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Nike vs Adidas に学ぶ 小売 x ブランド x デジタル 最前線

2015年頃に本格化したNikeとAdidasの戦いは凄まじいものでした。コラボレーションによる製品開発、SNSを活用したデジタルマーケティング、OMOにD2C/DTC… いま話題のトピックがカバーされており、メーカーや小売業におけるデジタル戦略を検討するうえで非常に優れた教材となります。

両社の歴史は非常に長いものの、筆者は2015年がひとつの転換点だったと考えています。ほぼすべての若者がスマホを持つようになったタイミングに、Nikeからスマホアプリ『SNKRS』がローンチされ、Adidasからは人気スニーカー 『Yeezy』が発売された年だからです。

当時のファッションのことなんて覚えてないよ、という方もいらっしゃると思いますので、順を追って説明していきたいと思います。まずはYeezyというブランドを起点にどんなムーブメントが起こったのか、さらっと振り返ります。

YeezyがNikeとAdidasを狂わせた

Yeezyはラッパーのカニエ・ウェストによるファッションブランドです。最近はGAPとのコラボが発表され、話題になりました。

当初YeezyはNikeとコラボレーションしており『Nike Air Yeezy』というスニーカーを発表しました。Yeezyシリーズは独創的なデザインが特徴で、音楽ファン、ファッション愛好家、そしてスニーカーヘッズを唸らせました。Nike Air Yeezy は2009年、2012年、2014年に販売され、すべて即完売。

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Nike Air Yeezy 2, StockXより

ちなみに Nike Air Yeezy 2の現在の取引価格は2〜300万円(!)。2021年4月には Air Yeezy 1 のプロトタイプがオークションに出品され、約2億円で落札されました(!!)。

現在も「コラボ」はヒット商品を生み出す最高の方法の一つですが、この先駆けはYeezyだったといっても過言ではありません。コラボはブランドAとブランドBの顧客を引き合わせ、1+1が2よりも大きくなるケミストリーを生み出します。また、異様な人気は二次流通市場とも深い結び付きがあり、価格が暴騰することでWTP(Willingness To Pay = 支払い意欲)を高めています。

先日、1千万円以上する "かなり攻めたデザイン" の時計が即完売して筆者はビックリしたのですが、これもコラボならではの効用ですね。

さて、NikeとAdidasの戦いが始まるのはここからです。なんとYeezyはNikeではなくAdidasとパートナーシップを組んでしまうんです。これをきっかけに、仁義なき戦いが幕を開けます。

Adidas をブーストしたYeezy

2013〜2014年にカニエはNikeとの契約を終了し、Adidasへの移籍を発表。2015年にAdidasから『Yeezy Boost』が発売されました。
さらっと書いていますが、これはAdidasにとってかなりの英断です。というのも、Yeezyは面倒なブランドなのです。所有権は100% カニエ・ウェストに帰属していますし、ライセンスフィーは15%ともいわれ、その金額の莫大さゆえにNikeはカニエとの契約を終了したという噂もあるほど。

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adidas Yeezy Boost 350 V2, StockXより

(例外なんていくらでもありますが)ブランドのライセンスフィーは10%を超えるとかなり高い部類になります。米ヤフーからライセンスを買い取ったヤフージャパンは、年間3%のフィーを支払っていたことを明らかにしています。オリエンタルランドがディズニーに支払っているライセンスは6%程度。バーバリーのライセンス契約終了により売上が昨対比30%減となった三陽商会も、英国バーバリーに対するフィーは有価証券報告書を見る限りではおそらく10%未満。こうした例と比べれば、15%の Yeezy ライセンスフィーは高いですね。

それでもYeezyと組んだAdidasは素晴らしい成果を得ました。個人的に印象に残っているのは、Yeezy Boostの発売時にアメリカのスニーカーヘッズたちが行列を作ったことです。これはすごいことなんです。当時アメリカではAdidasのシェアは10%未満。アメリカは野球とバスケの国ですからね。サッカーを基盤とするAdidasのコレクションは、アメリカとは相性が悪かったんです。そんなAdidasがアメリカを熱狂させ、北米市場の売上は昨対比で30%以上の上昇を記録したのです。

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Adidasグローバルの売上推移, Statistaより

熱狂とInstagram

Adidasは販売戦略はアグレッシブでした。Nike時代のYeezyコレクションは2〜3年おきの発売だったのに対し、Adidas Yeezyはおよそ半年に1回のペースで発売。VIP限定オファーや全世界同時発売など、様々な販売方法が用いられ、ファンを飽きさせない工夫が満載でした。

この攻めのマーケティングを後押ししたのは Instagram です。2015年といえば、Instagramのアイコンが変わる前。広告ソリューションが日本で始まったばかりの頃です。当時を覚えている方であれば、Instagramがいかに強力だったか想像に難くないでしょう。

Instagramでは、購入したYeezyの自慢や情報交換はもちろん、発表前アイテムのリークを流す Yeezy Mafia なるアカウントも登場。
Yeezyの箱を大量に手にしたスニーカーヘッズの写真は注目を集め、憧れの的となりました。いや、天敵だったかもしれませんが、、とにかく大盛りあがりだったわけです。

