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鉄腕となった男の後日譚 第一章

Tips: 人はその外見から受ける印象が全体の八割を占める。しかし、人を外見だけで判断してはならない。


序章

無事に右腕の手術が終わった。
各方面に多大な迷惑を掛けて入院した今回の一件だが、1週間の入院生活を経て、幸いにも右腕の状態は日々快方に向かっている。
骨折や手術による神経の損傷はないようで、回復すれば従来に近い生活を送れるようだ。

とはいえ、今も尚右腕の関節部の可動や筋出力に問題を抱えている。
具体的な症状はR-15のレーティングに引っ掛かりそうなので省くが、退院してもまだ手術の傷が塞がっていないし筋肉を切った影響で腕も動かない。
こんな状態で今すぐ職場復帰して一人暮らしできる筈もない。
これからは週3で通院してリハビリを続ける毎日になる。

……会社にも学校にも行かない日々、とんでもなく暇ですわね。
あまりに暇すぎてTOEICの勉強を再度始めた。4月に会社で受けたTOEICのスコアでは既に管理職昇格要件を満たしたが、更にやって損するものでもないだろう。

しかし折角また暇なので、入院していた1週間とその後に何があったかを記していこうと思う。


これは、鉄腕となった男の後日譚。

後日譚

第一章第一節、光の入院初期編

入院日、初日。空は晴れていた。

入院受付を開始、前回弾かれたコロナの検査を突破した。
「病棟にいる看護師が今迎えに来ますからね」と言われ、待つこと十数分。

今まで見たことないほどに綺麗な短髪のお姉さんが迎えに来てくれた。
男は、元から高かった〇〇多摩△△病院の評価を更に一段階引き上げた。

「(……短髪でナース、どちらも今まで興味がなかったジャンルに組み合わせだ。どうやったらそれがここまで魅力的に見える? 俺が今まで見てきたモノは全て贋作だったのか?)」

男は内心の驚愕を押し殺し、平静に見えるよう努めた。

「〇〇さん、では案内します」
「よろしくお願いいたします」
「荷物お持ちしますね」
「いえ、お気持ちは有難いのですが、こう見えて元気なので自分で運びます」

男は令和の今になっても、旧時代の軛から逃れられない人間であった。
女に荷物を持たせる男は族滅に処すという下知は、骨折した状態でも変わらず適用され続ける。
時代遅れな考えであるとは理解している。しかしこれは一種の矜持だ。
宿泊用のリュックを左手で持ち上げた姿を、横に居た母上が呆れたような顔で見ていた。

男が荷物を持ったことを確認すると、短髪の看護師さんは歩き出した。
右腕に振動が響かないように、慎重な足取りで後ろを追従する。
極めて真面目な表情を維持したまま、脳内に述懐が走る。

「(……黒髪ロングというお姉さん属性の王道から敢えて外す、意図しているならそれは自信の表れだ。短髪は男女問わず対象の美醜に左右されやすい、故にピーキーな選択だと思っていた。長髪であれば誰がどうやってもある程度は似たような結果になる)」
「(……昨今の若年齢男性の長髪化が進むのもこのためだ。適当に髪を伸ばしておけば多少外見が悪くても誤魔化せる、ルッキズムが蔓延る現代日本の犠牲者よ。しかし、その行き着いた末が量産型のちんぽこヘッド女子ウケだけを試みたセンター分けの2択だ。種族人間のオスは本当に終わっている)」
「(……対して女性は長髪によって受けられる恩恵は男のそれだけではない。外見を誤魔化す以外にも髪型の選択肢が増える、単純な手札の増加はオスにはないものだ。その利点を敢えて放棄して尚も強い。それは真の強者ではないか?)」

述懐を終えた頃、気付けば入院病棟に着いていた。
案内されたのは四人部屋の窓側、だがベッドは全て空いていて患者は男一人だった。
時刻は15:00過ぎ。

「また別の看護師が伺いますので少しお待ちください」

母上と別れ、ベッドの近くに荷物を置き、手渡された患者用のパジャマに着替え、入院患者向けの資料を読み漁った。
館内マップに目を通し、建物の構造に自分の現在地、非常口を頭に叩き込んだ。ちょうどこの病室はナースステーションから最も遠い位置だった。

「〇〇さん失礼します。体温と血圧測りますね」

若いポニテの看護師さんがワゴンを運びながらやってきた。
短髪で綺麗なお姉さんがいるかと思えば、ポニテで眼鏡っ娘のお姉さんもいる。ここは天国か?

