デイヴィッド・グレッグ『あの出来事』のためのノート1


 この秋、拙訳でデイヴィッド・グレッグ(David Greig)の『あの出来事』(The Events)が上演されることとなった。グレッグは本国ではもう20年以上、第一線で活躍している劇作家だが、残念ながら、彼の名前は日本ではまだあまり知られているとはいいがたい。そこで、観劇の手引きもかねて、この note にグレッグとその作品のことを記しておこうと思う。まずは、スコットランドの分離独立をめぐる住民投票が行なわれた2014年に、自分が『テアトロ』に寄稿した文章に少し加筆したものを転載しておく。ちなみに、現地の友人に確かめたところでは、彼の名字は「グレッグ」が原音に近い。

(以下、転載)

 以前、イギリス人の知り合いと飲んでいるときに、「スコットランドのなかには、イングランドより北欧の方が近いところもある」と聞いたことがある。たしかに、スコットランド北部の離島からだと、ロンドンよりもノルウェーに行く方が早そうだ。
 しかし、このところのスコットランド独立をめぐる熱っぽい議論を耳にするうちに、知り合いが言わんとしていたのは、たんに地理的なことだけではなかったのかもしれないと思えてきた。サッチャー政権以来、社会に市場原理を持ち込むことばかりに躍起になってきたイングランドに対し、伝統的に左派の勢力が強いスコットランドでは、競争よりも共生を大切にする北欧型の社会を指向する人も少なくないのではないか。
 劇作家デイヴィッド・グレッグがスコットランドの独立を支持するのは、まさにこうした理由からのようである。くしくも、彼が2013年に発表した『あの出来事』は、ノルウェーの劇場との共同制作の作品であった。
 グレッグは1969年生まれ。早くから、その作品を高く評価され、現在では、すっかりスコットランドの演劇界で中核的な位置を占めている。2006年のスコットランド国立劇場の開設に際しても、ドラマターグという重要な役職に任じられていた。ロアルド・ダール原作の大規模なミュージカル『チャーリーとチョコレート工場』の脚本を担当したかと思えば、小中学校巡演用に舞台装置なしで上演できる作品を書き下ろすといった具合に、いろいろな作風の使い分けができる器用な劇作家である。
  『あの出来事』のモチーフとなっているのは、2011年にノルウェーで発生した銃の乱射事件だ。極端な排外主義を信奉する青年の凶行によって、77人もの生命が犠牲となった惨事である(ただ、作品がセンセーショナルに受け取られるのを避けるため、グレッグは舞台をスコットランドに移し、完全なフィクションに書き変えている)。
 劇の主人公は、クレアという女性牧師だ。彼女は社会奉仕の一環として、難民や亡命者のための合唱団を組織し、その指導を行なっている。ある日、合唱団が練習をしている最中に、見知らぬ少年が突如、部屋へと入ってきて、銃を乱射し始めた。クレアはかろうじて難を逃れたのだが、合唱団のメンバーが目の前で次々に射殺されるのを見た彼女は、「事件以来、魂が自分の身体から離れていったままになっている気がする」と言う。グレッグの劇が描くのは、離れていった魂をクレアが懸命に取り戻そうとする試みである。
 クレアはまず、この「少年」という人間を知ろうと努める。彼のことをたんに怪物として憎んでいるだけでは、いつまで経っても彼女の心に平安は訪れはしないからだ。なにが少年をかくも残虐な行為に駆り立てたのか、彼女は自分の同性の恋人に始まって、精神科医、少年の父親、さらには少年本人にまで問いかけて回る。作者グレッグが、クレア以外のこれらの登場人物を、すべて少年役の俳優が演じるよう指示しているのが面白い。事件を忘れられないクレアの目には、他人の顔はみな少年に見えてしまうのである。
 さらにこの劇でユニークなのは、毎回ちがった合唱団が上演に招かれて、クレアが指導している合唱団の役を務めることだ。彼らは劇中歌を歌うだけでなく、当日その場で各人に割り振られた台詞も口にする。プロの俳優ではない彼らは、われわれ観客の代表として舞台に上がり、登場人物の行動にコメントをするコロス(合唱隊)の役目も担っているのである。ギリシア悲劇の様式を援用して、共同体が惨劇をどう受け止めてゆくかを提示するのが、グレッグのねらいなのだろう。
 2013年のエディンバラ演劇祭で初演された本作は好評を博し、ロンドンでも2014年7月にヤング・ヴィック劇場で上演された。

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Tottenham Hotspurのサポーターです。現代イギリス演劇の研究もしています。