(理由はごくごく限られた人の秘密だが)ぜひともその曲を東北地方で演奏したいと思い、決めかねていた佼成ウインドの東北演奏旅行のプログラムに組み入れ、5月、いわきと仙台で演奏した。これが先に述べた例外の1曲。

この時も演奏を導くのは難しかったが、以前に比べて佼成ウインドも私も少し変わってきたかな、一緒に出来ることが増えてきたかな、という感覚を覚えたのもまた事実である。もう少ししたら酒井格作品を自在に演奏できるようになるかも、という希望が見えてきた。

ただこの時は本来サックスが5本必要なのを無理やり4本にしてもらったりしたので(そこまでしても演奏したかったわけだ)、いつか本来の形で演奏し直したいという思いは残った。

ともあれ、仙台公演のあと、酒井さんと吹奏楽酒場「宝島。」で織戸先生指揮のDVDを見ながら打ち上がったのが懐かしい。そのあと佼成ウインドのスタッフも来てわいわいしたっけ。

話は変わる。

私が高校生くらいの時、自分のいた栃木県出身の音楽家は本当に少なかった。

これはある程度は誤解で、情報がないゆえに知り得なかっただけなのだけれども、栃木県は吹奏楽部も全国大会まで進んだことのあるバンドもほとんどないし、なんとなく栃木県は音楽後進県みたいな思いが自分の中では強かった。渡辺貞夫と、あとは?という感じで。

今は違う。チェロの宮田大さん、ソプラノの森谷真理さん、その他にも沢山の栃木県出身の音楽家が全国で活躍している。

管楽器の分野でも、全国のオーケストラに栃木県出身の音楽家が何人も見られるようになった。(一応、NHK交響楽団ファゴットの菅原恵子さん[←同じ幼稚園出身]をはじめとして、以前から何人もいらっしゃったのですよ、私が知らなかっただけで。ただ、実数が増えているのは確かだと思う。)

その中でも近年印象的だったのは、栃木県出身の瀧本実里さんと山本楓さんが、2019年の第88回日本音楽コンクールのフルート部門とオーボエ部門でそれぞれ1位に輝いたことだった。

栃木県の時代、来たぜ。

瀧本さんはその年の夏、東京音楽コンクールで1位となった時にたまたま私が指揮をしていたし、山本さんもそれまでに何かの仕事でご一緒していたはずである。

で、その年の年末、これも宇都宮出身で優秀なチューバ奏者の田村優弥さんと、餃子パーティでもしようという話になり、瀧本さん山本さんに千葉響ファゴットの柿沼麻美さんを加えて宴会をやることになった。場所はなぜか東京と宇都宮の中間ということで、大宮だったが・・

ところが当日、田村さんはインフルエンザにかかって来れなくなり、結局女子会におっさんが1人遠慮しながら加わる構図となったのだが、この日の宴席がその後「いちご協奏曲」の構想につながるのだから、どこにヒントがあるか分からない。

ファゴットの柿沼麻美さんも栃木県のご出身、数々のコンクールに入賞している素晴らしい奏者だが、自分にとっては何といっても、以前常任指揮者をしていたニューフィルハーモニーオーケストラ千葉(現・千葉交響楽団)のファゴット奏者である。彼女がオーディションを受けに来てくれた時に責任のある立場で関わっていたこともあって、とても大切に思っている奏者であり、もちろん頼りにしている奏者である。ロッシーニの協奏曲をご一緒したこともあった。

さて、また話は変わるのだが、宇都宮市文化会館は2015年以来、2年に一度のペースで東京佼成ウインドオーケストラを呼んでくださっている。なかなかないことなので私たちはとても感謝しているし、楽しみにもしている。この演奏会を聴きにきてくれる、特に若い中高生にとっては刺激的な経験でもあるようだ。

そんな私たちの公演を聴いてくれていた人がそののち佼成ウインドの団員になった。アルト・クラリネット/クラリネット奏者として入団された瀧本千晶さん(現在は新日本フィルハーモニー交響楽団のクラリネット奏者)は宇都宮のご出身で、フルートの瀧本実里さんの妹さんである(すごい姉妹だ)。私の知る限りでは栃木県出身の佼成ウインドの楽員は彼女しかいないので、絶対に地元に紹介したいと思って、2021年6月の宇都宮公演で彼女にアルフレッド・リード「セレナード」のソリストを務めてもらった。この時、またこのように地元出身の素晴らしい奏者に良いステージを作ることができればなあ、と夢を描いた。