「〇〇さん、明日手術なので24:00絶食、飲水は6:00までです」
「私は夜もいるので、どんなことでも遠慮なくナースコール押してくださいね」

池袋や渋谷でよく見かけるコンセプトカフェを下劣なものだと唾棄していた男は、入院して見かけるナースのお姉さんに目を奪われていた。
駅前で乳臭いメスガキが髪を染め、派手な割にダサくてどこかで見たことがあるような衣装に身を包み、必死に媚びを売る姿は見るに堪えない。

しかし本物の看護師は違う。彼女らは信念と誠意を以て職務を全うしている。
雑多に溢れるコンカフェの勧誘が、ナースに対する評価を下げていたと言わざるを得ない。今までは過小評価していた。己の見識の狭さに恥じ入るばかりだ。

更に述懐は続く。

「(……短髪は限定的に良い、だがやはりポニテが一番だな)」
「(……動くものを視線で追う、それは原始時代に石を投げて狩りをしていた頃から根差した男の本能だ。俺たちは本質的に猿と大差のない生き物だ。動く獲物を捕捉し狩るように脳が設計されている。うなじが好きだからと語る輩は二流。それは進撃の巨人の見過ぎだ。本質は髪を結うことによる球状の頭部を可視化すること、加えて揺れる髪の視線誘引効果にある)」

齢が24に達した種族人間のオスは、ごく自然に自分の性癖を理論武装し正当化する。酷く醜い生き物だ、しかし現代日本が生み出してしまった魔族から目を背けるのは果たして正しいことなのだろうか。

小池百合子、見てるか? 都の教育が今の俺を形作ったんだ。誇りなさい。

枯れ木も山の賑わいとは言うが、友人の言葉を借りるのであれば枯れ木しか見てこなかった人生だ。見渡す限り不毛の大地である。
魅力的だと感じる相手と新たに出会う機会なぞ、高校を卒業してから一度もなかった。
魔族は根っからの博愛主義者であった。全人類を尊び、興味のない枯れ木にも力を貸し、平等に慈悲を与えるように努めてきた。
人は皆何かしら欠陥があるのだと、完璧でないからこそ美しいのだと、今までそう自分に言い聞かせてきた。
それは真実であると同時に、妥協でもあった。

恋という感情を忘れ、人を愛する気持ちを忘れた魔族は、既に世の枯れ木共に期待などしていなかった。今後、もう自分の心を動かすことのできる存在と出会うことはないだろうと。
しかし綺麗で優しいお姉さん達に囲まれ、半ば諦めていた理想像を垣間見た。この世界、まだ捨てたものではない。

魔族は病室のベッドで瞠目し、入院先にこの病院を選んだ己の慧眼をヨシヨシした。
誰もいない四人部屋の病室でゆっくりと瞼を開く。
濁ったガラス玉のような目ん玉に、煌々と光が灯った。
確信した。入院は神託だ。ここで見定め、学ぶべきモノがある。

化け物は歯列をギラつかせ、静かに、この病院に入院できた幸せを噛み締めていた。

その夜、消灯後の病棟に響き渡る老人たちの鳴き声。
「痛いー!!助けてー!!死にたくたいー!!代わってくれー!!!」
と深夜に絶叫するお爺さんの声、バタバタと駆けつける看護師さん達の足音をBGMにして床についたのは3:00過ぎのことだった。

第一章第一節「魔族、ナースプレイの道へ」編閉幕


それでは、本日はこの曲でお別れしましょう。
Dancer in the Dark / 有機酸 (Cover) by WaMi


うーばーいーつで寿司頼んだときくらい思想が偏っている自覚はある。
哀れなるかな、頭をシャカシャカ振って直せるレベルではなかった。


今までサブタイトル書いてなかったけど、今回から最後に明示していくよ!
〜〜編と書きながら毎回違うことを書いていた鉄腕シリーズ、最初のTipsや最後の曲紹介で若干誘導はしていたけれど、サブタイトルを最終回で出すの忘れてた。

因みに過去のタイトル一覧は
1日目「ニート、アズレンと共に」
2日目「知性、ケモノとヒトの皮を被ったケモノ」
3&4日目「大腸で語る生き様」
5日目「日本ドキュメンタリー、現代日本の救済」
10日目「ヒトの在るべき姿」
最終日/後日譚第一章「魔族、ナースプレイの道へ」

光の入院編と来てDancer in the Darkで終わるということは……?




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