また、カニエ自身が発表前のYeezyを着用してInstagramでリークすることもありました。下記のビジネスインサイダーの記事では、カニエのInstagram活用法をマーケティングの天才と評しています。記事で紹介されているのは、当時の妻 キム・カーダシアンにYeezyの服を着せたうえでわざとパパラッチの前に登場、その後 パリス・ヒルトンに同じ格好をさせてInstagramに投稿するというものです。これはメチャクチャ話題になりました。

バレンシアガは明らかにオマージュとわかるキャンペーンを発表。実にインフルエンスなマーケティングですね。

どこまでAdidasが意図したものだったかはわかりませんが、Yeezyは常に新しい話題を提供し続け、SOV(シェアオブボイス=話題になっている度合いを測る指標)を独占しました。Instagramがなければここまでワールドワイドなブームにはならなかったでしょう。Adidasは苦戦していた北米で存在感を強めるとともに、中国など成長市場でもシェアを大きくしました。

コラボをテコに

Yeezyの独特なフォルムのベースともなった「Boost」と呼ばれるソールは履き心地がよく、Yeezy以外のモデルでも採用されました。軽くて性能が良いため、ハイテクスニーカーと呼ばれ、一つのジャンルを形成します。一方で、スタンスミスやスーパースターなど往年のAdidasスニーカーはローテクスニーカーと呼ばれ、それはそれでクラシックなイメージを作り、人気を集めました。
Adidasはモデル別の売上を公表していないものの、あらゆるモデルが売れていました。筆者は当時表参道のファッション企業で働いていましたが、街ではAdidasばかり見かけたのを覚えています。ほぼ毎日ブティックを偵察し、お客さんのファッションをチェックしまくっていたので確かな記憶です。

「2017年Q4の最も価値のあるスニーカー」サムネがぜんぶAdidas

AdidasはYeezyとのコラボアイテムだけで儲けようとしたのではなく、YeezyをテコにしてSOVを高めて「Adidasブランドそのもの」を強化したのです。素晴らしい戦略ですね。結果的に、トータルセールスは右肩あがりを続けました。

ということでYeezyが作り出した凄まじい熱狂とAdidasの大躍進をかいつまんでご紹介しましたが、Nikeは何をしていたのでしょうか?この頃のNikeは迷走しているように思われていました。しかし、今振り返るととんでもない「仕掛け」をしていたのです。

イノベーションを追い求めたNike

Nikeは2013年、カニエとの契約終了とともに、「イノベーション」に大きく投資することを強調。アプリ開発などを本格化させます。カリスマCEO、マーク・パーカーはもともとはシューズデザイナーとしてNikeでのキャリアをスタートした人物なのですが、デジタルやイノベーションの重要性を説き続けました。経営陣の入れ替えや、IT企業出身者の受け入れなどを実施します。しかし当時はあまり支持を得られず、「なぜ靴屋がITをやるのか」といった批判もありました。

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2006-2020年のNike CEO、マーク・パーカー

2015年、Nikeは満を持してスマホアプリ『SNKRS』をローンチ。アプリで消費者とダイレクトに接点を持つ実験的な試みです。今でいうならD2C/DTCです。最初はニューヨークシティのみでの展開でしたが、手応えをつかんだNikeは対応地域を拡大。

2016年には購買体験のコンサル会社、ヴァージン・メガを買収。これは、実質的にはSNKRSを牽引するロン・ファリスのアクハイヤーでした。
ロンはアクセンチュア出身でハーバード・ビジネス・レビューにも寄稿する、キレキレのビジネスパーソン。ヴァージン・メガ在籍時に、コミュニティ消費や刹那的消費について論文を書いており、その中でNikeアプリにも触れています。ロンは、SNKRSの設計段階からコンサルタントとして関わっていたのです。Nikeはロンとともにニューヨークにスタジオ『s23NYC』を構え、特別なR&D拠点としました。

しかしながら、こうした大胆なアクションに対する市場関係者の反応は微妙で、2015年をピークに、2017年末までNikeの株価は低迷しました。

「未来の小売」を語る ロン・ファリス の講演

スニーカーヘッズの熱狂をDX化

ロン率いるSNKRSの取り組みは、スニーカーヘッズの熱狂をDX化することでした。行列や抽選をデジタル化し、購入の喜びをSNSにすぐシェアできる。AdidasはYeezyという商品で世界をワクワクさせましたが、NikeはワクワクそのものをDX化しようと試みたのです。Adidasの抽選結果はメールで通知されるものだったのに対し、Nikeの抽選は専用アプリSNKRS上で行われ、当選時には「GOT'EM」のメッセージが表示されます。

また SNKRSの進化はDTC、すなわち直販の推進を意味するので、Nikeの直販比率を押し上げました。かつて10%台だった直販比率は2021年には約40%にまで伸びています。直販の最大の利点はデータ収集でしょう。NikeはSNKRSを通じて、ユーザーの属性や好みに関するデータを集めました。Nikeは「本当にこの商品を求めている」であろうユーザーに販売できるようになったのです。インフルエンサーに爆買いされたYeezyとは対照的に、Nikeは転売対策を強めています。

2021年に発売されたOFF-WHITEとのコラボモデルの販売手法は非常に象徴的なものでした。毎日出題されるクイズに参加しなければ購入権が得られない上、50種類もあるカラーリングでどれが届くのかは箱を開けるまでわからない。ファンにとっては楽しく、ファンじゃない人はしっかりフィルタリングされるキャンペーンでした。筆者は無事に「GOT'EM」しました!

