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つくし

 三月も半ばを過ぎると、冬の寒さもやわらぎ、春の息吹が感じられるようになってきます。
 一年のうちで、もっともすがすがしい時候なのではないでしょうか。空気はややひんやりとしていますが、照りつける日差しはあたたかく、かえってちょうどよい体感気温です。植物も虫たちも、この時候をまっていたといわんばかりに活動をはじめます。
 私が住んでいるところの近くに、一級河川が流れているのですが、毎年この時期になると、ビニール袋を手に河川敷へとむかいます。
 河川敷にはさまざまな植物が群生してますが、私の目的はくさむらの中からひょっこり頭を出しているつくしです。近場に河川敷があったり、自然豊かな土地に暮らしている人なら、だれでも一度はつくしを探したことがあるかと思われます。
 つくしの最盛期は三月の半ばから、だいたい四月のはじめぐらいまで、意外と短いのです。季節の変わり目というのは雨が降りやすい傾向がありますが、初春のまばゆい日差しと頻繁な降雨のおかげでぐんぐんと生長するようです。
 ピンと長く伸びた茎の上に、楕円形のあたまがついています。茎の節々には輪状のギザギザな葉っぱが取り巻いていて、それは「袴(はかま)」とよばれています。袴といえば、人間の着物にもおなじ名前のものがあります。主にお祭りやめでたい行事のときなどに身に着けます。いわば一種のおしゃれな着物といっていいのではないでしょうか。もしつくしの「袴」が、その人間が身に着けるその「袴」から由来があるのだとすれば、つくしというものは意外とおしゃれな植物なのかもしれません。それとも、春の訪れを祝ってそういったおしゃれをしているのでしょうか。もしそうだとするなら、なんとも可愛らしい植物だとおもいませんか?
 草や花がたくさん群生しているところならば、たいていどこでも生えているつくしですが、河川敷ならば日当たりのよい斜面などに生えていることが多いです。平地にも生えていますが、どちらかといえば斜面の上方、より太陽にちかい位置にたくさん生えているような印象です。
 宝さがしでもしているように、目を皿にして草むらのなかをさがします。一本でもみつかれば、つづけて近くに何本も生えていることがあります。すでに伸びきって胞子を放出し終えたもの、まだ袴にうもれて生育中のもの、いろいろ生えていますが、一般的にはまだ胞子を放出し終えていないもののほうが見映えも食感も味もよいとされています。とはいえ、口に入ってしまえばみんなおんなじです。よほど枯れていたり変色していたり虫が食っていたりしないかぎり、採取しても問題ないかとおもいます。
 ひとつ注意しなくてはならないのは、あまりたくさん採りすぎると下処理がたいへんです。大人数で食卓をかこむというのなら話はべつですが、一人や二人で済むというのならほどほどのところで見切りをつけたほうが賢明です。でもつくし採りをしていると思いのほか時間を忘れるものです。基本的にずっと中腰の姿勢でいることが多いため、あまり熱中しすぎて腰を痛めないようにしたいところです。
 あとこれは滅多にないことではありますが、河川敷など水辺に近いくさむらにはヘビがひそんでいることもあります。ヘビが得意な人などそうそういないでしょう。足もとの悪い場所や草が深く茂って見通しがよくない場所などではじゅうぶんに注意しながら歩きましょう。
 さて、つくしを採って家に帰ったらさっそく下処理をします。まずは袴をとる作業からはじめましょう。袴の葉はとっておかないと食感がよくないのでかならずとります。これがなかなか手間な作業です。さほど技術がいるわけではありません。軽くつまんで剥ぎ取るようにすればかんたんにとれます。この単調な作業が延々とつづきます。ときどき休憩をはさみながら根気強くやりましょう。長いあいだこの作業をつづけていると、袴にたまった汚れと灰汁で指先と爪のあいだが黒ずんできます。この黒ずみはあとで水洗いしても簡単にはとれません。数日経てば黒ずみはとれますが、気になるという人はビニール手袋をはめて作業するのもおすすめです。
 袴をすべてとったらざっと水で洗い残っているごみや胞子を落とします。そして水にしばらく浸して灰汁をぬきます。そのあいだに熱湯をわかして鍋に塩を入れてからつくしを投入します。ゆでる時間は一、二分程度でしゅうぶんです。ほどよいところでお湯を切り、冷水にさっとさらせば、あとはおひたしにするもよし、炒めて卵とじにするもよし、佃煮にするもよし、お好みに調理するとよいでしょう。
 つくしは一年のうち、春のはじめにしか味わうことができません。
 ついついめんどくさいと思って採るのを控えてしまうことが多いつくしですが、たまには春の息吹がとどけてくれたおくりものをひと手間かけて味わってみるのもわるくないとおもいます。