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松本拓也選手、ファン・サポーターへの挨拶

ブラウブリッツ秋田で5シーズンプレーしたGK松本拓也選手のFC岐阜への完全移籍が1月7日、発表になりました。秋田を愛し、サポーターに愛された松本選手の移籍は少なからず波紋を呼んだのではないえしょうか。だからこそということでしょうか。松本選手自身による挨拶の場が1月11日、あきぎんスタジアムで設けられたので参加しました。会場となった会議室は立ち見がでるほどの混雑ぶりでした。

松本選手には秋田所属時代、何度となく取材に協力してもらいました。一つひとつの質問に対して、間合いをとりながらしっかりと考えて、自分の言葉で答えてくれた姿が思い起こされます。なかでも2019シーズンのホーム開幕戦の取材では、少しだけ松本選手の本質に触れられたような気がしました。

さて、今回の挨拶でもその姿勢は変わらず、秋田に来てFC岐阜に向かうまでの経緯や家族への思い、いちサッカー選手としての生き方について、可能な範囲で胸襟を開いて話してくれていたと思います。

以下、松本選手の挨拶です。余裕がなく質疑応答は割愛しました...後日ひっそりと追記しているかもしれません。

あきぎんスタジアム会議室10時

松本拓也:
誰ですかね。雨男雨女ね(笑)
よりによって。足元の悪い中というか、まだ年始ですね。せっかくの3連休の初日に、朝からお集まりいただきありがとうございます。

リリースがあったように、FC岐阜に移籍することを決めました。実は12月18日にクラブのほうには伝えていました。18日というのは僕はラジオ(BLAUBLITZ on the wave)に出させてもらって、本当はそこで。(18日の)午前中にクラブのほうに伝えたんでね、即日退団というリリースを出してくれという相談をしたんですけど、ちょっとそれはと。契約満了というリリースだったら出せるかもしれないとは言われたんですけど。僕の中で満了という言葉がすごくこう嫌な思い出があるというか、北九州をクビになったという、なんでしょうかね。Jリーグ界というかサッカー界の中で、契約満了というあまり響きの良くない言葉だと僕は思っていて、そういったのはちょっと嫌だなというのがあったので。そこでちょっと予定が崩れまして、可もなく不可もなくという話でラジオをさせてもらったんですけど、そこから26日ですかね、もうひとりの田中雄大のリリースが出たので、皆さんももしかしたらそうなのかなという印象になってしまったのかな。そこは僕がどうこう、クラブがどうこうではないですけど、申し訳なかったなと思います。

僕はそのときからずっとカジ君(ブラウブリッツ秋田広報・梶原昂也さん)には伝えていたんですけど、リリースとコメントをぽんと出していくのはちょっと自分としても嫌だから、何か伝えさせてもらえる場を設けてくれないかという相談をさせてもらって、この場を設けさせてもらいまして、本当にクラブには感謝しています。

今回の移籍に対して、クラブに対して感謝の思いがずっとあります。感謝しているがゆえの移籍になりました。最初、リリースのコメントを12月18日以降からずっと考えて、毎日毎日眺めて添削してとか、色々やって、結局ああいうあっさり的なものだったんですけど。当初考えていたのは、総合的に判断して移籍を決めましたと書こうと思っていたんですけど、それを書くとたぶん、読んだ人は総合的にてなんやというような、いろんな解釈をされると思ってやめたんですけど。今回こういう場をもたせていただいたので、すべてお話できるわけではないですけど、どういう経緯があって移籍を決めたのかを、今回集まっていただいているみなさんにはお伝えしようかなと思います。

正直、やると決めてなにを話そうかというのを考えてきたんですけど、来てくださった人数で話すこと決めようと思って、こんなにいたんでどうしようかなと思ってるんですけど(笑)

2014年のシーズンオフに北九州から戦力外を受けて、トライアウトに。12月の頭にトライアウトがあったので、そこから年末までまったくどこからも話がなくて。そのときの嫁さんもけっこうおなかが大きくなっている状況で、子どもが生まれると。さてどうしようかなと。そろそろ引退かな、家族のことを考えたら引退しなきゃいけないのかな、Jリーグの平均の引退年齢が25~6歳なので、自分も25だったので。平均的な年齢なのかなと思っていました。

ただそんなときに、2014年に北九州で(鈴木)彩貴君と一緒にやっていて、社長(ブラウブリッツ秋田・岩瀬浩介社長)よりも先に彩貴君から連絡があったんですよ。たぶん秋田からオファーが行くぞという連絡が。というのも、トライアウトを見てくれた社長が、彩貴くんに連絡をしてくれて、そのとき松本ってどういう選手だと相談をしてくれて、で、彩貴君が取れるなら絶対取ったほうがいい。良い選手。というふうに伝えてくれて、オファーをいただきました。