その頃、東京佼成ウインドオーケストラは岐路に立たされていた。解散するか、それとも自主運営の団体として存続するか。存続しても以前とは比べものにならないほどの財政規模になる。自主公演も縮小を余儀なくされたところからの再スタート。当然、CD制作などは夢のまた夢となる。

「CD化希望」などとファンに言っていただけるのはありがたいことである。しかし実際、CDを制作するのには多額の経費がかかり、それに比して売上は少なく、かかった経費を回収することは非常に難しい。ごく一部の売れ筋を除き、簡単に言えば金銭的には「作るだけ損」なのだ。

経費を少なくするには、コンサートをまるまるライヴレコーディングしてしまうのが良い。セッション録音はリハーサルから録音までの、演奏者の演奏料から会場費に至るまでの全てを基本的には原盤権を所有する人が支払わなければいけないが、人数や日数にもよるが少なくとも600万円は覚悟しなくてはいけない。ライヴレコーディングならそのコストはいくぶんカットできる。

だから今、民間のプロの吹奏楽団の録音はほとんどがライヴレコーディングか、それでも収支が厳しいとなれば、CD/配信の新録リリース自体が途絶えているか、どちらかである。(もちろん私は、多くの関係者がなんとかしたいともがき奮闘しているのをよく知っている。ただ、状況は厳しい。)

「あの作品のプロの録音が欲しい」という話もしばしば聞く。はっきり言うと、少なくともセッションでそれらの作品をプロの団体がレコーディングしてくれる可能性は、ほとんどゼロです。おそらく今後数十年は。経済的ななにかが変わらない限り。(自衛隊の音楽隊さんは別)

私はライヴレコーディングが好きではない。演奏にミスがあってもやり直しがきかない(ゲネプロも保険として録音はしているが、コンサートの曲目を全てまんべんなくゲネプロしていたら時間もスタミナも足りなくなる)。本来コンサートというのは一回生のもので、そこでは守りに入らず、リスクを恐れずに果敢に表現しようとすることによって生まれる一期一会の瞬間が大切であるのに、録音があるとなると、どうしても冒険できない感覚が奏者にも指揮者にも生まれるからである。少なくとも私はそのように感じてしまう。

でも今、ライヴレコーディングであれどCD録音を残せるというのは、とても貴重でありがたいことなのです。

それでも、私は自分でやるのだったらセッション録音がしたい。スナップ写真ではなくてきちんとした芸術写真を撮りたいのだ。でも今、誰もお金を出す人はいない。だったら、自分でお金を出してセッションを作るしかない。

ただ、完全セッションは経済的なリスクが大き過ぎる。

どうしよう。

佼成ウインドと正指揮者として過ごした10年の結果の、きちんとした記録が永遠に残らないまま(時は戻ってこないのだ)、終わってしまうのか。

そんなことをうだうだ考えるうちに、2023年の宇都宮公演のお話をいただき、主催者の宇都宮市文化会館にご提案するプログラムを考えていくうち、これまで考えてきた全てが1つに収斂するチャンスがあることに思いが至った。

まずはこの宇都宮公演で地元のソリストを迎えて協奏曲を演奏したいということから考えが始まった。コンサートの主催者は通常、集客力のある内容と、その曲目を演奏する意味というのをプログラムに求める。組織にもよるが理事会などでも納得いく説明ができるプログラムでなくてはいけないのだ。「私は絶対この曲を名曲だと思う!」では話は通らない。地元出身のソリストを迎えることは、宇都宮市文化会館が毎年行なっている東京フィルの演奏会(これも私が地元枠ということでずっと指揮させていただいている)でも行われていて、このホールのアイデンティティの1つともなっている。たとえばそれが管楽器のソリストだったなら、聴きに来てくれる中高生にとっても大きな刺激となるだろうし、もちろん大人が聴いても楽しめる。

では誰を?