Nike Dunk Low x OFF-WHITE, 2021

テック化するNike

Nikeはテック企業のM&Aなども積極的に行い、デジタル化を加速させます。2020年には元ServiceNow CEO、ジョン・ドナホーが新CEOに就任。敏腕テック経営者にバトンタッチするなんて、これ以上ない究極の「DX」です。
ジョンはベインキャピタルで20年以上の経験を積んでおり、SNKRSのロンと同じく戦略キレキレ系。直販率を2025年までに60%を目指すと発言しています。

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白髪のジョン(右)はマーク(左)よりも5歳若い

CEO交代とともにCDO(2016年に就任したばかりの人)がNikeを去り、ジョンが先陣を切ってデジタル改革を進めていくことになりました。2021年にはデータ分析のスタートアップ、Datalogueを買収。

ロックダウンにより、想定外のスピードでDXを推進できているとジョンは語っています世界中の店舗が閉鎖したことにより、Nikeは実質100%デジタルビジネスとなってしまったからです。しかしすでに直販にシフトしていたNikeは売上減少を最小限にとどめ、2021年には再び成長軌道に持ち直しました。2017年に55ドルまで落ちた株価は、2021年に179ドルまで回復。マークもジョンも本当にすごい。しびれます。

勝者は誰だったのか?

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Nike vs Adidas vs Puma, Statista

Nike vs Adidas vs Puma の売上推移を見てみましょう。Adidasはロックダウンの影響を避けきれず、急降下しています。
DXにおいてNikeの後塵を拝していただけでなく、頼みの綱であるYeezyが顧客に飽きられてしまったことも大きな要因でしょう。新型のYeezyが売れず、昔のヒットモデルを再発売したのは決定的な失敗でした。再発売の影響を受けて、二次流通市場で人気モデルの価格が急落。あっという間にWTPを押し下げてしまいました。海外の熱心なファンたちですら「Yeezyはもうクールじゃない」「ハイプは終わった」と言い出す始末。

しかし、Adidasの快進撃は多くのマーケターに示唆を与えました。
・コラボをきっかけに、全商品のブランド力を強化
・SNSを活用して世界的なバズ・レピュテーションを生み出す
・ハイテクスニーカーのようなジャンルを生み出し、製品ポートフォリオを再編

Nikeはデジタル環境が整っていたため、ダメージは最小限。グラフには載っていませんが FY21(5月末決算)は、過去最高売上を更新。彼らから学べることは列挙するときりがないのでコンパクトにまとめます。
・直販化と購入体験のデザイン
・データ収集と転売対策
・究極のDXはCEO交代

今後の小売・ブランドのデジタル戦略

Nike vs Adidas からの学びとして、今後の小売・ブランドがとるべきデジタル戦略を整理してみます。

ダイレクト販売

Apple、Nike、ラグジュアリーブランドなどを筆頭に直販の流れが加速しています。データ収集と購買体験のデザインはあらゆるブランドにとってますます重要になるでしょう。楽天や百貨店のECに出店する際には、直販との差別化をお忘れなきよう。

転売問題

転売されまくってるゲーム機メーカーなどは自社ECに投資して、「売るべき顧客」に売れるようになるべき。また、転売ヤーは高度な技術を持っているので、EC担当者はインフラやセキュリティの知識が欠かせません。予期せず転売が発生する場合は、ユニクロやスターバックスのようにSCMレベルから見直しを行い、十分な供給を確保しましょう。

コラボレーション

今後もコラボは確実性の高い施策となります。しかしどんなに好調でも、再販売や製造量の増加は慎重に行うべきです。希少性がなければYeezyのようにファンは離反するからです。転売は憎いかもしれませんが、二次流通市場はバロメーターとして活用すると役に立ちますよ。

ソーシャルメディア

SNSが再びYeezyのようなムーブメントを作れるかというと疑問ですが、顧客と直接繋がれるチャネルであることは変わりありません。直販アプリなどでDTCが成功したとしても、プッシュ通知が無視されたり、キャンペーンメールが開封してもらえないことは多々あります。SNSを通じて顧客とコミュニケーションすることは今後も重要でしょう。

デジタルトランスフォーメーション

真のDXはNikeから学びましょう。IT企業をM&Aをするとか、高額オファーでデジタル人材を引き抜く、究極的にはCEOを交代するといった覚悟が必要なのです。Nikeに大きな差をつけられたAdidasは1,000億円規模のDX投資をするそうです。そうなる前に覚悟を決めましょう

最後に

カニエ・ウェスト(Ye)が コーチェラ・フェスティバル2022のヘッドライナー出演決定!めでたい!
それがきっかけで久しぶりにnote書きました。

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