カッサンドラの叫び
普通の主婦が病んでいって『普通』がわからなくなる話です(完結しました)。
もしかしたら男性の方は、こちらを読むと「攻撃されている」「責められている」と感じるかもしれません。
こちらの作品に男性を攻撃する意図はありません。
もしも、そう感じられたら、お手数ですが、脳内で男女の性を逆に変換して読んでみてください。
夫→妻
妻→夫
お手数かけてすみません。
重ねて、アスペルガーやADHDを攻撃する意図もありません。
登場人物の誰かやなにかを攻撃する意図もございません。
ただただ、『これは普通なのか』と問いかけたいだけです。
もしも攻撃されていると感じられたら、それは私の筆力がないからです。すみません。
できる限り、なにかを攻撃する意図を外して「困った状況への道のり」「その時の心情」だけを書いているつもりなのですが、腕が追いついていないのであれば、また精進いたしますので、今回はご容赦願います。
プロローグ
カッサンドラー……ギリシャ神話に登場するトロイアの悲劇の予言者(Wikipediaより抜粋)。
アポロンに見初められ関係を迫られるが、恋人になる条件として予言能力をもらったとたん捨てられる未来が見えたのでアポロンを拒絶したところ、怒ったアポロンから誰も予言を信じない呪いをかけられてしまう。
有名エピソードは「トロイの木馬」。
木馬は危険だと予言したけれども誰にも信じてもらえなかった
……………
カッサンドラはトロイアの王女様なので実在の人物?
とも思うのですが、実際の所どうなんでしょう?
第1話 初めての子育て
B妻は混乱していた。
ドラマなどで見たことがある。
夜中に赤ん坊が泣き叫び、壁の薄いアパートの隣人から「うるさい! 今何時だと思ってるんだ!」と怒鳴られ、壁を蹴られる。
テレビの中ではよくある光景だ。
そのシーンを見た時、B妻は(きっと隣人は赤ん坊が泣いている状況を見ていないから腹立たしいのだろう)と勝手に思っていた。お腹がすいているから泣いているのだとか、痛いからだとか、泣いている理由がわかれば怒鳴れないだろうに、と。
それが、どうして目の前で、怒鳴って壁を蹴っているのが、10年熱愛して結婚した自分のA夫なのだろう?
A夫とB妻は一緒に暮らしている、まごう事なき夫婦である。
二人の前でこの世の終わりのように激しく泣いているのは、ようやく恵まれた子供AB1だ。
一人目の子供の多くは神経質だという話通り、AB1はとても神経質だった。
やっと寝ても、ちょっとした物音、かすかな変化(ずれた掛け布団を直す)程度で目を覚まし、泣く。
夜でもB妻が抱っこしていないと寝ないくらい神経質だった。背中にスイッチがあるどころか、皮膚にセンサーがあるのではないかと疑うレベルだ。
B妻は、とにかくAB1を泣かさないために、昼も夜も抱っこしていた。
寝てくれたら家事ができる。でも、家事の音がうるさければ起きるので、家事も完璧にはできない。
そうすると、A夫が当たり前のように言う。
「どうして一日中家にいるのに、なにもできていないんだ!」
B妻は頑張った。
AB1の世話の隙間時間でできる限り片付けた。
昼間は台風が来たのか強盗が物色したのかという散らかり具合になるが、それをきれいに片付ける。
そしてA夫が帰宅時にはオモチャが2~3個出ている状態にまできれいにする。
それでも言われる。
「なんでこんなに散らかっているんだ! 片付けてないじゃないか!」
昼も夜もない生活で、B妻の睡眠時間は、30分~1時間の細切れを合わせて3時間、まれに5時間あればいい方だった。
昼間は子供の相手と家事をするので昼寝できない。
「子供が昼寝している時間に親も昼寝すればいい」とよく言われるが、やっと家事ができる時間に寝ることはできない。
夜も、布団に置くとAB1が起きるので、自分はAB1を抱っこしてタンスにもたれてうとうとしながら腕の中でAB1を寝かせた。
B妻は椅子に座ったり、車や電車に乗ったりした瞬間に意識を失うくらい睡眠不足になっていた。
あまりの睡眠不足から、夜、B妻が、泣いているAB1を前にぼんやりしていたときのことだ。
「泣いているじゃないか!」
と、AB1を抱っこしたA夫が立ち上がったところで、AB1を落とした。
布団の上だから大事なかったようだが、さらに激しくAB1が泣いたのは言うまでも無い。
「俺は疲れてたのに、お前が抱っこしろって言ったからだ!」
B妻は後にも先にもなにも言っていないが、A夫はそう言い捨てた。
泣き叫ぶAB1の耳元で「静かにしろ! 聞こえてんのか!」と怒鳴る。
怒声を聞きたくなくて、寝室をわけたけれども、トイレがA夫の寝室近くにあるので、夜中に寝ぼけた子供を連れて行く時にやはり「うるさい!」と怒鳴られる。
そのたびに、B妻は「やめて」「耳元で怒鳴らないで」と頼むが、「うるさいからうるさいって言ってなにが悪い!」と返される。
夏は外が明るくなるのが早いからか、朝4時に目が覚めるAB1に絵本を読み、早朝から外に出て公園に遊ばせに行った。
反対に、なかなか寝ない夜はAB1のために、一晩に20冊以上絵本を読み、一晩中ゆらしながらお気に入りの子守歌をうたった。
AB1が歩いて出かけられるようになる頃には、A夫だけでAB1を外に連れ出そうとすると玄関にしがみつき、泣き叫んで嫌がるようになった。
B妻は、初めての子供で、自分がうまく世話をできていないのが悪いんだろうと思っていた。
しかしある夜、泣き叫ぶAB1に「うるさい!」と携帯電話を投げつけられ、当たったAB1は痛みにさらに激しく泣き叫んだ時、人に向かって物を投げたらダメだ、しかも当たって謝りもしないのは間違っている、とB妻は強く思った。
子育てについての愚痴を言ったこともなく、怒鳴ったことのないB妻は初めて声を荒げた。
「謝ってよ!」
「うるさい! うるさいのが悪い!」
(A夫は人としてどうだろう?)とB妻は思った。
第2話 思い立った矢先に
B妻は自分の実母であるB妻母に相談してみることにした。
寝室をわける時にも、一度B妻母に相談はしていた。「A夫が夜中に子どもがうるさいと怒鳴って困っている」と。それに対しての回答はこうだ。
「仕事をしているのだから、夜うるさくて眠れないのは困るでしょう。怒るのも仕方ないんじゃない?」
それでB妻母の提案で、B妻母と一緒にベッドを別室に移動させたのだった。
なんの相談もなくベッドが移動されたことに対してA夫は不満そうだったが、静かに眠れるなら致し方ないと思ったのか、特に言動はなかった。
今回、二度目の相談で、しかも「離婚を考えている」と打ち明けたB妻に対して、B妻母は詳細を聞かずにこう返してきた。
「賭け事、浮気、借金、暴力をしていないのなら、多少のことは我慢すべきよ」
B妻は、確かにそうだな、と思った。
A夫は賭け事は一切しない。パチンコも競馬もクジもしない。ちなみに煙草も酒もしない。
浮気もしない。一度理由を聞いたところ「めんどくさいから」だそうだが、浮気しないにこしたことはない。
借金も今のところない。どちらかというと倹約家だ。
暴力……と聞いて、B妻が想像したのは、アザが残るくらい叩かれたり蹴られたりだった。
(うん。暴力も今のところない)とB妻は思った。ならば我慢すべきなのか、と。
ようやく念願の子宝に恵まれたばかりだ。この子がまだ幼い内に離婚すべきではないのだろう、と思った。
初めての子育てでわからないことが多かったので、B妻は近所の子育て広場に週一で通っていた。
そこでは、初めはB妻だけだったのが、同い年の親子が3組くるようになり、色々と相談できるようになってきた。
1組は引っ越してきたばかりの友達が欲しい若い母子。
もう1組は、夫と一悶着の末、他県から子どもと母2人で地元に戻ってきた母子。
さらにもう1組は、あるとき夫と義母との暮らしに耐えきれなくなり、子どもと母2人で飛び出していた。
たまたま家を飛び出した2組の母子がいることで、それぞれの事情を聞くことができた。
しかし事情を聞いたB妻は思った。(それは家を飛び出すほどの理由なんだろうか?)と。
子どもを産む前にも、やはり、ある日ついに夫に耐えきれなくなり、家を飛び出し、すっかり子どもを育て上げた女性と話したことがあった。
その話を聞いた時にも、口には出さなかったもののB妻は思ったものだ。 (妻側がもっとうまくやれば良かったのでは)と。
B妻はどんくさいタイプだったので、(多少の衝突で捨てられるのは怖いな、妻側の基準は厳しいな)と妻側よりも、むしろ切り捨てられた夫側に同情していた。
それでも、毎日夫から怒声を浴びせられ続け、大事な子どもが泣き叫ぶのは辛かったので、子どもが通う幼稚園の無料カウンセリングを受けることにした。
カウンセラーは言った。
「夫に不満のある家庭がほとんどです。その場合とるべき道は3つあります」
ひとつは、離婚する。
ひとつは、改善できるよう努力する。
ひとつは、諦める。
毎日まいにち怒鳴る夫をたしなめ続けるが効果がなく、悲しむ子どもをフォローする。そのせいか、子どもは夜中に何度もうなされて目覚める。卒乳してからも続けて3時間眠れたらいい方で、やはりB妻は一日合計5時間眠れるかどうかだった。
B妻はそのとき、体重が10キロ以上減り、頬がこけるほどやつれていた。
最初はガンにでもかかったのかと思っていた。
食べてもたべても増えない体重。だるくて10分と立っていられず、家事をするにも休憩をとったり、食事作りも椅子に座ったりしてなんとかこなしていた。
A夫が怒鳴るたびに(目の前から消えてくれないかなぁ)と思うようになる程度には病んでいた。
きっと今、自分の体を切ったら血じゃなくて呪いの言葉が出てしまうんじゃないかというくらいには追い詰められていた。
カゼでかかった内科でバセドウ病の疑いがあると言われ血液検査した結果、バセドウ病だとわかった。
バセドウ病の薬を飲み出すと精神は安定した。
でも、「バセドウ病の原因はストレスです」と医師に言われたが、どうしようもない。
B妻は(とにかく夫と離れたい。そのためには仕事を探さなくては)と思った。
そうして、仕事を探し始めた矢先に、2人目の妊娠が発覚した。
第3話 つかの間の
バセドウ病だとわかったとき、医師から「リスクがあるので妊娠は待ってください」と言われたばかりだった。
B妻は1人目が無事に産まれる前に、一度妊娠していたものの流産していた。
しかも再び妊娠するまでもかなり時間がかかっていた。 だから、このタイミングで妊娠するとはA夫もB妻も思っていなかった。
しかも妊娠しづらいと思っていたので、A夫もB妻も堕胎を考えられなかった。
こうなると離婚をしている場合ではない。
(なんとかA夫との関係を改善できるように頑張るしかない。できる限りやってみて、ダメだったらその時また考えよう)と、B妻は決心した。
そして無事に2人目を出産した。
物心がつき自分の意志がはっきりした1人目AB1は、もはやA夫に少しも懐いていなかった。
B妻は「連続子育て講座に一緒に通おう」と提案してみた。
それまでにもB妻はちょこちょこ近所の公民館やAB1の通う幼稚園で開催される子育て講座に参加していたが、すべて平日昼間の開催で、男性が参加できるものが今までなかったのだ。
今回、偶然見つけた講座は土日や平日夜にも開催されていてA夫も参加できる。A夫を誘うと、さすがに今の子どもとの関係をまずいと思っていたのか、A夫も講座を受けることを快諾した。
(大丈夫。これでなんとかなる)とB妻は期待した。
実際、連続子育て講座はとても効果があった。
月に2度ほど、心理学にもとづいた、つまづく親の心のありようをわかりやすく解説してくれ、10人前後の参加者たちと意見を出し合い気持ちを共有することで、A夫は落ち着いていった。
参加者に男性が少なくて、講師にあてにしてもらえることも良かったようだ。
数ヶ月におよぶ子育て講座が終わる頃には、いわゆる理想的な家庭が築けているのではないかと思うくらいに、穏やかな家庭になっていた。
それでB妻は勘違いしてしまったのだ。
(子育て講座を受けたし、2人目の子だから、これですっかり子どもに慣れてくれたのだ)と。
連続子育て講座の効果は続かなかった。
また怒声が復活した。
B妻は不思議だった。
子どもは2人目だ。小さい頃のあれこれなど、最初の子で体験済みのはずだ。
しかも、1人目に比べておおらかな2人目は、夜中もよく眠るし泣きすぎない。B妻にとって2人目は、1人目に比べたらとても楽な子だった。
(なにをそんなにカリカリすることがあるのだろう?)
バセドウ病は2人目AB2に影響することなく、出産後はB妻の数値も落ち着いていたが、またA夫をたしなめるが効果はなく泣き叫ぶ子ども2人をフォローする日々が始まった。
B妻にとっては一度体験したことを再びしているので、ガッカリしたものの、(まだ別の方法があるはずだ)と希望を持っていた。
ただ、2人目の出産時に、A夫が「AB1が寂しいと言ったから」とB妻実家にAB1と一緒に泊まりこんだことで、B妻実家とA夫との関係が微妙になっていた。
B妻も、B妻実家も、事前にA夫もAB1と一緒に泊まり込むことを知らされていなかったのだ。
A夫自身は「AB1が望んだから」と、B妻実家に当然のように泊まっていたが、せめて事前に「泊まるかもしれない」くらいの話をB妻側にして欲しかった、とB妻は思った。
B妻自身は、出産入院前に、B妻母の友達が話していたという「娘婿が泊まって大変だった」という話をB妻母から聞いていただけに、もしA夫がB妻実家に泊まるという話を事前に聞けていたなら、確実にA夫がB妻実家に泊まることを止めていた。それでも泊まるというのなら、事前に「食事の用意などが増えて大変だろうけど、よろしくお願いします」とB妻実家に重々頼み込んでおきたかった。
しかしB妻が、A夫がB妻実家に泊まっていたのを知ったのは退院後で、入院中はA夫もB妻実家も教えてくれなかった。
(それで入院中に来てくれたB妻母の様子がおかしかったのか)とB妻は今さらながら納得した。
A夫がB妻実家で朝食や夕食を共にとるときに、B妻両親は、頭ごなしにAB1を怒鳴りつけるA夫を目の当たりにした。
そのことで、B妻実家側から「A夫と子育てについてちゃんと話し合っているの?」と聞かれたB妻は、「私からは何年間も怒鳴らないでほしいと言っているし、話し合おうにも、どうしてか話し合いにならない。もし良かったらそちらからうまく伝えて欲しい」と答えた。
しかしB妻にとっては、むしろこっちが聞きたいくらいだった。
(だから離婚したいと相談したつもりだったけれど、両親には全然伝わっていなかったの?)と。
B妻両親がそれとなくA夫に苦言してくれたが、そのことからか、B妻がB妻実家に頼るとA夫に嫌な顔をされ、今まで以上に文句を言われるようになった。
B妻実家から食事に誘われ笑顔で参加しても、後からA夫はB妻実家を散々こきおろす。
B妻はまた、(A夫は人としてどうだろう?)と思った。
第4話 似た夫婦
B妻がAB1と毎週通っていた子育て広場がなくなってしまった。
さすがに2人目ともなれば特にわからないこともなかったので、残念に思いながらも仕方ないと思った。
そんなとき、前とは違う連続子育て講座の誘いを受けて参加することになった。
今回の子育て講座は、前回の連続子育て講座の「先生から教えを受ける」というよりも「それぞれの悩みをそれぞれで話し合うことで解決の糸口を見つける」というものだった。「司会進行役はいるけれども、解決法はそれぞれが持ち寄ってね」という感じだ。
ちなみに前回の連続子育て講座では、10回それぞれにテーマが決まっていて、心理学にそって、多くの子育て中の親が行き当たる問題について解説してくれていた。
今回は、毎回テーマこそ決まっているけれども、ズバリ解説がない。
それぞれのテーマで、子育てで困っていることを各自が話し、おのおのがどういう対応をしているかを明かして、目新しい方法が見つかったらラッキー、見つからなくとも同じ悩みであれば気持ちの共有ができていいね、というものだ。
B妻の2人目の子であるAB2と同い年の子が2人、ひとつ下が1人、妊娠中の親が1人、もっと大きな子供の親が2人いた。
前回受けた連続講座は受講しやすいように、同じ講座が複数回あったため、毎回参加者が違っていたが、今回の講座の参加者は固定だ。自己紹介をして回を重ねるごとに、参加者について深く知るようになっていった。
中でもB妻は、自分とよく似ていると感じた参加者がいた。
同い年の子の親、Y妻だ。
趣味もB妻と同じ読書で、直面している問題も夫の子供に対する言動だし、「私、前世でなんか悪いことしたかな」「今世の目標はなんなんだろう?」とややオカルトじみた考え方まで似ていた。
講座自体は経験者である親の意見が参考になって終わったが、近い年の子の親たち4組で、さらに続けて子ども達を遊ばせながら一緒にランチを作って食べるサークルを作ることになった。
子供が大きくなっていくと、それぞれの子供が特徴的なことがわかってきた。
それぞれの夫が特徴的なことも。
B妻と似ていると思ったY妻の夫であるX夫は、A夫よりも苛烈らしかった。
話を聞いているだけでも、(よくY妻は耐えているな)と思う内容が目白押しだった。
だからか、Y妻はいつもどこかこわばった表情とうつろな瞳で、ランチを作ることに没頭し、子供XY1を放置していた。
そのXY1の勢いに、B妻の子AB2はゴーイングマイウェイなので負けないが、おとなしいOP1はいつもやられ役となる。B妻からは、P妻はXY1を注意しないY妻のことを不満に思っているように見えていた。もしかしたら毎回やられる我が子OP1をふがいなく思っていたのかも知れないが、本当のところはわからない。
B妻としては(Y妻はなぜヤンチャな我が子を注意しないのだろう?)と不思議だった。
サークルで集まってランチを作るのも何回目になったとき、Y妻が「友達から『旦那さんはアスペルガーっぽいね』と言われた」という話をした。
アスペルガー、と聞いてB妻が思い浮かべたのは、ずいぶん前に見た、天才やギフテッドの番組だった。それでB妻は(一芸に秀でていて特殊能力がある人たちのことだ)と思った。
B妻にとってはADHDもアスペルガーも、どちらかといえば天才系の人たちのことで、まったくマイナスイメージがなかった。
B妻は(もしA夫が自身がアスペルガーだとわかれば、今までずっと言い続けていた「うるさいからうるさいと言ってなにが悪い」というセリフが覆るんじゃないか)と思った。
同じ場所で何人かが気持ちよく暮らしていくには、それなりのルールがいる。
空気を読めというわけではなく、マナーとして、思ったことをすべて言っていいわけではないのだ。
B妻からすれば(そんな小学生でも習うようなことを、なぜA夫はわからないのか)と常々思っていた。
B妻自身が家庭でそう言い聞かせられて育ったからでもある。
「うるさい」という言葉自体を使わないように躾けられたし、「急ぎなさい」とは言われても「早くして」と言われたことはなかった。
幼い頃のB妻は思ったことをポロリと口にすることが多く、それを危険だとB妻両親は思ったのかもしれない。
バカだのアホだの直接的な悪口はもちろんのこと、相手を否定するような言葉を口にすること自体を禁じられていた。
「言葉は鉄砲と同じで出したら取り返しがつかないから、相手の気持ちを考えてから発言しなさい。有言は銀、沈黙は金」と何度もなんども言い聞かされた。
もし濃い味付けなら「ハッキリした味ですね」という具合に、決して「うっわ。カラッ」というようなズバリ発言をしないようにと、B妻は口酸っぱく言われて育てられてきたのだ。
だから、A夫が我が子に、「扇風機は危ないから触るな」と言っておきながら「扇風機のスイッチも入れられへんのか」と理不尽になじり、「お前頭悪いんちゃうか」「頭おかしい」「ああ、わかった。お前には無理なんやな」などという否定語を、幼い子供に対して怒濤のように浴びせる行為が、本当に理解できなかったし、聞いているだけで苦痛だった。
「否定語を言わないで欲しい」「言い方をかえてほしい」と何度もA夫にお願いしたが、「本当のことを言ってなにが悪い」と返される。
B妻は理由として、「子供の自己肯定感が低くなるから」「能力がないと言えばその通りに育ってしまうから」と説明しても、「素人がなにを言っているのか」と鼻で笑われる。それならばと、「脳に環境が影響することが書かれた本」や、「子供に伝わる言い方の本」などを渡しても、読んでももらえない。
それらのことから、B妻は(A夫は「自分が普通だ」と思っているのだろう)と感じていた。
(でも、もし、A夫がアスペルガーだとわかれば、A夫こそが特殊だと理解できるはずだ。世間一般ではそんな酷い言葉を子供に投げつけないのだ、ということを理解してもらえる)とB妻は期待した。
そんな間に3人目を妊娠して出産した。
この時のB妻は、(2人目を産んですぐは良い家庭になれていた。きっと3人目ができればまた雰囲気が良くなる)と信じていたのだ。
B妻の実家は3人目を「本当に産むの? 大丈夫?」と若干否定的だったので(後から思えば心配されていたのだが)、実家に頼るのは最低限にした。
出産入院中、B妻実家に泊まらせてもらうのは子ども達だけで、出産後もB妻は実家にお礼と挨拶だけして、子ども達を連れてすぐに自宅に戻った。
3人目を産んだ産院では無料カウンセリングが受けられた。
そこでA夫のことを相談し、一度詳しく精神科医が聞いてくれることになり、出産後に精神科医に詳しく話すと「アスペルガーの可能性が高い」と言われた。
診断がおりれば診療が受けられる。
しかしいきなりテストを受けてもらうことはできないだろうから、ちょうど1人目であるAB1が食事時になると腹痛を起こすようになっていたので、「AB1を調べるために、ついでに両親であるA夫とB妻もテストを受けてもらうという流れにしましょう」となった。
第5話 診断がおりた後
A夫はテストを受けるのを承諾した。
AB1は軽いADHDと診断され薬を飲むようになった。AB1は薬を飲むと頭がスッキリしたらしく落ち着いていき、その後しばらくして薬も飲まなくて良くなった。
そして、A夫B妻もテストを受け、A夫はアスペルガーとADHD、B妻も軽いADHDと診断された。
B妻はあらためてADHDやアスペルガーについて勉強するようになった。
B妻自身、集中力はあるし勉強はそれなりにできるけれども、ルーチンワーク(毎日服を選ぶことや繰り返す日常の家事)が苦手で、ずっと周囲とずれている自分を不思議に思っていたので、ADHD気味という診断にストンと納得がいった。
しかしA夫は納得しなかった。
全体的な数値がAB1やB妻よりも低かったことも納得いかなかったらしい。
「なんでお前らが俺より優れているんだ」と不満げだった。
B妻が期待していたような結果は得られなかったが、テストをきっかけにB妻は精神科に相談できるようになった。
A夫は自分自身に不満がないので、精神科医から「最近どうですか」と聞かれても「問題ありません」と答える。
B妻がAB1や自分のことを相談するついでに、A夫の最近の状態を話すことで、薬が増減された。
精神科医から処方された薬を飲むようになって、A夫はぐっと怒鳴ることが減ったので、B妻は思った。
(良かった。本人の自覚はないみたいだけど、今度こそなんとかなるかもしれない)
しかしそれも長くは続かなかった。
投薬されてから最初の一ヶ月くらいは穏やかに過ごせたものの、やがてA夫は、「あの精神科医を信用できない」と言い出し、別の病院にうつることになった。
2件目の病院の精神科医のことをA夫は気に入り、家から近いこともあって、そこにはA夫だけが通うことになった。
しばらく後に、担当医が代わり、薬がどんどん増えてきた。
薬が増えたことでか、A夫の態度が今まで以上に酷くなっていった。
常にイライラしていて子供たちに当たり散らし、手や足も出るようになってきた。
むしろ、なにか子供が失敗するのを待ちかまえていて、失敗すればこれ幸いと泣くまで否定語を浴びせ、泣いたら「根性がない」だの「これくらいでやる気なくすのなら、最初からやるな」だの追い打ちをかける。泣き止まなければ「うるさい」「黙れ」と言って蹴る。
(いやむしろ、そこまで言われたらやる気もなくなるだろう)と思いながら、B妻は子供をフォローし、A夫をたしなめるが、まったく聞いてもらえない。
そうこうしているうちに、4人目を妊娠した。
さすがにこれにはA夫もB妻も驚いた。最初、あんなに妊娠しづらかったのはなんだったのか、と。
A夫は「まさか妊娠するとは思わなかった」と言い、B妻は(あと少しで3人目を幼稚園にあずけられる。それまで頑張ろう)とそれだけを励みに頑張っていたのが、また一から子育てなのだ。
B妻は赤ちゃんも子どもも好きだし癒やされるので、お世話すること自体に不満はない。
ただ、自分の行動や時間を制限されるし、授乳と精神状態が不安定な子ども達に夜中起こされ続けて、1人目を産んでからの睡眠時間はずっと細切れの5時間なのだ。昼間だって何人目かの幼児とずっと一緒にいるので、一人の自由時間など、ここ数年皆無だ。
A夫は2人目くらいまでは「おむつをかえようか」などと声をかけてくれていたが、最近はもはや怒声か「うんちでてる」しか言わない。買い物にはしぶしぶ子を連れて行くが、飽きた子が騒いでじっくり見られなくて結局怒るので、あまり頼みたくない。「公園に連れて行ってあげて」と言えば「公園で子どもを見ている行為が有意義に思えない」と返される。(いや、有意義とかそういう問題ではなくてね)とB妻は思うが、言ったところで通じない。
1人時間がとれるのを心待ちにしていたB妻はそれでも、(もうしばらく頑張ろう)と覚悟を決めた。
ストレスが原因というバセドウ病も完治することはなく、妊娠時期は要注意なので、定期的にB妻の血液検査も行われる。
2人目AB2を妊娠した時は別々の病院で診てもらっていたが、2つの病院に通うのが大変だったので、3人目からはどちらも検査できる大きな病院に移った。しかし大きな病院は待ち時間も長く、妊婦健診と血液検査でその日一日が終わる。
混み具合によっては、AB2が幼稚園から帰るまでに帰宅できないときがある。
AB1とAB2をB妻実家にみてもらうことになり、A夫はさらにイライラする。
A夫が怒鳴ることで子供はB妻にべったりになる。べったりになるから、A夫が子ども達を誘ってもうなずくことはないので、余計にA夫はイライラして怒鳴る。悪循環だ。
B妻は、出産を心待ちに思うようになっていた。
入院中は、A夫の怒声も、子ども達の泣き叫ぶ声も聞かなくていい。
A夫にまた伝わらなかった、今度はどう伝えようかといちいち考えなくてもいいし、A夫がその場を去ったのを見計らって子ども達のフォローに心を砕く必要もない。さらに家事をせずとも良く、心穏やかに可愛い新生児と5日間ゆっくり過ごせるのだ。
どれだけ新生児が泣こうが、その声は幼児と比べてかよわく可愛いものだ。
夜中に起きるのだって、おむつをかえておっぱいさえやれば寝てくれる。
抱っこをせがまれたところで、新生児は軽いので、一晩中だって抱っこしていられる。
夜中に、かゆみに悲鳴をあげた子の体を再び寝付くまで小1時間なでさする必要もなく、なにやら寝言をいってうなされる子供が落ち着くまでなだめる必要もない。対応しているB妻を、同時に起きてしまった子ども達がとりあって喧嘩することもないのだ。
B妻は早く入院したかった。
第6話 プツリ
B妻は4人目を無事に出産した。
産院での生活はとても癒やされるものだった。
スタッフはいつも笑顔で優しい言葉をかけてくれる。
入院中に無料カウンセラーにもかかった。
言われたのは、「不妊(避妊)手術を受けた方がいいのではないか」と、「すぐに保険センターの相談員を家に派遣するので詳しく話すように」だった。
言葉通り、B妻が帰宅して間もなく、新生児訪問として担当の保健センター員と女性相談員の2人が家に来てくれた。
B妻はこれまでのことをかいつまんで話したところ、A夫からも話を聞こうということで、保健センターにA夫を呼んで話を聞いてくれることになった。
A夫は普段は、いや、B妻と子ども達以外には普通だった。
人当たりのいい笑顔で、口調も愛想がいいものだし、声音も明るい。
なぜ自分や子ども達にだけ酷いのか、B妻には本当にわからない。
その後も頻繁に、B妻は保健センターに通い相談した。
B妻は、出産入院生活の後で日常に戻ると、日常の異常さを際だって感じた。
いつもB妻がA夫と子供たちの間にさりげなく入ることで、かろうじて今はまだどの子も大きな怪我をしていないが、このままだと骨折や後遺症が残るような状態になりそうだった。
だから「とにかくA夫と離れたい。子供達をA夫から離したい」と希望を述べた。
それに対して「シェルターと呼ばれる避難場所があるが、精神的に弱っているB妻が入るには厳しいかもしれない」と言われた。「B妻実家が近いのであれば実家に協力してもらったほうがいい」と。
確かにB妻の実家は近かった。B妻と子供4人が住めるスペースもある。
ただ、B妻は両親のことを、A夫とは別のジャンルで「話が通じない」と感じていた。
以前、まだ1人目AB1だけの時、B妻の母に「A夫が夜中に怒鳴って困る」「離婚を考えている」と話したことがあった。
そのとき「どういう風に怒鳴るのか」や「どうして離婚を考えているのか」という根本的な話をする前に、B妻母は「仕事をしているのだから、夜うるさくて眠れないのは困るでしょう。怒るのも仕方ないんじゃない?」「賭け事、浮気、借金、暴力をしていないのなら、多少のことは我慢すべきよ」と返したのだ。
つまり、詳しい状況を話す間もなく一般論としての表面的な回答を返されるのだ。
ちなみに、B妻父は正論もしくは理想論を返す。
どこに行けるかはわからないけれども、別居を目標にB妻は行動し始めた。
そんな中、2人目AB2が3~4歳になり一番ききわけのない時期になったことで、A夫のターゲットとなっていた。
朝起きた瞬間から機嫌の悪いAB2を散々怒鳴りつけ、泣き叫ぶとさらに怒鳴る。
一度は幼稚園バスを待つAB2に忘れ物を届けに来てくれたと思ったら、怒鳴って蹴って去って行った。
(もはや家の外でもか)とB妻は怖くなった。
B妻はアスペルガーについても勉強していき、あいまいな表現では伝わらないことを知った。
ということは、直接的な表現を制限されて育ってきたB妻が今までやんわりと伝えてきたことは全く伝わっていなかったということになる。
ある夜、A夫が子どもをお風呂に入れることでもめた。
いつものことだった。
A夫が子どもをなにかに誘う、子どもは嫌がる、するとA夫は「俺がわざわざ誘ってやってんのに」と激昂し、「もういい」と目的を果たすこと(今回なら子どもをお風呂に入れること)を放棄するのだ。「誘っても子どもが嫌がったから」を理由にして。
子育てをしていれば、歯磨きだって、食事だって、子どもはなんでも嫌がるのが前提だと考えないとやっていられないものだとわかってくる。それを口八丁手八丁というか、それこそ大人の知恵で言いくるめたり、子どもの気分を上げたりして、子どもをうまくその気にさせるのが親なのだと、さんざん両親からのせられてきたB妻は思っていた。
だから、つい、そのままを言ってしまった。
するとA夫の目が固定され、今までならB妻が間に入ればかろうじて止まっていたのが、AB4を抱っこしたB妻を蹴ってきた。
その場所は奇しくも、AB1がA夫から携帯電話を投げつけられ、B妻が初めてA夫に対して疑問を持った場所だった。
A夫に蹴られた瞬間、B妻は頭の中で、糸のようななにかが切れる音を感じた。
第7話
今までは、きっとなんとかなる、頑張れば伝わると信じていたB妻だったが、A夫に蹴られた瞬間(自分は間違っているのではないか)と感じた。(今までの方法では無理なんだ)と。
これまでB妻は、相談しても、無料カウンセリングか子育て広場や子育て講座、保健センターでだった。
つまりB妻一人でなんとかしようとしていた。
「家の問題はその家で解決するものだ」という思い込みがあったのかもしれない。
でも、どうやらこの問題は、自分一人では解決できそうにない。A夫に蹴られたことで頑張ろうという気持ちが途切れてしまったB妻は、次にどうすればいいか、どう頑張ればいいかもわからなくなってしまった。
突然、立ち上がれないくらい無気力になってしまったのだ。
それで、学生時代からの友達で子持ちになった女友達2人、ネット上で子育て相談も受けているという年上女性の友達に「こういう状況なんだけどどうしたらいいと思う?」とメールで聞いてみた。
A夫には兄弟がいるので、その妻E妻にも聞いてみた。似たような傾向があるのか、もしあればどう対処しているのか聞きたかったからだ。