佼成ウインドが管楽器のソリストを外部から招くのは稀である。なぜなら楽団内にスター奏者が沢山いるからである。誰かをソリストに迎えても「それならば楽団内のあの人のソロで聴きたい」と、むしろお客さんのほうが思ってしまうようなメンバーが揃っている団体なのだ、佼成ウインドは。そんな中「地元出身です」で1人ソリストを迎えても、ソリストのほうが恐縮してしまうのではないだろうか。

ならば、1人ではなくて複数人ではどうだろう。ダブル・コンチェルトか、トリプル・コンチェルトか。ブルバリ「現代音楽」風な曲ではなく、R.シュトラウスの二重協奏曲のような、あるいはモーツァルトの協奏交響曲のような、みんなが楽しめる美しい作品。そんな曲はないから、ええい、もう面倒くさいから自分でお金を出して曲を作ってもらおう。仕方ない、地元のためだ、今まで色々してもらってきたし。そんな作品を作ってくれそうな人、どこにいるかな?

酒井格さんがいる。いや、酒井格さんしかいない。自分でお金を出すならば自分の好きな作曲家に頼みたいのだ。そして、今の佼成ウインドと私なら、酒井さんの音楽を十全に表現できる、今回はそのいいチャンスにもなるぞ、そんな気もしてきた。

ではどんな楽器の組み合わせで?と考えた時に、すぐにあの、大宮で餃子の会をした3人が思いついた。これならばお客さまも佼成ウインドの楽員も納得してくれるだろう。みんな実力者だ。3人のうちの2人だけを抜擢とかもあり得ない。3人でいこう、なかなかない編成だけど酒井さんならなんでも書けるだろう。

それとともに、酒井さんの新曲でソリスト3人も呼ぶとソリストの謝礼もちょっとかかっちゃうんですけど、そのぶん集客のことも考えて同じ酒井さんの「たなばた」も演奏しましょうと。鉄板の人気曲ですよ、なにせ演奏会が7月9日なのでここは良いタイミングでしょうと。

そんな風に、駆け引きしながら、ではないのだけれど、考え尽くして主催者にご提案していくものなのです、依頼公演とは。最終的にご判断をされるのは主催者さんなのですから。

そう考えていくうち、そういえば、「森の贈り物」はフルートのdiv.が多くて編成上なかなか演奏できないのだけれど、ソリストの方々に頭を下げて演奏に加わってもらえれば、実現できそうだ。これをコンサートの最後にすれば、華やかな感じになるだろう。とか、色々と思いつく。そこまで来たら、主催者からの要望のあるコンクール課題曲の演奏以外は、オール酒井格でプログラムを組むのはどうだろうか。

そんな企画の提案は普通はなかなか通らない話だと思うのだけれど、宇都宮市文化会館は思い切ってこちらに預けてくださったので、ありがたくも実現した。「たなばた」「森の贈り物」というヒット作品と新作の協奏曲を担保に、以前演奏して再挑戦したかった「148の瞳」(私は春日部共栄の演奏を携帯の目覚ましの音楽に設定していたくらい、この曲が好きだ)と、ヤマハ吹奏楽団とその常任指揮者、佐々木新平さんにご紹介していただいた「さよなら、カッシーニ」をプログラムに組み込んだ。「さよなら、カッシーニ」の初演のライヴ録音のCDをいただいて、当時で運転中よく聴いてはしばしばひとり涙を流していたのだ。

このプログラムと同時進行で、これを録音したいという気持ちが大きくなる。だけどライヴ録音ではダメだ。最低でも録音翌日の1日間、同じメンバーとホールをおさえてセッション録音をしなくては。もちろんコンサートとゲネプロの録音もしておく。セッション1日分だったら、なんとか個人で費用を捻出できる(それでも宇都宮なので、1泊分の宿泊費を負担しなくてはいけないけれど)。主要パートがエキストラだらけでは録音する意味がないので、その点も色々と探りを入れながら、調整する。レコーディングとリリースをお願いするのはCAFUA一択。大手のレコード会社では自分の企画が潰されてしまうから、小回りのきく、一緒に仕事をする人の顔が見える会社が良い。エンジニアの福田さんの音の作りはとても良いし、制作の後藤さんは本当にCDやレコードが好きな人だ。以前「Talk Live」というニコニコ動画の企画をやった時にも採算度外視の協力をしてくださった。こういう人たちなら信頼して頼める。

楽団の主催公演でないものを録音してCDにして販売する、というのはなかなか虫の良い話で、主催者である宇都宮市文化会館のご理解と許可が必要だったが、寛大にも追加料金なしで許可をくださったばかりか、翌日のセッション録音のホール代などについてもご配慮をくださって頭が上がらない。(セッション録音後、ホール事務所で付帯設備使用料をきちんと支払って帰宅しましたよ。)

