『作者のひみつ(仮)』改 ある木曜日の午後

 小さな大学の文学部の小さな校舎、その中のある研究室でこん、こん、こんとノックの音がしました。木曜五限、もう五時も過ぎた頃です。
「はい」と答えたのは、その研究室の住人、年齢不詳・性別不詳・国籍不詳の人物です。ドアを開けて研究室に入ってきたのは、いかにも大学生風の身なりの男子と、同じ敷地にある附属高校の制服を着た高校生の二人連れでした。
-先生、おひさしぶりです。初年度セミナーではお世話になりました。
-いえいえ。君は今国語教育の研究室に所属しているんだったっけ。教育実習の準備は進んでいる?
-いやあ、あまり小説とか読む方ではないので苦戦しています。
-小説の読み方の基本は一年生の時に伝えたはずだけどね。まあ、国語の授業はまた違う小説のとらえ方をしたりするから応用が利かないところもあるか。
 そこで、黙っていた高校生が話に割りこんできました。
-小説の読み方って大学と高校とで違うんですか?
 慌てて大学生が彼女のことを紹介します。
-僕のいとこで附属高校の三年生のカオルです。小説を読むのが好きで、小説について知りたいことがあるというので連れて来ました。先生は今の時間はオフィス・アワーなんですよね。
-確かにそうだけれども、別に誰の相談でも受ける時間という訳ではないんだけどね。とはいえ、年下のいとこの質問に答えられずに困っている大学生にアドバイスすることはできるかな。
 少し不思議な感じのする微笑を向けられたカオルは、あらためて次のように問いました。
-私は小説を読んだ後で小説の結末の後の続きを考えるのが好きなんです。そこで終わっているだけじゃなくて、そこから小説には書かれていないいろいろなことが広がっているような気がして。思いついたことを書いてみて、高校の文芸部の部誌に載せたりもしていたんですが、最近後輩からこういう二次創作みたいなのは部誌には載せない方がいいんじゃないか、と言われてしまって。
-なるほど。その後輩さんが載せない方がいいという理由はどういうことなんですか?
-作者がここで終わらせようと考えた意志を尊重しないのは良くないんじゃないかっていうのと、あとやっぱり部誌の作品は遊びじゃないんだからオリジナルじゃなければならないんじゃないか、ってことでした。
-うーんと、そういうことなら君でも答えられたんじゃないかな?
 急に話を向けられた大学生は、困ったように答えます。
-初年度セミナーで聞いた話と関係がある気がしたので僕なりに説明したんですが、「作者の死」とか「インターテクスチュアリティ」とか、言葉は覚えててもうまく伝わらなくて。
-言葉自体忘れてしまう人もいるので、覚えているだけいいかな。
 また、カオルの方を向いて次のように提案しました。
-このテーマを話すのにはけっこう時間が必要なんだけれども、すぐに話を聞きたいかな? そうじゃないなら、また来週同じ時間に来られますか?
-え、そんなにじっくり教えてもらえるんですか? 私、大学生じゃないんですけど。
-教えるのは好きじゃないんで、一緒に考えるという感じかな。最初に言っておくと、このテーマにははっきりとした一つの正解があるわけではないので、自分はどう考えるのか、ということを選んでいく感じになると思う。それに、今の高校生がどういうものを読んでいるかにも興味があるし。
-カオルはあまり標準的な高校生じゃないと思いますよ。
-標準的な高校生ってなによ。そんなの幻想でしょ。
-こんな感じですよ。全然僕のこと年上だと思ってないんです。
-敬意を払うべき相手には払うよ。尊敬できるところを見せてくれたら、いつでも年上扱いしてあげる。
-君たち、「道草」の夫婦みたいだね。じゃあ、今日はまず作者がどういう風に特別扱いされているか、という話からしましょうか。その前にお茶でもいれましょう。
 先生は笑いながら立ち上がって、研究室の隅に置かれたポットの方に向かいました。
 ここでわたしたちも一休みしましょう。作者のひみつをめぐるおしゃべりはまだ始まったばかりです。

『作者のひみつ(仮)』、タイトルはかつて多くの少年少女を夢中にした〈学研まんがひみつシリーズ〉(現在は〈まんがでよくわかるシリーズ〉になってます)からいただいているので、マンガは無理でも小説っぽく書いた方がいいのではないかと思って書き出しを考えてみたのです。
〈ひみつシリーズ〉は小学生たちが話を進めていくわけですが、高校生の方がいろいろな小説を題材にしやすいのでそこは改変、ただ女子が利発で男子が冴えない感じなのは、伝統をふまえております。
え、それこそ幻想だって? そうですね。

さて、4章も載せる予定ですが、そちらはこれまでの書き方のままです。

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