みんな親身に話を聞いてくれた。
女友達1は「自分の子のかんしゃくも酷い」という話をしてくれた。「そうなるとこっちもイライラするよね」と。
女友達2は「A夫に対して評価や感謝の念が足りないのでは? メールだけでは状況がよくわからない。どういう時にA夫がイライラするのか教えてほしい」という詳しい状況を求める内容だったので、さらに詳しくメールを送ると、こうしたらいいのではという助言をくれた。
年上女性は「おそらく周囲からは『頑張って家庭を維持しろ』と言われると思うけど、離婚する道もあるからね」と言ってくれたが、このときのB妻はまだそこまで考えられなかった。
E妻のパートナーであるD夫は、どちらかというとB妻のような忘れっぽいタイプで、A夫とは全く違っていた。E妻は「とにかく辛抱強く関わるしかないのでは」という返答だった。
「DV相談室にも相談してみたら」と言われたので、DV相談室に電話相談してみた。
しかし「精神科にかかっているのならそちらに相談してほしい。キレる相手が主に子どもなら、児童相談所か家庭育児相談所に相談すれば子どもにキレそうな時の具体的な対処法を教われる」という対応だった。
B妻はあちこちに相談したことで、なんとか立ち上がれるようにはなったけれど、ガッカリしていた。
(1人目が産まれてから10年間ずっと頑張ってきたけれども、まだ頑張らなくてはならないのか)と。
もしかしたら心のどこかで、(DV相談室に相談すればすぐにでも解決できる)と期待していたのかもしれない。
すでに、いわゆる子育て本は色々読んできたし、子育て系の講座も受けられる限りうけてきた。
一般的に最初に助言されるようなことは、すでにこの10年間ですべて試した後なのだ。
だからこそ周囲に相談しているのだけど、周囲はそんなことはわからない。今初めて困った状況になった人のような扱いなのだ。
毎回のようにまず「A夫に対して感謝が足りないのではないか」と言われるが、子どもに暴言を吐き、叩いたり蹴ったりする相手に、どう感謝すればいいのか、逆に教えてほしかった。こっちは家出しないで日常を送れるように家を整えているだけで精一杯なのだ。
でもなぜか、そう訴えると、「B妻のやり方が悪いのでは」「B妻の話し方が悪いのでは」と言われる。
良くなるビジョンが見えず、この先も変わらずA夫をたしなめるが聞いてもらえず、傷ついた子どものフォローを続ける生活が続くのかと思うと、B妻は絶望した。
ちゃんとフォローできていればまだいい。子どもの幼少期が大事だと、体験からも知識からもわかりきっているのに、酷い状況を変えられない自分が情けなかった。
友達1と年上女性は言ってくれた。
「おそらくなんとか家庭を維持するように言われるだろうけど、離婚する道もあるからね」と。
その言葉がなければB妻は立ち上がれなかったくらいに絶望していた。
でも、この時のB妻はまだA夫とやり直せると信じていた。
周囲に相談することで、(自分一人では出せなかった良い解決法があるのではないか)と思っていた。
今までB妻は、子どもの世話は大変でも楽しくできていた。
運動会などの発表会では子どもと一緒にわくわくしていたし、子どもの成長にも感動できていた。
それがさっぱり心が動かなくなった。
子どものフォローにも身が入らなくなってきた。
なんでもない会話が減れば、たとえ母親の言うことでも子どもはきかなくなる。
築けていた子どもとの信頼関係が目の前でゆっくり崩れていくのがわかっても、B妻は以前のようには話せないし動けなかった。
ここまできてようやくB妻は、(あぁきっとY妻はこんな状態だったんだな)と思った。
わざと子どもをみないんじゃない。子どもをみたくてもできないんだ、と。
その、自分の状況とよく似たY妻にも相談してみた。
Y妻の方は、あまりにもX夫の怒声と子どもの泣き叫ぶ声が酷いので、近所から警察に通報があったらしく、かけつけた警官から注意されたことでX夫は少しマシになったらしかった。
「モラハラ発言があればすぐにメモするといいよ」と助言をうけ、(なるべくメモしよう)とB妻は決心した。
今までもメモしようと思うことはあったが、なにしろ毎日まいにち毎回まいかい数もセリフも多すぎて、どこから暴言なのかB妻の感覚は麻痺しているし、覚えたくもない言葉ばかりなので、いつも聞くそばから記憶せずに消去してしまっていた。
せめてと思って、2つ目の精神科に行きA夫のそんな状況を相談すると、医師は「そんな風になっているとは知らなかった」と答えた。
A夫からの自己申告はなかったようだ。B妻から話を聞いた医師は「薬を増やしときますね」と言った。
2つ目の精神科には、4人目出産前後でB妻が通院できていなかったので、その弊害だった。B妻にとっては、場所は遠いけれども最初に話をしっかり聞いてくれた最初の精神科の方がまだ頼りになるように感じた。
児童育児相談室の人は保健センターの担当者と一緒にきてくれた。
ざっくり話したものの、パパ育児講座の案内をくれたり、男女の脳の違いを語ったり。それに対してB妻は、「いやそんな『家事を手伝ってくれない』とか『子育てを理解し合えない』とかいう悩みじゃないのだ」と伝えた。
家事を手伝うことに関して言えば、A夫が少し(皿一枚とか月に1回という頻度)でもお皿を洗えば「誰が皿を洗ってると思ってるんや!」と皆にお皿を使わないように強要してくるので、謹んで辞退させてもらった。
子育てを理解しあえないに関しては、理解しあう以前の問題で、話し合いができないのだ。
B妻は、話し合いというのは、お互いの主張をそれぞれ述べて、すりあわせていく行為だと思っていたが、なぜかA夫は違う主張を伝えた時点で「それなら俺はもうなにもしない」「関与しないから勝手にすれば」と問題に関わること自体を放棄する。話し合いにならないので子育ての方針うんぬん以前の問題なのだ。
しかも「関与しない」と言っておきながら、口出ししてくるのだから、問題は最初に戻りループする。「関与しない」宣言したことを1週間も覚えてくれていればいい方で、下手すれば翌日には同じ出来事が繰り返されるのだ。
結局、「旦那さんは親として我慢するべきことがわかってないのかな」「もしアスペルガーゆえなら本人にはどうしようもないから周囲がフォローするしかないよ」と言われて終わった。
つまりB妻は、『子供4人プラス大人1人のフォローをしなくてはならないのだ』と。
あちこちに相談することでB妻はギリギリ自分を保っていた。
もともとB妻は「声を荒げることは大人げない。いつでも感情をフラットに保てるのが大人だ」と教えられてきた。それでか、すぐに反論することは苦手だった。まずは相手の言うことに「そうですね」とうなずき、どうしても反論するべきときだけ後で反論するか、特に問題がなければ聞き流すようにしてきた。
最近ではA夫の怒声を聞くと、むしろB妻がその声を聞きたくなくて遮るために「うああぁぁーー!!」と叫びたくなるが、(いやいや子供の前でそれはダメだろう)と抑える。
そんな毎日が続いた。
第8話 止まらない
A夫は一度B妻にも足を出したからか、それ以降は子どもにも、以前以上に手や足が出やすくなった。
口調も酷くなり、A夫本人も抑えられないのか「殺しそうやからどっか行け!」というようになった。
あちこちに相談すればB妻が改善できることを助言されるが、それはすべてB妻がやるべきことだった。
確かに今の部屋の状態は酷いし、A夫へのB妻の話し方もつっけんどんになっている。(そりゃ部屋を片付けたり、言い方を改善すればいいのだろうけど、じゃあAB1だけの時は今ほど酷くなかったけど、同じように怒鳴っていたのはどうなるのか)とB妻は思う。B妻だって最初から今ほどなにもできなかったわけではない。AB1一人の時は頑張っていたのだ。
朝10時までに掃除、洗濯、洗い物を終わらせ、AB1を連れて散歩やら子育て広場に行っていた。
平日も土日も晴れていれば公園に連れて行き、月に2回ほどAB1の友達を家に招いたり、逆にお邪魔しに行ったりしていた。
雨の日は家で子供と工作をしたり、絵本を読んだり。
図書館へも頻繁に行き、AB1と借りた絵本は300冊を超えるだろう。
家事の途中でも、子どもからの呼びかけを無視したり邪険にしたりしたことはなかった。
そしてA夫が帰宅するまでに夕飯を作り、お風呂を沸かし、部屋も片付けていたのだけど、怒鳴られていた。
そういえばB妻母は、70歳近い今でも、いつも家を清潔にたもち、自分も美しくあり、話し方も素晴らしいが、それでもB妻父はB妻母に対して文句を言うのだ。そのストレスゆえか、B妻母はガンや筋腫などをわずらった。いずれからも生還しているのは幸いだが、それはB妻母の前向きな考え方のたまものなのかもしれない。
B妻と似た状況にいるY妻は、もともとハーブや自然食、医食同源への関心が高く、店が開けるのではという食事作りの腕前と、無駄なものなど欠片もない部屋を維持しているが、その旦那であるX夫はA夫よりも苛烈なのだ。
それをふまえると、B妻には、どれだけ自分が片付けや言い方を改善しようとも、結局A夫に怒鳴られる未来しか見えなかった。
B妻もB妻母の教育のおかげで、できる限り楽観的に物事の良い方をとらえることができるのだが、残念ながら、その力を持ってしても、Y妻やB妻母の現状を知っているだけに、(Y妻やB妻母ほど家事を頑張れない自分は、このままだとストレスが原因の病気で死ぬんじゃないか)と思った。
B妻の頑張る気持ちがプツリと切れた日の夜、B妻がA夫と話し合おうとしたところ、「なにも話すことはない」と言われ、翌朝には「注意するのも家ボコボコにするのもしんどいから、今度からは自分ら(B妻や子ども)をボコボコにする」とA夫は宣言した。
(今までA夫が怒りにまかせて壁や棚やドアを蹴ったり殴ったりしているので家のあちこちが凹んだり穴が空いたりしている)
宣言通り、その後は「なになにしたら殴る」「なになにしないと蹴る」などと言い、言うことを聞かない子供たちを蹴る、止めるB妻を押しのけても蹴る。
A夫は食事中、特にイライラするらしく、子どもの誰かが毎回泣く。
ある食事中の風景。
「いいたいことがあるの。あのね、えっとね……」
もじもじするAB2に、
「言いたいことはさっさと言えって言ってるやろ! こっちは待ってるねん!」
「いや、今のは私(B妻)に話してるから。ちょっと静かにして。AB2ちゃん、なにかな?」
「あのね、だいこんおろし」
「食われへんのやろ。そんなんわかってるわ! 見てわかることなんでいちいち言うねん!」
「うぅー。抱っこ~」
「その声出すな! 今抱っこできへんのくらいわかるやろ!」
AB2の横でAB3が口に指を突っ込んでいるのをA夫が見つける。
「指食べるな! 汚いやろ! 出せ!」
出さないAB3にさらに大声でA夫は怒鳴る。
「聞こえてるんか!! 出せって言ってるやろ!!」
叩こうとするので、B妻がAB3の指を口から抜く。
「危なかったな。もうちょっとではたくとこやったわ。なんで出せって言うのに出さへんねん!」
大音量の怒鳴り声にAB3が泣き出す。
「うるさいんじゃ! 黙れ!」
B妻からすれば、子供を泣かせているのはA夫の言動ゆえなのだが、A夫にとってはそうではないらしい。
そして、そのことを指摘したところで「俺が悪いんか!」と激昂し話にもならない。
この2ヶ月、覚悟を決めてあちこちに相談してみたものの変わりはなかったので、B妻は、A夫の兄弟の妻E妻が提案してくれた「家族会議をしたらどうか」を実行することにした。
今までB妻は、A夫B妻どちらの両親にも現状を詳しく話していなかった。
B妻実家に関しては、すでにA夫とB妻実家の仲がこじれているので、B妻両親に話せば「即離婚しろ」と言われそうだったからだ。
A夫両親に話さなかったのは、A夫に内緒で義両親に話すのは、なんだか申し訳ないかなと思ったからだった。
それに、どちらの両親にも、一度詳しく話してしまえば、そういう目で見られるようになり、元のようには接することができなくなるだろう。できれば何事もないように仲良く過ごしていたかった。
でももう、そうも言っていられない状況になっていた。
第9話 家族会議と別居
家族会議までにB妻は、A夫B妻どちらの両親にも、現在までの状況を簡潔にまとめた長文のメールを送った。
どうしてメールにしたかというと、今までに何度も困っている詳細をB妻両親に話そうとしたところ、B妻父にさえぎられて最後まで話しきれたためしがなかったからだ。面と向かって話せば、きっとまた肝心の部分になる前に脱線すると思ったからだ。
そして、最初は両家両親とA夫B妻で話し合いたかったが、その間B妻の幼い子どもたちをどうするかという問題が出て、B妻両親が子ども達をみるしかなく、話し合いにB妻両親は不参加となった。
その代わりに、これまでずっとメールでB妻の相談にのってくれていたE妻の夫であるA夫の兄弟D夫が参加してくれることとなった。
つまりA夫家族とB妻という状況だ。
ちょうどその頃、ストレスから血尿になっていたB妻は、内科で診断書をもらい、診断書を理由に、B妻と子ども達がB妻実家へ別居するという流れにしよう、と考えていた。
事前にA夫にA夫家族が来ると伝えればまた激昂するだろうから、A夫にはA夫家族が来ることを知らせなかった。
話し合いにB妻側がB妻しかいないのは不利だろうとE妻は指摘し、話し合いの前にB妻宅でA夫家族とB妻父が話した方がいいだろう、と提案してくれた。
しかし結論から言うと、家族会議は微妙な結果に終わった。
まず、B妻の父親が「結婚すれば最後まで添い遂げるべき」という考えだったため、B妻のあずかり知らぬところで、B妻父は、「困難を乗り越えて家族になるべき」という一般的には良い話を熱弁していたようなのだ。
そしてB妻としては、A夫の両親に、A夫が暴言暴力をふるうのをたしなめて欲しいと思っていたのだが、帰宅したA夫が集まっていたA夫家族に対して「現状が辛い」と泣き出したのだ。「会社の上司が酷くて家でもイライラしてしまう」と。
結局、「A夫は頑張り過ぎてしんどいのだから、しばらく一人でゆっくりしたらいい」という流れになっただけで、子どもへの暴力暴言についての言及はまったくなかった。(なにはともあれ別居はできるようになったから良かった)と、とにかくA夫とすぐにでも離れたかったB妻は思った。
遠方からわざわざきてくれたA夫家族を駅に送り届けたB妻が帰宅すると、A夫は言った。
「おまえは俺を売ったんやな。顔見てたら殺したくなるから、さっさと出て行け!」
それでもB妻は期待していた。
(とにかく子ども達と離れればA夫は冷静になるのではないか。A夫がいうところのうるさい子ども達がいない空間で過ごせば、少しは落ち着くのではないか)と。
別居して一週間たった頃、荷物を取りに戻ったB妻とA夫が顔を合わせた。
「もう帰ってくるんやろ?」
「もう落ち着いたの? まだならもう少し離れてるつもりやけど?」
「離婚するんやったらこんな準備期間いらんから、さっさと離婚したらいいねん!」
子ども達がいないのだから静かでさぞ心安らかに過ごせているだろうと思っていたのに、A夫はまったく落ち着いていない様子だった。聞くと、「帰宅してから家事をするから睡眠時間が削れて辛い」と言う。
食費は多めに置いてきたのに、いちいち自炊し、そのあと洗濯をしているという。
(なんで全部帰ってからしようとするんだろう?)とB妻は思った。
ご飯を作るにしても、まず洗濯をしかけてから作れば、衣類を洗濯機が洗っている時間が無駄にならない。そもそも自炊せずに買って帰ればいいし、洗濯量も少ないのだから、夜しかけて寝て、朝起きてから干せばいいのでは?
B妻は別居している間に、子ども達がいるとなかなか進まなかった家の片付けをしたかったので、片付けに戻るついでに洗濯をするようにした。
するとB妻父が「別居ごっこしてんのか?」と言い出した。どうやら、B妻がかいがいしく家事をするために戻っていると思ったらしい。
(どれだけロマンチストな発想なのか)とB妻は思った。
B妻の別居の目的は、A夫と子どもたちを離すことでどちらも落ち着かせることだ。
怒鳴られ続けた子ども達の精神は不安定になってしまっている。そんな子ども達の声にA夫は怒鳴り、さらに不安定になるという悪循環なのだ。
子どもが回復しなければ落ち着いた言動にならない。A夫が回復しなければ暴言暴力がおさまらない。誰もが回復するために別居したのに、A夫に落ち着く様子がないから、片付けついでに洗濯しただけなのだが、家に戻る行為自体がB妻父には不評だった。
くわえて、4人も子どもがいれば自然とにぎやかになる。
B妻にとっては日常でも、70歳前後のB妻両親にとっては4人の幼児たちとの同居は激しいものだった。
B妻父は「ずっと家にいてもいい」と言ってはくれるが、B妻は「一ヶ月が限度だな」と感じた。そういえば、1人目出産後に実家に頼った時も「いてもいい」と言いながら「いつまでも寝てばかりいて」「いつ帰るんだ」とかげで言われていたのをB妻は思い出した。
B妻父はいつもそうだった。
話の結論を2つ用意し、いつでもどちらにでももっていけるようにしている。
しかもアルコールが入るとB妻父の話は迷走する。よくわからない理論で自分の大事なことをけなされるのはたまらないので、幼少期のB妻はだんだんと自分の考えを隠すようになっていった。どこのお貴族様かと思わないでもないが、そうしなければ無駄に傷付くだけなので、自分を守るためにそうするしかなかったのだ。
B妻父は「ここ(実家)で子ども達を一緒に育てよう。守ってやる」とも言ってくれたが、自分と同じように感情をかくす微妙な癖がつくのかと思うと、B妻実家で子どもを育てるのに踏み出せなかった。
それにA夫ほど表に出さないが、B妻父も子どもの声が苦手そうなのだ。おそらく一緒に住んでしまうと、かつてB妻がされていたように、アルコールが入った状態で延々と「おまえはダメなヤツだ」と存在を否定され続けることになるだろう。
実家はたまに頼るくらいが一番よい距離感なのだ。
いつか保健センターで相談していた、別居先として候補に上がっていたB妻実家が、B妻の中で候補から外れた。
それを思えば、A夫はよく耐えているとも言える。
まぁ4人の子供をつくったのはA夫本人なので、「自業自得だ」「当たり前だ」と周囲からは言われるだろうが。
B妻自身もよく言われた。
「そもそもそんなに子供をつくらなければ良かったんじゃない?」と。
それに関しては、2人目ができたとき、穏やかな家庭になった時期があったので、B妻は勘違いをしてしまったのだ。
子供ができればおだやかになる、と。
今思えば、穏やかになったのは連続子育て講座のおかげだとわかる。効果期間は、通っている間とその後1週間程度だったけれど。
そして、(そもそも、今さら「子どもをつくらなければ良かった」などと話し合ったところでどうしようもないのに、なぜそもそも論を展開するのか)とB妻は思う。
周囲からよく言われるセリフは他にもある。
「あなたが選んだ相手でしょ?」
B妻はこのセリフの意図がわからなかった。
「自分で選んだからあきらめろ」ということなのか「自分で選んだから自己責任」ということか、ズバリ「男を見る目がない」ということなのか。
でも、おそらくだが、パートナーの早死にあった人に「そんな早く死ぬ人を選んだのはあなたでしょ」とは誰も言わない。
言わない理由は、パートナーの生死は事前にわからないからだろう。
なら、例えばパートナーが罪を犯したら?
(犯罪なら「そんな人を選んだのはあなたでしょ?」などと言われそうだな)とB妻はぼんやり思う。
なぜか周囲は、パートナーの生死は事前にわからないが、パートナーの人格はわかるようなのだ。
(その人たちは、どれだけ恋愛マスターでコミュニケーション上級者なのか)とB妻は思う。
余談だが、B妻はかなり本気で結婚する意思がなかった。
家で接する男性が癖の強いB妻父なのだ。あんな難しい生物と一緒に暮らせるとは思えなかった。
だから20歳までは、シェアハウスできそうな女友達を探していた。
しかし話しやすいA夫と出会った。
それまでも何人かの男性とつきあってきたが、その誰よりもA夫は嘘がなかった。
B妻は家で相手の考えの裏を読むことに疲れていたので、誠実な相手を探していた。
A夫と出会ってからも、一緒に暮らせるかどうかはわからなかったので、10年間つきあった末に結婚した。
付き合い始めて子どもができるまでの10年以上、今からは想像もできないだろうが「万年新婚夫婦」と言われるほどラブラブカップルだったのだ。
それが、この体たらくである。
10年かけて審議した結果がこれでは、「見る目がない」と言われても反論できない。
B妻父は「ここ(B妻実家)で子どもたちを育てよう」と言っておきながら「(A夫と)最後まで添い遂げろ」とも言う。
B妻にとって現在の状況は「ブラック企業に就職していたのがわかったから退職したい」と思うのに似ていたが、B妻父とE妻はなぜか「最後まで勤め上げろ」と言う。それはB妻にとって「精神的に死ね」もしくは「B妻の人生をA夫に捧げろ」と言われているようなものだった。子どもたちは大きくなれば巣立つがA夫はそのまま残る。A夫が成長しなければ同じ問題をずっと起こし続けるのだ。そのフォローをするのはB妻だ。
A夫が荒れる理由が子どものせいだというなら、少なくともあと20年は荒れることが確定している。
あと20年このままやり過ごせるとはとても思えなかった。20年経つ前に子どもがケガをするか自殺するかB妻がストレスで死にそうだ。それは困る。B妻は子どもたちに孫ができた時に、いいおばあちゃんとして助けになりたかった。
B妻父はいつもの二択なのでわかるのだが、なぜE妻は離婚を忌避するのかB妻は不思議だった。
E妻に話を聞くと、どうやらE妻の両親が離婚していたからのようだった。
E妻は「両親が力を合わせて問題を乗り越える姿を子供たちに見せるべきだ」と言う。
しかし、同じように両親が離婚していた昔からの友達1は真逆のことを言った。
「父と別れた母はすっごい精神的にラクになってたから、離婚はアリだよ」と。
2つのことから、どうやら離婚自体が問題なのではなくて、離婚後の精神状態が良かったか悪かったかで離婚に対する印象が違うのだとわかった。
E妻は両親が離婚した後も大変だったようだが、友達1は両親の離婚後の方が心穏やかに過ごせたようなのだ。
(今の不毛な問題に悩まされるより、離婚後の生活について考える方が前向きでいいんじゃないか)
B妻の心は少しずつ離婚に傾き始めた。
第10話 考えてみた
B妻の予想通り、やはりB妻父がもたず、一ヶ月で別居は終了せざるを得なかった。
しかし一ヶ月の間に、何度かA夫とB妻は話す機会を持てた。
A夫は、「反省している。寂しいから別れたくない」と言う。
「薬が多いのが辛い」ということで、最初の精神科医に戻ると、「これはしんどかったでしょう。強すぎます」と薬を減らしてもらえるようになった。
(一ヶ月離れていたし、少しは変わったかもしれない)とB妻は期待した。
しかし怒鳴るのは相変わらず続いていたし、回数は減ったが、子供達に手や足は出る。
(別居しても変わらないのか)とB妻はガッカリした。
記録を残すためにも、B妻は、友達2とE妻に、報告メールとしてA夫の言動をメールで定期的に送っていた。
すると一度、B妻宅に子ども達や家の様子を見に来たE妻から「子ども達の躾がなってないからうるさいんじゃないの?」と指摘された。
ちょうど前々から受けたかったこともあり、B妻は「ペアレントトレーニング」を受講することにした。発達障害児に対して効果的な親の対応を学ぶ講座だ。
すでに色々実行しているY妻が詳しかったので話を聞いたことはあったのだけど、受講場所が遠かったり、受講期間に幼稚園の行事が重なったりで、B妻は今まで受けられなかったが、今回はちょうどタイミングが合ったので受けられることになった。
講師はADHDやアスペルガーにも詳しく、それぞれの特徴についても解説してくれた。
それと前後して、ひとつめの精神科医が開く発達障害についての講演会をA夫が「聞きたい」と言ってくれ、発達障害について理解を深めることができた。
講演会のおかげで、やっとA夫は「自分はアスペルガーかもしれない」と受け入れ始めた。
しかしそれは「アスペルガーだから無理」と言いだすきっかけにもなった。「俺はこういう性質だからそんなことはできない」と。
(なにを言っているのか)とB妻は思う。
A夫は有名高校を出て大学卒業後に普通に就職した、日常生活が送れるアスペルガーだ。
同じくB妻も、有名高校を出て大学卒業後に普通に就職した、日常生活が送れるADHDなのだ。
ADHDからしたら、物の整理や毎日の決まった作業である家事はかなりの苦痛だ。それでも子供2人まで荷物の整理は時間をかけてできる限りこなしてきたし、今や子供4人プラス大人2人の持ち物の管理と食事の用意でオーバーワークだけど、それを無理だとは言わない。できる限りやるしかないのだ。
(「アスペルガーだから無理」などと言っていいのは、もっと特徴的な人だけだろう)とB妻は思った。
講演会などで、アスペルガーはスマホのアプリに例えられる。
ひとつのアプリはひとつのことしかできない。アスペルガーも、ひとつのケースから他のケースを応用して考えるのが難しいと知ったので、B妻は、A夫と子どもがもめた後にメールで「この場合はこれがそうしたからああなったから、次はこうしたらいいよ」というメールを送るようにした。
しかしこれは途方もないことだった。
子育てというのは同じようで違う。自分の子ども4人にしても4人とも性格が違う。それを毎回まいかいケースごとにメールしなくてはならない。
(いったい自分はいつまでこのメールを送らなくてはならないのか)とB妻は思った。
何冊かケース事に良い言い方悪い言い方が書いてある本が出ていたので、購入してA夫に渡したものの、一向に効果がない。
教育現場にいる友達2に相談したところ「『今回はここだよ』と当てはまるページに付箋して渡さないとわからないと思う」と言われた。(そこまでしなくてはならないのか)とB妻は思った。
Y妻から「暴言はメモをとるべき」と言われてからはできる限りメモするようにもしていたが、メモをとるのは苦痛だった。子供が理不尽に責められている酷い状態を、後から思い返してセリフを書き出すには、その状態を覚えるために脳のリソースを割かなくてはならない。
B妻の脳の8割はA夫と子供達の酷いことを覚えること、書き出すこと、改善メールを送ることに使われ、残り2割で家事をしている感じだった。もっと要領が良ければ自分のためにも使えるのかもしれないが、B妻はADHDなのだ。一度に扱える量が少ない。むしろADHD特有の忘れっぽさで勝手にリソースが空いてそこそこ使えていたのが、A夫に関することを覚えることに割かれている今では、ほとんど余裕がない。
(子ども達を守るためには仕方がないのかもしれないけれども、自分はA夫のマネージャーかなにかなんだろうか)とB妻の生きる気力や活力は薄れていった。
B妻の気持ちが離婚にかたむいているのを知ったE妻が、「離婚したらすべてがうまくいくと思っている人へ」というサイトをよく読むようにと教えてくれた。
ざっくり言うと「直面している問題は、本当に離婚するだけで解決するのか、離婚する前によく考えよう」という内容だった。
B妻は離婚のメリットとデメリットを考えてみた。
A夫がいてくれて助かるのは、お金を稼いでくれること、子どもをお風呂に入れること。たまにゴミ捨て、壊れたものの修理、どうしても人数が足りないときの要員だった。
A夫がいて困るのは、子ども達の存在を否定する言葉を浴びせること、子ども達のトラウマになりそうなこと、子ども達の人格がゆがみそうなこと、それを改善できずに見続けるB妻がしんどいこと。
(つまり、お金さえ稼げればA夫と離れた方がいいんじゃないか)とB妻は思った。
(A夫と別れれば、自分の心の大半を占めているしんどいことが一気になくなる。どうせ悩むのなら、どんな仕事をしようとか、もっと前向きなことで悩みたい)
詳しい状況をメールで受け止め続けてくれていた友達2は、最近は「またこのパターンなんだ」とA夫の行動パターンを読めるようになっていた。その上で「子ども達を第一に考えるなら、もう別れた方がいいんじゃない?」と返すようになった。
そこで、1人目を産んでしばらくしてから最初に離婚を考えたときと同じように、B妻は就職先を探し始めた。
しかしなぜか、B妻実家とA夫はB妻が働くことに賛成しなかった。
第11話 たたみかける現実
小さい子どもがいるので、フルタイムでは働けない。
B妻は(医療事務か、学校と同じ長期休暇がある小学校の給食のおばちゃんがいいな)とパートを探していた。
しかし幼稚園に通わせていると時間的にどこにも働けそうにないので、保健センター員と、働くママである友達2のすすめもあり、保育園にうつれないか聞いてみた。
B妻はまだ働けていないので『求職』で申請を出すことにした。
A夫は「まだ4人目は1歳なのに」と保育園に入れることに不満そうだった。
ちなみに、3人目を2歳保育に入れるときにも「かわいそうだ」と文句を言われた。しかしA夫は、文句は言っても面倒はみないし、B妻自身が家に子どもと二人でいても、ろくに会話もできないくらい精神的に限界だったので、2歳保育に入れたところ、体も大きく上2人にもまれたAB3は楽しそうに通ってくれた。
B妻は、このまま家でAB4の面倒を見ていたら、そのうちAB4をいないものとして扱ってしまいそうなくらい精神的に限界だったので、A夫から文句を言われる中で保育園にうつることを強行した。
すでに保健センターには1年以上相談に乗ってもらって現状を把握してもらっていたし、離婚するかもしれないということも考慮されて保育園にうつることができた。
B妻は期待した。
(これで働き口さえ決まれば、A夫と離れられる。あの怒鳴り声を聞かなくて済む)と。
就職先も、ちょうど近所の医療施設と、車で通える給食施設が見つかった。(できれば給食施設がいい)と、B妻は車で15分の給食施設で働きたいと周囲に話した。
すると、少し前にB妻が交通事故を起こしたからか、A夫はB妻が働くことに反対した。
B妻にとっては、電車で通う場所より車で通える場所の方がラクだったのだが。
B妻両親も「外に働きに出る前に、内職をうち(B妻実家)に持って来てやったら?」と、B妻が外に働きに出ることを止めた。「今働きに出たら家のことがおろそかになるでしょう?」と。
B妻は気分転換がしたいのではない。定期的で確実な収入が欲しいのだ。
保健センターで聞いてきた、ひとり親手当や子ども手当だけでは明らかに足りない。少なくともその倍はないと生活できないのだ。
もし実家で内職をしても、たいした収入にはならないし、両親に気を使って精神的に余計に辛くなるだけだ。見知らぬ仕事場に行って時間分働く方が気楽なのだと話しても、わかってもらえなかった。
そうこうしているうちに就職先は消えた。
求職で保育園に入ったので、あと数ヶ月で就職先を決めなくては保育園にもいられなくなる。すでに他の幼稚園に通っていたAB3を仲の良い友達と別れさせてまで保育園にうつしたのに。
そんな時、相談し始めて1年経つかどうかになったE妻からメールがきた。
「私に愚痴をいうくらいなら、本人(A夫)と話し合った方がいいよ」と。
B妻は基本的に愚痴を言わない。B妻母の教育のたまもので「愚痴るくらいなら前向きなことを考えよう」という思想だからだ。
E妻に送ったメールは、確かに最初はどうしていいかわからず混乱していたため、愚痴めいた口調で相談していたかもしれないが、最近、月イチで送っていたのは「報告メール」というタイトルで、A夫の言動をメモしたものだった。なぜそんなものを送っていたかというと、「なにかあったら教えてね。愚痴でもなんでも聞くからね」とE妻に言われていたからだ。
B妻にとっては、思い出して文章にまとめる行為すら辛かったのに、わざわざ送っていたのは、報告しないと勝手に解決したと思われるからだ。
それが、ただの愚痴だと思われていた。しかも、何度も「話し合えなくて困る」と書いていたにも関わらずまだ「話し合え」と言うのか。
親身になって相談にのってもらえていると思っていただけに、B妻はまったく自分の言葉が届いていなかったことにびっくりした。
そして、実家の反応やらE妻のことやらを精神科医に話したところ「相談する相手を考えた方がいいですね」と言われた。
B妻が相談したのは、いわゆる公共の相談窓口と、実の両親、義理の両親、義理の家族、友達だ。
それ以上に誰がいるんだろう?
