拳豪諤諤(ケンゴウガクガク)
総理の椅子は実に座り心地が良かったが、野々村は初っ端から出鼻を挫かれたような気分だった。
「なんだね一体。所信証明の原稿だってまだ途中なんだぞ。それを火急の用件だなどと……」
六十五歳、政治家としては中堅どころだが、無所属から始めて、キャリアとしては最上のルートを通ってきた。頭髪が完全に白くなる前に総理になれたのには、多少の自負もある。よって、秘書にスケジュールをねじ込むようにやってきたこの外務省の官僚──それも事務次官より下の課長クラスだ──には、少し不機嫌であった。
「総理。自分は外務省GFT対策室室長の神戸と申します」
「GFT……とは何かね」
「それにお答えする前に、質問を許可願います」
四角四面の妙な話し方の女だった。いつだったか視察で会った自衛官のような固さだ。
「構わんよ」
「失礼ですが、総理は喧嘩の経験はおありで」
「喧嘩って……子供がよくやるアレかね」
「殴り合いとも言います」
また妙な話であった。野々村にはそんな経験はなく、頭を振った。話し合いで解決すること、それが彼の土台にある信念だった。喧嘩なんてとんでもない。
「では、格闘技の経験は」
「だから無いよ。野蛮なのは嫌いなんだ」
「わかりました。最初の質問にお答えします。GFTとは、Grand Fight Tournament──即ち、国の指導者たる政治家同士で喧嘩して、誰が一番強いか決める会議の事です」
脳の許容量を超えた情報の渦に、野々村は混乱した。指導者同士で喧嘩? 戦争か? 会議とは?
「GFTでの結果は、同時開催の首脳会議において大きなアドバンテージになります。外務省においても、トップクラスの重要案件です」
「ちょ、ちょっと待て。会議とは──今度の東京G21の事かね? 三ヶ月後の!」
神戸は頷いた。
「総理には、G21で優勝して頂かねばなりません。だから私が来ました」
続く