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人生売買人生

 男が椅子に座っている。

 その手は後ろに回って、腕の付け根と目の上に黒いテープががっちりと巻き付いている。

 不自然だったのは、テープの間から流れる涙がそのまま口の側を通り過ぎていくことだった。

 その口には、8mmテープが突っ込まれていて、男の身体は時折跳ねるように震えていた。

「保存とは所有することだ」

 黒い女だった。

 正確には、黒いスーツを着ている。黒いシャツ。黒いネクタイ。そして一部の隙もなく、その肌は闇色のテープに覆われていた。

「蓄音機の発明によって、人は音を保存することができた。人類が音を所有した初めての瞬間だ。以降、人は繋ぎ止められないものを固定し所有することができるようになった」

 苦しさからか男の手足はさらに震え、間から苦悶の声が抜けていく。やがてそれは止まり、男の首が落ちた。

 地面に乾いた音を立てて、テープが転がる。女はそれにスマホを向けて撮影し、素早くフリマアプリを操作した。

 表示されたユーザネームはV.D。そのアイコンの隣をタップする。出品だ。

「つまり所有できる以上は、売れるんだよ。君には値段がつく」

 購入希望の通知が、男に一千万の値がついたことを知らせた。

 足りない。彼女は舌打ちした。

 人身売買は金になる。しかし、リスクは大きい。人生をテープで抜いて記録する、という単純な力を金に変えるには、リスクを最低限に抑えて分かる人に分かるように売れるようにしなくてはならなかった。

 だから、V.Dは他人の人生を叩き売っている。人生を抜かれた死体の処分費用で半分は持っていかれるし、そもそもこの男が何者なのかも知らない。

 他人の人生で口に糊をしている女。組織の歯車のひとつが、V.Dの正体だった。

 フリマサイトの画面を遮って、通知が広がった。組織の人間だ。

『まずいことになった、V.D』

『今すぐそこを引き払え。今の商品は運んでこい』

 何、と返す暇も無い。

『タネがバレてる。人生を買い戻しているやつがいる』

続く