B妻は追い詰められていった。
離婚するために就職したくてもできず、言葉を重ねても誰にも届かない。
久しぶりに苛烈なX夫をもつY妻からメールがきた。Y妻はX夫と話し合いからの言い争いの末、首を締められて、あわや殺される一歩手前だったそうだ。
「『話し合えばいいよ』って気軽に言われるけど、話し合いなんかできないよねー。しかもどれだけ頑張っても、まったく話は通じないんだよねー」
B妻はY妻に共感しかない。
もしかしたら「話し合えば通じる」と思っている人たちは「どれだけ話したところで話が通じない人たちがいる」ことを知らないのかもしれない。おそらく「話せばわかる」思考の人たちは、「B妻の話し方が悪いからだ」「B妻の努力が足りないからだ」としか思っていないのだ。
E妻からしたら、「一年も相談にのっているのに進展がないとは、一体なにをしているのか」という気持ちなのかもしれない。B妻はできる限りやっているが、「結果が出せていないのだから、B妻がなにもしていないか、B妻のやり方が悪い」と解釈されるのだろう。
今回メールで話したY妻の状態はかなり悪く「体調を崩して入院し、シェルターをすすめられた」というY妻に、B妻は聞いてみた。
「シェルターに入らないの? 入ってそのまま離婚したらいいのに」
Y妻は「シェルターに入ってそれから先が想像できない」と答えた。「でも、看護師資格をとりたいな。お給料いいみたいだから」
Y妻にはAB2とAB4と同い年の2人の子がいる。今すぐフルタイムで働くのは難しい。
やはり先立つものがないと、離婚にはふみきれないのだ。
今更ながらB妻は、産院で「不妊(避妊)手術をした方がいい」と言われた意味がわかった。
子どもがインフルエンザや手足口病など、うつる病気にかかったとすると、どこにもあずけられずに家で面倒を見ることになる。それが4人同時にかかるのも大変だが、連続してかかると、B妻は一ヶ月のあいだ家にこもることになる。
子どもが大好きなB妻は子どもを重荷に思ったことなどないが、予告なく病気にかかる子ども4人を抱えて、家庭を支える収入を得られる就職先を探すのは不可能に近い。
B妻は、どうにかしようともがくものの、どうしようもない現実に、打ちのめされていった。
「誰かに相談すればなんとかなるかもしれない」と思えていた頃は、辛い現状を話すことも頑張れていたが、現状を話したところでどうにもならないことがわかってきた今は、相談することすら億劫に感じるようになってきた。
最初はA夫に対して「目の前から消えてくれないかな」とうっすら思うだけだったのが、だんだん「死ねばいいのに」になってきて、そう思ってしまう自分を嫌悪するのを繰り返していた。そのうち、「もう自分が死んだ方が早いじゃないか」と思うようになっていった。
子どもを保育園に預けたあとの帰り道で涙が止まらなくなったり、このまま道路に飛び出たらラクになれるかな、どこから飛びおりたら死ねるかな、ときょろきょろしたり。
E妻に「ネグレクトだ」と言われた話をY妻に話したところ、「いやいやB妻は子煩悩だよー。それでネグレクトってないわー」とY妻は言ってくれた。
B妻父は「A夫がそんな風になったのも、子どもが言うこときかないのも、B妻の責任だ」と言う。「すべてB妻の躾が悪いのだ」と。
E妻は言う。「現状で子ども達が不登校とかになってないのなら、A夫の言動はB妻が言うほど酷くなくて、大丈夫なんじゃないの?」と。つまり「B妻が大げさに騒いでいるだけだろう」と。
今までB妻は必死に子ども達をフォローしてきた。それでなんとか子ども達の心を守ってきたつもりだった。
それが「子ども達に症状が出ていないのなら大丈夫だ」といわれるのなら、(今までの自分の努力は無駄だってこと? フォローする方が間違っているの?)。
(A夫に話が通じないのは自分の話し方が悪いから? 子どもがうるさくてA夫がイライラして怒鳴るのは、子どもたちを躾できていない自分が悪いから?)
B妻は今まで考えなくてもできていた子育てすらできなくなっていった。
粉々になったB妻は精神病と診断され、保育園にはそのまま通えることになった。
第12話 恋とはどんなものだったかしら
アスペルガーとADHDについての解説サイトはいくつもあり、それによると、アスペルガーにとってADHDは興味深い対象らしく、大変心ひかれるものらしい。
Y妻も言っていた。「私たちは選ばれちゃったんだよ」と。
どこかでB妻は『本能的に女性は男性を救いたいのだ』という文を読んだのを思い出した。
その文を読んだ時、そういえば相談した誰からか「私が救ってあげなくちゃーとか思ったんじゃないの?」と言われたことがあった。
もともとB妻は少女漫画が苦手だった。
だからそんな恋愛的なかけひきなどまったく考えていなかったので、「そんなこと考えたこともない」と答えた。B妻はただ、自分が育ってきた、気持ちを隠さなければならなかった家庭ではなくて、誠実な相手と裏表なく語り合える普通の家族になりたかっただけなのだ。
その話をすればY妻も「B妻と同じだよ」と話してくれた。
Y妻も父親のことが苦手で、当時は話しやすかったX夫と結婚した。子供ができるまでは一晩中語り合えるくらいに仲が良かった。Y妻とX夫は、お互いあまり良い家庭環境じゃなかったから、「こういう家庭にしようね」と子供がうまれるまでは仲良く語り合っていたという。
漫画「旦那さんはアスペルガー」を読んでY妻は言った。
「読んでて思わず泣いちゃったよー。攻撃的でなくてもここまで苦労するんだね」
B妻もまったく同感だった。
(アスペルガーからしたら、私たちはなんなのだろう?)
(世にいた天才系のそばにいた家族の人たちは、そうとう苦労していたんだろうな)とB妻は思った。それとも、時代的に家庭から離れて暮らせていたのなら、案外うまくいっていたのだろうか。
そう、子どもから離れてくれさえすればいいのだ。離れて暮らせれば軋轢が生じないのだから。ただ、現代では別居にもお金がかかるので、よほどうまくしないと別居もできず、傷だけが深まってしまう。
(漫画「旦那さんはアスペルガー」にしても、主人公である作者が精神的に復活できたのは、別居できたからだろうな)とB妻は勝手に思っている。
一緒に暮らしながら、特に怒声を聞きながら復活するのは難しい。例えるなら「いじめがなくならない教室に休み無く通いながら正常を保て」と言うのと同じなのだが、なぜみんなそれを「家族だから」と強要するのだろう。
だから漫画最後の精神科医の「愛だね」と読めるコメントが、B妻には微妙だった。
B妻にとって今までのA夫に対する対応は、初めこそ愛あればゆえだったが、今では生活のためになっているように思える。愛情はすでに限界を超えてマイナスに食い込んでいる。ないそではふれないのだ。捧げるだけだと愛は枯渇する。永遠に湧き出る泉じゃない。
パパ会なる、父親の子育て会に参加した後、A夫は唐突に言った。
「怒鳴るのは悪いんやな」
精神的に疲弊して透明の分厚い膜に覆われたような状態になったB妻は、(なにを今更)と思った。
(今まで数えきれないほどA夫にそう伝えてきたじゃないか。汚い言葉でののしらないで。子供の脳に悪いから、自己肯定感が下がるからといった理論的に書かれた本も何冊と渡してきたじゃないか)
話を聞くと、パパ会と、パパ会とは別で、でも同日に同じ事を言われたのだと言う。
それ以降、暴力と暴言が激減した。
とにかく怒声を聞かないにこしたことはない。
B妻は(良かった)と思う反面、(これまで自分が伝えてきたことは少しもA夫に伝わっていなかったのか)とむなしくなった。
(私の存在ってなんだろう? 家政婦かベビーシッターかお手伝いさんか。言葉の価値がティッシュ一枚にも劣るから、部屋のすみのホコリかもしれない)
そのパパ会ですすめられたとかで、自己啓発セミナーに行きたいとA夫が言う。
「あと少しがわからなかったけど、これで変われる気がする」と。
「そこまで言うなら行ったらいいよ」とB妻はA夫を送り出した。
A夫は劇的に変わった。
久しぶりに子どもができる前くらいの上機嫌なA夫になった。
B妻は嬉しかったが、今までの前例があるので、それほど手放しには喜べなかった。
今までだって、講座の期間中や終了直後は大丈夫なのだ。問題はその後だ。本人も感動しているくらいだから一週間はもつだろうが、一ヶ月以上もつかがわからない。
A夫はそうとう嬉しかったようで「もっと上のコースもあるから、それも受けたい」と話した。
セミナー料金は数万円~十数万円と高かったので、「バイトして前払いでならいいよ」と約束した。
それからA夫がセミナーを受け続ける日々が始まった。
第13話 天秤はどちらに傾くのか
確かにセミナーはA夫に対して効果があった。
B妻も子ども達もそう思った。
暴力も怒声もなくなり、保育園に子どもをあずけることができて、B妻の精神も回復してきた。
(このままなら仲良く暮らしていけるかもしれない)
そうB妻は期待した。
A夫は「さらに上のセミナーを受けたい」と希望した。
セミナーはB妻一家にとってお高い料金なので「とても生活費から出せない」と話すと、「バイトする」とA夫は言った。
最初、平日は会社員として働いているA夫は、土日に会社関係のバイトをしてセミナー代を稼ぎ、前払いして約束を果たしていた。
それが崩れたのは、セミナー側が「このコースを受けている途中でこのコースを受けると効果がよりわかります」だの「今なら何万円引き」だの言い始めたくらいからだった。
この時、B妻が「いや前払いって約束だったよね」とA夫をつっぱねれば良かったのだろうが、追加のセミナーを受けることに「約束が違う」と反対すると「結局、俺の希望はなにも通らないんやな」とまるでA夫を全否定したかのような反応を返され、B妻はしぶしぶながら許可してしまったのだ。
しかも聞くと、あるコースでは、支払い前に説明がなかったにも関わらず、「受講途中で新しい受講者を2人連れてこなければ、このコースはこれ以上は受けられません」といった内容だった。
B妻はその話を聞くと(あやしすぎる)としか思えなかった。(いわゆるマルチ商法じゃないか)と。
実際、その説明を受けて、セミナーを受講途中でやめた人がいたらしい。B妻は真っ当な反応だと思った。
しかしA夫は、「やり始めたからには最後までやりきりたい」と、一見ごくまともな考えから続けてしまった。
セミナーメンバーのSNS会議の様子を垣間見れば、他にも「勧誘するのが難しい」「なにか違うような気がする」といった意見が見られた。
しかしそのたびに、SNSメンバー内にいる先輩メンバーが、「大丈夫、説明もだんだんうまくなるよ」だの「いいことは広めないと」だの「みんなに知ってもらわないのはもったいないよね」的な内容を書き込み、「そう言われたらそうかな」という流れになっていた。
そのときはまだ、A夫も半信半疑でセミナーを信じ切れていない感じだった。
B妻はA夫からすすめられたのと、セミナーではいったいどんなことをしているのか興味を持ったので、セミナーの説明会に参加することにした。
一度目はまさにA夫が最初に受けたセミナーの後だったからか、その場にいる受講者たちが皆ハイテンションで、「受講すれば人生が変わる!」「ぜひ受けて!」「受けなきゃ損だよ!」という感じだった。
そんなテンションの受講者やかつて受講した先輩メンバーに囲まれ、受講するという契約を結ばなければその場から帰れないくらいに盛り上がっていた。ちなみに夜11時過ぎである。
講師の話も、先輩メンバーの受講して成功した体験談も、普通に興味深いものだったが、演劇部に所属していたことのあるB妻からすると、どこか演劇めいているようにも感じた。(みんな劇団風でうまいなー)とB妻は思った。
講座の内容は、昔スピリチュアルやら占いやら心理学にハマったB妻から見ると、(いろんな内容をうまくひとつにまとめているなー)という感じだった。(その知識量やまとめる手間暇を考えると値段分の価値はありそうだ)とは思った。
しかし今現在のB妻は、すでにそのジャンルへの興味は落ち着いている。家計に余裕もない(一回の受講費は数万円〜数十万円かかる)。「お金がないから」と受講を断ると、「大丈夫。値段分の価値はあるよ」と返される。
それはそうかもしれないが、「拘束時間が長くて、とても乳幼児の母親である自分は受講できない」と言えば、「旦那さんがみてくれるよ、ね?」とA夫にふり、A夫も笑顔で頷く。
(いやいやいやいや。子どもをあずけるのに不安しかない)
すっかり冷静になったB妻は、とりあえず受講する手続きをとり、あとから精神科医から止められたという理由でクーリングオフをした。
実際、精神科医に相談したところ「あやしいですね。行かない方がいいですよ」と言われた。
A夫がセミナーを受けて変わった部分は、今までB妻が解説しようが、本を何冊も渡そうが、講演会を聞こうができなかったアンガーマネジメント(怒りのコントロール)ができるようになったことだ。毎回ではないけれども、怒った状態の自分を後から振り返ることができるようになった。
詳しくはわからないが、どうもセミナーでは、いろんなパターンの状態をひとつひとつ独自のネーミングをつけて解説してくれているらしい。それを知ったことで、A夫は初めて自分を第三者的に考えられるようになったのだ。
(振り返りができるなら、現在進行形でも若干冷静に考えられるだろう)とB妻は思った。なにしろ「覚えておく自分」がその場にいないと覚えることすらできないからだ。
アンガーマネジメントをできるようにしてくれたセミナーの功績は素直に素晴らしいとB妻も思えた。
あのいつまで続けたらいいのかわからないメール地獄を思えば、本当にすごいことだった。
セミナーでは、会場の参加者100人弱から受容と承認が得られる。
自分の意見に対して100人もの人たちが笑顔で拍手してくれたら、そりゃあ嬉しいだろう。
B妻は(きっと大規模な受容と承認があって、A夫は変われたんだな)と思った。そして(そんな規模を疲れ切ったイチ個人に求められても無理だわー)とも思った。
しかし、ネットの書き込みには「三日程度で人生変わるくらいの簡単な人生なのか」とセミナーを否定的に書いてあったり、精神科医も「短期間でトラウマを克服するのは難しい」と言っていたりもした。それはその通りだとB妻も思う。(一瞬でトラウマを乗り越えられるのは二次元だけだ)。
でも、(気持ちが変わるキッカケなら、ただ誰かの何気ない一言であったり、たまたま聞いた曲であったり、風景であったり、といった些細なものでもなり得る)ともB妻は思う。
それは、恋をすれば世界が輝いて見えるのと同じことで、ただ、世界を見る人の目がどう変わるかだけなのだ。
A夫にはセミナーという世界を見る目がハマり、B妻にはセミナーは必要なかった、それだけなのだ。
本来なら、それだけの話なのだ。
微妙に引っかかりは感じるものの、A夫は充実してそうだった。
100人単位の知り合いが増え、毎日のようにSNSで成果を話し褒め称え合い、毎週セミナーへ手伝いに行き、家にいる時間は少なくなり、家にいても電話かSNSをしていて、子ども達はもちろんB妻と会話はおろか顔を合わす時間もない。
ある意味、B妻と子ども達にはとても平和な日々だった。
しかし、毎週土日はセミナー、平日も仕事の後にセミナーへボランティアに出かけ、A夫はだんだんと睡眠不足となり(セミナーは早朝から夕方か夜9時か夜11時過ぎまであり、一番長いと朝6時過ぎに家を出て帰宅する頃には深夜0時をまわる)、休む時間がない状態になると、イライラしたA夫が子ども達とB妻に八つ当たりのように怒ってくるようになった。
聞こえてくる電話の内容も、最初は「今週の目標」だの「今日はこれができた」だのだったのが、「いかにセミナーに集客するか」で、いつか説明会で聞いたような「私はセミナーを受講してこう変わりました!」な体験談を電話口で話し、アドバイスを受けている様子は、まるで演技指導をしてもらっているかのようだった。
いつの間にか「セミナーを受けて自分を変える」のではなく「いかにしてセミナーに集客するか」になっていた。
B妻はA夫に言った。
「セミナーを受けて勉強になった、変われた、良かったね、で終わったらいいんだよ」
しかしA夫は言うのだ。
「それを第三者に伝えられてこそだ」
どうやらそれがセミナーの教えらしい。
「いやいや、それはセミナー会社の仕事であって、受講者の仕事じゃないよね」と言っても「それはB妻の考えだ」と伝わらない。
B妻が、A夫の体を心配して「熱があるならセミナーは休んだら?」と言えば「会社は休めるけど、セミナーは休まれへん」と返される。
そのうち「セミナー代を稼ぐためにネットワークビジネスがしたい」と言い出した。
最初は健全なバイトでセミナー代を稼いでいたA夫だったが、平日夜や土日にセミナーに行けば、平日に働いているA夫にはバイトをする時間がない。だから不労収入を志したらしい。
セミナーには数万円から数十万円のコースがあり、A夫はすでに約70万円分支払って複数講座を受講済みだ。
B妻にとっては、ネットワークビジネスと呼ぼうが、マルチ商法と呼ぼうが、すべてネズミ講である。
ずいぶん昔、久しぶりに懐かしい友達が遊びに来るというので楽しみに待っていたら、見知らぬオバサンも一緒にきて家にあがりこみ、なにやら高い薬をすすめてきたのを思い出した。
その後、すぐにその友達に「あれはネズミ講だからやめといた方がいいよ」と伝えたが、その友達は「大丈夫。私も不安に思って本社に聞きに行ったけど、ちゃんと社長さんが説明してくれたよ」と答えた。全然大丈夫じゃない。結局、その友達とのつきあいがなくなったあと、風のたよりにその道から手をひいたらしいと知ったが、交流が戻ることはなかった。
それをしようと言うのか、とB妻は戦慄した。
(その友達が家に来た時にはA夫もいて、後から一緒に憤慨したのではなかったのか。せっかく久しぶりに会えると楽しみにしていたのに)と。
A夫にそのことを覚えていないのかと聞くと「今はその友達とビジネスは別で考えられるようになった」と言う。
では、友達のことは気にくわなかったけど、ビジネスはオッケーということだろうか。
「私もそうだけど、マルチ商法をする人を嫌う人は一定数いるから、友達がいなくなるよ」と言えば「それで離れるなら最初から友達じゃない」と言う。
「他人の人生に関わることを安易にすすめるのはやめた方がいいよ」と言えば、「それを選んだのは本人の責任だ」と言う。
確かに選んだ本人の責任かもしれないが、すでにB妻は、A夫にセミナーをすすめた相手を、二度と自分から関わりたくないと決心するくらいには苦々しく感じている。その相手が信頼される立場であっただけに、勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
B妻にとって、ネットワークビジネスをするということは、そういう恨みのような感情を受け続けるということなので、関わりたくないのだ。
A夫はネットワークビジネスの商品について熱弁をふるうが、B妻は商品内容に不満があるとかではなくて、自分から無駄に恨みを買いたくないし、ネズミ講の考え方が納得できないのだ。
頑張った分だけ報われるわけではなくて、最初に近い人だけがうまい汁を吸う、それが嫌なのだと伝えても、「それはB妻の考え方だ」と返される。
今までなかった切り返しなので、おそらくセミナーからA夫もそんな風に言われているのだろうとB妻は予想する。
ネットワークビジネスについての解説サイトを見せて「そんな簡単にうまい汁は吸えないよ」とこんこんと説明すれば、「やってみなくちゃわからないだろ」と、いかにも良い言葉を使うA夫。
「やってみなくちゃわからない」。言葉としてはいい言葉だし、間違ってもいないが、B妻にとっては、明らかにマズいことなので止めているのだ。
言うなれば「人殺しはやめとけ」レベルなのに、「やってみなくちゃわからない」わけがない。違法すれすれで、友達の少ないB妻一家が手を出したら明らかに損しかしないからひき止めているのに、「違法じゃない。素人がなにを言っているのだ。失敗したら納得できるから、とにかく一回やらせろ」とまで言う。
その一回に数十万円かかるから止めているのだが。
セミナーを受ける前までは「じゃあもういい」と、A夫とは話し合いもできなかった。セミナーを受けてからは、話はできても「それはB妻の考えだ」と、結局話し合いにはならない。
B妻は、A夫が遠くの存在になったように感じた。
(誠実で嘘がなく話しやすかったA夫はもうどこにもいないのかー)
そしてB妻は、もはやこのことを、誰かに相談する気にもなれなかった。
なにしろ、今まで相談してきて、言われたことを一文でまとめれば「そうなったのはB妻が悪いから」なのだ。
今回のことを相談したところでなんと言われるか、ボンヤリしたB妻にだって予想できる。
「B妻の話し方が悪いんでしょ」
「とにかくB妻が止め続けるしかない」
「B妻がもっと早く止めれば良かったのに」
B妻が頑張ったことなど理解されず、助けを求めたところで周囲の反応は「B妻の夫なんだからB妻がどうにかしろ」でしかないのだ。
どれだけ言ってもA夫には伝わらず、B妻が働けない限りA夫とは離れられない。楽になりたくて自殺しようにも、自分が死ぬと子供にトラウマを残すことになるし、かといって子供と心中するのも子供の未来を潰すことに変わりはない。
今のB妻には、いじめを学校にうったえていた母娘が心中した気持ちが、ブラック企業に勤めていて会社をやめずに自殺した会社員の気持ちがわかる気がした。
伝わらないのだ。
どれだけ伝えたところで伝わらず、ならばと何度も真剣にうったえればうったえるほど自分が責められるだけで、しんどい状況を少しも変えられないのだから、この世界に希望を見いだせなかったのだろう。
B妻が死への道を選ばないのは、子どもの存在があるからに過ぎない。
今生きて目の前にいる子どもたちの存在が、B妻を死への誘惑から引き止めている。
子どもたちの未来を奪わないために、あがきぬくしかないのだ。
身動きが取れないうちに世界で妙な病が流行りだした。病はあれよあれよと言う間に広がっていった。
(この病は私の願望かもしれない。私だけじゃない。世界中にいる、どうにかしたくてもどうしようもできない人たちの願望がカタチになったのかもしれない)
B妻はいつか読んだ超能力を持った兄弟が活躍する物語を思い出した。
--世界の行く末は、すべての人の多数決で決まる。
(もしもそうなら、病を憂う人と病を歓迎する人、どちらの数が多いのだろう?)
