旅中国編!56カ所目は岡山県矢掛町!

旅中国編!56カ所目は岡山県矢掛町!

12月1日〜12月3日まで滞在してました。
矢掛町は県南部にあり、県内でも平均的な広さの町。ここには江戸時代には宿場町だったところで、その街並みが今でも残る。現在、商店街には宿屋をはじめ、商店や飲食店などが並んでおり、昔と今の時代の変化を感じることのできるとても風情ある町だ。その町の周りを川と山が囲み、自然豊かな盆地のような地域になっている。

そんな町にも大きな変化が起きる。
平成11年に新たな鉄道「井原鉄道」ができたのだ。
それまでは公共交通は路線バス。だが、井原鉄道ができることによって、地元住民が利用できる公共交通が増えたのと同時に、外から人が入ってきて、交流が増えたのだという。

だが、そうやって矢掛町に訪れ交流する人口が増えていく中で、今までは宿場町であったのにも関わらずこの町には泊まれる宿がなかったのだ。
そこで、矢掛町では「にぎわいの町づくり」をしていくために平成26年ごろから観光振興に力を入れており、「矢掛屋」という宿などをはじめとする宿泊所ができたりなどして、にぎわいを取り戻そうとしているのだ。
今はメディアなどにも取り上げられたりするようになり、認知度も上がってきたそう。

今では商店街のカフェやレストラン、宿が昔から残る古民家を利用してできたりしている。そんな街中を着物をきて散歩ができるツアーがあったりする。
また、商店街を少し抜けると美術館がいくつかあったりして、郷土や歴史だけでなく、新しい芸術・文化をも知ることができる。

このように、5年ほど前からこの町に賑やかさを取り戻そうと活動し始め、より良く変化していっているのだ。
この街の人々はこの町に愛着があり大切にしたいと思っているからこそ、これだけの町づくりができているのかもしれない。

また、このように交流する人の数が増えている中で、町自体の人口にも変化が訪れている。
町自体の人口は14,162人であり、その中で毎年200人〜300人の自然減があるという。これは少子高齢化の社会において起きやすいことであり、全国的に多くの町がこのような人口の自然減は起きているのだと思う。
だが、この矢掛町では社会増減においてほぼ変わらない。むしろプラスになった時もあるのだという。社会増減とは人口の転出入数を表したものだ。
他の町では自然減に加え、社会減も起きているところが多いにも関わらず、ここでは変化がほぼないのだ。

それはなぜか。

様々な理由があるとは思うが、一つは町が行う空き家対策。町で分譲地を出すことによって一般より安価に買うことができる。また、これで入ってきた人に対しての水道や子供への支援制度なども充実していることもあり、実際にこれを利用して物件を買い矢掛町に引っ越してきた人もいるのだ。
そして、こうして入ってきた人には矢掛町近隣の市町村である"笠岡市"や"倉敷市"からの
転入者が多いのだという。

私はてっきり、引越ししてくる人はもっと遠く離れた地域からくるのかと思っていた。しかし、実際は近隣の市町村から来ていた。これは私の推測だが、住む場所を変えても仕事は変えずに今のまま生活ができたり、近くの自然のあるところに住みながら生活ができたりするので、近くの地域から引越してくるのかもしれない。

「仕事を変える」という大きな選択をしないでも、住む場所だけでも変えてみたい。
そんな人が住むにはうってつけの場所なのだろう。

これには矢掛町の自然豊かな環境がある上でのアクセスの良さがあるからだろう。
そして、町内もにぎわいのある町にしていこうとどんどん盛り上がってきているので、ここにくる人もこの町がより魅力的に感じるのではないのだろうか。

こうやって様々なことが連鎖的につながることで町は変化していく。
この町は魅力を創り出してきたし、これからも創り出そうとしている。
やはり、こういう町は多くの人が魅力的に感じ、どんどんと人が集まってくるのだろう。