いろんな方にそうじゃないよと言われてきたんですけど、でも僕の中では拾ってもらったという感覚がすごくあって。このクラブのためにどれだけできるか。ただそのときは自分もまだまだ経験も無いし、若くて。いまだから言いますけど、とにかく1年試合に出て、結果を残して。1年で結果を残せば上からのオファーがあるだろういというプライドもあってやってたんですけど。ぜんぜん。終わったときも一切、何も話が無く。自分はこんなものだと。

ただここで、2015年の1年でサポーターの皆さんとかと関わっていく中で、町クラブというか、小さなクラブのほうが、違う楽しみ方というか、サッカー選手としての目的を見いだせたんじゃないかなという1年だったんです。そこから少し考え的なものも変わってきて、このクラブで秋田のために何ができるのかを考えるようになって。2015年の自分の年俸は、北九州でもらっていたときの半分以下になって、生活も正直、なかなか厳しい状況で。はじめはもう、それにバイトみたいな感じで、GKスクールを始めさせてもらったんですね。それで指導する立場というものも経験して、また新たな考えや楽しさを感じることができた。もうここまで落ちたから、いろんなことを勉強しなきゃいけないと思って、その当時就いていた代理人の契約を切って、フリーですべての契約交渉だとかを自分でやってみようと思って、会社との交渉であったりというのも勉強していく中で、このクラブの財政状況だとか、ほぼほぼ、フロントスタッフと同じくらい会社の収益とかを知るようになりました。

年を重ねていくごとに、口頭ではいろんな評価があるにせよ、選手の評価というのは、正直お金で決まるというのが皆さんにもわかっていただければと。SNSのほうにも書きましたけど、趣味でやっているわけではなく、仕事としてやっていることなので。そこは引き切れないというか。

ただサッカー選手の難しい形態というか、特殊な形態で、ブラウブリッツ秋田という会社に雇われながらも、個人事業主としてやらなきゃいけないという難しさ。会社の規模が、会社というものの中からお金をいただくわけで、かといってそれが少ないから自分で他のバイトをできるかといえば、いまはもうそうじゃないプロ契約。アマチュア契約だったらできるかもしれないけど、プロ契約となると、副業が大々的にも認められていないので、クラブとの相談の上で許可があればできないことはないとは思うんですけど、なかなかやれない。

今回FC岐阜から11月の終わりくらい、最終戦の前くらいに正式オファーを出すと思うという話を、いま就いていただいている代理人さんから連絡をもらって。そのとはまだ具体的な提示はなく、秋田との話がしっかりまとまってからという話で進めていました。

秋田と1回目の面談を、最終戦の2日前にしまして、本当に自分でも勘違いしちゃうくらい、口頭での過大な評価をいただきました。「ただ…」というところですね。それは言いませんけど、ちょっと「ん」と思ってしまうところが正直ありまして。そのあたりにFC岐阜から正式なオファーをいただいて、提示があって評価も受けました。

いままでここにいたときに、優勝したときですね2017年。とあるチームから正式なオファーをいただいて。そのときの提示は秋田からもらった提示とあまり差がなかった。提示を受けて、クラブに行けると思って、同等くらいに上げてくださいと。引っ越しだとか、そういうのがあるので、すべてを考えると行くよりも残ったほうがプラスになるというか。J2ライセンスも取れる見込みだったので。ここで可能性に懸けると思って残りました。

ただ今回、もうクラブの状況もわかっているので。FC岐阜の提示をもらったとき、ここまで引き上げてくれとは言えないなと思って、こうなってしまったらもう、自分の生活のため、サッカー選手という仕事として行くしかない。家族的なことも考えると、子どもが小学校が入ってしまうとなかなか動くにも動けなくなってしまう。

J3でJ2から落ちてきたクラブと戦っていた中で、J2から落ちてきて1年で上がったチームが町田と大分のたぶん2チームしかないと思うんですね。これだけ厳しいリーグの中で、上から落ちてきたチームの一員となって、1年で上がるために自分が何かできるのかとか、その中でいろんなものを動かしてやれるほうが、より成長するんじゃないかとか。いろんなことを考えて決断をしました。

移籍というものが、どうしてもこのクラブを応援している方からすれば裏切りとか見捨てたと思われることってたくさんあるとは思うんですけど、とにかく一番伝わってほしかったのは、本当にこのクラブと、このクラブを応援してくださる皆さん、ブラウブリッツ秋田に関わる皆さんに対して本当に感謝をしていて、それはいままでも、これからもずっと持ち続けいかなきゃいけないこと。このクラブに本当に感謝があるからこその移籍をしたんだということだけは、これだけは皆さんに知ってほしいというか伝わってほしい。それを踏まえた上で、裏切りだとかあいつ見捨てたんだと言ってもらうのはぜんぜん構わないので。

金額に関わらずサポートは大歓迎。今後の取材活動に活用します。よろしくお願いします。