B妻はひっそりと笑った。
エピローグ
(Wikipediaより抜粋)
カサンドラ症候群、カサンドラ情動剥奪障害……アスペルガー症候群の夫または妻あるいはパートナーと情緒的な相互関係が築けないために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的症状を表す言葉である。
アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえないことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口にしても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じるという仮説。現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念。
夫との情緒的交流がうまくいかない妻は、何が何だか理由はわからないけれど苦しい、周囲は苦しんでいることを理解してくれないという二重の苦しみの状態にある。本人が問題の本質がわからないこと、周囲が問題の存在さえ理解してくれないこと、この二つの要素が現在のカサンドラを巡る問題の本質になっている。
閑話 法律が変わったらしい
家事や子どもへのフォローができなくなったB妻の家庭はゆっくりと荒れていった。
世界に流行病が広がったことと、誰かに相談すること自体に疲れたB妻は、今まで足しげく通っていた保健センターにも精神科にも行けなくなった。友達とメールすることさえ億劫になった。
「自分で自分のバランスをとらなかったのが悪い」というようなことも誰かに言われたが、自分だけの楽しみのためになにかするのは罪悪感があってできなかったのだ。
しかも、自分も家族も周囲もどうでも良くなった今のB妻は、自分がなにを感じているのかもよくわからなくなった。
そこで「もし一ヶ月後に死ぬとしたら」と仮定して、「死ぬまでにしてみたかったこと」「一度やってみたかったこと」をかつての自分から絞り出して、それを糧にギリギリ日々を送っていた。
家事は含まれないので、家の家事をする役がいなくなり、台所に汚れた食器はあふれ、洗濯物はたまり、床には髪の毛やホコリが目立つようになった。
今までB妻なりに、子どもたちに楽しく家事を覚えてもらおうとしてきた。
いわゆる「お手伝い」として、「洗濯物をたたんでくれてすっごく助かったよ」「食器を洗ってくれてありがとう」と地道に教えてきた。
しかし荒れた子どもたちは、あとは自分たちが着る服をたたむだけのことに「えー!! なんでこんなにあるの!」「また洗濯物〜!? きのうもたたんだのにー」と文句を言う。もちろん皆が毎日服を着るからなのだが。
大量の洗濯物を干したり取り入れたりも手伝いがてら覚えてほしいが、高さが合わず手が届かないのでまだ教えられない。だからたたむことだけお手伝いとしてやってもらっていたが、10分かかるかどうかのお手伝いに子どもは散々文句を言う。
「自分たちが毎日汚れていない服を着るためだよ」と説明しても、AB2は納得しないで文句を言う。ちなみに学校から出される宿題を、できる限り引き伸ばして深夜0時をまわるまでやりたくないのもAB2だ。
B妻にとっては、洗濯や宿題は好きではなくてもやらなくてはならないことだった。文句を言うなど思いつきもしなかったので、我が子の言動に驚くばかりだ。いつか子自ら「引き伸ばすと自分に損だ」とわかる時が来るだろうと見守っているが、なかなかその時はやってこない。
A夫は室内干しが嫌いらしく、梅雨時や雨が続いたり、冬など外に干しても乾かないときに部屋に干していると文句を言う。通りすがりにかけてある洗濯物を落としても拾わないので、落ちないように壁に釘を打ちたいと言うと却下された。
乾燥機にかけに外に行けば「わざわざお金をかけて乾かすなんて」と言われる。じゃあどうやって乾かすというのか。勝手に乾かしてくれる機械か魔法を今すぐ使って乾かしてくれるかといえば、もちろんそんなことはない。
B妻は、洗濯して干して乾かして取り入れるまでやってるのに文句を言われ続け、もうその声を聞きたくなくなったからか、子どもたちに「一緒にたたもう」とうながすことができなくなった。
ならB妻が全部たたむかといえば、「大人が全部してしまうと子どもはなにも覚えないよ」と言われたこともあり、たためない。そのうちB妻はなぜかどうしても洗濯物を干せなくなった。
乾かさないと意味がないので、今までとにかく早く干したかったし、午前だけ午後だけの晴れ間なら、特にうまく干せると「今日も乾かせた」と満足に思えていたのが、朝からいい天気なのにどうしても干せない。
大量の洗濯物を小一時間かけて、早く乾くように考えながら干すのは、パズルゲームのように楽しく感じていたのに、ベランダに出ることさえできなくなった。種から大事に育てたベランダの植物に水をやることもできない。
乾燥機を使えば行き帰り合わせて小1時間で2日分の洗濯物が乾く。
(もうこれでいいじゃないか。どうせすぐにはたたまないのだ。洗って乾燥機に持っていって乾かして持って帰るまではする。あとは、しわにならないように各自がすぐにたたんでもいいし、山のような洗濯物から各自が必要なときにしわしわの衣類を探せばいいだけだ)
食事も、子どもにアレルギーがあるし、幼いうちは添加物を取るのをできる限り減らしたくて、食材にも気を配り、毎日手作りを心がけてきた。
でもだいたい食事時は怒鳴られて味などわからないし、食べられる状態にならないこともある。
(もうできあいのお惣菜でいいのでは。頑張ったところで結局、なにかしら文句をつけられるのだし)
小さい子やアレルギー持ちの子にダニは大敵だ。しかし毎日掃除機をかけることやトイレ掃除について以前にA夫から言われたことがあるし、何度か大がかりな片付けをしている途中で日をまたぐことがあり、整理して新しく物を入れようと空けていた場所に、無断でA夫が、B妻がわけて置いていた物を勝手に詰め込むのだ。
最初はちゃんとジャンル別に分けられていたものが、ただ詰め込まれてまぜられたことに抗議すると「邪魔だから片付けただけだ。手伝ってんのに文句言うな!」という。
そんなことが何度か繰り返されると、だんだんB妻にはなにがどこにあるのかもわからなくなった。再び片付けるには、まず、なにがどこにあるかを探すところからになり、頑張ってわけたところでまたまぜられるのかと思うと、片付ける気がおこらなくなってきた。
A夫の理想の家は、ホテルのようになにもない空間らしい。冷蔵庫の中身にすら「食材が多すぎる」と文句を言うが、子どもは待てないのだ。6人家族の4人が子どもなのに、空っぽの冷蔵庫ではやっていけない。それでいて「おかずはこれだけしかないのか」と文句を言う。当たり前だが、食材がなければおかずは作れない。
そしてこのことを誰かに相談したところで、「さっさと片付ければいいだけでしょ?」「そんなこともできないの?」と言われるだけなのだ。たまに家に来るB妻母からすでにそう言われている。
B妻母はB妻父がいる環境でできているのだから尊敬の念しかない。
そんなB妻母を長年見てきたB妻だって、そうしたいしそうしなければならない、そうするしかないとわかっているし、今までそうしてきたのだが、なぜかどうしても動けないのだ。
さらにB妻母の家の片付けを手伝おうという善意から、B妻母はB妻に断りなく勝手にB妻家に入り無断で物を持ち出し、物によっては勝手に捨てていた。
B妻は家を空けると、勝手にB妻母に入られそうで怖くなり、家から出られなくなった。B妻母が「季節外れの衣類はうち(B妻実家)であずかるから渡して」という言葉も信用出来なくなった。
勝手に捨てられたり、服を切られたりするのを、あずかるとは言わない。
でもB妻がそう言ったところで「そうなる前に整理しないのが悪いんでしょ」と言われるだけなので、なにも言えない。
10年間思いつく限り一人で頑張って、周囲に相談し始めてからはさらに4年の月日が経っていた。
定期的に保健センター員から「状況はどうですか?」と電話がかかってくる。
実家に寄ると「最近どうなの?」と聞かれる。
友達からもメールで「大丈夫?」と届く。
気にかけてくれる相手にA夫と子どもの近況を伝える。
反応は「以前に比べてずいぶんマシになったんじゃない?」「このままならなんとかもちそうですか?」。
B妻は「うん」「そうですね」と答える。
それしか答えようがない。それ以外を答えたところで伝わらないし、良くて「B妻のやり方が悪い」と暗に言われるだけだ。
(もはやなにがどうなろうとどうでもいい)と割り切らなくてはやっていけない。ひとつでも気にしたら、正気にもどったら、傷ついてしまう。叫びながら物を投げ散らかしたくなるから「どうでもないことだ」と思い込むしかないのだ。
確かにA夫は最悪の時期と比べれば落ち着いている。でも、それで過去がなかったことにはならないし、まったく暴言暴力がなくなったかといえば、そんなことはないのだ。マシになっただけで止まることない暴言暴力に、B妻と子どもたちは毎回傷つけられ回復する間がないが、周囲は「良かったね」という反応を返すので、B妻は(私たちは暴言暴力を受ける存在であることを望まれているんだな)とぼんやり思う。
B妻の気力は戻らず、無気力で送る日常生活に感想などない。14年前には当たり前のように感じていた「子どもに悪影響だから、子どものためになんとしても環境を変えないと!」という気概さえ、今は欠片も残っていない。あれだけ伝えようとあちこちに相談しても誰にも届かなかったことで、B妻は「自分がおかしいんだな」と思うようになっていた。
(自分と世界は隔絶されているんだ)。目の前で季節と時代が通り過ぎていくのはわかっても触れられない。B妻にとっての現実世界は希薄になっていった。
周囲の望みは「この状況を耐え続けながら回復すること」だ。
B妻の最初の望みは、A夫と子ども達を一時的に離して、お互い落ち着いた頃に再び一緒に暮らすことだった。
そうしなければ子どもが歪むのが目に見えていたからだ。子どもはすでに歪みかけていたし、自分も限界だったから、恥を忍んで必死に周囲に相談したのだ。
しかし先日「真剣に助けを求めたら助けてもらえるよ」と言われた。
B妻はいつでも必死だったので、「今まで真剣じゃなかった」と思われていることに驚いた。(気を引きたいとか、愉快犯で相談を続けていると思われていたのかーー)。
当時はまだ、落ち着いたA夫と一緒にやっていきたいと思っていた。
しかしそうしようとしたけれども、実家に一時的な別居は長続きできず、被害にあっている子ども達だけ実家で見てもらう話になり何度も試したもののうまくいかず、やはり物理的に別居するしかないと思うが別居には先立つものがいり、それなら働けるようになるまで頑張ろうと耐え続け、いざ子どもが成長して働ける状態になれば、B妻には、もう引っ越す気力も、新しい就職先を探す元気も残っていなかった。
つまり「さっさと見切りをつけなかったから真剣じゃない」んだろうか。
B妻の、世界に対する気持ちが前とは変わってしまった。
それまでのB妻の世界は「話が通じる世界」で「話し合って解決する世界」だった。それが、この問題に関わるようになってからは、「話し合わずに切り捨てる世界」に入りこんでしまったようなのだ。
特に、道徳的に正しいと思っていた両親や友達から真逆のことを言われると、B妻は混乱し、B妻の現実感はいよいよ失われていく。
保険センターから「DV関係の離婚について弁護士に無料相談できますよ」と紹介してもらい相談したが、やはりまず別居ありきだった。
B妻もA夫にストレートに「離婚してほしい」と伝えたことがある。それに対する答えは「子育てに飽きたんやったらお前が出ていけ」で、話にもならなかった。
話し合いは無理なのだ。
話そうとすればするほどB妻の精神が病むので、なんとかバランスをとるために違うことをするのが「真剣じゃない」ようにうつるのだろうか。
離婚するには、離婚届に相手がサインとハンコをしてくれなければならず、夫婦の話し合いで無理なら調停離婚になる。
危険を減らすために、別居した状態で、間に人をはさんで離婚について話を進めるほうがいい。
第三者がA夫を強制的に家から離すことはできず、A夫が家を出てくれないなら、B妻と子どもたちが家を出なくてはならないのだ。
そのためにもB妻が動かない限り事態は動かせない。
いざ家を出ようとすればB妻の両親や子どもの誰かが反対し、それを説得してまで動く気力が、もうB妻には残っていなかった。
今は、A夫の怒声だけではなく、子どもたちの声を聞くのもしんどい。
どこかに相談することも、B妻の両親と話すことも、友達とメールすることも、似た境遇のママ友とやりとりすることさえしんどいのだ。
つい最近うまく家を飛び出た似た境遇のママ友が「早く出るといいよ」と言ってくれる。以前は「よし、私も続こう!」と思い、「どうやったの?」と経緯を詳しく聞いていたが、今はそれを聞くのすらしんどい。
しかし今度はこの「しんどい」ということが伝わらない。
ただ、ぐずぐずしているだけだと思われる。B妻自身さえもそう思ってしまう。
考え過ぎると「この詰んでる世界が早く終わらないかな」という思考に落ちていくので、問題から目をそらして、誤魔化しながら毎日を送る。
度重なる緊急事態宣言で子どもは学校や保育園に行けない。
子どもの誰かが常に家にいる状態で、再びB妻の一人時間は皆無になり、精神が不安定になっていく。
ようやく緊急事態宣言が解除されて学校に行けるようになったと思ったら、「家に帰らないで学校に住みたい」とまで言っていたAB1が、学校に行こうとすると体調不良が起きて行けなくなった。
何度も休んだことで、学校側がAB1から話を聞き出した時に、AB1がクラスで過ごすのがしんどいという話と、家でのA夫の言動がしんどいという話をしたことで、学校側から「詳しくききたい」と、B妻も学校に呼ばれ、B妻は状況を聞かれることになった。
ちなみに、一番ひどかった頃には、毎回、AB1の担任にA夫の状況を話していたし、一番の被害者であるAB2の担任にも話していた。
B妻はすでに数年前から児童相談所にもつながっている。
現状は、数年前の、あわやニュースを飾ってしまうのでは、と危惧していた一番酷かった時期に比べたら数段マシだ。
だから「今さら?」としかB妻には思えなかった。
どうやら「躾でも手をあげてはいけない」と法律が改定されたらしい。
それにしても「学校に住みたいとまで言っていた子どもがクラスで過ごすのがしんどい」という話をしているのに、なぜ家庭問題に介入してくるのかが不思議だった。
そう思うB妻がおかしいのかもしれないが、なんだか問題をすりかえられたように感じてしまったのだ。「学校に来られなくなったのは家庭に問題があるからだ(学校側に落ち度はない)」と。
もちろん、それはB妻の勝手な被害妄想で、純粋に「見落とさない」「見過ごさない」という善意からかもしれない。
AB1は「困っている悩んでいることがあるだろうから話してほしい」と言われて、先生に、学校のことと家のことを話した。もしかしたら学校側は「AB1は困っている家庭状況をずっと内緒にしていて、今回、初めて打ち明けてくれた」と思ったのかも知れない。
実際、そういう感動話はあるだろうし、法律が変わったことで少しでも救われる子が増えて欲しいと思うけれども、残念ながら今回はそうじゃないのだ。
後から、AB1の話を聞いた児童相談所職員が「子どもさんが、事実をかくしたり誤魔化したり、助けを求めることをあきらめたりすることも多いのに、ちゃんとSOSを出せて(AB1が先生に話すことができて)えらいですね」とコメントしてくださったが、B妻は違和感があったので、帰宅後にAB1に聞いてみた。
「あきらめてなかったら話さない。話したって無駄だし、話さないと部屋から出られなかったから話しただけ」
つまり「もう頑張れない段階だから話した。状況が変わることを期待して話したわけじゃない」という内容にB妻はしっくりきた。
頑張れるなら誰にも話さずに一人で頑張っているのだ。
これ以上頑張れない、もう無理、自分の限界を感じて頑張ることをあきらめたから話しているのだ。
なにしろ、話したところで「大丈夫。それはたいしたことない問題だ」「こうやったらいいだけだ」「もっと頑張るしかない」などと言われることをAB1はすでに知っているから「期待もしない」のだ。
今回、B妻はまさにそんな内容を、教師からAB1に話されているのを目の当たりにした。
AB1だって、最初からそんな風だったわけじゃない。
AB1はすでに、B妻がA夫について散々周囲に相談して似た内容を言われてきたのをそばで見てきた。
それでも、まだAB1は希望を持っていた。
AB1は、今まで自分から泊まりに行くくらいB妻実家と仲が良かった。しかしB妻がA夫についてB妻両親に話したあとにAB1が行くと、行くたびに、祖父母から家での話を聞かれ、話すと「もっと頑張りなさい」という内容を言われ続け、「話をきいてもらえないから、もう行きたくない」と言うようになっていった。
B妻にしてもAB1にしても、頑張れる段階なら誰にも話すことなく頑張っているのだ。
AB1は祖父母に対して、最初は話せばわかってくれて助けてもらえると期待して熱心に話した。が、伝わらなかった。そこでAB1自ら話そうとは思わなくなり、もはやただの会話ですら祖父母に聞かれたときだけ答えるのみになった。
祖父母からAB1に話を聞いてきたにもかかわらず、いつでも祖父母が出す結論は「たいしたことない問題だ」「もっと頑張れ」「AB1の考え方が未熟なだけ」「自分だけが不幸だと思うな」なのだ。
祖父母にはそんなつもりはないだろうが、それは暗に「AB1は理不尽に怒鳴られ続けて当然の存在だから不満を漏らすな」と言っているのに等しい。
仲が良いと感じていた祖父母相手からそんな対応をされて、AB1は驚きとともに「話したところで私が困っていることはわかってもらえないんだ」と学習した。
「話したところで無駄なのだ」と。
だから先生方がいかにも親身に「力になるよ」「味方だよ」と言ってくれても、「これで問題が解決するかもしれない」なんて期待をAB1は微塵もしておらず、「部屋から出るためには話すしかなかったので話した」だけであり、やはり予想通りの反応しか返らなかったため、「やっぱり同じだった」「もうあの先生とは二度と話したくない」となった。
「話をきく」と言ってくれるのであれば、せめて「こちらの言い分を素直に受け取って」もらえないものだろうか、とB妻は思う。すでに用意されている返答など、こちらだって聞かずともわかっている。そんな返答をこれ以上聞きたくないから、こちらからわざわざ話さないのだ。
困っていることが伝わらない。
AB1にとっては、学校に行こうとしたり、クラスで過ごしたりすると、熱が出たり腹痛や吐き気が起こったりするほどしんどいのに、話を聞いた相手からは「そんなささいなことで?」「もっとうまくやればいいだけでしょ」と思われるのはなんでだろう?
AB1が、問題点をうまく語りきれなかったのかもしれない。
でも、語ったところで素直に受け取ってもらえるとは限らないのだ。
実際、B妻が行った席であらためてざっくり語ったが「クラスに居づらい」という困ったことに対して「たいした問題じゃない」「今度からこうすればいいよ(AB1のやり方が悪い)」という反応だった。
いや、だから「それをAB1が2ヶ月続けた結果、学校に行こうとしたら体調を崩すようになっている」のだけど、なぜか「AB1のやり方が悪い(体調を崩すのはAB1のせい)」扱いをされるのが、B妻には本当に不思議だった。
「話を聞く」といってくれているにも関わらず、なぜか少しも話を聞く気がないように感じるのは、B妻やAB1の被害妄想なんだろうか。
B妻はAB1から、クラスにいるのがしんどい理由をすでに詳しく聞いて知っている。その時、B妻とAB1がどうにかできないか模索した結果、大人が働きかけてどうにかできる内容ではなかったので、体調が戻るまで学校を休んで、クラス替えが行われる学年が変わるのを待つしかない、という結論に達していた。
もし今、別居が叶ったとして、B妻と子ども達だけで暮らせるようになったからといって、AB1が学校に行けるようになるかといったら、それとこれとは別問題だとB妻は思う。
確かに家庭に問題はある。
でも、「今のクラスで過ごすのがしんどい」「クラス替えをするまで今のクラスに行きたくない」のは変わらないだろう。
学校側は法律改定にそった対応をしてくれているのはわかる。
でも、AB1が困っている内容が正しく伝わっているようには思えなかった。
B妻と児童相談所側と、これまで話し合ってきたことの情報共有は行われていないのか、あらためて聞きたいと思われたのか、今までに何度か話した人と今回初めて会った人に、あらためてざっくり今の子どもの学校状況と今までの家庭状況について説明すると、「お母さんは今まで頑張ってこられたんですね。でも、数年前ならできなかったことも今ならできるんじゃないですか?」と言われた。
つまり「新生児や幼児を抱えていない今なら、母子寮なりなんなりに、母と子どもたちで入れるだろう」というのだ。「とにかくA夫から離れて母子だけで暮らせばいい」と。
暗に「何年も同じ大変な状況であり続けているのは母親の怠慢でしょう?」「AB1が不登校になったのは母親であるあなたの責任でもありますよ」ともとれる。
B妻は、「さっさと切り捨てればいいだけでしょう」と言われているように感じた。
(私だって、ずっと、なんとか離れられないか動いてきたけど、なんでか状況がゆるさないから、どうにもできなかったんだけど)と思うが、結果を出せていないから、真剣に動いていないと思われるのだろう。
B妻がこの14年間ですっかり無気力になってしまったことは伝え忘れていたので(A夫や子どもについては聞かれても、B妻の状態については聞かれることが少ない)、児童相談所側の提案はまったくの正論なのだが、(どうしていつまでも最初の気持ちのまま頑張れる前提で話をするんだろう?)とB妻は思うだけだった。
おそらく、児童相談所側からすれば、このB妻の一件はほんの数年前から始まっているのだろうが、14年の間ずっと頑張ってきて疲れ切ったB妻はもう動けないのだ。4年前でもギリギリで、今は日常家事さえままならないのに、引っ越し作業などできそうにない。
飛び出せた似た境遇のママ友が言ってくれた。
「もう親とか親戚とかを説得しようとか考えずに行動した方がいいよ。説得は無理だから」
B妻も、それは正しいと思う。
でも、一番そう言ってほしかったのは数年前のひどい状況時なのだ。
今となっては、数年前以上に気力がないし、(じゃあ、ここまで頑張ってきたのは全部無駄だったのか)と、むなしくなってしまう自分もいる。
いわゆる愛とかじゃないが、できればA夫と元のような関係になりたかった。
それは、「話すことでわかりあえる」「困っている人がいれば助ける」という価値観を教えられて今まで生きてきたB妻が、どう頑張ってもできなかったのを認めたくないだけなのかもしれない。
長年自分が信じていた価値観を否定するのが嫌なだけなのかもしれない。
(結局、都合が悪ければ切り捨てるのか)と、この世界に失望したくないだけなのかもしれない。
ただ単純に、「話が通じなくて困っている」という事実を周囲にわかってもらいたいだけなのかもしれない。
はたから見れば不思議に思うかもしれないが、A夫を切り捨てる道をとるのは、今のB妻にとって、自分自身を切り捨てるのと似ていた。切り捨てた後も平気な顔をして生きていく自信がないのだ。
暴言暴力のストックがあるパートナーは、かつて暴言暴力を受けてきた被害者だ。加害者でもありながら困っている立場の人でもある。
自分と子どもたちが助かるために見捨てなければならないのは、B妻が今まで信じてきた「困っている人を助ける世界」「人とはそうあるべき」を否定することになってしまう。
だから、どうにかできないか様々な道を模索してきた。少しずつマシにはなってきている。でも、こちらの限界が先にきてしまった。子ども達は予想以上に荒れてしまったし、B妻自身の行動する気力が少しもわいてくれなくなるのは想定もしていなかった。
以前は手芸ボランティアもできていたのに、今は体操服のゼッケンを付けることさえなかなかできない。
あんなに絵本を読んでいたし、いくらでも何歳になっても読んであげたかったのに、今は子どものために時間を使うのが耐えられない。
提出期限が迫った書類を書くのも数日かけてかなり頑張らないと書けない。
洗濯物を干すことも、食器を洗うのも、日常のささいな家事すら身体が動かないのだ。
離婚や別居といった決定的な行動にうつさないB妻を、「ただのダメンズメーカーじゃないの?」「共依存なだけでしょ」「偽善者ぶってるの?」「ヒロイン脳」「子どものことを考えてない」と世間は思うだろう。「さっさと行動にうつさないから自業自得だ」と言われるだろう。
でも、その一方で、いざ離婚や別居といった決定的な行動にうつせば、「愛が足りないからだ」「小さいこどもがいるのに」「もっとよく考え直せば良かったのに」と言われるのだ。
今までのことを説明したところで、「言い訳するな」「お前の能力が低いからだろ」としかとられない。
この状況はなんなのだろう?
B妻は最初、「できる限り頑張ってみて、ダメだったらまた考えよう」と思った。
個人でできる限り頑張った。あちこちに相談もした。
限界までやりきったからいざ離れようとすると身体がついてこないという状況は、当時の自分はまったく想定していなかった。
そんな自分自身を自分でも「なんで動けないんだ」と責めてしまう。
周囲から、「パートナーや子どもが困った状況になっているのはB妻のせいだ」と責められる。
しかし人はそう簡単に変えられない。
パートナーについて考えたり働きかけたりしたところで、B妻はどうやってもパートナーを変えられない。もう自分が死んだ方が早いんじゃないかという考えに向かってしまうようになったので、バランスをとるために、あえて全力で現実逃避する。
そんな生活がしんどい。
B妻はただ、普通に家事をして、普通に子どもと接する、怒鳴られない家庭で暮らしたいだけなのに。
(そもそも、どうして選択肢が、しんどい状況に耐えるか、夫を切り捨てるかしかないんだろう?)
しかも、そのどちらを選択したところで、B妻は周囲から責められるし、B妻自身スッキリできないのだ。
離れるにしても、被害者側が頑張らないと離れることすら叶わない。
芸能人でないと、暴言暴力をふるう相手を強制的に離してはくれない。
できれば引き離して終わりじゃなくて、公的に「誰もが誰かに暴言暴力をしてはいけない」と理解できるようしてくれて、納得してから戻れるようなシステムになってほしい、とB妻は思う。
「旦那さんには月に一度、指導が入りますよ」と言ってくれていたけれども、月イチで変えられるとでも思っているのか、お役所は他人の家庭にそこまで深く関われないということなのか。
(月6のセミナーでも続けている間しか効果がなかったのに)とB妻はガッカリしてしまった。
もしかしたら、月イチでじゅうぶんな効果が出る指導なのかもしれないし、ただ「見捨ててないよ」という表現なだけなのかもしれない。月イチ指導とはいったいどんな内容なのか。
たとえB妻と子どもたちがA夫と離れたところで根本的な解決にはならないのも引っかかる。
切り捨てられたA夫はどうなるんだろう?
ある意味、かつて周囲から暴言を受けてきたA夫は被害者だ。切り捨てられてどう思うだろう?
明らかに味方である友達がいる今のB妻でさえ、この世界に絶望しているのに、切り捨てられた側は世の中を恨まずに何事もなかったかのように過ごせるのだろうか。
今のB妻は、自爆テロを起こす人や、通りすがりに殺傷事件を起こす側の気持ちがわかる気がした。
自分の声がなにも届かない世界(不思議なことに、「A夫」「B妻父」「B妻母」など特定の個人相手ではなく「世界」だと感じる)に、どうして気をつかうことができるだろう。
先に自分を捨ててきたのは世界の方だ。すでに自分はこの世界から排除されているのだから、そんな世界を壊すことになんのためらいも感じないだろう。
B妻は、(いつか自分が「もう子どもの面倒もみられません」段階まで落ち込んでしまったらどうなるんだろう)とも考えて、(今度は私を切り捨てるように言われるのだろうな)と予測する。
もちろん、生きるか死ぬかのギリギリな状況では切り捨てるのもやむなしだろう。
でも、叶うなら、(そんな極限状態になる前に、耐えるか捨てるか以外の救済処置的な選択肢もあってほしい)とB妻は夢想する。
今の動けなくなったB妻を、周囲は「さっさと行動しないからだ」「不幸によっているだけだ」と受けとるのは知っている。なにしろ、かつての自分がまさにそう思っていたのだから。
今の在り方に疑問を持つB妻の方が、この世界ではおかしいのだ。
(『この世界の普通』であるためには『思考停止状態』にならなければならないのか)
(このことをどうやって子どもに説明すればいいのか)とB妻は悩む。
「人を助けること」「家族は大切」という当たり前だと思っていたことを、どこから切り捨てるように伝えればいいのか。判断基準はどこなのか。そもそも切り捨ててもいいのだと教えていいものなのか。
でも子どもたちの父親を切り捨てなければ、「あなたは毎日怒鳴られていい存在」だと暗に伝え続けていることになってしまう。
おそらく子どもたちは「理不尽に怒鳴られ続ける今の状況が普通」だと思っている。「本当は違うのだ」といくら口で伝えても、状況がそうなのだから伝わらない。
せめて「人としての尊厳」を伝えたいが、今のB妻には、それが一番よくわからなくなってしまっている。
『カッサンドラのつぶやき』というサイトに書かれた文章
相談することに疲れたB妻は、今回のことをまとめておこうと思った。
うまくまとめられれば、そのまま印刷して相手に渡すことができる。今ではすっかり話し慣れたが、短くまとめても、なにしろ14年間分なのだ。この長い話を聞く方だってしんどいだろう。一度まとめれば、次からは「これまでの14年間はこんな感じでした」と印刷して渡すだけでよくなる。
最初は、友達やE妻に相談した内容や報告メールをまとめたかったのだが、読み直すだけでしんどくなったので、小説風にした。
B妻は、主な出来事と心情をざっくりまとめたものの、(どうもやっぱり言い訳めいているな)と感じた。
当事者であるB妻ですらそう感じるのだから、第三者はそれ以上だろう。
言い訳がしたいわけじゃない。
どう書いたら伝わるだろう?
B妻は、とある少女漫画を読んで、(あぁこういう風に書いたら興味深く読んでもらえるかもしれない)と思ったので、真似して書いてみることにした。
01 「ネグレクトでしょ」
子どもが下したり戻したりで一晩中大変だった翌日、約束していた遠方の親戚が来た。
病気がうつっても悪いけど、なにしろ県をまたいで来てもらったのだから家に上がってもらわないと申し訳ないか、と思って家に入ってもらったら、部屋に布団が引きっぱなしだったのを見て言われた。
「客がくるってわかってるんだから布団くらいあげたら? 片付けないのはネグレクトでしょ」
子どもが寝付くまで三時間絵本を読んでいても、夏の早朝4時に起きた子どもが仕事で疲れているパートナーの睡眠の邪魔にならないように公園に連れ出しても、自分のやりたいことをなにひとつできずに、いつでも子どもに食べさせるのと寝かしつけるのが優先で、冷えた残りものを食べられればいい方で、歯磨きもろくにできず、湯船にもつかれず数年間ずっと10分シャワーで家事をして子どもを見ていてもネグレクトと言われるなら、これ以上自分はなにもできない、と思った。
私がやってきている子育てや家事を全否定されたように感じて、今までできていた家事や子育てを、どういう風にすればいいのかわからなくなった。
なにをやっても「これは間違っているかもしれない」「これはネグレクトなのかもしれない」と考えるようになった。
あんなに可愛かった子どものことも、子どもと一緒に行事を楽しんだり緊張したりしなくなり、子どもの制作物にも発表会も、まったく響かなくなった。
こんなにいい天気なのに、洗濯物が干せない。
今の私は立派なネグレクトになれてるんじゃない?
02 「あなたが選んだんでしょ」
パートナーについて誰かに相談した時、かなりの確率で言われるこのセリフ。
「あなたが選んだんでしょ」
いいですか?
まず、今、私はあなたに相談があると持ちかけました。
聞いた相談内容に対する解答が「あなたが選んだんでしょ」?
判で押したように、まったくの別人から同じセリフを言われますが。 それは、どこかのドラマで使われていたカッコイイセリフかなにかなんでしょうか?
それとも、なにかの人気ワードなんですか?
できればぜひ、なにを思ってそのセリフを言うのか教えていただきたい。
もちろん、その場で冷静にそんな風に聞き返したりはしないけれども(あーこの人には相談しても無駄なんだなとガッカリしてさっさと話題を変えるけれども)、相談しているにも関わらず、相談内容を完スルーした上に、味方からザックリとどめを刺されるように感じるセリフを返す心理が知りたい。
「あんたって(パートナーを)見る目ないね~」?
「自己責任でしょ」?
「こんな返答できるアタシってカッコイイ」?
「メンドクサイ話もってこないでよ」?
「そうなるってわかっていてそういうパートナーを選んだんでしょ」?
これくらいしか私には考えつかない。
もっと他の意図が隠されているのかもしれないし、ただの定型文なのかもしれない。
私にとっては、やっと内定もらえて就職したらブラック企業だとわかって、自分でできる限り会社の体制を変えられないか頑張ったけどどうしようもなくて、身体も精神もボロボロになって困っている、という悩みを相談しているんだけど、返ってきた答えが、
「あなたが選んだんでしょ?」
え? 今、話、聞いてた?
そう感じる私がおかしいの?
ブラック企業で身も心もボロボロになって、これからどうしたらいいか、他に方法がないか相談したら、「お前がその会社選んだんだろ」と言うのが「普通」で「カッコイイ」の?
私には、なんとか崖っぷちにかかっていた手を払っているというか、自殺の後押しをしているとしか思えないんだけど。
少なくとも、なんの助けにもならない突き放したセリフだなとしか思えないんだけど。
そのセリフ、パートナーが病気やケガや事故や犯罪に巻き込まれて結婚早々に亡くなった相手に、同じように言う?
結婚してすぐパートナーが不慮の出来事で亡くなった友達に、真顔かなんなら小馬鹿にした顔で、「(早死にするパートナーを)あなたが選んだんでしょ?」なんて言わないよね? だっていつ死ぬかなんて誰も事前にわからないんだから。
もし言えるんなら、きっと、運命の相手とかいうものを選び抜けて人生の流れさえも読める超人類なんだろう。
もし言わないのなら、「死に関しては事前にはわからない」という前提みたいなものはあるんだろう。
でも、それ以外は「自分が選んだんでしょ」となるなら、その人は、後悔しないパートナーをしっかり見定められて、結婚してからも変な方向に行かないように完全にコントロールできるという絶対的な自信があって、なにが起きても誰にも相談する必要すらないんだろう。
「あなたが選んだんでしょ」と言われると、「つまり私にはまったく人を見る目がなく、相手を変える力もなく、結婚後数年で豹変するとわかっていてそんな相手を選ぶ趣味の悪い人間だと思われているんだな」と感じてしまいます。
もしかしたらそんな他意はなく、「あなたが選んだんだから頑張れ」「付き合った頃の初心を思い出して」という励ましのセリフかもしれませんが、どうしてか「突き放された」と感じるし、「そんな相手を選ぶ私なんてダメダメなんだな」としか思えないのです。
第三者に相談したつもりが、「あなたが選んだんでしょ」と言われただけで、なぜか見下され、ダメダメの太鼓判を押されたように感じる不思議。
だから、相談してきた相手を傷つけるつもりがないのなら、この「あなたが選んだんでしょ」というセリフは言わない方がいいのではないかと思いますが、そう思っているのは私だけかもしれません。
なにしろもはや「普通の感覚」がわからないので。
どうですか?
あなたは言われたいですか?
学校や部活や習い事やボランティアや仕事で困った状況になり、全力以上を尽くしたけど状況を変えられなくて、もう頑張れないってところまできて、心身ボロボロの状態で信頼して相談した相手から「あなたが選んだんでしょ」。
間違ってはいません。
確かに正論かもしれません。
でも、ボロボロな相手を言葉で刺し殺す気ならともかく、そうでないなら、別のセリフをお願いします。
そのセリフを言われて「そうだよね。頑張る!」と奮起するボロボロな人間はいないと思いますが、どうでしょう?
03 「話し方が悪いんじゃないの?」
私はかなりおバカだと思う。
小さい頃は毎晩のように「お前はダメなヤツだ」と2~3時間延々父親から言われ続けていても、父親を憎むことはなく、なんだか父親に冷たい母親のことを「お父さんはさみしいだけだからもっと優しくすればいいのに」とか思う子どもだった。
優しくすれば、相手を満たせたら変えられると思っていたんだと思う。
さみしかったらなにをしてもいいというわけじゃない、とわかるのが遅すぎた。
なんだかんだと父親の気を引くことで、私は母親をけなす言動をとる父親を止めているつもりだった。父親にとって私はお気に入りの子だったにもかかわらず、毎晩のように言われる「お前はダメなヤツだ」。
たまに途中で父親が母親に「なにか言いたいことあるか?」とふると、母親は「なにもない」と答える。
これがまたキツい。
かばうというか否定してもらえないと、母親からも「うんうん。その通り。この子はダメな子なのよ」と言われているのと同じように感じてしまうからだ。
母親のスルー行動は、ただ単純に、「ここで反論したところでダメなヤツ談義が長くなるだけだから、この延々続く話をさっさと終わらせるために『なにもない』と言うしかない」だとわかっていても、ガッカリする。
私も母も、ズバリ父に「そんな言動をしないでほしい」とは言わず、ただその場をしのぐだけで、根本的な問題を解決するために動いていなかったと思う。
さて。
いざ自分の子どもが産まれて、なぜかパートナーが実の子どもに対して「お前はほんと頭悪いな」「頭おかしい」などと言うようになると、私はすぐさま間に入るようにした。
きっと最初にハッキリ言わなきゃわからない。
自分の父親に言えなかったことをずっと後悔していたから、空気が悪くなろうが、その場で言うようにした。
パートナーには「子どもにそんな言葉を使わないでほしい」「子どもは言われた通りに育つから、否定語を浴びせないで欲しい」とお願いした。言い方が悪ければ「こういう風に言って」と具体例をあげた。
子どもには「わたしは見捨てられた」「両親ふたりからそう思われているんだ」と思わせないように、できる限り即フォローに入った。「パパはこう言いたかっただけなんだよ」とパートナーへのフォローもした。
ちなみに1回とか何十回とかじゃない。
10年間ずっと毎日その都度だ。
平日なら朝晩、休日なら最低3回平均10回。実際はそれ以上だけど、おおよそ1年間で約千回くらいとして、10年間で少なくとも1万回以上。
ずっと「いつかは通じる」と心の底から信じていたし、10年の間、子どもにパートナーのことを悪く言ったことは一度もなかった。
それは私が昔自分自身にそうしてもらいたかったからでもあったし、「愛情をもって伝えればきっと通じる」と信じていたからなのだけれども、これがなぜか全然通じないのだ。
パートナーからは「思ったことを言ってなにが悪い!」「専門家でもないのに、えらそうに言うな!」と返ってきた。
子どもの心のフォローはできたかもしれないが、なぐさめるばかりだったので、私はだんだんと子どもたちから大変なめられた存在になっていった。
(一番上の子は私のことを、なにがあっても動じない宇宙人だと思っていたらしい)
今思えば、パートナーからすれば、子どもを叱っている時に(私には理不尽に怒りをぶつけているだけに見えるが)パートナーの味方をするのではなく子どもの味方をすることで、私は「パートナーの敵」だと認定されていったのだと思う。
(子どもの前で否定される→「恥をかかされた!」になるから)
↑
(それを言うなら、子どもを食卓や店内などで怒鳴りつけるのも、人前で否定するのと同じなので止めて欲しいと伝えたけど←そもそも怒鳴らなければこっちだってパートナーを注意しないのだけど、「子どもは別」とわかってもらえなかった)
(じゃあ後でパートナーと二人のときに話せばいいかと言うと、後から言うとけっこうな割合で「いつの話?」か「今さらなに言ってんだ」となる。直後は怒り心頭していてまったく話が入らず、あまり間を空ければそのこと自体を忘れられるか、むしかえされて不快に思われる。適度な時間を空けて落ち着いたと思われる頃に静かにシンプルに話す必要がある)
↑
「出かける前の子どもにテンションを下げる言動をとらないでほしい」(「朝から怒鳴りつけないでほしい」。早く学校に行かないと心配なのはわかるけれども「さっさと出て行け!」「ほんとグズが!」などとは言わないでほしい)という内容を、ずーっとそれこそ毎日365日言い続けているけれども、いまだに通じる気配がない。
(パートナーの中に「子どもと俺のどっちをとるの?」という前提がある感じ→子どもに味方してるようにパートナーが感じると「俺は見捨てられたってことか」と、なぜか勝手に被害者側になる)
↑
(TLいわゆるティーンズラブ←女性向け恋愛小説でつがいの話を読むたびに似ているなぁと感じる。番とは唯一を溺愛する設定。子どもも溺愛範囲に入るパターンもあるけど、入らないパターンもある。その入らないパターンみたいな感じ。自分以外に味方されたり注目されたりするのが耐えられないっぽい)
敵認定した人の言葉を聞くだろうか?