CDにすることと、演奏会のプログラミングで最も利害が(私の中でだけ)相反したのは「たなばた」の扱いだ。私は「たなばた」(の現行版)をセッション録音するつもりはない。日本コロムビアから佼成ウインドが渡邊一正さんの指揮で録音した素晴らしい演奏が既にリリースされており、自分が改めてセッション録音する必要性はないと思っている。でも演奏会ではマストだとなった時に思い出したのは、以前酒井さんからいただいた「たなばた」改訂前の自筆譜だった。改めて酒井さんを口説き落とし、ただ一回しか実演しないという条件で演奏許可をもらった。これならば、コンサートで演奏する価値も、録音で残す価値も、両方あると思った。パート譜は結局、佼成ウインドが新しく作ってくれた(ただ1回のために)。私たちには音楽的にとても面白い経験となった。お客さまにとってもそうであったことを願っている。

などと、全ての条件が整って、最終的にやるという決断をしたのが演奏会の3〜4ヶ月前。結構遅かった。それほど慎重になっていた。

演奏は、かつて「藍色の谷」を演奏した頃に比べて、はるかにうまくいくようになったと、内心自画自賛している。今の佼成ウインドと私は以前よりもはるかに、細かく移ろうハーモニーを、詩情を、しなやかに、美しく表現できるようになったと思っている。もちろんこれが到達点だとは思ってはいないが、それでも、この10年間のひとつの結論として良いものが残せて幸せです。

あと「いちご協奏曲」がとても素敵な曲に仕上がった。第2楽章なんか自分のお葬式で流して欲しいくらい。ちなみにこの曲はオケの編成のうちフルート兼ピッコロが1本、オーボエとファゴットはない編成にしてもらっています。佼成ウインドのメンバーだけで演奏できる、あるいは他のプロの吹奏楽団でも自分たちのメンバーだけで演奏できるような編成にしてもらったのです。

さてここまできてしまえば、あとは通常のレコーディング仕事と変わりはない。変わりがあるとすれば、ブックレットのデザインの相談くらいでしょうか。酒井さんとか私の写真ではなく、抽象的なデザインで、落ち着きのあるもので、というのは私の希望。あとはCAFUA後藤さんが良い感じにまとめてくださった。

製品が完成すると、さあこれをじゃんじゃん売りたいという気持ちと、こんな心をこめて作ったものを他の人に渡したくないという気持ちが交錯する。でも売れると少しずつ私にお金が戻ってくる仕組みにしてもらえたので、えげつなくじゃんじゃん売りたい。なぜか。良いものを一生懸命売れば、そんなに金銭的に損にならないんだよということをやりきってみたいし、それに、金銭的なものが回収できたら、当然次のCDを制作したいのだ。酒井格作品集2の続編を夢で終わらせたくない。

このCDは少なくとも今後10年間はサブスクなどの配信には流しません。フィジカルとしてのCDの魅力、配信では聴くことのできない音楽があるということに、中学生の時からCDを買いまくっている私はこだわりたいのです。配信との差別化をしたいのです、少なくともこのCDに関しては。

録音時間が60分に満たなかったので、そのまま出すという案もあったけれど、高校生の頃、長時間録音のがおトクと思ってCDを選んで買っていた私としては、何か付け加えようと思った。酒井さんが若い頃書いたピアノ曲の録音を自作自演でというのをまず最初に思いついたが、プラス数十万円かかる。当日のアンコールに酒井さん編曲のセンバツの入場行進曲を1曲演奏したが、編曲作品は避けたかったし、大体時間が短い。そして他に佼成ウインドと演奏した酒井作品は、前述のようにほとんどないのだ。「藍色の谷」の録音はNHKが持っているので、なかなか買い取るのも難しい。「I Love the 207」はCD化済み。そうすると出せるのは「たなばた」しかないのだ。そこで、2012年に初めて演奏した「たなばた」の演奏をボーナストラックとして収録した。完全なライヴ録音で、一切の修正がないものだ(しようがない)。なにも2種類も「たなばた」を1枚のCDに入れることもないだろうというご意見もあると思うが、そんな事情からほかに選択肢がなかったことと、この文章の最初のほうで書いたように、その録音が色々な意味でこのCDにつながる原点の演奏だということで、あくまでボーナストラックとして捉えていただければ幸いです。