止められず、止まれなかった人たち(ラストマイル感想)
◆はじめに
「絶対に面白い」と大船に乗ったつもりで見に行ける未鑑賞の作品があることがどれ程ありがたいことなのか、見る前も見た後も噛み締める作品でした。丁寧な取材を感じるし、そこから何を受けとり、何を伝えるのか。どんな題材も取材の手腕がよければ見どころを作れると思っているけど、そのお手本とも言えちゃうくらいの作品。(観ながら相棒を思い出した。)
◆我々もまた輸送されている
モノレールの線路のカット、ずいぶん印象的に入れるなあと思っていた(格好良さすらある)。それが冒頭の殴り書き、止まらないベルトコンベアーと点と点が線で繋がったときに「人間もまた労働力という商品として輸送されているのか」と思った。そう捉えれる描写に今まさに唸っている。と思っていたら線路=レールとしてエレナの口から語られる五十嵐そして世界に向けた言葉を聞くと「野木さん脚本家になってくれてほんとにありがと~~~~~!!!!!!!」と空を仰ぎながら叫ぶしかない。
駅から専用バスでの出勤とその横をタクシーで職場に到着する「同じ職場で働くけれど立場も給料も違う人」の対比も流れるように入ってきて本当にお手上げ。すごい。
◆つながる
全ての点が繋がりつつ奥行きと余白もきちんとある。野木脚本…!社会って本当はそうなんだけど見えなくなっている部分。そういう部分の可視化に物語の役割というものを感じる。私たちは作品を観ながら自分の暮らしや世界を見つめることができる。
そういうところでアンナチュラルやMIU404のキャラクターたちが交わることは素敵なスパイスだった。個としてのキャラクター、個としての関係性、個としての作品、個としての物語。ミクロとマクロの世界。
どうして余白を感じるのかについて。この物語は個人の独白やモノローグがほとんどない。もしかしたら本当に無いかも。人の中にある思いや考えは行動にしか現れない。これは映画だからこそ取れる手法なのか?ドラマや漫画はキャラクターたちが「ぶっちゃける」場面で共感や理解がなされやすいと思う。「こいつこんなこと思っとんたっかい」と意外性を出すこともできる。
ラストマイルにはそれがない。そして現実もそう。私たちは結局行動でしか相手を見ることができない。
◆良くないことが起こりそう
最初の羊急便のトラックが道路を走るカットでトラックは前(画面左)に進むが、羊急便のマークの羊は逆走方向(画面右向き)だったところに「なんだかうまくいかなさそう」と勝手に感じられてたのしい。(このたのしさは映像作品の演出をどう解釈するかのたのしさ。)こういうちょっとしたことなんだけどなんか引っ掛かるな~というものが後につながったときのゾクゾクする感覚は気づいたときにしか味わえない。
エレナはエレナでぶっ壊れているロッカーを初手で引いて悪い方の引きの良さを発揮する。ただこの「引き」は前半「不運」のような意味だったのに、エレナと筧の話を経ていくと「引くべき場所を選んだ」「誰かに引かれることをロッカーは待っていた」くらいのビンゴ感がある。
◆ミスリードの要ナシモト
ちゃんと船渡さんの言葉に引っ掛かってくれて助かる。「転落(転倒だったか?)防止」ではなく「飛び下り禁止」と言い直すのはまるで誰かが飛び下りるので禁止しようみたいな強硬さがある。ナシモトもきちんと「えっ?」となる。日本社会蠱毒職場を経たナシモトは(この人は何かおかしい)とセンサーを働かせざるを得ない。
◆怪我と遺体がここまで出る
手っていうか手首のあたり裂けてたよね?アロマ爆発の現場。真っ黒なご遺体も人間ってほんとに炭化するんだよなぁの気持ちがある。私は小学生の頃に、火事で亡くなった方の写真を見てしまったことがありそのときの部屋の匂いを思い出した。
◆お守り
ふざけて荷物を落としそうになった後に車のミラーにつけられたお守りのアップ、「何かに守られた感」がグンと上がるから不思議。私たち鑑賞者の「この人たちは守られるべき」と考える意思がそうさせているのかもしれない。
◆末端で働く人たちの視線
ここの「末端」は消費者に届ける役割の最後の方、という意味での末端。仕事を受注される側。下請け。ラストマイル。
羊急便の関東局の責任者八木が職場から毛嫌いされてんのか?と思えるくらいの冷ややかな目(これは残業代未払いの言葉に重ねたカットだからこそだが)、デリスァスの派遣社員やバイトが社員や警察をじーっと見つめる視線。なんとも言えないし、言いたくても言ったらこのシステムが崩壊するかもしれない(ならば口を出すことはできない)の緊張感。そして言えないから積もりに積もる不安感。やだ~~~!!!!!なのにノルマ達成率90パーセントを切るとペナルティ!?やだ~~~~~~!!!!!!マジックワードの意味を説く横には既に魔法を解かれた社員が仕事をしている。やだ~~~~~~!!!!!!!!