聞かないよね。というか、「聞きたくもない」と思ってしまうものだ。
パートナーは、私が言ってもスルーしていたことを、第三者が言えば聞くようになっていった。
昔なら「これ面白い番組だよ」と見せれば一緒に見てくれたのが、チラッと見て「好みじゃない」と見ない。
それが同じ番組を、パートナーの友達から「面白いよ」と勧められたとかで、後から見るようになった。
好みじゃないけれども友達のオススメなら見るらしい。万事がそうなっていった。
もはや好みの問題じゃない。私の言動がパートナーの信用に値しないのだ。
それでもパートナーが理不尽なことを言っているなと思えば、注意しなくてはならない。
なにしろ、『言わなければパートナーは「前はそんなこと言ってなかっただろ」』となるし、『フォローしなければ子どもが傷つく』から。
「危険だからさわるな!」と扇風機のボタンをさわらせないのに、「扇風機も付けられないのか!」とはどんな意地悪問題か。「教えていないことはできないよ」とやんわり言って、子どもにボタンを説明する。
子どもが食卓でなにかこぼせば「なにこぼしてる!」と鬼の首をとったみたいに怒鳴られる。
いや注意すべきは、子どもの手の届く範囲にこぼれる物を置きっぱなしな大人の段取りの悪さだろうよ。
「こぼれるものは机の真ん中に置こうね」「大丈夫? こぼれたらふいたらいいんだよ」
こんなやりとりが続けば確かに「子どもが贔屓ひいきされている」と感じるのかもしれないが、相手はヒトケタの自分の子だ。
私には、パートナーが子どもを泣かせては「うるさい!」と怒鳴る、マッチポンプ状態に思える。
むしろ思い切り怒鳴ることができる機会を虎視眈々こしたんたんと狙っているようにさえ思える。
こんな毎日をどうにかしたい。
そんな想いで私は、子育て勉強会や、アンガーマネジメント、心理講座など色々通い、教わったことを試した。
どれも1週間くらいは効果があるけど、効果は続かず、また怒鳴られる生活に戻る。また別のを試して……の繰り返しだった。効果は1週間から長くても1ヶ月くらいしかもたない。
よくなったと思ってから再び元に戻ると、「またダメだったのか」「また同じ事を繰り返すのか」というガッカリ感がスゴい。
だんだん怒鳴り声を聞くとしんどくなるようになった。
どこかにいってくれないかなと願うようになった。
普通の家庭なら毎日怒鳴り声などしないだろう。
少なくとも私は、親から叱られたことはあっても、理不尽に怒鳴られたことはなかった。
だから理由を説明しても怒鳴り続けるパートナーが理解できなかった。
フォローしてもフォローしても報われない毎日に疲れきって第三者に相談すれば、だいたい言われるセリフがこれだ。
「話し方が悪いんじゃないの?」
白状しよう。
私も以前はそう思っていた。
熟年離婚した人の体験談やら、子どもができてすぐに子どもと一緒に家を飛び出した人の話を聞いて、「もっとうまくやれたんじゃないの?」と思っていた。「我慢が足りないんじゃないの?」とさえ。
ずいぶん前に、雑誌か新聞の相談欄に熟年夫婦の奥さんからの相談が載っていた。
ざっくりした相談内容は、
「退職したのだから少しでも家事をしてもらいたいのですが、夫は電子レンジも使えないので困っています」
それに対して、ざっくりした回答は、
「それはあなたがそういう夫にしたのです。教えなければできるようにはなりません」
読んだ瞬間は、私も「それもそうだな」と思ったけれども、少し考えてみてほしい。
はたしてこの相談者は、紙面という人目にとまるような場所で第三者に相談するまで、一度も夫に電子レンジの使い方を教えなかっただろうか?
私は、おそらく何度も教えたと思う。
相談者が思いつく限り、手を替え品を替え、様々に手を尽くして教えたと思う。
それでも覚えてもらえなかったから、わざわざペンをとって第三者に、その道のプロに相談したのだ。
どうしてそう思うかと言ったら、私でも家族のことを第三者に相談するのに抵抗があるのに、熟年のご婦人が、退職してからも一緒に暮らしている夫について相談するというのは、相当なことだと思うからだ。
それも内容は「電子レンジの使い方を覚えない」だ。
相手によったら「ぷっ」と笑われる内容だ。相談した方が恥ずかしくなる内容だ。
それを大真面目に紙面で回答を求めている。
私の勝手な想像だけど、このご婦人は「このままじゃあ、私が死んだあと夫が困るのでは」と、かなり本気で悩んで相談したんじゃないかな。
それに対して「お前がそうしたんだろ」という回答。
いやいやいや。
この夫は熟年の男性だ。ヒトケタのお子様じゃあない。
ヒトケタのお子様だって教えれば、あたためボタンひとつなら覚えて使える。
退職まで勤め上げている熟年男性が、電子レンジの使い方がわからないわけがない。
どうして電子レンジが使えないか。
理由は簡単「熟年夫に電子レンジの使い方を覚える気がないから」だ。
それをなんでご婦人のせいにするのかが、本当にわからない。
もしも操作が難しいタイプなら、電子レンジのボタンに押す順番で数シールを貼ったらどうか、一番簡単な方法だけ教えたらどうか、電子レンジ自体が嫌いな人かもしれないから違う調理器具を用意してはどうかとか、そういう具体的な回答を返してあげて欲しかった。
で。
それをふまえて、私は聞きたい。
私は十年間、できる限りわかりやすくその場で注意してきたし、説明もしてきた。
「思ったことをなんでもそのまま言っていいわけではない(これ、みんな物心つくくらいから口酸っぱく注意されているものだと思っていたけど、地域差かなにかで違うの?)」
「『バカ』だの『頭悪い』だのいう言葉は、言われただけで傷付くのに、それを実の親から言われるのは、そのへんの通りすがりから言われるよりも子どもには重い言葉になるのでやめてほしい(少なくとも十数年間『お前はダメなヤツだ』とふわっとした内容でも実父から言われ続けた私の自己肯定感はかなり低い)」
「怒鳴られると脳に影響があると専門家の書いた本もあるからそれを読んでほしい」
参考にと詳しく書かれた本を渡せば「それはコイツがそう言ってるだけだ」というので、別の筆者の書籍も用意した。
それでも伝わらない場合は、どうしたらいいんでしょうか?
やっぱり、私の『話し方が悪いんでしょ』うか?
しかも「話し方が悪いんじゃないの?」は、「あなたが選んだんでしょ」と同じで、言われたところでなんの解決にもならないセリフです。
それをあえて言う心理が知りたい。
「あなたが選んだんでしょ」と同じで、「話し方が悪いんじゃないの?」は「つまりお前(私)の能力が低いからだろ」ってことでファイナルアンサー?
ちなみに、前回出てきた親戚からはまさに「お前(私)の話し方が悪い」と思われています。
「お前(私)の能力が低い」からうまくできないのだと。
だから親戚の回答は「お前の努力が足りないんだから通じるまでお前が頑張れ」一択です。
うん。できる限り頑張って、もう頑張れない段階まできたから相談したんだけどね。
話聞いてないよね。知ってる。
今の私は、「話せばわかる」「いつかは通じる」なんて幻想は抱いていません。
誰もが『自分の想像するようにしか見ないし理解しない』のです。
「話せばわかる」「いつかは通じる」大団円は物語限定。
現実であれば奇跡です。
だから物語として成立する。
「話せばわかる」「いつかは通じる」が理想なのはわかる。
物語としてもその方がハッピーエンドに感じるし、私もそういう物語を書くことがある。
でも、「話せばわかる」「いつかは通じる」ばかりにかたよった物語は世界の認識を曲げてしまうんじゃないかな、とも思う。
あまりにも「話せばわかる」「いつかは通じる」物語がはばをきかせてその展開に慣れてしまうと、まるで現実世界のすべてが「話せばわかる」「いつかは通じる」展開になると勘違いするようになってしまうから。
それがいい意味で広がって、みんなが実際に話せばわかる世界になれば素晴らしいことだと思う。
でも、まるで「話せばわかる」「いつかは通じる」状態にできなかったら、(自分が知っている展開にならないのは)「間違っている」「努力が足りない」「そうならないのはおかしい」とまで思われてしまうのが現状だ。
「話せばわかる」「いつかは通じる」が通じないことは普通にあるんだけど、それを匂わせただけで、「お前の努力が足りない」「お前のやり方が悪い」と話を聞かずに全否定し、そうすることになんの疑問も持たないことに、本当に驚く。
第三者にとっては「知っている展開にならないのが問題」であって、実際の問題の内容や、そこに至るまでの、数日の、数週間の、数年間の耐えてきたつらさや努力は、考える舞台にさえ上げてもらえないように感じる。
それを不思議に思わないのが怖い。
正論だと思い込んでるのが怖い。
だいたいその「いつかは通じる」の「いつか」が、今から数年後ならともかく、40年後60年後だとしたら、私の命の残り時間すべてパートナーと子どものフォローをし続けることになるんだけど。
それは私にとって、「いつかは通じる」というよりも、「私の人生をパートナーと子どものフォローに捧ささげた」状態だけど。
それでも第三者にとっては「いつかは通じる」に入るんだろう。
いつかは通じているから、言葉としては間違ってはいない。
もしかしたら、第三者の心の中では勝手に、「数十年後に通じ合った家族」という大長編の感動物語ができあがっているのかもしれない。
すでに私は吸い尽くされて干からびて感動できそうにないけれども。
そもそも確実に40年後に通じるなんて保証もない。
それなのに、よく「いつかは通じるから」と数十年かかってもムリかもしれないことを平気で勧められるなぁと驚く。
私が「じゃあ手伝って欲しい」と言えば「それはあんたたち家族の問題でしょ」と当然のように言って関わりもしないのに。
私は、自分のしたかったことをなにもできず、パートナーと子どものマネージャーみたいな自分の人生を送ることに納得できないから、私の心のブレイカーが勝手に落ちたんだと思っている。
04 「自分なら変えられるって思ってたんじゃないの?」
たまに話を聞いてくれた相手から言われるこのセリフ。
「そんな困ったちゃんな相手を自分だけが救ってあげられるって思ってたんじゃないのー?」
いやいやいや。
ほぼ毎日2~3時間、父親から存在を否定されていたからか、自分は男性不信気味だった。
あんな文句ばかり言う生き物と暮らすことができると思えなかったから、同性とルームシェアしたかったのだ。
一緒に暮らせるか見極めるためにながーく付き合って「この人となら話ができる」と思って結婚したら、この体ていたらく。
確かに私には「男を見る目がない」。それは認める。
でも、「私だけがこの人を救ってあげられる」という気持ちは、後にも先にもまったく持っていなかった。私が『結婚』に夢見ていたのは『なんでも話せる家族を作る』ことだった。
もしかしたら持っていた方が良かったのかもしれない。
どこかで、「女性とは本能的に男性を救いたいもの」だと読んだ。
確かに、いわゆる少女漫画や乙女ゲームの基本的なストーリィを思い返すと、ほとんどが「ヒーロー(攻略キャラ)のトラウマを解消する」ことによって仲が深まっていることに驚愕した。
つまり「ヒロインがヒーローを精神的に救う」のが女性側からの恋愛話となっている。
そのストーリィが本能的なモノだという。
「自分なら変えられるって思ってたんじゃないの?」というセリフをくれた友達は、そういうニュアンスを含んでいた。「少女漫画のヒロインと自分を重ねていたんじゃないの?」という感じだ。
申し訳ないけど、いかにもな少女漫画より少年漫画のほうが好きな自分は、そんな可愛らしい思考は持っていない。
(少女漫画をバカにしているわけではなくて、恋愛のかけひきよりも、頑張ったらレベルが上がっていく展開が好きなのだ。と思っていたのだけど、同じ流れでも男女のノーマルラブより男性同士のボーイズラブや女性同士のガールズラブのほうが手に取りたくなるので、男女関係が苦手なだけなのかもしれません)
私がずっと「言い続けていればいつかは通じる」と思っていたのは本能のせい? と、すごく気持ちが悪くなった。
なにしろ、恋愛モノのほとんどがその通りの展開なのだ。
別の友達からは「共依存なんじゃない?」とも言われた。
『共依存』がよくわからなかったのでググったけれども、『共依存』と『恋愛関係』の違いがいまひとつよくわからない。
参考になるかと思って恋愛ものを読みまくった。
最近は、ヤンデレというか、ヒーローが病的にヒロインに執着する展開が大流行している。
二次元とリアルを混ぜて考える私がおかしいのはわかっているけど、言わせて欲しい。
ヤンデレカップルは共依存じゃないの?
というか、二次元も三次元リアルも恋愛話すべてが共依存に思えてきた。
どれが正しい健康的な恋愛関係なのかが、今の私にはわからない。
今まで私も普通に二次元の恋愛話を楽しんできた。
私が二次元恋愛話を楽しむ時は、無意識に「これは他人事」だと思っていたからで、自分を主人公と重ねていないから楽しめたのだ。
うっかり自分が主人公の立ち位置にいると置き換えて読むと、怖い。
ヤンデレヒーローが言うセリフは、ヒロインを襲うモブが言うのとほぼ同じセリフなのだ。
ヒロインの気持ちが相手を好きか嫌いかの違いがあるだけで、されていることはけっこうヒドい。
「困ったパートナーを可愛いって思えたらいいのにね」とも言われた。
申し訳ないけど、可愛いとはとても思えない。
守る立場にあるはずの幼くてか弱い生き物を、怒鳴りつけたり叩いたり蹴ったりする生物を可愛いとは思えない。
きっと「そんな困った夫を包容し躾けてこそ良き妻」なのだろう。
パートナーを育てなくてはならないのはわかるけれども、「子どもを育てる立場になった大人がなにを言っているのか」むしろ「その言動は人としてどうなの?」としか思えないのだ。
結婚する前、パートナーが「子どもはうるさいから嫌い」とは言っていた。
でも、私はどこかで「実際に子どもができたら変わる」「自分の子には違う」などとも聞いたことがあったので、勝手にそういう風になるだろうと思い込んでいた。
つまり勝手に「自分の子どもができたら子どもを嫌っていても変わる」を信じていた私が悪かったんだろう。
「年頃になったらキレイになる」と同じだ。
年頃になったら「勝手に」キレイになるんじゃない。
人目が気になる年頃になったら「本人がキレイになる努力をするからキレイになる」のであって、本人の意志がなければなにも変わらない。
話に出てきた「自分の子どもができたら変わ」った子ども嫌いの男性は、きっとなにかのタイミングで「変わりたい」と男性本人が思ったはずなのだ。
でも、世間様は「そう思わせなかった妻が悪い」と思うようだ。
「年頃になったらキレイに」ならなかった娘さんは自己責任だと失笑される。
決して「キレイになろうと思わせなかった周囲が悪い」などとは誰も言わない。
最初から「自分の子どもを怒鳴ったり蹴ったりする」とわかっていたら、私はそんな人と結婚して子どもを作りたいとは思わなかった。
「そんな人を私だけが変えられるのよ!」という思考を私は欠片も持っていないのだから、仕方ない。
「子育ては親育て」とも言うのを知っている。私自身が完璧な親じゃないのはよくわかっている。
だからわかってほしい。
「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」。
どうか「パートナーを変えることができて当然」だと思わないでほしい。
私ができるのは、根気よく説明して、解説された本を渡すことだけ。
パートナーが変わるのは、パートナー自身が「変わりたい」と思ってくれた場合だけなのだ。
05 「好きとか言うな」
毎日いつでも私は子どもに言っていた。
「大好き」
「かわいい」
「好き」
そう言いながら、むぎゅっと抱きしめたり、抱っこしたり、鼻先をつける鼻ちゅーをしたり。
どうしても小さい子にそうする方が多くなるので、大きい子が「わたしは好きじゃないんだ」「わたしはかわいくないんだ」と言うようになった。
そのたびに、「そんなことないよー。○○ちゃんも大好き」と言って抱きしめたり、鼻ちゅーしたりしていた。
しかしそれを見ていたパートナーが言った。
「もう好きとか言うな! めんどくさい!」
ええー。
小さい頃にしかこんなに言えないのに、今言わずにいつ言うのか。
あふれ出る「好き」を伝えないでどうするのか。
そう思って、こっそり言っていたものの、言う通りにしないと怒鳴られるので、すっかり言わなくなった。
同じように、寝る前に絵本を読んでいた時にも、
「絵本読むから寝ないんだ!」
それならと今日あった出来事などを聞いていたら、
「話すから寝ない!」
どんどん子どもとの会話は減っていった。
かと言って、なにもしない状態で子どもがすんなり寝るはずもない。
パートナーはひたすら「さっさと寝ろ!」と怒鳴る。
子どもは、なにかしら満足したら寝てくれる気がする。
それがなにかよくわからないけれど、昼間の外遊びでも、絵本を読むのにしても、話をするにしても、その行為そのものというよりも、なにかが満たされたら自分から寝てくれる。
その状態にしたいのに、できない。
ならパートナーが寝かしつけをしてくれるかと思えば、してくれない。
せいぜい同じ部屋に入って「さっさと寝ろ!」と、誰か話せば怒鳴るだけ。
これでは不満しか残らない。
私自身も、子育ての楽しみがなくなっていった。
数年後にパートナーが涙を流しながら言った。
「なんで俺に『愛してる』って言ってくれないんだ?」
そりゃそうだろう。
愛の言葉を封じた本人がよくそんなこと言えるなぁ。
06 「鼻洗ってたんか」
ようやくゆっくりお風呂につかれるようになった。
肩までお湯につかって久しぶりの湯船を満喫し、しっかり地肌まで頭を洗い、じっくり全身をこする。
あぁ~。癒されるぅ~。
洗顔料で洗顔できるなんてほんと何年ぶり?
長い間、身体と一緒にセッケンでわっしょいしかできなかった。
髪なんてとにかく短ければ良くて、シャンプーのみだった。
リンスとかコンディショナーとか贅沢なもの、久しぶりに使ったわ。
45分ほどかけて全身ピカピカになり満足してお風呂を終えた私にパートナーが言った。
「いつまではいってんの。鼻洗ってたんか?」
(私の鼻が大きいのでよくネタにされる)
さて、ここで問題です。
発言者は、このセリフを小粋なジョークと思って言っているのか。
素で言っているのか。
嫌味で言っているのか。
私の数年ぶりのゆったり入浴タイム。
その45分間もの長時間、子どもの面倒を見ていてお疲れなのはわかります。
もちろん私は子どもの面倒を見る状態が10年近く24時間休みなく続いていますが、そんな切り返しはできません。
なにしろ、うっかり発言したら怒鳴られて終わるのは目に見えているのですから。
ええ、私も学習するんです。
言葉をかわせば怒鳴られる回数が増えるので、なにも言いたくありません。
まぁそれはそれで「返事は?」「わざわざ話しかけてんのに!」と怒鳴られるんですけどね。
賢明なアナタ様にぜひともうかがいたい。
発言者は、どんな答えを期待してそのセリフをのたまっているのでしょうか?
私は、どう切り返したら正解なんですか?
今の私はスルーすることしかできません。
07 なに格好つけてんだ
子どもは幼い頃、乳製品と卵にアレルギーがあった。
どれくらいの程度かというと、口元に生クリームや牛乳がついただけで周辺が赤く腫れ上がる。
私は運良く母乳が出たので母乳で育てていたけど、離乳食のときに、試供品でもらった粉ミルクを使ったパンがゆを作ったところ、子どもの口元が腫れ上がり、大泣きした。つまり粉ミルクもダメなのだ(残りの試供品は私が美味しくいただきました)。
これ、うっかり飲ませていたらどうなっていたのかと怖くなって、かなり気をつけるようになった。
だから離乳食は、病院が開いてる時間に一種類ずつ、少量ずつなんだな、と身にしみた。
どれがアレルギー源かを判別するためだ。
大量だと、もしアレルギーがあれば、最悪の場合、死ぬからだ。
さらさらしたスープにアレルギー源が入っていると知らず、法事先でうっかり食べさせたときには、子どもの小さい身体の半分以上に赤いじんましんが出て、その夜はずっと泣いて寝なかった。
腫れた場所が痛がゆいらしく、しゃべることができない子どもは泣くことしかできず、本当に申し訳ないと思った。
あるとき実家に子どもをあずけていた間に、ばぁばが善意からその子に、肌にいいという卵白パックをほどこしたところ、全身赤くじんましんが出た。
もちろん事前に、今までじんましんが出たことを話していたし、すでに何回も「アレルギーがあるから乳製品と卵製品はやめてほしい」と伝えていた後の話だ。
ばぁばとしては、どうやら「食べなければ大丈夫」だと思っていたらしい。
ちなみに、じぃじは「なに格好つけてんだ」(?)という印象だったようだ。今まで身近にアレルギー持ちがいなかったので、「病気っぽく言うなんて生意気な」(?)みたいな感じらしい。
意味がわからない。
いや。ただの現象だから。
かっこつけたいわけでも、なんでもないから。
アレルギーは今でこそ市民権を得てきた感じだけど、身近にない人たちには本当に理解されない。
説明したところで、「好き嫌いを大げさに言ってるだけだ」と思われて、話半分にしか聞いてもらえない。
それが本当に不思議だ。
子どもには申し訳なかったけれど、目の前で派手にじんましんが出たことで、前よりも気をつけてもらえるようになったから良かった。
これ、ちょっとでも死ぬ(アレルギー反応でのどが腫れて物理的に息ができなくなるとか、アレルギー成分でショック状態になるとかだと本当に死ぬ)とかだったら、どうしたんだろうね?
子どもが死んだあとに「そんな風になるなんて知らなかった」って言うのかな?
私は何回も説明したけどね。
そしてもし死んだら、周囲からはきっとこう言われるんだろうなぁ。
「ちゃんと話をきいてもらえない所に子どもを預けるなんてなに考えてるんだ」
どこにも預けず、子育て全部一人きりでできるんなら、言われなくてもそうしてる。
でも、残念ながら私は、聖女でもなく、スーパーカリスマ主婦でもない。ただの一般ぴーぽー(古い!)だから、全部一人でするのはムリなんですよ。
08 「人型にカビがはえてね」
子育て広場で出会ったママ友が話してくれた。
「布団をずっとあげられなくて。そうしたら、人型にカビがはえてね」
それを聞いた時の自分は、まだ、「頑張ったらどうにかできる」気持ちでいたので、単純に「そりゃ夏場に敷きっぱなしだったらカビちゃうよ。どうして布団をあげなかったんだろう?」としか思わなかった。
今はわかる。
布団をあげたくてもあげられなかったんだって。
今までできてた当たり前のことができない。
そしてそれを誰かに話したら、「なんで布団をあげるくらいできないの?」としか思われない。
だから誰にも話せないし、自分でも「私はなんでこんなこともできないの!?」と責めてしまう。
そのママ友は、子どもと一緒に家を飛び出して、今は心安らかに暮らしている。
「布団をあげられない」ことがどういうことかわかっていなかった当時の私は、「小さい子がいるのになんでそんな苦労する道を選んだんだろう?」としか思えなかった。
今はわかるよ。
ギリギリだったからだよね。
壊れかけていた状態で、よく、そこから脱出できたと思う。
普通の精神状態でない時に前向きな行動を起こせたことは、本当にスゴいことだ。
もし今、そのママ友と話せるのなら、そのキッカケになにがあったのか、どうやって脱出できたのか、ことこまかに聞くのに。
おバカな当時のなんにもわかってなかった私は、「母一人子一人は大変そうだなぁ」としか思わなかった。
そのママ友とは全然つながりのないママ友2人も、やっぱり子どもを連れて家を飛び出していた。
それを聞いても当時の私は、「なんで話し合わないんだろう?」「もっと頑張ったら解決したかもしれないのに」としか思わなかった。
その話をしてくれたママ友はみんな特別熱く語るわけでもなく、さらっと、なんでもないことのないように話すので、飛び出した理由として聞いたエピソードがほんの少しだから、そう思ってしまったのかもしれない。
(え、それくらい我慢したらいいのに)
(他に方法があったんじゃないの?)
飛び出したママ友からの話を聞いた当時の私は、そう思っていた。
つまり私は無意識のうちに、そのママ友たちのことを「そんな些細な出来事で家を飛び出しちゃうこらえ性のない女性」だと、低く見ていたのだ。
実際は、とても決断力があって、しっかりした人たちなのに。
当時の私は、本当になにもわかっていなかった。
ただのママ友に詳しい内情を話せない理由。
話したところで、まったくトンチンカンなアドバイスをされて傷付くことがわかっているから話さないってことをわかっていなかった。
さらっと、なんでもないことのように話すのは、私がママ友にとって「話せる相手」ではなくて、「話したところで机上の空論や、一般的な正論しか返さない人」だと思われていたからだ。
その判断は正しいよ。
当時の私は、飛び出したママ友たちの気持ちを、ひと欠片も想像できていなかった。 詳しく話してくれたところで、当時の私は、飛び出したママ友の心に塩をぬりこむ返答しかできなかっただろう。
話しても無駄に傷付くだけだから、そんな相手に話さないのは正解だ。
脱出のタイミングを失った今の私は、脱出できた人を心から尊敬する。
09 「愛があれば大丈夫」
子どもと家を飛び出したママ友の一人が、パートナーの親から言われたというのが
「愛があれば大丈夫」
という、王道というか正論というか、一般的には普通にいい言葉だったそうだ。
それを聞いた当時の病んでない私は、「その通りだな。このママ友は旦那さんへの愛がなかったんだな」としか思わなかった。
ところがこれが、今の自分に言われるようになると、「愛があれば大丈夫」という、普通にいい言葉のはずが、悪い意味で「会心の一撃」くらいの言葉になるのだ。
今の私は、「愛があれば大丈夫」系列の本(月刊誌)を両親からもらい続けている。
ざっくり内容を説明すると「困ったパートナーを立てたり優遇したりすることで、パートナーとの溝が埋められるよ」という内容だ。
もしかしたら、それの根本にあるのは心理学的な話なのかもしれない。
心理学的に、困った状態にいる人の心は、よく「水であふれそうなコップ」に例えられる。
「水であふれそうなコップ」のように、心がなにかでいっぱいの時は、外部からなにも入れられない。だからまず心に隙間を作る、水を減らす必要があるのだ。そのためには、その人の不満を減らす方法をとる。まず幸せな状態にすれば不満が減る、コップに入る隙間ができて、ようやくこちらの伝えたいことが入る余地がうまれる。最初から正論のゴリ押しでは入らないし、入ったところで水と一緒にあふれて流れ出てしまうだけなので、まずはこちらの伝えたいことが入れられる隙間を作りましょう、というものだ。
それについては、その通りだと思うし納得もしている。
「相手を変えようとしてはいけない。自分が変わらなくてはなにも変わらない」
それもわかるし、納得できる。
でも、「相手に愛を捧げればどうにかなる」というのだけは、今の私は少しも納得できない。
なぜかスピリチュアル系では「愛があればなんとかなる」がまかり通るのだ。
一時期ヒーラーになりたくて、スピリチュアル系をかじっていた自分にとって、それは馴染みある考え方だし、間違ってはいないとは思う。
ただ、今まさに銃で撃たれそうな瞬間に、狙撃手を愛でどうにかするのは無理だし、今の私が知りたいのは「その愛の余力がない、もしくはマイナスまで落ち込んだ場合はどうしたらいいのか?」なのだ。
「愛があれば大丈夫」
「愛で包めばどうにかなる」
なるだろうし、それは正しいとは思う。
だけど人の中にある愛は無限の泉じゃない。
たとえば、飢餓に苦しんでいる人に「食物を出せ」と求めて、得られるだろうか?
無いものは出せないし、持っていないのが明確なのだから、まず求めないはずだ。
なぜか愛は、「もう無理」だと言っていても「まだ出せるはずだ」と求められる。
「優しく説明していればいつか通じる」と信じて頑張っていた私がもう頑張れなくなった。
だから、最初は「再び頑張れるようになる愛の復活法」みたいな答えが載っているのかと思って、渡される本を読んでいたものの、だんだん読めなくなってきた。そんなことは書いてなかったからだ。
今は本を受け取るのもしんどい。申し訳ないけど中身を見ることなく破棄している。
苦労からの成功例が知りたいわけじゃない。
そんなことは知っているし、わかっている。
私が知りたいのは「それをやってきたんだけど、限界がきてできなくなった人はどうすればいいか」なのだ。
本を受け取るたびに、私は「私の言葉なんか全然伝わらないんだ」とガッカリする。
そういうのを10年間やってきてダメだったと話したよね?
それでもまだ同じ方法を書かれた本を渡されるということは、私の言葉は欠片も届いていないということだ。
もしくは暗に、「お前の方法は間違っている」「もっと正しい方法でやればなんとかなる」なのだ。
別に両親は私に敵対しているわけではない。
私の味方であると明言してくれているにも関わらずこの状況なのが、本当に不思議でならない。
最初の発端というか、困った状況になったのは、「子どもができてからパートナーが豹変したこと」だ。
私は困った状況をどうにかできないか個人で10年頑張ったがどうにもできず、誰かがケガしてからでは遅いと、周囲に相談した。
するとなぜか、問題が解決するどころか、問題の内容自体が伝わらず、最初の問題であったパートナーと子どもだけではなく、友達にも両親にも周囲にも追い詰められていくようになった。
この状況はなんなのだろう?
似た境遇のママ友に「カサンドラじゃないか」と言われて、ググってみた。
(↓Wikipediaより抜粋↓)
カサンドラ症候群、カサンドラ情動剥奪障害……アスペルガー症候群の夫または妻あるいはパートナーと情緒的な相互関係が築けないために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的症状を表す言葉である。
アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえないことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口にしても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じるという仮説。現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念。
夫との情緒的交流がうまくいかない妻は、何が何だか理由はわからないけれど苦しい、周囲は苦しんでいることを理解してくれないという二重の苦しみの状態にある。本人が問題の本質がわからないこと、周囲が問題の存在さえ理解してくれないこと、この二つの要素が現在のカサンドラを巡る問題の本質になっている。
(↑ここまでWikipediaより抜粋↑)
そういえば「カサンドラ」って、むかし読んだ漫画やギリシャ神話の本にいたような?
カッサンドラー……ギリシャ神話に登場するトロイアの悲劇の予言者(Wikipediaより抜粋)。
アポロンに見初められ関係を迫られるが、恋人になる条件として予言能力をもらったとたん捨てられる未来が見えたのでアポロンを拒絶したところ、怒ったアポロンから誰も予言を信じない呪いをかけられてしまう。
有名エピソードは「トロイの木馬」。
木馬は危険だと予言したけれども誰にも信じてもらえなかった。
私は、目の前で、子どもが実の親に怒鳴られ叩かれたり蹴られたりするのをおかしいと思うし、つらいと感じる。
けれども誰かに相談するとスルーされるか、「躾の範囲でしょ」という反応しか返ってこない。
もしくは、「あなたのやり方が悪いんでしょ」「あなたの家族なんだからあなたがなんとかしなさいよ」と言われる。
できる限りフォローしたとしてもおさまることはなく、子どもがゆがんでいくのを目の前で見続けることしかできない。
結果的に自分への負担が増えてフォローもできなくなっていく。
そんな自分を、周囲はもちろん、自分でも責める。
もっとしんどい境遇のママ友の目は、動かないというか凍りついた目をしている。
二次元的にいえば、レイプ目とか、ハイライトのない目だ。
体は普通っぽく動いているけれども、目が死んでいる。
表情も、顔なのに仮面のように見えて、最初は不思議に思っていた。
今ならわかるよ。
普通の感情が残っているとしんどい。少しでも早く今の場所から離れたほうがいいと思う。
けれども身動きが取れず、なんとか今の場所で動こうとすると、感情のスイッチが電気のブレイカーが落ちるみたいに、勝手にどんどん切れていくのだ。
おそらく、普通の感覚が残っていたら正気でいられないから、感覚が鈍るのは自分を守るためなんだけど、自分では、落とすスイッチを選ぶことも再び入れることもできない。
そこで例の「愛があれば大丈夫」を言われたらどう思うか。
みんなが言う『愛』ってなんだろう?
大丈夫じゃない私が欠陥品なのかな。
この状況の私がまだ捧げないといけないの? 相手や発言者は私にくれないのに?
確かに私だって、こうなるまでは「愛があれば大丈夫」を普通にいい言葉だと思っていた。
だからずっと愛を捧げてきたけれども、相手が満たされることも、私に返されることもなかった。
せいぜい「余計なことすんな!」と返されるくらいだった。
「愛があれば大丈夫」のセリフを言える人たちの愛が枯れないのは、誰かから愛を返されているから、もしくはストックが豊富に残っているからか、日常生活が心安らかに過ごせているからだ。
誰も、飢餓状態の人に「食べ物を捧げろ」なんて言わないのに、どうして愛は無限に持っていると思われているんだろう?
