未了の公案ーー公案という語の初出

ある時六人の新到があった。その中の五人は型の如く礼拝をしたが、只一人あり、座具を提起して、一箇の円相を堂中に画きた。
そこで黄檗「一疋の猟犬あり、甚だ荒っぽいと云うことを聞いたが、お前がそれなのか」とやった。僧、「其犬は今羚羊の声を尋ねて来た。 」黄檗、「羚羊には声がないが、你が尋ねるようと思うても尋ねられるものでない。」僧、「羚羊の跡を尋ねて来ました。」檗、「羚羊には跡がない、尋ねようと思うても尋ねられるものではない。」僧、「羚羊の蹤を尋ねて来ました。」檗、「羚羊には蹤がない、尋ねようと思うても尋ねられるものではない。」僧、「そんなら、それは死羚羊である。」黄檗はここに至りて更に追求せず、休し去ったが、さて翌日になってから、和尚は上堂して、「昨日羚羊を尋ねてをった坊様、ここへ出て来い」と云うた。僧がやがて出て来ると、黄檗は曰う、「昨日の公案はまだ結末がついてをらぬ。その時われは休しさったが、儞これを何と見るぞ。」僧語なし。檗「われはお前を禅宗本分の衲子だと思うてをったが、もと是れ一箇義学の沙門にすぎなかった」と云うて、之を打出した(鈴木大拙『禅の研究』)

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