この緊張と不安が本当に緩和されたのが八木の部長以上もドライバー、社長も乗るぞ!の台詞とシーンだった。ちょっと声出して泣いてしまった。必死で声は止めたけどだめだった。申し訳ない。鑑賞者である私はついぞ社長の顔を見れなかったが、従業員たちはこのあと社長と一緒に現場で働いていたのよな。ええな。
無機的なシステムに有機的な血が通った。血はもともと通っていたはずなんだけれども。無視されていただけで。
その前の荒川の爆破で荷物が落ちそうになり止めた息子の安否を確認する親父さんもすごかった。安全というから信じていたと怒鳴る声、大きな怪我がなくて本当に良かったと抱擁するシーンがあったからこそでもあった。
このシーンたち、マジで好きっていうか心揺さぶられまくりで何が良いって火野正平演じる親父さんが息子だけじゃなくて荒川集配所の責任者ごと抱き締めて、責任者もすがるように親父さんにひしとしがみついて抱き合うところ。生きていてよかった、ずっと不安だったと表現できていることの美しさがある。おれたちずっと生きていてよかったと思いたいと生きている。
報道のアナウンサーの中継が繋がる前の確認もすごかったな。報道規制と市民のために箱を開けるなだけでも伝えるべきではと議論というかそういうやり取り。ここも末端で働く人の葛藤と仕事があった。
「大手だから」と横柄な態度のクライアントの仕事もこなす小さな広告会社も、我々がみんな同じ世界で働いているはずなのに経済的に分断されてしまった悲しさがある。
◆完全に体に不調を来しているエレナ
そして本格的に壊したこともある経験を持つ。非公式CMを発見した場面は「現実を直視したくない上司、何て言う?」という大喜利みたいなお題が出されていたシーンだった。一番ヤバさが際立っていたのは個人的に「予言」。そこまでして働かなくてはいけない歪み。つらい現状にいる自分を無視して「調子は上々、なんの問題も無し」と言い聞かせる。全て自分の状態とは反対の言葉で。個人的な経験上、自分のつらさを自分が見つけてあげないと解離が進んで心身ともにバラバラになるからやめたほうがいい。
◆山崎佑の家、筧まり子の家
山崎宅には玄関に外向きに揃えられたスニーカーがあった。部屋の状態からして定期的に筧まり子が立ち入っていたのだろうけど、靴に関しては「まだ彼は生きている」と最後の希望のように感じられた。
筧まり子は身元がすぐ判明しないように買った戸籍名義の部屋で一生を終えた。彼の部屋で死ぬことも選べただろうが、それを選ばなかった思いを考えている。山崎の部屋でメリーゴーランドの雑貨が安置されていたことも。
CM製作料、広告費、爆弾製作依頼料、商品のすり替えに必要な購入費、アパートの契約料、ガスのカセットとコンロ。これらに彼女の稼ぎが全部つぎ込まれたのだろうと思うとつらかった。そんな根性ならないほうが良いんだよ、本当に。でも傷ついて先も見えない彼女は壊す方しか選べなかったから。
「誰もなにもしなかった。だから今があるんじゃない」
◆でっけーーーーー地図
でっけー地図はあればあるほどたのしくなる。
◆ファックス
ファックスだ!!!!!!!
◆爆弾処理
爆弾処理だ~~~~~~!!!!!!!!!!(小田島さん心強い)
◆寝転がって話せることの尊さ
緩急よな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ。
◆わかっちゃった
「なんで」「どうしてそんなこと」と思う前に、「彼はベルトコンベアーを止めようとした」「ただそれだけだった」と理解して笑い、泣いたエレナだと思っている。限界の仕事の中で稼働を止めたかった。それを理解できたのは同じ仕事を続けて眠れなくなったエレナだった。
個人的に歪んだ二重のゼロは「○」だったのではないかなと思う。なんなら「◎」。
止まらなかったベルトコンベアー、強制的に眠らされた脳みそ、「バカなことをした」。やめればよかったのはそうだけど、そうして切り離した不条理なシステムがこの社会ででっかい歯車としてグルングルン言わせながら動いているかと思うとそれもまた残酷だ。徹底的に利益を追求することを正義とするなら、すり減らされて使い潰されることも正義になる。損をすることはいつから禁忌になったのか。損をすることはいつから悪になったのか。
◆先に救急車も呼べないシステムなんて狂ってるよ
もうこの業界に残ってるの五十嵐だけなのそりゃあそうだし五十嵐がデリファスに残ってるのは自分の行動を正当化できるのは12の信条が法律の会社の中だけだからじゃないかな。守られて縛られて精神を依存している。そこから出られないでいるのかもしれない。
飛び下りる準備をする山崎のとなりで仕事をしている人がいるの、すごい。こういう画面にしたことで現実としての重みがより強く切実になる。
止まると警告音が鳴り続けるベルトコンベアー。もう決めたから気温しか気にしないナシモト。ナシモトの意識の方がよっぽど自然だ。
◆やめるんですよ、せーので。
これが人間の力じゃい!!!!!!と思った。ストライキは権利だから。求める働き方を訴える手段だから。ストライキのことはいつでも大事にしていたい。ほんとに。
脅すというのは上から下にやること(つまりデリファスおめーのやり方な?)、これは交渉(そもそも我々対等な労働者なんだが?)の力強さよね。テレビの報道向けに羊急便に矛先が向くように印象操作した文書を出してるしよ。
マジックワードで塗り替えられる自社の利益優先。でもそれを認めているのは消費者である私自身であり、あなた自身である。
個人の訴訟を禁止する文言の契約書、本当に嫌な力だ。団結する前に団結を阻止する。
◆母子家庭への配送
ここだけ不気味なほどにCMにできそうなくらいの「買い物のよさ」を出してくるので怖かった。あの…それ…爆発します…。でも本来誰かに贈り物をするとか、そういう買い物がだめかって言ったらそうではないんだよな。買い物をするということの豊かさは否定できない。それはストライキと同じくらいに。
新しい洗濯機はデリファスが買ってくれるなら国産メーカーのめっちゃいいやつ買ってもらってくれ。
◆Magic Word
「使っているうちに使われる。あなたも逃げられない」
エレナは逃げて、戦うことにしたんだな。と思った。でもロッカーのかぎは次に託した。事件は解決したけど問題は解決されていない。
◆クレジット
MIUの主人公は左右で連名なんだ~~~~~~🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗🤗
おわり
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