私以外の人にとって「愛は無限に湧き出る万能薬」なのか。
「今の私には愛を捧げる余力がない」ということが伝わっていないのか。
「お前は愛も捧げられない欠陥品だ」と思われているのか。
逆に、愛の枯渇した状態の私に、誰がそんな愛を捧げてくれるのかと思うけれども、「家族だから捧げて当然」のように求められるだけなのだから、今は「愛」や「家族」と聞くと、「搾取されるもの」「搾取する相手」などと連想してしまう自分は、やっぱり病んでいるんだろう。
10 「話す相手を考えた方がいいですね」
いくつか友達に相談した話を例にあげてきましたが、きっと「さっさと専門家に相談したらいいのに」と思われたのではないかと思います。
もちろん私だって、いきなり友達に相談したわけではないのです。
確かに最初はさりげなくママ友に「パパとの関係はどんな感じ?」と聞いたことはありますが、ガッツリ相談したことはありませんでした。
まず最初に、子どもが産まれてから2年経った頃に、自分の親に相談しました。
夜中に泣き叫ぶ自分の子どもにパートナーから「うるさい!」とケイタイを投げつけられ、子どもに当たって余計に号泣したことで、「人としてどうだろう」と感じ始めて、「離婚を考えている」と自分の実の母に相談したのです。
母は、どうして私がそう思ったかの詳細を聞かずにこう言いました。
「浮気、借金、ギャンブルをやっていないのなら、簡単に離婚しない方がいいよ」
正論です。
私だって好きで結婚した相手です。
初めての子育てに、パートナーはとまどっているだけかもしれません。
若干もやっとしたものは残ったものの、確かにその通りだと思いました。
それと自分が要領のいい人間ではなくて、今までに、夫を置いて子どもと家を飛び出した話を聞いた時に「それだけで『あなたとはやっていけません』って言われるのは厳しいな」と思っていた当時の私は、できる限り頑張ろうと思ったのです。
(今では「まともな判断力と気力が残っている間に即断して行動にうつせるのは素晴らしい!」と思っています)
それで自分も子育て講座みたいな場所があれば通ったり、無料相談があれば相談したりするようになりました。
そういう場所で話を聞いてもらいながらも、それでも、泣いている子どもの耳元で「聞こえてるんか! うるさい! 黙れ!」と怒鳴るのをやめてほしい、とにかく汚い言葉や怒鳴るのをやめてほしいと何度お願いしても聞いてもらえず、いくら「悪影響になるから」と説明しても止められないので、やっぱり離婚の方に気持ちが傾いた時に、その子の通う幼稚園の無料カウンセラーに相談してこう言われました。
「世の中のほとんどの主婦がパートナーに不満を持っています。その場合、取る道はみっつあります。①離婚する②状況を変える③我慢する、です。もし離婚するのなら、先に仕事を探した方がいいですよ」
その通りだと思いました。
仕事を探している間に2人目の妊娠がわかり、①離婚する、はあきらめて②状況を変える、にするしかないのか、と思いました。
それから今まで以上に子育て系の本を読んだり、子育て系のテレビ番組を見たり、無料子育て相談があれば相談するようになりました。
パートナーが子どもと一緒に出かけようとしたら、子どもがおびえて玄関にしがみついて泣き叫んで嫌がったことで、ようやくパートナーも危機感を覚えたらしく、2人目が産まれる前後にパートナーも一緒に子育て講座に通ってくれました。
その頃が一番おだやかに過ごせたので、私は勘違いをしてしまったのです。
「子どもも2人目だからきっとパートナーも子育てに慣れてくれたんだな」、と。
子育て講座が終わってしばらくしてから、前以上に怒鳴るようになって、子どもに慣れたと思ったのは勘違いだったと後からわかりました。
子育て講座に通っている間、「こうしたらいいよ」というわかりやすい見本にふれている間は、まさにその通りの理想的な親だったのが、見本にふれていないとすっかり元の状態に戻ってしまったのです。
子どもに慣れたわけではなかったのか。
それまで受けてきた子育て講座では「困った状態の子どもに対する親の対応方法」で、確かに普通の子育てではその通りなのだろうとは思うのですが、私の知りたいこととは、どこかずれているように感じていました。
確かに私は子どものことで困っているのだけど、困っているのはそこじゃない、と。
2人目を出産するときに、私の実家に1人目をあずかってもらっていました。
その時、パートナーも実家に泊まり込んで、朝夕ご飯をいただいていたようです。
びっくりしました
なにしろ、私は実家に「1人目をあずかってほしい」と話してはいましたが、パートナーのことは頼んでいなかったのです。さんざん子どもに「うるさい!」と言い続けているのだから、てっきりパートナーは静かで自由な1人暮らしを満喫するものだとばかり思っていました。
実家もびっくりしたそうです。
そりゃそうです。
事前に「子どもと一緒にパパもお願いします」などと話していたわけでもなく、いきなり当然のように泊まられて、朝夕ご飯も食べていくのですから。
(パートナーから実家への「お世話になります」などの挨拶もなく、最初は私がパートナーを泊まるようにさせたのだと実家に思われてさえいた)
でもその時に、子どもに対するパートナーの態度を目の当たりにしたことで、両親は、2人目を出産直後の私に、「子育ての方針についてパートナーとよく話し合ってるの?」とたずねました。「食事する間中、子どもを監視しているみたいに睨んでいたよ」と。
この時の私の心境は「いまさらなにを言っているのか。すでに何回も話したよね?」です。
私は3年ほど前に、「どれだけ怒鳴らないで欲しいと話しても通じなくて困っているから離婚したい」と母に話したつもりでした。
それが全然通じていなかったのです。
(母の記憶にも残っていないようでした)
ちなみに、その後も何回か両親に話そうとしましたが、私の話の途中で父に話をさえぎられて「家庭とは問題を乗り越えていくものだ(ささいな問題でガタガタ言うな)」という一般的な正論を語られて終わっていたので、私の言い分を最後まで聞いてもらえたことは一度もありませんでした。
きっと「子育て初心者がおおげさに語ってる」と思われていたのだと思います。
それで、今回初めてまともに聞いてくれる雰囲気になったので、あらためて「パートナーには今まで散々お願いしてきたし注意もしてきた。子育て本などを渡してもきたけれど、わかってもらえなくて困っている。一時期は離婚しようと思ったが、2人目ができたから、離婚せずになんとかしたいと思って言い続けている。でももう私が言ってもきいてくれないから、良かったら、それとなく注意してくれないか」と頼みました。
第三者から言われたら聞いてくれるかな、と思ったのですが。
結論から言うと、これは大失敗でした。
パートナーの心の中で、私の両親も敵認定されただけでした。
もはや私と私の実家はパートナーにとって敵となり、話を聞きたくもない相手に成り下がったのです。
(これはもともと私の実家とパートナーが不仲だったからで、もともと信頼関係の高い相手だったら、すんなり聞いてくれるかもしれません)
しかもパートナーの態度があからさまによそよそしくなったことから、パートナーと私の実家の間には深い亀裂が入りました。
もともと、すごく仲が良かったわけでもないので、それは別にいいのです。
困ったのが、子どもを実家でみてもらうと、あからさまに文句を言われるようになったことです。
誰が自分の親への文句を第三者から聞きたいでしょうか。
それに実家にあずけられなければ、結局、私一人が子どもをみることになるのです。
(大声で頻繁に怒鳴るパートナーは子どもに怖がられているので、誘っても子どもはよっていかず、選択肢が実家とパートナーの二択だと実家が選ばれる。それに対して「生意気な!」(?)と怒るという悪循環)
別の子育て講座で知り合ったママ友と話をしたところ、うちとほぼ同じ状況だとわかりました。
『パートナーの言動がひどくて、子どもがその影響を受け、フォローは全部自分。そんな環境をどうにかしたくて頑張って色々試しているものの、今のところ成果が続かない。どうしたらいいんだろう』
ここまで同じ状況の人は初めてで、とても親近感がわきました。
「話をわかってくれる人がいた!」と思いました。
その家庭は頼れる実家が近くにないことと、子どもが男の子な分、うちよりも苛烈な状況だからか、私よりもよほどキッチリしているママなのですが、いつも疲れているというか「表情のないママだなぁ」といった印象でした。
(今思うと、そのママはすでに多くの感覚のスイッチが切れた状態でギリギリ動いている状態だったのだと思います)
そのママ友は「私、前世でなんか悪いことしたんかな? って思う」と話していました。
そう思ってしまう気持ちが痛いほどわかりました。
私自身、「今生のテーマは『愛でパートナーを変えることを実践すること』なの?」と思っていたからです。
(それまでの私は心の底からスピリチュアル系を信じていましたので。今は、スピリチュアル系ができるのは心の余裕のある人か、宗教的な方だけだと思っています←スピリチュアルや宗教をバカにしているわけではなくて、愛の供給源があるというか、信じることで守られているという絶対的な存在があるという意味です)
昔からの友達に「今生のテーマは『頑張らなくちゃいけないと思うことをやめること』かもしれないよ」と言ってもらえて、とてもほっとしたのを覚えています。
今考えると、前世だの今生のテーマなどは、私自身が実際に前世を見たわけではなく、ただの自分勝手な思い込みでしかないのですが、追い詰められた状況に長くいるママ友と私は、そうでも思いこまないとやっていられないくらいにしんどくて、「だから頑張るしかないんだ」と自分に言い聞かせていたように思います。
そんなママ友から、初めてアスペルガーについて話を聞きました。
「『夫さんはアスペルガーかもしれない』って友達に言われた」と。
当時の私は「アスペルガーといえば天才」という認識しかありませんでした。
『裸の大将(山下清という画家をモデルにしたドラマ)』を長い間見続けていたことと、たまたま『ギフテッド(だったかな? 一度しか見ていない景色をあとから絵に描ける海外芸術家のドキュメンタリーみたいなの)』という番組を見たこともあって、今で言うADHDもアスペルガーも、芸術方面に特化した一種の天才だと認識していました。
ちょうど3人目を出産した病院で無料カウンセラーを受けることができて、パートナーについて相談すると、保険センターのほうで詳しく話を聞いてもらえることになりました。
出産後に、保健センターで精神科医に相談したところ、「おそらくアスペルガーだろう」と言われました。
でも、いったいアスペルガーと今の状況がどうつながるのか、当時は全然わかりませんでした。
でももし、パートナー本人の方が少数派(天才は少数ですよね?)な人間だと自覚してくれたら、私が言う「子どもに怒鳴らないで」という内容が一般的(多数派)だとわかってもらえるかもしれない、と私は思いました。
なにしろ名も無い私が勝手に言っているのではなくて、正式なテストを受けた結果を、ちゃんとした医師が告げてくれるのですから。
パートナー自身が少数派だとわかれば、多数派である一般的な対応に合わせてくれるのではないか、と期待したのです。
それで検査を受けてもらうことにしました。
結果的に、パートナーはアスペルガーとADHDだとわかったものの、本人はまったく納得してくれませんでした。「だからなんだ?」という感じで、私が期待したような変化はなかったのです。
むしろ、「あの医師は信用できない」と言いだし、病院も変わりました。
それでも投薬が指示されて飲んでくれていたところ、言動が穏やかになったので良かったと思っていましたが、薬を飲むのが相当なストレスだったらしく、再び荒れていきました。
ちょっとよくなって、今度こそと思ったら、また戻る。
またこの状況です。
月に2~3回のサイクルでそうなって、二重人格のようにも思える態度に私や子どもたちは振りまわされるのです。
特別よくなるわけでもなく、薬を飲んでいるのに、薬を飲むストレスで荒れていく状況で(転院先の病院がやたらと薬を増やしていた)、私とパートナーの仲も、パートナーが子どもに対する言動も、悪く激しくなっていきました。
毎日、パートナーが一緒にいる朝晩の食事時は誰かしら子どもが泣かされてしまいます。
話せば高確率で怒鳴られるので、ほぼ無言で食事しているにも関わらず、ちょっとでもこぼしたり、うっかり落としたり音を立てたり、苦手な食べ物を申告しただけで、今まさに道路に飛び出して車にひかれそうになった子を「危ないっ!!」と引き止めるくらいの音量で怒鳴られます。
子どもはもちろん、私もビクッとしてからだが浮くくらいです。
入学式、発表会など、なにかしら特別な日は特にピリピリしていて、ある入学式では服を着るのを渋った子に、パートナーが無理矢理着せたことで腕が抜けて号泣されたこともあります。
用意が遅いからと子どもに蹴りかかり、子どもが過呼吸になったこともあります。
私はずっと、どうにかしたい、きっとどうにかできると思い続けて、毎回まいかいパートナーと子どもの間に入って、パートナーには状況の解説を、子どもにはフォローをし続けてきました。
特に子どものイベント時なんて思い出に残るのだから、できる限り楽しい思い出になるようにと、私は必死に笑顔をつくってはしゃいでいました。
テストを受けた精神科や、お世話になった保健センターにも通い続けて状況をできる限り詳しく説明して、どうにかできないかも相談し続けました。
おそらく「そういう公共の窓口に相談すれば、すぐにどうにかできるんじゃないの?」と思われるのではないかと思います。
私もそう思っていました。
テレビ番組などで「困った状況の方はまずこちらに相談してください」と紹介されているし、「そういう窓口なんだから、きっとすぐに解決してくれるはず」と、勝手に思い込んでいました。
精神科でカウンセラーと話したらすぐに解決するだろう。
児童相談所に相談したらすぐに解決するだろう。
私もそう思っていましたが、違うのです。
確かに精神科でも保険センターでも児童相談所でも話は聞いてもらえます。
(「カウンセラーに相談」は別料金なので、有料のカウンセラーに相談したことはありません。無料枠なら何回もあります)
保健センターの女性相談員の方からは、提案してもらえました。
いきなり離婚は難しいから別居から始めてはどうか。
シェルターに入ったらどうか。
実家に戻ったらどうか。
色々提案してもらいましたが、別居や離婚をするには子どもが小さくて私が働けず。
シェルターに入るには、私の精神状態だとオススメしないと言われ。
(続けて子どもができたことで極度の睡眠不足なうえ、怯えている状況で、精神状態が大変悪かった)
実家に戻るのも、私が精神的にキツい(パートナーとは別の方向でまったく話を聞いてもらえないから)のと、おそらく高齢な実家の両親の体力も精神力もひと月くらいしかもたないということで戻れず(小さな子はにぎやかなのでずっと一緒にいるのは高齢者の負担になる)。
つまり、相談はできるのですが、解決までいくかというと、それぞれの家庭環境によって、解決したりしなかったりになるのです。
もし私が出産直後でなかったら、相談したことで、すぐに別居して働けていたかもしれません。
もし私の精神状態が良好であったなら、シェルターに避難できたかもしれません。
もし私の実家がまっすぐ話を聞いてくれる両親であったなら、実家にうつることができたかもしれません。
でも、たまたま当時の私は出産直後で環境も叶わず、それらの方法を選べない状況でした。
だから相談はできても状況は変えられなかったのです。
変えられない状況のまま4人目出産のための入院で滞在した病院での6日間は、本当に穏やかで幸せでした。
大人は誰も怒鳴らないし、子どもは泣かない(新生児のお世話してほしい泣き声と、悲しみや恐怖や悔しさで泣き叫ぶ子どもの声は全然違います)。
周囲にいる看護師さんも医師も話せば言葉が通じる。
どれだけほっとしたか。
今更ながら、家の状態が異常なのがよくわかりました。
(2人目出産時に実家ともめたので、3人目出産時から出産直後でも実家でお世話にならず、預かってもらっていた子どもを引き取って、家にすぐさま戻るようになっています)
一旦しんどい状況から離れたことで、普通の感覚が少し戻った私は、「これまでやんわり言ってきたことをハッキリ言うようにしよう」と思いました。
今まで自分は、両親から散々「相手のことを考えて発言しなさい」「言葉は刃と同じだからていねいに話しなさい」と言われ続けてきたので、否定的な言葉を使わないように、たとえ間違いを指摘する場合でも遠回しに伝えてきました。
でも、どうやらアスペルガーには遠回しな表現だと伝わらないらしい。
それならハッキリ言った方がいいのかもしれない。
おそらく、こちらを読んでくださっている方も、「そうだよ、むしろなんで今まで言わなかったの?」「さっさとガツンと言えば良かったのに」と思われていたかもしれません。
そうしてハッキリ言った結果、今までパートナーは子どもたちには手を出しても、私にだけは出さなかったのが、乳幼児を抱っこしていた私を蹴って「言ってもわからないなら、次からは蹴る」と私と子どもに宣言し、言葉通り以前よりも頻繁に子どもを叩くか蹴るようになりました。
それで「今まで信じていた方法ではどうしようもないんだ」「私の考えは間違っていた」と嫌でも体感することになったのです。
自分の中にあった、「頑張ればいつか通じる」「誠実に対応すればいつか伝わる」という気持ちがプツリと切れたのがわかりました(実際に耳の奥で音がしました)。
困った状況になってから頑張り続けて10年目のことでした。
これは私が頑張ってどうにかできる問題じゃないんだ。
私のできることはやり尽くした。
もうこれ以上、なにをどうすればいいのか私には思いつかない。
無というか虚無というか。
その時から、現実に対して、まったく気力がわかない状態になりました。
これだけ時間をかけて、様々な方法で伝えようとしても、誰にも伝わらないのかーー。
絶望に近い感覚でした。
それでも、まだ私は、どうにかできると思っていました。
今の状況は私だけでどうにかしようとしてきたからダメだっただけだ。もっと違う人に話を聞いてもらって、私には思いつかない対処法を教えてもらえれば、きっとうまくいくはずだ、と期待していたのです。
それで、これまでは相談しても子育て広場とか、無料カウンセラーとか、ボランティアっぽい場所ばかりだったけれども、相談する範囲を広げようと思いました。
今までは、なんとか自分の家庭内だけで解決したかったのと、一度詳しく話してしまえば次からはそういう目で見られるのがわかっていたので、実家の両親にも義両親にも問題を具体的に話して相談したことはありませんでした。
実際のところは、両親には何度も話しかけたのだけど、毎回、話の途中で子育て一般論を話されて終わるだけで、こちらの困っていることを話しきれず、そのうち相談しようとも思わなくなっていきました。
そんなことが何度もあったので、おそらく、目の前で話したところで最後まで聞いてもらえないだろうから、お互いの両親にメールで内容を送れば、とりあえず最後まで読んでもらえる。最後まで読んでもらえればちゃんと伝わって、私が思いつかない良い考えを出してくれるかもしれない。
パートナーや自分の兄弟なら、もしかしたら同じ状況になっているかもしれないから、なにかいい案を出してもらえるかもしれない。
そう思って、どちらの両親親類に、まずはメールで相談しましたが、結論から言うと、やっぱり困っている部分を全くわかってもらえませんでした。
そう。すでにこちらで紹介してきたような反応だったのです。
「その相手を選んだのは自分でしょ?」「あなたの話し方が悪いんじゃないの?」「愛があれば大丈夫」です。
この時の心情を想像してみてください。
今、私は、自分の子が実の親に暴言や暴力をふるわれて困っていると相談しているつもりなんだけど、メンバーそのまま一時的に離れることなく場所も変えずにこのまま疲弊した私だけでどうにかしろと?
10年やってもできなくて、子どもは壊れかけてきているのがわかっているし、私の精神も限界だと話しているのに、まだ続けろと?
しかも、話し合いの場でパートナーが「仕事がツラい」と同情をひいたことで、「仕事のストレスからなら仕方ない」という空気で終わってしまいました。
私としてはパートナーの親から「子どもに暴言暴力をしてはいけない」と言って欲しかったのですが「仕事が大変なら仕方ない」で流されて、義両親やパートナー本人から謝罪のようなものもありませんでした。
テレビかなにかで聞いたことがあります。
家庭内の出来事には、どうしてかみんなフィルターがかかってしまう。それがDVかどうかを見分けるには、「公共の場で同じことが行われていればどう感じるか置き換えて考えるといい」と。
つまり、今回のことを学校だとして考えると、
『クラスの生徒が、先生から「ほんっと頭悪いな!」「お前には無理!」など小馬鹿にした顔で言われ、泣けば「うるさい!」と叩かれる蹴られるなどの暴力を受けている状況』です。
もし会社だと考えるのなら、
『同僚が、上司から「お前はおかしい!」「もういい。口きくな!」「黙れ!」など皆の前で怒鳴りつけられ、涙をこぼそうものなら「泣いて逃げるな!」と叩いたり蹴ったりされている状況』です。
それは仕方ないんですか?
上に立つ者の気分でやっていいことなんですか?
実際にそんな先生や上司がいたら、立場をかさに、私情で弱い立場の者をいじめているというか八つ当たりしているようなものだと思うのですが。
自分自身が当事者でなくとも、自分のクラスの友達や自分の会社の同期がそんな仕打ちを受けていたら、なんとかして止めたいと思わないものなんですか?
私は自分が被害者そのものではなくて、間近で見ているだけの立場でも「やめてよっ」と必死に止めるくらいには苦痛でした。当然、直接的な被害者である子どもはもっとしんどいと思います。
自分一人の力で止められなかったら、さらに上か、別の立場の人に相談しますよね?
(学校や会社なら、正式に監査機関みたいなのがありますよね?)
残念ながら各家庭にはそういう機関がないから、「どうにかしたくて頑張ったけど、どうしようもなくて困っている」と両親や親類に相談しているのです。
その回答が、「その学校(会社)を選んだのは自分でしょ」「止め方が悪いんじゃない?」「愛があれば大丈夫」なのですよ。
結局「お前が頑張ればどうにかできる。お前のやり方が悪いだけ」「お前のパートナーのことなんだからお前が面倒みろ」なんですよ。
「なんとかして止めようと10年やってダメだった」「私はもうこれ以上できません」「限界です」と説明しているにも関わらず、「その状況であり続けながらお前が解決しろ」?
それはどんなイジメ推奨学級でパワハラブラック企業なんですか?
そう思う自分がおかしいの???
どうにもできなかったから、このままだと壊れる、むしろ壊れかけているから相談しているのに、現状維持を求められる不思議。
しかもその後「みんなそろって話を聞いたからもう大丈夫になっただろう」となぜか思われ、「まだ大丈夫じゃない」という内容のメールを送ると、「まだ言ってるのか」とうっとうしがられる不思議。
きっと、その人たちは現場を見ていないからわからないんでしょうね。
同じ空間にいなければ、私と子どもが毎日毎朝毎晩どれだけ神経を削られていっているかなんてわからない。
遠い異国で、戦争が行われていたり、餓死に苦しむ人たちがいたりする。そんな目に見える死と隣り合わせではない、少なくとも衣食住には恵まれた暮らしをおくっている私が、なに「しんどい」とか「限界だ」とか生意気言ってんだって話だとは思います。
でも、つらいんです。
シンプルに表現するなら「言葉の選び方が酷い」だけなのですが、日常生活の些細な事柄に休む間もなくいちいち皮肉や蔑みの表現を聞かされるのは、かなりつらいです。
それを言葉を覚える時期の子にあびせ、あまつさえ暴力までしているから困っていると、目の前にいる血の繋がった相手に、同じ国の同じ言葉でうったえているのに。
報告メールを送らなければ「問題は解決した」と思われる。
かといって「まだ解決していない」と送れば「なんでできないんだ」と言われる始末。
いやだから、「なんでできないのかわからない」って、10年やった私が言ってるんですよ?
それが相談内容そのものじゃないですか。
10年やってもできないから、年長者の身内に相談したんだけど、その相談の根本がなんでか伝わらない。
結局「それはお前のやり方が悪いんだろ」にしかならなくて、逆に笑えてしまいます。
同じ国に暮らしていて頻繁に会っている血縁者でありながら、遠い異国と同じくらいの距離感を感じました。
もう説明するのに疲れたので親類関係とは顔も合わせたくないし話もしたないです。
(でももちろん、そんなわけにはいきません。会ったところでこの話を私からしなくなったので、きっと勝手に「解決したんだ良かったね」と思われていると思います)
時間をかけて考えてわかりやすい文章をこころがけて、これ以上はないほど真剣にメールを書いて送っても伝わらないから、メールのやりとりが怖くなりました。
もしかして、私の文章が相手に届く前に改ざんされているのではないのか。
相手の文章が私に届く前に誰かに改ざんされているのでは?
そんな妄想に囚われるようになりました。
もちろんそんなことないのはわかっています。
おそらく、そういう風に考えた方がまだマシなんです。
必死にうったえている内容をことごとくスルーされるなんて、わかりやすいありえそうな他の理由があってほしいから妄想が暴走しているだけです。
(実際は、ただ単純に相手にこちらのしんどい状況が1ミリたりとも伝わっていないだけ、もしくは、相手がこちらの状況をわかっていながら、面倒事に巻き込まれたくなくてすっとぼけているかのどちらかだと思います)
その後、いわゆるDV相談にも電話しましたが、「子どもに対する内容なら児童相談所に相談してほしい」と言われ、児童相談所に電話相談すれば「精神科にかかっているならそこに相談してほしい」と言われ。
まぁわかります。
DVや児童相談所を扱った漫画を読んだ限りでも、もっと緊急で切羽詰まった困っている人たちが世の中にはたくさんいますもんね。
今すぐ刺されるとか(言葉では「殺したい」「殺しそうだから出て行け!」「勝手に死ね!」など言われたこともありますが、実際には一度も刺されていないし、子どもが軽いケガをしたり過呼吸になったりはあっても、骨折などの大ケガまではしていない)、数週間も食べ物がなくて餓死しそうとかじゃない。命に関わらない私の相談事なんて聞いてもらえなくて当然ですよね。
すでに精神科には相談しているけれども、どうにもできないから他にも相談しているのですけどね。
(自分もこうなるまでは安易に「○○に相談してみたらいいんじゃない?」と言ってしまっていたけれども、これも言われると地味にダメージ入るなぁと思いました←あ、もちろん、相談したことで良い方に向かう方もいらっしゃると思うので、相談場所を提案した方がいいとは思います)
↑
(「警察に言ったら」も、まれに言われますが、私ではない方が近所の親切な方の通報を受けて、警察がきてお話ししてくれたところ、しばらくはおさまったけれども、それで終わることはなかったそうです)
なにより怖いのが、「相談しても聞いてもらえない」を突き詰めていくと、
「むしろ私が子どもをかばうような余計なことはしないで、子どもが骨折するくらいまでパートナーから蹴られるのを見逃した方が、決定的な証拠となって周囲に話をきいてもらえるんじゃないか」
「私がパートナーを刺すか、パートナーに刺されるかすれば強制的に状況を変えられるんじゃないか」
という方向になってしまうところなのですよ。
(相談中に「まだ誰もケガするほど酷くないんでしょ」と半笑いで言われたこともあります)
おそらく、よくニュースになっている殺傷事件はこんな感じに追い詰められた末なんじゃないかと勝手に想像してしまいます(実際の理由は、もっと複雑だったり単純だったり荒唐無稽だったり色々ありそうですが)。
だから意識してそっち方面には考えないようにしています。一時期、本気で「もう刺した方が早いんじゃないか」という思考に囚われて危なかったので。
どうして刺さなかったかと言ったら、ちょうどその頃、保育士が過失で同居していた祖母を殺してしまったニュースと、その保育士の父親のコメントを読んだからです。
私はネットニュースを一度読んだきりなので、実際の内容とは違うかもしれませんが、ざっくり書くと、「仲の良かった祖母から大学費用を出してもらっていたので、保育士が一人暮らしの部屋で祖母の面倒をみることになった。新社会人として働くかたわら、保育士は家で祖母のお世話をしていたけれども、だんだん祖母が文句を言ってくるようになって、文句を聞きたくなくて口をふさいだら、殺してしまった」という内容でした。
(詳細が違っていたらすみません)
それに対して、保育士の父親のコメントが「なんてことしてくれたんだ!」。
(実際はどうか知りませんが、記事ではそんな感じで書かれていました)
え?
自分の実の親か義理の親の面倒を、新社会人として働き始めた気をつかう時期の子に丸投げしておいて、そのコメントなの?
私が初めて会社員として働き始めたときは、毎日緊張していました。
仕事を覚えるのに必死だったし、会社までの道のりや、人間関係に慣れるのにも必死でした。
私自身が高齢者のお世話をしたことはないので想像でしかないですが、子どものお世話よりも大人のお世話の方が大変だと予想します。
子どもなら、「こういうルールなんだよ」と説明すれば納得できないまでも「そうなんだ」と従ってくれそうなところを、大人は「それは納得できない」「そうだとしてもしたくない」となるからです。
保育士は、勤め先でも気を遣って、家に帰ってからも休めなかったと思います。
そんな積み重ねがあった末に対して、あのコメントなんだ……。
なるほど。もし私が状況を変えたくてパートナーを刺したところで、「そんなに追い詰められてしんどかったんだね」というような感想は抱いてもらえないんだな、というのがよくわかりました。
おそらく「刺すくらいなら相談してくれれば良かったのに」というコメントをされるんだろうなぁ、とすっごく虚しくなりました。
(ここまで読み進めてくださった読者様なら、すでに何回も相談していることを知っていただけているかとは思います)
きっと私が自殺しても、子どもと心中したところで同じです。
どれだけしんどかろうが、伝わらない。周囲の反応は『後出しジャンケン』でしかないのです。
よくニュースなどで「話してくれれば良かったのに」と言っているのを聞くけれども、実際に、しんどいことを必死に訴えたところで聞いてもらえないのです。
あれは後から言う定型文のようなセリフなだけであって、実際にその人に話したところで、どこまで親身になって聞いてくれたかと疑ってしまいます。
ぶっちゃけ、実際に刺したり、決定的な証拠になる大ケガに発展するまで見逃したりした方が、悪い意味で強制的に状況は変わるだろうとは思います。
でも、それでなんらかの後遺症が子どもに残ったら、私は一生後悔すると思ってギリギリ踏みとどまっている状態です。
すでにこれまで、あちこち20回以上状況を説明しています。
だんだん、状況を説明するのにも疲れてきました。
どこに相談するにしても、しんどい状況を最初から話さなければならず、十年間のことなので話す方も聞く方も長くて疲れます。
しかも話したところで、今までここに書いてきたような感じなのです。
聞いてくださる存在があるだけありがたいのでしょうが、この長い状況説明を一度聞いただけで正確に理解できるとも思えませんし、何回か聞いていただいた感じ、「聞く」というよりも「話させる」感じで、「何度も話させて自分で結論を出させる」みたいなテクニックなのかなぁと思いました。
話してもはなしてもオウム返しの反応しかないから、新たな画期的打開策を求めていた私は勝手にむなしくなりました。
(それでも今の自分がまだ生きていられるのは、誰かの作品と、家族や友達や公共のなにかとあちこちでつながっているからです。ありがとうございます)
なら、ざっくりまとめて語ればいいかというと、はしょって語ると短すぎるからか、それはそれでまったくしんどさが伝わらず、さも私が大げさに語っているだけのように思われるというオチ。ほんとどうしろと?
昔ひどい虐待にあったという人に相談した時は、「それくらいなら我慢できるでしょ」という反応で驚きました。
いや、不幸自慢をしたいわけじゃなくて。対処法というか、どうすればいいかを聞きたくて相談したんだけど。
つまりその回答として「それくらい我慢しろ」ってこと?
それはそれで闇が深いと思いました。
そういう一連のことをざっくり精神科医に説明したところ、
「話す相手を考えた方がいいですね」
世にいる賢明な方、どうか愚かな私に教えてください。
じゃあ誰に相談すれば良かったんですか?
自分の身内や近い親戚には相談しました。
仲のいい友達にも相談しました。
ボランティアや公共のおおよそ相談窓口だと思われるところにも相談しました。
あとはどこですか?
知恵袋?
何チャンネル?
私は誰に話せば良いんですか?
