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Statcounter の検索エンジンシェアを読む

日本における検索エンジンのシェアが大きく変化しているらしい。その発端となったのは、Statcounter というサイトだ。日本のデスクトップ検索エンジン市場において、Google のシェアは 65% まで下落し、Bing は 28% にまで上昇したという。この衝撃的なチャートはSNSでも共有され話題になったが、識者はこれを鵜呑みにしなかった。

赤がGoogle、青がBing

そもそも冷静に考えて、成熟市場でこのような急激なシェア変動は起こり得ない。あるとしたら、大不祥事が起きたか法制の変化、というレベル。

というわけで、プロならこれをどう読むべきか?を説明すべく筆をとった。

Statcounter とは何か

そもそも Statcounter はウェブサイトのアナリティクスツールだ。LinkedIn に記載された企業情報によると、1999年創業、本社はダブリン。社員は 2-10名。

話題を集めた例のチャートは Global Stats という名称で https://gs.statcounter.com/ に展開されている。Statcounter が集めたデータを匿名化して、コンテンツにしているわけである。調べた限りでは、彼らはそれ以外のデータソースを持っていない。では、Statcounter とはどのようなツールなのか。サブドメインではなく https://statcounter.com/ にアクセスして、彼らの本業を見てみよう。

Statcounter の公式サイト

仕組みはシンプル。Google Analytics と同様で、JavaScript タグを埋め込んで使う。サイトには demo ページも用意されており、操作イメージを確認できる。とてもシンプルな画面だ。なんか懐かしい。

demo

日本は十分にカバーされているか?

公式ページによると、Statcounter は世界中の150万のウェブサイトで使われているようだ。それこそが Statcounter を信じる根拠であるが、エビデンスはない。仮に世界150万のデータがあるとしても、日本のデータはどれくらいあるだろうか。

世界人口に対する日本の人口は 1%ちょっと。単純計算で、日本で 1.5万サイトの導入実績が期待できる。多すぎる。そんなに導入されてるわけない。

公式サイトの Our Customers というページによると、最新の顧客として紹介されているのは 2019年の Healthyarea という orgドメインのサイトだ。しかしそのサイトはもう閉鎖されている。ほかにもいくつか顧客が掲載されているが、海外のマイナーなサイトがほとんどだ。

はたして、日本でどれくらい有効なデータを集めているだろうか。専門家っぽく指摘すると、十分なデータ数がない場合、個々のデータポイントの影響が大きくなってしまい、分散が大きくなる懸念がある。もしも Statcounter の導入企業が3社しかなかったら、1社の影響力が大きくなっちゃうし、平均・正常がわからないよね、って話です。

アナリティクス戦国時代 - そして誰もいなくなった

少し話が逸れるが、そもそも Statcounter は日本で流行っただろうか。

2020年、Visionalist というアナリティクスツールがサービスを終了し、埋込タグの削除を呼びかけたことが話題になった。Visionalist は筆者が一番好きだったアナリティクスツールだったが、消滅してしまった。WebTrends も、Coremetricsも、今はもうない。OSE(Open Site Explorer)のようなオープンソースは生きながらえていて、ときどきヤンチャな SEOツール会社に改造されて販売されている。まあ、この世界じゃよくある話さ。

2009年に Omniture の SiteCatalyst が Adobe に買収され、2015年に改名された。これは決定的だった。この頃にアナリティクスブームは終わったと思う。今や Google Analytics 一択だが、10年前には想像できなかったものだ。

さて。そんな懐かしい記憶をたどっても、Statcounter について思い出せない。当時は無名のよくわからないツールも「とりあえず使ってみる」みたいなムードだったものだが。Statcounter を使っていた人や企業、あったっけ?

むしろ私は、統計データの Global Stats としてこの会社を知った気がする。下記のような記事を見つけた。2012年のものだが、この頃には多くの人に知られた統計ツールになっていた。

この記事によると、当時の顧客数は約300万サイトだったそうだ。ん?さっき確認したときには150万サイトでの導入だったので、10年で半減したということになる。

StatCounterの調査は、世界の約300万のWebサイトの1カ月当たり150億程度のページビューの分析に基づいている。

Google Chrome、世界ブラウザ市場でのシェアが3分の1に――StatCounter調べ(2012年08月07日)

いや、でも150万顧客はすごい。Adobe はなぜこの会社を買収しないんだろうか。

なぜGoogleのシェアが落ちているように見えるのか?

本題に戻ろう。Statcounter の情報を鵜呑みにしてはいけないことは分かっていただけたと思う。ではなぜ Statcounter は Google の下落と Bing の上昇を示したのか。私の推測を書きたい。

Statcounter を使うのはレガシーサイトのみ?

おそらく、今も Statcounter を使っている人は、タグの存在すら忘れているか、操作することもできないのではないか。無料トライアルのタグを入れっぱなしにしてしまう、みたいなことは想像に固くない。そんな中で、10年以上放置されているようなサイトで Statcounter は生きているのではないか。

日本でのユーザーは少ない?

また、日本で Statcounter を使っている人は少ないと思われる。だいたい、母数が十分にあれば、検索エンジンのシェアは多少変化することはあっても、こんなに大きくは変わらないはずだ。

レガシーサイトはBingユーザー?

金融や行政などの業界では、今も Windows XP や Internet Explore が生きながらえている。中小企業の多いエリアで飛び込み営業をすれば、黄ばんだ正方形のモニターを見つけることができるだろう。そうした人たちはWindows のデフォルトアプリで検索し、リファラ情報を Statcounter に開示している可能性が高い。ゆえに「アクセス元:Bing」となるのではないか。

個人情報保護の強化の影響?

これは追加情報だが、Apple をはじめ、多くのデバイスやブラウザで個人情報保護機能が進化している。最新の iPhone でサイトにアクセスした場合、参照元の検索エンジンはアナリティクスツールで判別できない。モダンなユーザーが訪問すると、「アクセス元:不明」となる。

ということで、Statcounter のデータは、そもそも十分なデータ量があるか疑わしく、データの品質にも懸念が残る。そんな中で、レガシーな人たちがBingを使っている。すると外れ値の影響が強くなり、グラフが捻じ曲がるのだ。根拠薄弱なデータをもとに「GPTと連携したから Bing が伸びたんだ」のような飛躍的仮説は立てるべきでない。

ちなみに、他国でも同様の変化が起こるようだ。十分なデータがなく、データ取得方法も怪しいとなると、チャートは歪みやすくなるのだ。

ベルギー、デスクトップ

おわりに

良いデータはたいてい有料で、わかりやすいグラフには制作者の意図が隠れているものだ。疑い深くなって人間不信に陥ってはいけないが、疑問を持ってみることは大切なのではないか。ソースはどこかな?計算は合うかな?と調べてみよう。そして自分の体験や直感も折込みながら、真実を見極める。本記事では、そんなプロセスを紹介したつもりです。参考になれば幸いです。

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