11 「自分がどうしたいかをよく考えて行動するといいよ」
プツリと「今まで信じてきていた『話せばいつか通じる』は間違ってるんだ」と感じた瞬間から、じょじょに、今まで自分が正しいと思っていた子育ても、普段通りの家事もできなくなり、根本的に動けなくなってしまったので、相談範囲を広げていきました。
その時はまだ『私以外の人ならきっともっといい方法を知っているはず』『その方法さえわかれば、きっとパートナーを変えられるはず』という希望を持っていましたが、その希望も、どんどん塗りつぶされていきました。
まず問題点がどうしてか伝わらない。
次に、当たり前のことかもしれませんが、自分以上に真剣にこの問題を考えてくれる人はいないのです。
みんなそれぞれの家庭があって、それぞれの生活を送っています。
当たり前ですが、一番大事なのが自分、次に自分の家族、という感じでしょうか。
どれだけ丁寧に話したところで、第三者にとっては目の前の問題ではありません。
言葉が通じていても、それこそ海の向こうで行われている戦争や、まったく見ることも行くこともないくらい離れた土地の飢餓問題と同じくらい遠い話でしかないのです。
話を聞いてくれたとしても、当然ながら、その人それぞれの常識の範囲で答えが返ってくるので、私が感じているのと同じ気持ちを持ってもらえることはありません(同じ境遇のカサンドラ仲間でも違うことがある)。
なんとなく感じたのは、私の話を聞いた人は、今までの人生で知った似た話を無意識のうちに自動的に当てはめているようだな、と。そしてそこで知った結論か、それに対しての意見かを返してくれるのです。
不思議なのですが、私の今の状況をそのまま聞いて考えてくれる人はほぼいません。
だから、私が、解決できないからと同じ話を持ち出すと、不快に思われてしまいます。
「自分が知っている話ではこうすれば解決していたのに、どうして同じようにできないんだ」
「こちらはもうその話は聞いたのに、どうしてまた聞かなくてはならないんだ」
自分が体験していない出来事は二次元の物語と同じ扱いでしかないようなのです。
知っているパターンにはまっていなければ納得いかないし、一度知った話を何度も聞くのは苦痛なのです。
どれだけ話しても伝わらないことで、勝手に期待していた分、私はすっかり絶望してしまいました。
今までずっと、誰かのためになにかしたい、世の中の役に立ちたいという気持ちがありました。
子どもが小さいうちは一番大切な期間だから、できる限りのことをしたい。
パートナーとは恋愛結婚したのだし、以前のように仲の良い関係に戻りたい。
どちらの両親や親類とも良い関係でありたい。
少しでも世の中を良くしたい。
誰かに相談すればするほど、そういった気持ちをことごとく否定されたように感じて、残っていた気持ちも少しずつ削り取られて消えていきました。
崖から落ちそうになって、崖っぷちにかろうじて引っかかっていた指を外されていったような感じです。
誰かと話したいと思えなくなりました。
メールなどのやりとりも怖くなりました。
なにしろどうしたって通じないのですから。
ずっと根気よく問題につきあってくれていた友達が、半年も過ぎる頃になると、問題が起こった内容の最初の部分を読んだだけでオチまで予想できるようになりました。
「またこのパターンかー。うん。もう離婚した方が早いんじゃない?」
私もそう思いました。
でももう、その時には、そんな気力もなくなっていたのです。
その頃になってようやく、早々に旦那様に見切りをつけて子どもを連れて家を出た先輩ママたちが、どれだけ先見に優れていたかがわかりました。
私も、うっかり頑張らずに、ケイタイを投げつけられた時点で家を飛び出しておけば良かったんです。
子どもや自身の尊厳を傷つけられたことに気づけなかったニブい私が悪かったんだなぁと思いました。
どうしてニブくなっていたかと言ったら、実父から延々と「お前はダメなヤツだ」と言われ続け、それに耐えるのが私の『普通』だったからです。
それと似たことを今、自分の子どもたちにし続けているのかと思うとゾッとします(今の状況はまさに子どもに「自分は理不尽に怒鳴られる存在なんだ」と思わせ続けている)。将来的に、誰かに理不尽に怒鳴られても「私は理不尽に怒鳴られる存在だから」と、状況がおかしいことに気づけない可能性を私は毎日子どもに植えつけているのです。
ケイタイを投げつけられた時点で家を飛び出しておけば、「離婚したいならもっと早く言って欲しかった」などと言われなかったことでしょう。
たとえ「離婚してほしい」と過去に言っていたところで「メンドクサイから離婚しない」と返されたとしても、それでも強行的に別居か離婚しておけば良かったんです。
「私は本気で不快なんだ」を全力で伝えれば良かったのか。
普段は意見を言わない私としては、かなり頑張って長期にわたって伝えてきたつもりでしたが、はたから見れば全然全力に届いていなかったのでしょう。
あの時、「自分ができる限り頑張ろう」なんて思わなければ良かったのか。
でもじゃあ、早々に見切りをつけた先輩ママがスッキリしているかというと、スッキリしているママもいるし、そうじゃないママもいるようなのです。
連絡のとれる、子どもと一緒に家を飛び出した先輩ママに相談したとき、てっきり鼻息荒く「すぐ別れた方がいいよ!」と言われるかと思っていたら、静かに「自分がどうしたいかをよく考えて行動するといいよ」と言われました。
それはその通りなのですが、もしかしたら、先輩ママも「家を飛び出さない道を選んでいたらどうだったか」と考えることがあるのかもしれないなぁ、と感じたのでした。
私は飛び出さない道を選んで、飛び出さない道の苦痛を知ったからこそ「別の道を選んだ(家を飛び出した)方が良かったのでは?」と思います。
でも、飛び出した道を選んだママは、おそらく周囲から、かつての私が思ったようなこと「我慢が足りないんじゃないか」「小さい子どもがいるのに」「両親がそろっていた方が良かったんじゃないの?」を散々言われるのです。
もしかしたら私とは逆に、「私がもっと頑張っていればどうにかできたんじゃないか」と思うことがあったのかもしれません。
結局、どちらを選んだとしても「もうひとつの道の方が良かったのでは」と思ってしまう。だからこそ、先輩ママは「自分がどうしたいかをよく考えて行動するといいよ」と言ったのでしょう。
それは実感のある言葉だったので、すんなり自分にも響きました。
どちらを選んでも、周囲からなにか言われ続けるのは変わらない。
私は自分が強くないので、周囲からやいやい言われ続けたら、最初は自分で納得して選んでいたとしても、後悔というか、別の道への心残りが消えない気がします。
根気よく問題につきあってくれていた友達とのやりとりの途中で、自分がやってきたことを話した時に、
「そんなの全部できるわけないよ。そんなのできるの超人だけでしょ」
と言われたことがあります。
ある意味、「詰め込み過ぎ」「頑張りすぎ」とねぎらってくれていたのかもしれませんが、平たくいうと「息抜きしないでできると自分を過信したアンタの自業自得」ということでもあります。
今まで私は、『誰かを助ける』『誰かを手伝う』『小さい子にはこうするべき』『主婦ならこうするべき』『パートナーには従うべき』『結婚したら添い遂げるべき』という『普通』だと思っていたことに縛られて生きてきましたが、どうやらそれらの前に絶対的な前提としてあるはずの『自分を大事にする』という項目が抜けていたようです。
私はずっと誰かのためには行動してきたけれども、いつの間にか自分自身をずっとないがしろにしてきたんだなぁと思いました。
私は無意識に私自身を無視してきたのです。
10年間ずーっとないがしろにされ続けたら、そりゃあ、すっかり動けなくなりますよね。
だいたい、私、家事、好きじゃないんですよ。
掃除も、料理も、おしゃれも最低限できていればいいと思う方です。
自分の母はそれはもう完璧にやっていますが、あれは私には無理です。
なにしろ、それだけやってても父から文句を言われるんだから、やる気にもなれません。もし私が母と同じ立場ならとっくの昔になにもできなくなっていたと思うくらい、今でも散々言われています。
どうして頑張って苦手な家事をしていたかっていったら、家族と気持ちよく過ごしたかったからです。
でももう、いいや。
もうこれからは、まず自分を大事にしていこう。
誰がなんと言おうとパートナーの行動は変えられない。変えられるのは自分だけ。
どんくさい自分が完璧な母と同じくらいにしようと思ったら、人生を捧げる勢いでないとできない。
自分をないがしろにして捧げる勢いでやってきたら、自分の限界がきてしまった。
もう能力以上に頑張るのはやめて、どんくさい自分ができる範囲だけでやっていこう。
子どももそこそこ大きくなったんだから、家事だって任せればいい。
そこまで気づけて決心しても、やっぱり動けない自分が情けなくてたまりません。
その頃には色々あって、ずいぶんパートナーは落ち着いていました。
じゃあ元のように戻れるかというと、私の中の気持ちがすっかりなくなっていて、「パートナーも子どもも自分もどうでもいい」としか思えなくなっていました。
落ち着いているとはいえ、パートナーはやはり機嫌が悪い時、寝不足の時に怒鳴ります。些細なことで声を荒らげます。
その怒鳴り声を聞く度に「目の前から消えてくれないかなぁ」と反射的に願い、「あぁそんな風に考えちゃダメだ」と否定するという繰り返しで、途中から繰り返しに疲れて、「むしろ自分がいなくなった方が早いんじゃないか」「こんなネグレクトな毒親いない方がいい」「死にたい」という思考になっていきました。
私の存在が消えるのはいい。
でもじゃあ、子どもは誰が育てるんだろう?
パートナーは無理だから両親かな。
うーん。心配しか無いけど、こんな私よりもマシだろう。
24時間ずっと死にたいと思っているわけじゃないけど、たまに大きな波がきます。
うっかり死ぬ前に、これまでのことを、どれだけ話してもうまく話しきれなかったから、まとめて書いておこう。
まぁ書いたところで、自分としては14年間も真剣に考えて悩みながら頑張ってきたことを、周囲からは、まったくなにもしてこなかったみたいに言われるのはわかっています。
どうしたって好き勝手に言われるのはわかっているけれども、自分が頑張ってきたことをどこかに残しておきたい。
まとめるまでに数年かかりましたが、これが今の自分のしたいことでした。
12 超能力で
先に記述した部分で、「ADHDやアスペルガーだから悪いんだ」と書かれていると誤解されたかもしれないので、ここで補足します。
どちらの両親にも相談するときに、パートナーへの話の通じなさを説明するのに手っ取り早いからと、私は先にアスペルガーとADHDのことをメールで伝えていました。
これも悪かったのかもしれないなぁと今になって思います。
なぜか世間では、ADHDやアスペルガーと聞くと、そこで思考を止めてしまうのです。
私としては、それがわかるまで何年も遠回りしてきたので、親切で先に知らせて、「一般的な考えでは通じなかったから、みんなの知恵や力を貸して欲しい」と伝えたつもりでしたが、『アスペルガー』『ADHD』という前提を聞いた時点で、「病気なら仕方ない」「病気は頑張ったら直るよ」「そんな病気をたてにして」みたいな反応でした。
いや、そんな話をしたいんじゃなくて……と説明したところで、それ以降の話は聞いてももらえませんでした。
この偏見みたいなのがあるので余計に話が通じない。
すごく不快な言い方をすると「社会不適合者として頑張れ」みたいな壁が作られています。
少し前の時代のアレルギーに対する反応と似ているなと思ったのですが、アレルギーより範囲が酷いです。
私の親の世代だけかと思ったらそうでもないのです。
私が学生の頃はADHDもアスペルガーも言葉としてありませんでした。
私の少し上の世代が子どもを産む頃にADHDという言葉が出始めました。
独身時代の私がバイトしていた先のパートのおばちゃんが「子どもがADHDと診断された」と暗い顔で話してくれました。
当時の私は全然わかってなくて、「だからどうしたんだろう? 死ぬ病気じゃないんだよね?」という感想しかありませんでしたが、本人や親にとっては診断されたこと自体がショックだったようです。
昔、いくつかのママ友グループが集まったときに、メンバーがそろったかどうかくらいで、脈絡なくいきなり「あなたはADHDだよね」と言われたことがありました。
当時の自分は意味もわかっていなかったし、当時の私の現状が、子どもが肉体的に骨折するのが先か精神的に死ぬのが先かで頭がいっぱいで、ぶっちゃけママ友つながりは二の次三の次で、再びそのグループと会うこともなく深く考えることもありませんでしたが、いきなり先制攻撃をかけてマウントとりに来てたんだなぁと今さら思います。
つまり少なくとも、私の親から私の世代まで偏見があるわけです。
(アレルギーへの偏見は古い世代ほどあって新しい世代になるほど少なくなっていた)
まず誤解されていそうなのですが、おそらく世間でのADHDとアスペルガーのイメージは、クラスや職場にいる空気の読めない困ったちゃんかと思いますが(そしてその対応に苦労させられている立場の方からしたら、本気で頭の痛い相手だとは思いますが)、それだけじゃあないんです。
最近は、有名人がカミングアウトしていたり、いわゆる歴史上の人物がそうであっただろうと言われていたりしますよね?
(わかりやすい人物だと、発明王であるエジソン←自分でニワトリの卵をあたためたり、泥団子で「1足す1は1ですよね?」と先生に見せたりや、音楽家のモーツァルト←素晴らしい音楽が頭の中で完成しているけど身分の高い人への対応がうまくない、などです)
他にも判断項目があるのですが、わかりやすい部分では、精神科で判断基準として使われているテストがあって、そのテスト結果が全体的に横並びではなくて、上下に大きく幅があると(できる項目とできない項目で数値差が一定以上あると)、ADHDやアスペルガーとなります。
なにが言いたいかというと、基本値が平均以下の場合もあるけれども、全体的に平均以上の場合もあるのです。
だからクラスや職場の困ったちゃんでもあるし、キレキレ上司や名のある起業家でもあるのです。
どちらにしても、一芸に秀でた人たち(芸術家とか職人とか起業家とか)って、だいたい尖った天才系ですよね?
生活力や常識のあるなしの程度の差はあれど、ADHDやアスペルガーは、やっぱり私の中では天才系、時代を大きく動かす力を持っている人たちです。
むしろ職人や芸術家など専門職では、その特出した部分が必要なのだろうと思います。
発想が違っていたり、長時間一点集中できたりする人は空気を読まないだろうし、逆に数十年くらい先読みできるだろうと思うのですよ。
なにが言いたいかというと、私自身が「ADHDやアスペルガーが憎い」と思っているわけではないのです。
私は「ADHDやアスペルガーへの偏見が憎い!!」のです。
かといって、「だから優遇しろ」と言いたいわけでもないのです(「アスペルガーだから無理」とか言われると「無理なりの努力はしてよ!」と思います←それこそ無理かもしれないけれども思ってしまう)。
「ADHDやアスペルガーの近くにいる人間が苦労しているのを本人や周囲にわかってほしい」のです。
勝手な想像ですが、過去の偉人のそばにいた家族や弟子は相当苦労していても、「まぁ偉人だから仕方ないな」という感じになっていたんじゃないかと思っています。
昔の異国でならそれで通ったのかもしれませんが、現代日本では、どちらかというと、出た杭をそばの人間ごと叩きつぶしにかかっている感じがします。
なんでなかったことにしようとするのかがわからない。
かくすから、誤解というか、偏見がはびこって、そばにいる人間がいらない苦労をするのでは。
そして軋轢は「ADHDやアスペルガーだから」というよりも、「一般的な反応が返せない」ところからうまれているように感じます。
『一般的な反応』『空気を読む』『常識』。
それは平たく言うと『多数派の意見』です。
ADHDもアスペルガーもとても素直な資質があるように感じるので、最初に丁寧に教えたら、最低限のことは、ちゃんと身に着けてくれそうに思います。
ぜひ新しい制度を作って正しい知識を全体的に行き渡らせてほしい。
たとえば、小学校入学時くらいで全員テストを受けて、能力値で万能系(多数派)か天才系(ADHDやアスペルガーなどの少数派)かを見極めたうえで、それぞれに適応した対人・仕事・家族・子育てとパターンごとに「お互い傷付かないコミュニケーション方法」を学校で教え込んでほしい。
わざわざテストするのは、自分の特性を早いうちに自覚できたほうがいいからです。
お互いに、それぞれできないことや難しいことがあるという癖みたいなものを、物心つく幼いうちから相互理解して「違う特性を持っている人たちがいることが当たり前」となれば、「お互い配慮するのが普通」という方向に意識が変わるのではないかと考えています。
あと、出産前にママだけじゃなくて、パパ教育みたいなのも必須にしてほしい。
出産前じゃあ遅いかもなので、できれば学生時代に2回くらい万能系天才系を集めて結婚生活や産後の生活についての授業を必須にしてほしい。
(今すでに「赤ちゃんがうまれる神秘」みたいな内容の授業はあるようなので、できれば、それに加えて、産後生活にふみこんだ内容を追加してほしい)
男性は天才系が多いらしく、天才系の人たちに複雑なパターンの塊である子どもと狭い空間での生活はかなり苦痛をともなうようです。苦痛を感じながら普通に過ごしてほしいというのは拷問に近いと感じました。
(パートナーは音に敏感なアスペルガーなので子どもの声がすでに耐えがたいらしい←敏感な人にとってはパチンコ店内くらいの賑やかさに感じるようです。私が元気なうちは『子どもの声が不快』という感覚自体がわからなかったけれど、病んでからようやく少しわかりました。確かに大音量で話し続けられると、音量を落としてくれるか少し黙る時間も欲しいと思います)
だから、子育て期間に大人が利用できる、合宿できるというか、ちょっと避難できるような施設を作っていただけたら本当にありがたいです。『確実に一人で静かに過ごせる場所』があるだけで、良好な関係でいられそうなのです。
理想は、カウンセラーがいて、いつでも雑談や相談ができて、お茶が飲めたり泊まれたりできる、公共の実家みたいなリラックスできる場所があってほしい。
(可能なら子どもを1時間だけでもあずけられる場所も併設してくれたら最高です)
親が冷静に戻れるような場所があれば、お互い傷つけ合う奇妙な環境を「これが当然だろ」みたいに押しつける、ひどい状態にならないんじゃないかなと思うのです。
一緒に暮らすのを強要するのではなくて、子どもに攻撃が向かない範囲で離れて暮らして、顔を忘れられないくらいの頻度で行き来すればいい。子どもの存在に慣れてきたくらいか、成長した子どもの言動に耐えられそうになったら、また一緒に暮らせばいいのでは。
その施設を利用する間は、掃除洗濯調理などは持ち回りで(利用者が自分で維持する)、寮長みたいな人が生活のイロハや家事を教えてくれて、利用するだけで自然に生活力を身につけられたら最高です。
そういうのを各家庭で教えられたら一番良いのですが、家族が言ったところで話を聞いてもらえない可能性が高いので(なぜか『家族は下の存在』という認識があるようなので)、もうその道のプロの先生から「生活や家事とはこうするものですよ」と教えてもらえた方がすんなり覚えてくれそうだと思いました。
もちろん、産前産後一緒でも負担にならない方は一緒に子育てしてくれたら嬉しい。
そして矛盾しているようですが、いかにも「イクメンこそ正義」な空気はやめてほしいのです。
女性だって、全女性が「子ども大好き」じゃないですよね? 子育てより仕事が好きなタイプだって、子どもはノーサンキューなタイプだっています。
「イクメンこそ正義」という空気だと、「期待にこたえなくては」と男性は健気に頑張ってくれますが、イクメン行動が苦手な男性だっています。
全男性がイクメンにならなくていいんです。できることだけやってくれたら、それだけでありがたい。いえ、特別なにかをしなくとも、こちらのやる気を削がないでいただけるのがなによりの助けです。
さきほど「家事を教えてほしい」と書いたけれども、決して「完璧にできるようになってほしい」わけではありません。流れを事前に知ってくれるだけでいいんです。
すでにあちこちでネタにされているので、ご存じの方も多いと思いますが、家事の絶対量だけを集中して片付けるのと、合間あいまに子どものお世話をしながら家事をこなすのでは、気持ちもかかる時間も全然違います。
子どものいる一日の家事の流れをなにも知らないで無神経発言されたり、明後日な方向に手伝って「オレはこんだけやってやってんのに!」と逆ギレされたりは、おそらく『子どものいる生活』や『子ども』を知らないからだと思うのです。
知らないだけなら、知ってもらえばいいんです。
どこかで、お仕事中に電話が頻繁にかかってくる疑似体験をおこなったそうです(家事を仕事に、子どもを電話におきかえています)。
被験者は、子どもズバリな内容でなくとも、「たびたび電話に中断されるから仕事に集中できなくてイライラした」「電話がかかってこなかった時よりも仕事を終えるまでに時間がかかってしまった」ということを身を持って理解していました。
そういう実感のこもった経験がないと、「なんで1日家にいてなにもしてないんだ」という発言につながってしまいます(本当にまったくなにもしていなかったら、家はもっとぐちゃぐちゃだということがわからない)。
あちこちでネタになるくらいだから、そろそろそんな発言は下火になっているかもしれません。
家事に対して散々文句を言うのは、家族から仕事内容にダメ出しを受けているのと同じです。
仕事内容にダメ出しされたら「よく知りもしないくせに勝手なこと言うな!」と思いませんか?
もしあなたが懸命に働いている仕事に対して、頻繁に家族からけなされたらどう思いますか?
そんな家族のために働きたいと思えますか?
私はだんだん家事をしたいと思えなくなりました。
子育てあるあるネタにされていることで、きっと少しずつ認識も変わってきていると思います。
だからそろそろ、ネタからズバッと切りかえる方向に進んでほしい。
無理して手伝ってほしいのではなく、ただ、お互い傷つけ合いたくないだけなんです。
そのためにも「子どものいる生活の流れ」を知ってほしいし、「親がいつでも一人になれる避難場所的な寮のような場所」があるだけで、かなり違うと思います。
夢みたいな話だし、その維持費や使用料とかはどうするんだって話ですが、需要はかなりありそうなので、なんとか安めにできるんじゃないかなぁ。
独身寮みたいな子持ち寮(だけど利用者は大人のみ)な場所があったら、そこで「子どものどこが耐えがたい」と誰かと話せることでガス抜きできるかもしれません。距離をとることで落ち着いた状態に戻れたら、私や、私と似た困った状況にいる人間の問題はほぼ解決します。
(「さっさと別居したらいいだろ」って話ですが、経済的に別居できない。パートナーが実家に帰れる人はそれも良さそうですが、うちは諸事情でそれもできない)
そんなふうに落ち着く場所を確保し、世の中全体で、通じないという事実や、通じやすい対応方法など、お互い周知の事実になれば、「こういう反応が(多数派の)普通なのに、なんで(少数派は)そういう風になっちゃうの!」という無駄な軋轢がなくなって、「あいつは普通じゃない」という偏見がなくなり(特徴が強い弱いの程度の差はあっても、すべての人に特性はあるので、「普通」という言い方ではなく「多数派」が使われています)、軋轢がなければこじれず悪化しないし、対応している周囲の大変さも減るだろうし、理解してもらえるかもしれない。
周囲が理解してくれたら、当事者も、対応しているカッサンドラ側も無駄に傷付くことがないはずです。
長々と妄想を語ってすみません。
でも、ちくちくネタ出しもいいけど、多くの人がネタに共感するということは困っている人が大勢いるということで。大勢が困っているのなら根本的な解決に乗り出してもいいのではと思うのですよ。
「そんなこと言われても自分には関係ない」な方もいらっしゃるでしょう。
ADHDやアスペルガーについての講演会で聞いた話を少し書きます。
「棚の後ろに物を落としたとして、あなたなら、どうやって取ろうと思いますか? ①棚を動かす②細長いなにかを使う③超能力を会得して取る」
とりあえず「③だけはないな」って思いますよね。
「おそらく、①か②を選択されると思います。多数派の方が少数派に『多数派と同じようにして』と言うのは、③を望むのと同じなのです」
え?
つまり「あなたは不可能なことを望んでいるのだ」というのです。
「あなた(多数派)が普通だと思っていることを少数派に求めないでください。それはあなたが超能力を使うくらいに不可能なことなんですよ」
現在、超能力を使える人が地球上にいるとは思うのですが、少なくとも私や私の知る周囲の人間は日常的に念力やら瞬間移動やらを使えません。
私が家の棚の後ろに物を落としたら50センチ物差しで取ります。
私は超能力があると思っている方ですが、「今すぐ必要な物を取るために、今から超能力を使えるように修行する!」とは思いません。
それなのにパートナーに「今すぐ超能力を使えるようになれ!」と言い続けていたのが自分?
もし私が、周囲から「自分ができるから」「普通だから」って「超能力を使えばいい」と強要されたら……。
いや無理だから。いくらみんなが使えても、私は使えないから。
すごいパニックになりそうです。
「それが今の少数派の状況だ」というのです。
おそらく、少数派の家族は「なんであいつに超能力を使わせないのか」と周囲から責められます。
家族は躍起になって使わせようとします。『超能力を使えるのが普通』だから。
でも使えない。
『努力してどうにかできるものじゃなくて不可能』だから。
不可能なことを可能にしようとしたって、無理なものは無理なんです。
本人も家族も疲れ切ってしまうだけです。
本人は「超能力は使えないと言ってるのにどうして強要されるのか」と思うだろうし、家族は「超能力を使うのが普通なんだから使ってくれたらいいのに」と思う。そのうちお互い「自分のことをわかってくれない」となってしまう。
その講演会を聞いたときに、初めて、「不可能なことを強要していたなんて酷いことをしてきたな」と思いました。
なにしろ私自身が、周囲から「なんでパートナーを変えられないんだ」と散々責め立てられていたので、不可能なことを強要されることがどれだけしんどいか身にしみていたのです。
もしここで、『超能力を使えない人もいる』とわかっていれば、周囲だって家族だって強要しないでしょう。
「超能力じゃない別の方法で取ればいいよ」となるはずです。
うっかり『超能力を使えるのが普通という前提』があるから困った状況になっているだけです。
『超能力を使えない人たちもいる』という事実をみんなが知っていれば、誰も強要しません。他の方法でなんとかしましょうって方向になります。
アレルギーと一緒です。
卵に大丈夫な人もいれば大丈夫じゃない人もいる。
それだけです。
どれだけ少数であっても、卵アレルギーの人に卵を食べるのを強要することはおかしいことですよね?
同じように、超能力が使えない人に超能力を強要することはおかしい。
その超能力を使えないラインを見極めて、お互い傷付かないようになりたい。周囲からも傷つけられないようにしたい。
それが私の思う「カッサンドラの世界線を壊す」ことです。
そうして、それを実現するには、私一人では無理なのです。
13 その一匹になってください
なに他力本願なことを、と言われるかもしれませんが、もうね、個人レベルじゃ無理だと思ったんですよ。
アスペルガーとわかって、ひとつひとつパターンをインプットすれば大丈夫と知りました。
それならと、1ページに良い言い方と悪い言い方の例が載っている辞典みたいなのを何冊も買って渡したのですが、それを引く様子はありませんでした。
教育関係者に聞くと、どうやら「今回のはこのページに該当する」といちいち私が開いて渡さなければならないようでした。
当然ながら、子どもがいると、辞典に載っていないパターンの方が多いです。
毎日なにかしらパートナーと子どもが衝突して、それに対しての言動が酷いので、①状況説明②改善して欲しい実際に行っていた対処法③理想的な対処法というのを、毎回まいかいメールで送るようになりました。
子どもをフォローした後に、さっき怒鳴られて子どもが泣いていた状況を思い返しながら、ビフォアアフターな状況を文章にして送るのです。
他に「困った状況は自筆でノートなどに書きとめておくと証拠になる」とあちこちから言われ、やっていたこともありました。
でも直筆でそこらへんのノートなどに書いてバレるのは怖かった(パートナーが激昂したら子どもに手や足が出るか、壁やら家具やらに穴が空く状況だった)ので、ケイタイメモに入力して、月に一度まとめて友達と親戚にメールで送っていました。
「記す」は効果的かもしれませんが、自分が急速に病んでいくのがわかりました。
なにしろ、やっと状況を落ち着けたところに、再びさきほど目の前で見た精神的にしんどい状況を思い返して文章化するのです。
私はもともと忘れる能力が高い方だし、嫌なことは意識してなるべく早く忘れて、いいことだけを覚えておくようにしていました。
パートナーと子どもの関係にしても、無意識のうちに忘却スキルが働いていたようで、意識して書き残していくと、加速度的に病んでいきました。私にとって「文字にする」はかなり重要な記憶方法だったからです。
ちなみに「じゃあボイスレコーダーなどで録音すればいいじゃない」と言われて録音したところ、それを精査するために聞き返す時にダメージを受けました。録音したものをPCなどに移動するだけならいいのですが、聞き返すのは状況そのままなのでかなりキツいです。代わりに聞いて精査してくれる第三者がいた方がいいです。
パートナーのためにここまで大変なことをやらなくちゃならないの?
これだけやってるのに、また同じようなパターンが起きている。
このパターン何十回目? メール意味ないんじゃないの?
こんなの私一人でずっと続けていられない。
そう思い始めた頃に、表向きは「メールわかりやすくて嬉しいよ」と言っていたパートナーが「メールがウザい」という内容を電話で話しているのを聞いて、すっかりやる気を失いました。
私だってウザいです。
どうせ書くならもっと前向きなことか、自分が書きたい内容を書きたい。
同じ頃に、義理の両親に送っていた報告メールになんの反応も返ってこなくなったことと、「いつでも送ってね」と言われて相談報告メールを送っていた親類から「私にグチを送ってないで本人と話し合えば」と返信されたことで、すっかりメール自体をできなくなりました。
頑張ったところでウザいと言われ、報告メールを送っても反応はない。
「いつでも送ってね」というから送っていたらグチと言われ、そもそも「話し合えないから困っている」という根本が伝わっていなかった。
実家からは「子どものために両親がそろっていたほうがいい」と言われますが、「暴言暴力をふるう親がいた方がいい」という考えが、私には本気でわからない。
毎日子どもが傷つき続けている環境を維持しろと?
それはいいことなの?
私はなんのためにこの状況を維持しているんだろう?
「じゃあ、パートナーを実家で合宿させてほしい」と頼めば、それは断られました。
そりゃそうですよね。
すでに実家とパートナーの仲は最悪です。
それをおしてまではできないですよね。
「子ども優先ならさっさと離婚するべき」と教育関係者からは言われました。
そのためには、先立つものと仕事が必要です。
就職しようとしたら、なぜか実家とパートナーに止められる不思議。
その後、なにかで言い合いになった時に「さっさと働きに行け!」とパートナーから怒鳴られました。
それならなんで止めたの? もうハロワでの募集は終わっちゃったよ。
もうね。
一人では病む一択です。
じゃあ誰かに相談したらどうかっていうと、これまた病みます。
こうなったら世界に変わってもらうしかありません。
もしくは今ナウなにも考えずに飛び出せたら、後から苦労するかどうかは知りませんが、少なくとも精神的には楽になれるんじゃないかなぁ(願望)。
でも、子どものことを考えるとそれもできません。
「母親に捨てられた」と子どもに思わせてしまうからです。私が外出するときは子が皆「いつ帰ってくるの?」としつこく聞くし、少しでも遅いと「帰ってこないかと思った」と泣くので、さすがに一人だけ出ていけない。
世界を変えるといえば、猿の話をざっくり書きます。
(詳しい内容は『百匹の猿現象』でググってください)
海沿いに住んでいる猿があるとき海水に落ちたイモを食べた。
美味しかったので、食べた猿はまわりに教えて、そこらにいる猿はみんな海水につけてから食べるようになった。
海水につけてから食べる猿の数が増えた頃、行き来できないほど離れた遠くの海辺に住む猿も海水につけてから食べるようになった、という話です。
つまり「一定数の数が増えたら世界が変わる」というのです。
(ちょっと違いますが、服の流行と似ています。毎年、決まった流行元があって、「テレビで有名人が着る」「店先に似た服が並ぶ」「最近あの服をよく見る」「あの服を着てみたい」が重なっていって流行ります)
これなら誰も病まずに、平和に、時間はかかるかもですが、カッサンドラな世界線を壊せるのではないかと思いました。
ぜひその一匹になってください。
14 「パパ大好き」
一番被害にあっている子も、検査したらアスペルガーでADHDでした。
私は勝手に、同じ特性なのだからパートナーとその子はわかりあえるだろうと思っていましたが、むしろ衝突の方が多いのです。
まず、その子は子ども特有のトンデモ理論でゴネます。
はたからは、やたらと口のまわる子どもが屁理屈をこねているように見えると思います(実際は甘えているだけだったり、恥ずかしくて言葉が出なかったり、理由はさまざま)。
私はその子に根気よくいい聞かせます。
そのやりとりを聞いていたパートナーが同じやりとりの繰り返しにイライラして怒り(暴言や暴力)をその子にぶつけます。
その子は泣きます。
食事中であったり、遊び中であったり、宿題中であったり、朝の登校前であったり、状況は様々ながら、だいたいこのパターンです。
そのたびに私は、子どもにケガをさせられないように間に入るし、後からその子をなぐさめます。
おそらく「まずパートナーをどうにかしろよ」と思われるでしょうが、どうにかできないから困っているのです。
もちろん私もすでに、
「あの子がパニック状態になったら声をかけないでほしい。横からなにか言われたら余計に混乱するから」
「(パートナーは音に敏感なので)あの子のゴネる声が気に障るのはわかるけど、それが聞こえたらその場から離れて欲しい」
と、何回もなんかいもなんっかいもしつこく伝えていました(いうたびに私とパートナーの雰囲気が悪くなっても言っていました)。
「えらそうに言うな!」「お前が言ってるだけだ!」と言われたので、詳しく書かれている本も渡しました。
それに対しての反応は、
「言いたいことを言ってなにが悪い!」
「(子どもに)言わないとわからないだろ!」
「なんでこっちが子どもに気を遣わないとダメなんだ!」
でした。
(実際はもっと乱暴な言い方ですが、私がその言葉を書こうとして思い返すだけでも苦痛なので、若干丁寧に書きかえています)
補足しますが、私は「なにも言うな」と言っているのではなくて「年齢にあった適切な言い方をしてほしい」のです。「言いたいからといってなんでも言っていいわけではない」というのも丁寧に説明してもわかってもらえないし、「年少者は経験が少ない分、年長者が年少者にまず教えないとわからないから、こちらが気を遣うものだ」と伝えてもわかってもらえませんでした。
↑
(私は最初「こういう基本的なことを教えきれていないのはパートナーの親の責任だ」と思って義両親を憎々しく思っていたのですが、いざ自分で伝えてもまったく伝わらない様子から、もしかしたら義両親も一通り教えたのかもしれないけれども身に付かなかったのかなぁと、最近は思うようになりました。私自身が何年も何回も工夫をこらして言い続けていますが全然なので。だんだん、もう本人の問題なのかな、と←でもパートナーの使う否定的な語彙の多くは明らかに義両親から言われたものなので、あらためて、私が子どもを叱るときの言葉選びには気をつけようと思いました←ちなみに、義両親の親に一度だけお会いしたことがあり、その一度での言い方が酷かったので、義両親は親から否定語彙を引き継いできたんだなと思いました。もしかしたら曾祖父母はさらに上の代から引き継いでいたのかもしれません。否定語彙を日常的に聞く環境で育つと、否定語彙を使うのが『普通』になるので、「相手を否定するような言い方は日常では使わない」と早く負の連鎖を断ち切りたい)
↑
(こんなところで例に出されたくないでしょうが、漫画「深夜のダメ恋図鑑」というのがあるのですが、それに出てくる諒くんを想像していただけたらわかりやすいかと思います。諒くんはお菓子をボロボロこぼしたり、靴下をそのへんに脱ぎ捨てる、一巻では主人公女子と同棲中の働く成人男子ですが、彼女が何度注意しても流すだけです。おそらく諒くん自身が困ってないし問題ないと思っているからです。それの暴言暴力版だとご想像ください)
『本人が困ってなくて問題ないと思っている』限り、変わることはありません。
↑
(「本人自身の問題だ」と言うと、「いやいやお前の話し方が悪いんだろ」と言われるのもわかっていますが、優しく何度も諭しても伝わらず、ズバリ言うと暴力が返ってくるので、私がどう言おうと聞く耳を持ってもらえないように感じています。誰かに「甘えてるんじゃないの?」と言われたこともありますが、申し訳ないけど、相手(私や子ども)を傷つける甘え方はかわいいとは思えないし、迷惑でしかありません←そして、このような発言をすると「愛がない」的な反応をいただくのですが。『無償の愛』とは『蔑まれても尽くすこと』なんでしょうか? 「話し方が」と思われる方は、ぜひパートナーと一緒に暮らして、あなた様の素敵なトークテクニックで伝えてあげてください。お願いします。実際にわからせてくださって、その効果が一ヶ月以上、奇跡的に数ヶ月以上続くのであればお金を払いたいくらい切実にお願いしたい。ぜひよろしくお願いします!←こう言うと「いや、他人の家族だし……」と遠慮される方ばかりなのですが、遠慮は無用ですよ!)
↑
(ちなみに、大変高価なセミナーに通っている間は確かに効果がありましたが、2年ほど続けた後に通えない期間が続くとだんだん元に戻ってきて、効果的には数ヶ月しかもちませんでした←それでも長い方。「定期的に続けるのは有効」まではわかっているのですが、高価なところに通い続けるのは経済的にも時間的にも現実的ではありません。長く通うなら出せて月数千円です)
↑
(「だからそれをお前の家族でやれよ」と思われるでしょうが、やり続けて病んだ私と子ども達がいます)
↑
(このように、ことごとく相手の提案を否定するようなかたちをとると「お前が無理だと思ってるから無理なんだろ」「ちゃんとやらないからだ」などと言われて、話はループするわけですが。その発言は、私が14年間なにもしないでいたと思われているってことですよね? 14年間で私が思いつくことできることは全力でやり尽くしたから相談していて、「それはもう試して結果はこうでした」と報告しているだけなのですが、なぜか「いろいろ試したけど残念な結果ばかりなんだね」という風には納得してもらえず、逆ギレされる不思議)
子どものゴネる声が聞こえた時のパートナー自身に余裕があれば、黙ってその場を離れてくれるのですが、パートナーの怒りが勝つと、わざわざ別の部屋からでもこちらに来て、怒鳴ったり手や足を出したり否定語を浴びせ続けたりするのです(こんな些細な事に対してよくそんなに貶める言葉が出てくるなぁと逆に感心するほどの量です)。
最初はそれでもなんとか回復できていた(その子自身の落ち着いた部分の方が多くて、なぐさめれば落ち着いた部分に戻れていた)のが、おそらく花粉症などと同じで、人それぞれにある規定値(この場合は怒声や理不尽な怒りに我慢できる限界値)を越えたあたりから、どれだけなぐさめても落ち着いた状態に戻らなくなりました。
私の場合は、自分以外に使える精神の余裕みたいなものに枯渇した状態ですが、それと似たような状態だと思います。
その子も、誰かに親切にする、自分からなにかしたいという精神の余裕の枯渇状態に陥ったのです。
なにしろまだヒトケタのお子様なのに、いちいち些細なことで怒鳴られ、しかも納得できる理由もなく、基準もわからない。
(基準はパートナーの機嫌の善し悪しなので、同じことでも時と場合によって違います←躾としても悪手ですよね)
私自身が病んでからわかったのですが、枯渇状態に陥ると、簡単には回復できません。
たとえるなら、植物の水やりを忘れてしまい、しんなりしたくらいに水をあげればすぐに元気になるけれども、枯れる一歩手前くらいにまでなってしまうと、そのまま枯れてしまうかギリギリ回復するか、回復できたとしても、植物の形が変わったり、色が悪くなったりします。その状態と似ています。
その子が原因でパートナーは怒り、その怒りは当然その子本人に向かいますが、機嫌が悪くなったパートナーの怒りはそれだけではおさまらず、その子よりも小さな子や大きな子や私にまで怒りをぶつけてきます。
パートナーは私や子どもを、パートナーの怒りを発散させるサンドバックとして使うのです。
一番いいのはパートナーをどうにかすることですが、できません。
そうなると、こちらとしては、その子をどうにかして大人しくさせたくなります。
その子が静かにしていれば、確実にその分の怒りはこちらに飛び火しないのですから。
おそらく、ここでその子だけを犠牲にする道(パートナーと同じように、私たちもその子を蔑んだり貶めたりする言動をとる)を選んでしまうと、家庭内イジメのようになるのだろうと思います。
↑
(勝手な想像ですが、そんな家庭で犠牲となっている子が、笑って道行く他人を「幸せそうだから刺した」という加害者になりそうだなと思いました。そりゃそう思うよね、「なんでお前は笑えるんだよ」って自分の立場との差を理不尽に思うだろうなぁと勝手に想像して共感してしまいます。「それはわかるけど、どうして酷い親や家族じゃなくて第三者に向かうんだ?」と思われるでしょうが、そんな家族を容認しているのがこの世界なので、憤りの矛先は「特定の個人」にとどまらず、「この世界にいるすべての人」になるのです)
幸い、今はまだ「その子を犠牲にする道をとることはおかしい」「今の家の中で一番理不尽な行動をとっているのはパートナーだ」、とパートナー以外の家族がわかっているのでギリギリその子は守られています。
ですが、もう本当にギリギリなんです。
パートナーがその子に怒るたびにとばっちりを受け続けて、私たちの気持ちはどんどん、その子に冷たくなっていきます。こればっかりは「その子が悪いんじゃない」とわかっていても、とめられません。
「どうしてそこで大声を出すの」
「そうしたらパートナーが怒ると教えているし、今まで何回も怒られてきたのになぜやってしまうの」
「場を読んでよ」
とつい思って言ってしまいます。
(お気づきの読者様もおられるでしょうが、そんなことはアスペルガーの特性上無理な願いです。ましてやヒトケタのお子様にはもっと無理です)
そんなわけで、はたから見ていると「なんで毎回この二人は同じことでヒートアップするんだろう」「そろそろお互い学習したらいいのに」と思うようなことが延々と、本当に延々と、しかも悪化しながら目の前で続くのです。
ずっと必死に止めていましたが、今では「あぁまた始まった」という感じです。
何度も同じパターンが続けばフォローする私も疲れます。
ついなぐさめる行動も適当になってきます。
当たり前ですが、そうすると、その子の回復量は減ります。回復しきれない状態のまま理不尽な怒りを受ければ、その子の傷はどんどん深まっていきます。
(パートナーは特性上、どれだけ怒り狂ってもコロッと切り替わります。その子も表面上は切り替わるのでパートナーと仲良く過ごすのですが、傷は消えないので隠れてどんどん深まっていくのです)
落ち着いた状態に戻れるほど回復できなくなったらどうするか。
その子は、パートナーの行動から覚えた最強の行動を真似ました。
そう。その子も理不尽に怒りをまき散らすようになりました。「大声でわめけば勝ち」だと学習したのです。
パートナーだけではなく、その子もどうにかしなくてはならない対象になって、私と他の子の苦労は倍になりました。
だから戻れる間に、こうなる前に、この二人を引き離したかったのに。落ち着いた環境で「怒りをまき散らすのは迷惑なことだ」と教えたかったのに。
そう思ったところで言われるのは「あんたがその道を選んだんでしょ?」「さっさと見切りを付けたら良かったのに」なのです。
まだ戻れていた頃、実際に骨折か後遺症が残りそうな身の危険を感じて、実家に私と子どもで別居させてもらったこともありました。
私はできれば、お互い落ち着くであろう半年くらい別居した状態を続けて、落ち着いた頃に戻れたらいいなと思っていましたが、実家の両親は子どもの賑やかさに耐えきれず、パートナーは家事に耐えきれず、私は両親の言動に耐えきれず、別居は一ヶ月で終わってしまいました。残念なことに一ヶ月ではなにも変わりませんでした。
その時、私の両親に話を聞かれたその子は答えたのです。
「パパ大好き」
それを聞いた実家の両親は、「そう言ってるのを引き離すのも……」とほだされたのでした。
わかります。
普通に考えたら、親を「大好き」と言う子を親と引き離すなんて可哀想です。
でも、じゃあ、毎日「お前はおかしい」「しょうもないヤツだ」「お前には無理」などと言われ続け、蹴られ続けるのは可哀想じゃないんでしょうか?
そう言ったところで、その状況を目にしていない実家の両親は、「娘(私)が大げさに言っているだけだ」「きっと躾の範囲内なんだ」「たまたまそんな時があったくらいなんだろう」と思うわけです。ほぼ毎日朝晩だと話していても、です。
なにしろ、その被害者本人が加害者のことを「大好き」と言っているのですから。
確かにパートナーだって、ずっと怒っているわけではありません。一緒に穏やかな時間も過ごしています。
おそらく、その子は、「優しいときのパパが大好き」なのです。
だからそう答えたのだとわかっています。
誰からなんと言われようとも、後からその子やパートナーから恨まれたとしても、実家の両親から「人でなし」、親類から「夫婦が問題を乗り越える姿を見せないなんて」と罵られても、どうあっても「その子とパートナーを引き離す!」という気概が、その時点まで一人で頑張り続けてきた私にはもうありませんでした。
それが一番問題だったとわかっているのです。
でも、あのとき、その子が「大好き」などと言わなければ、さっさと別れられて、今の状態までこじれることはなかったのに、とつい思ってしまって、私自身がもう、その子がパートナーからの暴言暴力にさらされていても「自業自得だ」と思ってしまうようになりました。
そんな自分が怖い。
まだ私や他の子がその子に攻撃するまでにはいってないし、もしそうなったら他の子が止めてくれると信じているけれども、まさに毒親一直線な自分が怖いのです。
だから、自分自身が疲弊する前に、理不尽な状況に洗脳されきってしまう前に、行動を起こす方がいいです。
今生きている人生は個人の人生で、誰かのシナリオでも付属品でもありません。
そう頭ではわかっているのに、私はここから一歩も動けないのです。
15 さいごに
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
私の困っている状況がひとかけらでも伝われば幸いです。
「へー。こんな世界があるんだー。コワーい」な方は幸運です。
そのまま最期さいごまでその幸運な世界で暮らせたらいいですね。
幸運のおすそわけとして、できれば、私たちカッサンドラを攻撃しないでいただけるとありがたいです。
もし、なにかがあって、こちら側に来てしまったら。
ざまぁなんて思いませんよ。歓迎します。
ようこそ。カッサンドラな世界線へ。
可能なら、一緒に、この世界線を破壊する同志となってほしいです。
私自身、ほんの数年前まで、カッサンドラ側のことなど知りませんでしたし、話を聞いても、まったく理解できませんでした。
きっと、こちら側にこないと私たちの気持ちは正確には伝わらないんだろうなと思います。
そういう意味で『世界線』という言葉を使っています。
同じ世界、同じ空間にいながら、まったく別の世界にいるように感じるからです。
本来の『世界線』は『並行世界パラレルワールド(似ているけど違う道を選んだ世界)』として使われています。私が使っているここでの『世界線』は、世界は同じながら、それぞれ個人一人ひとりに『話せば通じる』『愛は万能』などの常識のようなものがあって、『そうじゃない考えを受け入れない(平行線でわかりあえない)』という意味で使っています。だから厳密には『世界線』ではないですが、イメージ的には一人ひとりの頭の上から伸びた糸の所属先が違う、もしくは色が違う感じです。
もともとの世界もそんな風だったのか、どんな世界だったのか、今となってはわかりません。今までの私は多数派として生きてきて、特に困ることがなかったからでしょう。
アレルギーが市民権を得たみたいに、私たちカッサンドラも市民権を得られますように。
そうしてカサンドラ症候群という現象がなくなりますように。
無意識にそういう状況に追い込む行為が被害者や加害者を作っているのだと、白日のもとにさらされますように。
似た境遇にいるママ友から「書けるなら書いて欲しい」と言ってもらえたのと、市民権を得るためにはどんどん発言した方がいいのだろうと思ったので、この文章を書きました。
少数だったら「なにー? コワーイ」だったのが、多数になれば「うん。それはおかしいよね」と、新しい常識になるはずです(アレルギーの時にそう感じました)。
ぶっちゃけ今はまだ「うわっ。コイツ病んでる」「乙~!」って感じだろうなぁとは思いますが。
あらためて、どうして伝わらないのか、考えてみました。
多くの人は、無意識に、今までに聞いた似た話にあてはめようとしているように感じます。そしてその多くの話が二次元のもので、物語としてちゃんとしたオチがあるので、そうならないことに不満を感じるのではないか、というのが私の勝手な予想です。
二次元を否定したいわけではなくて、作品と現実では尺が違うし(ひとつの物語を読むのにかかる時間と、リアルな人生の一生分では、明らかに長さが違いますよね)、オチがないとウケないし売れないから、リアルな話を二次元にしても、どうしても短い尺で読者に受けるオチがつきます。
本来なら、短い作品の中で、読者にそれとわからせないようにさりげなく伝えられたらベストなのですが、私の筆力が上がるのを待つと、届けられないまま私の人生が終わってしまいそうなので、私が今できる精一杯でお届けしています。
もちろん、私が話したことをそのまま理解しようとしてくれている人もいますが、やっぱりうまく伝わらない。もしかしたら、今現在の聞き手の位置(リラックスできる環境や適度な睡眠がとれる安全な状況)から、私の話をテレビドラマを見るような距離感で聞いているのかなと思います。
ためしに、想像してみてください。
一言で「10年間」と言ったところで、15分間で話を聞いた人、1時間で文章を読んだ人にはその体感しかないため、いまひとつ長さが伝わりません。
10年間を想像するのは意外と難しいです。
10年間とは。
小学校に入学した子が高校生になるくらいの期間です。
中学生になったばかりの子が社会人になるくらいの期間です。
まだピンときませんね。
今年のお正月になにをしたか覚えていますか? 去年や一昨年は初詣に行きましたか? コロナで行けませんでしたか? いつのお正月まで思い出せますか? お正月10回分さかのぼれますか?
それが10年間です。
どうですか?
さきほどまで想像していた10年間よりも具体的に長さを認識できたら幸いです。
私の生活を想像するのはもっと難しいかもしれません。
あなたにはできれば言葉を交わしたくない相手がいるでしょうか?
顔も見たくないような大嫌いな相手ではなくて、悪い人ではないんだけど、会話のはしばしで「ディスってんの?」「その言い方はちょっとどうかな」と感じる相手です。
そんな相手と同じ空間で過ごさなければならないと想像してみてください。
上司か先生か、同級生か先輩か後輩か、近所の人か親戚か、親かきょうだいか友達か。
どんな相手かわかりませんが、その相手となにかしら理由があって同じ家で暮らすのです。
道ばたで数分、近所のお店や学校や会社で数時間過ごすだけじゃないんです。
リラックスできるはずの自分の家にその相手がいるんです。
朝起きた瞬間にもいるし、寝る前にも、食事中にもいるんです。
自分の家という空間にいるんです。
そして自分や周囲の行動すべてに対していちいち微妙なコメントを横から発言されるのです。
どうですか?
想像できましたか?
うまく流して耐えられそうですか? 想像するだけでもツッコミが止まりませんか?
私はしんどくて、やめてほしいと伝えましたが相手に怒鳴られ、なぜか周囲からは「お前の話し方が悪いんだ」と責められたり、距離を取ろうとすると止められたりしました。
そんな状態が10年間続いているのが私の10年間です。
これで私の状況が、前よりもリアルに想像できたら嬉しいです。
そんな状況に居続けながら、正常な精神であること前提で話されるのです。
どんな扱いを受けようと、変わらない愛を捧げ、家事をこなし、理路整然と困っていることを説明しろと言われるのです。
私は感情のある人間です。
なにがおころうとも言われた仕事をこなせるロボットではありません。
日常が異常だと、なにが『普通』で、どこに困っているのかの判断が、だんだんつかなくなってきます。
運良く誰かに相談できても、返ってくるのが「あなたのやり方が悪いんでしょ」か「愛が足りないんじゃない?」だと、「今の状況をしんどいと感じる自分がおかしいの?」と思えてきます。
「すでに何回も言ってきたし、なんとかしようとしてきたし、愛も捧げている」のだけど、なぜか不思議と、「こちら側の努力が足りない」としかとられません。
しんどい状況を必死に思い出して、できる限り説明したところで、聞き手側の想像の範囲でしか理解してもらえず、「こうしたら良かったんじゃない?(そんなこともできないの?)」と、責められるように言われると、説明する気もなくなってきます。
助言をもらえても、「あなたがこうするべき」だけであって、「パートナーをどうこう」はなぜか言われないのです。
毎回、泣いて語れば聞いてもらえるのかもしれませんが、もうね、だんだん笑えてきますよ。
全然違う人から、ほぼ同じセリフが返ってくるんです。もしかして口裏を合わせているのかと疑うレベルです(もちろん、そんなことやってないのはちゃんとわかっていますよ)。
まさにカサンドラだなーと思います。
スゴい呪いです。
『カサンドラ症候群』はナイスなネーミング過ぎます。
でもきっと、カッサンドラになる前の自分が今の自分を見たら、周囲と同じように「自分から不幸になってるだけじゃん。なに不幸な自分によってんの?」「しんどいならさっさとその場所から移動すればいいだけなのに」などと思ったことでしょう
こんな風に、くどくど書いてしまうと「自分の能力の低さをかくすために言い訳がましいこと長々と語らないでよ」と思ったことでしょう。
多数派であった頃の自分の思考癖は覚えているので、自分で自分が情けなくて、うまくできない自分を責めてしまいます。
もしかしたら、「今のその状態こそが『共依存』と呼ばれるものだ」と思われているのかもしれません(「私だけがパートナーを助けてあげられるから、離れないで私が一緒にいないと」という微妙な関係です)。
違うんです。
なんでここまでしてパートナーをどうにかしようとしているかっていったら、ただの保身です。いきなり刺されたくないからです。「見捨ててしまった」という精神的な傷も負いたくないからです。
『愛』でなくてガッカリさせてしまったらすみません。
どうして周囲は平気で(もしかしたら平気じゃないのかもしれないけれども)切り捨てる選択肢を選ぶように言うのか。
もちろん今の制度ではそうするしかないからだとわかっています。でも「愛をもってまだまだ頑張れ」と言われるのも苦痛なのですが、「さっさと見捨てろ」と言われるのも微妙なのです。ワガママですよね。すみません。
でもね、そもそも選択肢が微妙な二択しかないのも変だと思いませんか?
私だけかもしれませんが、「切り捨てる選択をする」ということは、「むしゃくしゃしたから刺した」を容認することに繋がるようにも思えてしまう。
「誰かを切り捨てる」のなら、「いきなりどこかで見知らぬ誰かの気まぐれで刺される覚悟をするべき」だと思ってしまうのです。なぜなら、おそらく、その加害者はかつて誰かに切り捨てられた存在だろうと思うから。
勘違いしないでくださいね。
「切り捨てるなんて可哀想」などと言いたいわけじゃないですよ。
「旦那を捨てる選択をするなんて信じられない」とか思ってもいませんから。
離れたくないわけじゃないんです。
安心できる状態で安全に離れたいだけなんです。
相手が誰かにサポートされていない状態で離れたら、悲惨な未来しか想像できなくて怖いんです。
実際に行動にうつしたら、ただの杞憂に終わるのかもしれませんが、できる限り不安を排除するために万全を尽くしたいのです。
私と子ども達がいきなり身を隠したとしてパートナーが改心するわけではありません。問題から距離をとっただけで、問題はそのまま残っています。苦労して離れた末に刃傷沙汰とか笑えません。
おそらく、この恐怖心は、身近に暴力を感じていないと伝わらないんだろうと思います。
二次元と違って、リアルの世界ではそれぞれの人の生活がずっと続きます。
できる限り、わだかまりや憂いを絶って、「これなら離れても大丈夫だ」と思いたいだけなんです。
二度とあわないように離れるのは難しい。法的に「近づいてはいけない」と言ってもらえたとしても、守るかどうかは本人次第です。海外移住や他府県に引っ越せばいいのでしょうが、それを疲れ切った側がしないと事態を動かせない現状が腹立たしい。
(私と子どもは他府県に引っ越せても実家の両親は年齢的に厳しい。置いていくのも……と考えて、だから両親は私に別れるなと言うのかもしれないと思い至りました。残り少ない日々を今の場所で暮らすには、私と子どもがいた方が都合がいいです)
「さっさと飛び出さないのが悪いんだろ」という主旨を、周囲から当たり前のように言われるたびに「なんでそれが当然になってるの?」と不思議に思います。
うちの話で恐縮ですが、疲れきった私と傷ついた子ども合わせて5人が移動するのと、パートナー1人なら、明らかにパートナー1人の方が引っ越しの手間がかかりませんよね。
「そんな環境を暗に容認しているこの世界は、時限爆弾を作っているのと同じなのに」とも思います。
抑えつけられた被害者は、あとほんのわずかなひと押しで加害者になりえ、その対象は無差別なのに、と。
「そんな妄想世界をグダグダここで書いてるよりも、さっさと子どもの精神を守る行動をとれよ」という声が聞こえてきそうなので、『カッサンドラのつぶやき』は、このあたりで終わりますね。
ご愛読ありがとうございました!
最終話
B妻はPCを閉じた。
(言いたかったことは書ききった)
B妻は以前から(なぜ遺書を黒塗りにするのか)と思っていた。(最期の命をかけた主張さえさせてもらえないなんて、あんまりだ)、と。
弁護士と話せたときに手記を書いてネットに上げても大丈夫かたずねた。注意点として「特定の個人などを誹謗中傷していると思わせる表現があると、損害賠償を請求される可能性があります」と言われた。
B妻は(相手の気持ちのまま暴言暴力を受けてきたこちら側が相手を配慮する必要があるのか)と若干、複雑な気持ちになりながらも、納得した。
B妻は、特定の相手を貶めたり、誹謗中傷したりしたいわけじゃない。
ただ、どうやっても伝わらないことがあることを伝えたい、普通とはなんなのかを問いかけたいだけだ。そしてその相手は、特定の個人ではなく『世界』なのだ。
(これでもう私が忘れても大丈夫)
B妻は満足感の中で一抹の寂しさを感じた。
B妻の脳は、しんどい状況をスルーすると決めたようで、記憶力が大幅に低下していた。
毎日写真を撮るくらい可愛くてたまらなかった子どもの顔すら、今はもうよくわからない。見ても(こんな顔だったかなぁ)と感じるだけだ。
(うっかり殺人をおかしそうな微妙なヒキになっちゃったから、第三者からオチとして望まれるのは、私がネットに『カッサンドラのつぶやき』を遺書として残して殺人して自殺する展開になるのかも。その場合だと、私が夫を刺すか、私が無差別殺人をおかすとつじつまがあうのかな。それで遺書が広まって世界が変われば、ある意味ハッピーエンド? まぁそうなる前に『カッサンドラのつぶやき』は消されるだろうけどね。第三者的に、カタルシスを追求するなら夫で、ホラーっぽいのは無差別か。案外まだ「愛に目覚めて仲良くなる家族」という感動モノを求められるのかもしれないけど。あと考えられるのは、私が行方不明になって、生きてるか死んでるかわからないまま無差別殺人が始まるパターンかな。個人的には最後の、犯人がわからないまま無差別殺人が続くのがミステリぽくて面白そう)
「まぁどれも『物語として考えたら』で、実際のところは、そんなオチらしいオチなんてつかないし、ただびとの私が死んだところで、私がラクになるだけで、世界が劇的に変わるなんてことはないし、なんの解決にもならないんだけどね」
人の脳は優秀なので、少しの道標があれば、勝手に筋道を作って結論まで導き出す。予備知識は結論を導き出す道のりに影響を与える。
(せめて『カッサンドラのつぶやき』をサイトに上げたことで、「あなたが選んだんでしょ」「話し方が悪いんじゃないの」という言葉自体が「カッコ悪い」という空気になるといいな)
もちろん、書いただけでいきなり世界は変わらないだろうが、変わるきっかけくらいになれたらいいとB妻は思う。
誰かを刺したところで意味がないとわかったので、B妻はもう誰かを刺す気にはなれなかった。
自殺には心ひかれるが、B妻には産まれる前に失った子がいる。
その子を失った当時に読んだ本に『あなたが生きているつらい今日は、昨日死んでしまった誰かが生きたかった明日なのです』というような内容が書かれていて、その通りだと思って必死に生きてきた。
今のB妻は、死の運命をかわれるものならかわってあげたいとは思うが、うまれなかった子に申し訳ないので、自ら命を捨てることはできない。
(もうなにが常識なのかがわからなくなっちゃったしね。あぁ。だから思考停止状態の世界になってるのかな)
今のB妻はできないことが増えたが、一時期のまったく動けない状態から数年かけて回復できた今は、一番したかった読み書きはできている。一番ができれば十分だ。
(自分一人で自分を癒すには、自分がしたいことを優先するしかないんだよね)
子どもたちには本当に申し訳ないと思う。
毒親としてギリギリ生きているより、さっさと死んだ方が子どもにとってはいいのかもしれないが、一番小さい子がもう少し大きくなるまでは、さすがに死ぬわけにはいかない。
「ちゃんと考えろ、行動しろ」と周囲はいうが、今までだってB妻は真剣に考えてきたし行動してきた。
B妻の望みである『落ち着くまで一時的に夫と子どもを離す』ことは、『誰かを切り捨てることなく全員が回復する』ために考え出した、B妻としては精一杯の案だった。
でも周囲は、『耐える』か『切り捨てる』かの二択を求める。
なんとかできないかB妻なりに頑張ったが、どうやっても事態を変えられず、どうしようもないことをつき詰めて考えると病むのがわかった。B妻は再びなにもできない状態になるのだけは嫌だった。
だからこれ以上、この問題について今までのように全力で考えるのをやめることに決めた。というか、忘れようとする脳の働きが強すぎて、以前のように考えたくとも考えられないのだ。
これまでのことをまとめたのは、卒業論文のような気持ちでもあるし、本格的に思考停止状態になる前に備忘録として残したかったからだ。
今のB妻は、しんどいことを感じないように勝手に感情のスイッチが切られている状態だが、それは『しんどい』だけが切れるのではなく、感じる大元のブレイカーのようなものが自動的に落ちるのだ。
『楽しい』『嬉しい』といったプラスの感情のスイッチも同時に切れて、全体的にぼんやりとした状態で、『時間を守る』『約束を守る』などといった大切なこともまったくどうでもよくなってしまっている。
(そういえば、昔、教えてもらった『世界の終わり』はいつくるんだろう?)
若い頃のB妻は遺跡が好きで、世界文化遺産をめぐる世界一周の旅に出るのが夢だった。文明がその土地でどのようにできてどのように滅んだか、その技術の結晶を現地に行って見て肌で直接感じたかった。
人の脳にも興味があったし、宇宙の始まりや果てにも興味があった。
だから昔スピリチュアルな人と会話ができたとき、宇宙の始まりと終わりについてたずねた。宇宙空間には簡単に行けないから、もし知っているのならぜひとも聞きたかったのだ。
その時、「『世界の終わり』には立ち会えますよ」と言われた。
当時は単純に、自分が生きている間に世界が滅んでしまうのか、宇宙が終わってしまうのかと怖かった。
やがて、地球環境的に人間は一度滅んだほうがいいのでは、と思うようになった。
でも今は、そういう終わりじゃないのかもしれないと思えてきた。
概念が変わるのだって「ひとつの世界の終わり」だ。
カッサンドラな世界線の終わりに立ち会えるのかもしれないし、今までのB妻ではいられなくなった今のB妻の状態そのものが『世界の終わり』なのかもしれないし、はたまた全く意味が違うのかもしれない。
一時期、占い師にもなりたかったB妻は『世界の終わり』の解釈をあれこれ考える。
どういうカタチかはわからないが、B妻が生きている間にこの世界は終わるのだ。普通ならよくない意味に感じる『世界の終わり』は、「今のしんどい状況が死ぬまで続くわけではない」という、B妻にとってはなによりの救いの言葉だった。
今までのB妻の人生の中で出会った人たちの多くが皆なにかしら大変な状況で、その根本には『伝わらない』があった。
伝わらない世界が終わる。
それはなんて甘美な響きだろう。
早くこの止まった世界が終わればいい。
その瞬間に立ち会えることを支えに、思考停止状態になったB妻は、ただ生きている。
終劇
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?